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珍しく湿度系女子

インターンとレポートと免許がトリプルブッキングしててめっちゃ更新遅れました…ゴメンネ

『side:土御門』



「おいお前ら、テストで赤点だったやつは放課後に家庭科室で補修の説明会あるから絶対行くように。んじゃ気をつけ〜、礼!」

「「「「ありがとうございました〜」」」」


 授業終了のチャイムが学校中に響き渡ると、テスト返却での阿鼻叫喚然としていた校舎は一礼の間の静粛を過ぎ、再び喧騒に溢れかえった。


 一年生のとあるクラス。茶に染めた髪にピアスを付けた如何にも不良といった生徒と、7:3分でメガネをかけ背筋をピンと伸ばした優等生のような生徒。その二人の男子がチャイム後の授業終了の礼を済ませると、スプリンターもかくやというスピードである女子の元へと歩を進めた。


 それは、端から見ても全くの同時のタイミングだった。


「「土御門さん!一緒にご飯を食べませんか?」」


 満面の笑みで放たれた全く同じ一言にお互いは石になったように固まった。


「いやいや、こんな偏屈そうな奴よりも俺と一緒に食べましょうよ!」

「…んだとコラ、てめえの様なチャラいやつが土御門さんを誘ってんじゃねえぞ、品位が下がるだろうが」

「黙ってろ陰キャ、おめえはチーズ牛丼でも食ってろボケナスがよ」

「「…あ゛あん?」」


 なぜかやたらとドスの効いた声で茶髪のチャラ男と7:3分けの眼鏡男子がバチバチと火花を散らしている。その犬も食わない喧嘩の原因。『座れば牡丹』を体現したかの様な少女は、その口論も気を留めていないかの様に美しい笑顔を作って静かに座り込んでいた。


 100人中100人が必ず振り返る様な大和撫子の手本の様な女生徒。時間が経つにつれまるで鼠算式かの様に彼女の周りの人混みは数を増していく。



 このクラスにおいて、昼休みのチャイムは試合開始のゴングと同義である。



 1- 2のクラスでは、ある生徒と一緒に()()()()()()()()の為に激しい奪い合いが行われるのが日課であった。


「土御門さん「土御門「土「土御門さ「土御門さん!」」」」」

「はい、どうされましたか?」


 増えに増えまくった大人数からの声圧にも動じない彼女は、凛と通る鈴の様な声で返答を返す。その声に何人かが恍惚とした表情になったのは言うまでもないだろう。学園生活において、こんなに綺麗にハモることは合唱祭以外ありえないだろう。

 

 と、思える様に周りに集まっていた推定20人弱の男女は異口同音にこう問いかける。



「「「「「今日は誰と一緒にご飯を食べるんですか!?」」」」」

「えへへ…どうしましょうかねえ」


 騒動の中心に座す女子生徒は美しく微笑みながら、悩み顔でそう答えた。


(…まずいわね、逃げるタイミングを完全に逃した)


 その鈴のように心地の良い声色とほんわかした口調の裏。人混みの中心に埋もれながらも、後光が差しているかのように存在感を放つ美少女──土御門聖は心の中で心底面倒臭そうにそう思った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「…毎度毎度、遊園地かっての」


 『あら、そういえば…今日はこの後に木下先生との面談があるので失礼いたしますわ』、と()()()()()の声質と、17通りにパターン化された笑顔の1つで熱狂的ファンから逃げ果せた聖は、誰もいない廊下でその仮面を脱ぎ捨て一人ぼやいた。


 純粋な好意、下心、崇拝、エトセトラエトセトラ。


 それらの入り混じった混沌とした感情が一手に聖に向けられるのだ、これで疲れないはずがないだろう。特に酷い者はトイレの個室にまでついて来ようとするほどには、彼女は同性からしても魔性の女なのだ。


 何時もであればコガモのように後方から誰かしらがつけて来ていてもおかしく無いが、今日は誰もいない。


 それには当然、タネも仕掛けもある。


「気配遮断の護符の実験と考えれば悪くないわね」


 ”気配遮断”の符の改良版、先日聖が真の特性をヒントに生み出した新しい術式だった。効果自体は劣化版”隔離結界”であり、姿を完全に覆い隠すことはできないが、気配の消失という一点に機能を収束している分魔力の消費がコンパクトとなっている。


 現在聖は自身に気配遮断を発動することによって、熱狂的ファンの目を掻い潜っている状態であり、真と大差ないほどの影の薄さになっている。

 普段であれば確実に捕まって会話になるであろう、自身のすぐ横を通り抜けていく同級生を横目に、聖は自身が調整した符の効力と共に、普段からここまで影が薄い真に同情の念を少し抱いた。


(本当に見つかってない…辻褄を合わせないと後で何言われるかわからないわね)


 憐れみながらも足早に向かうのは社会科準備室。そこは彼女の学園生活における心安らぐオアシスの1つである。


「さてと、着いたけど鍵は…よし、開いてるわね」


 古びた扉に鍵がかかっていない事を確認すると聖はあたりを見回し、万一にも自身の教信者がこっそり尾行して来ていない事を確認すると素早く室内へ侵入する。

 室内では、急須で湯飲みに茶を注いでいる異様に若々しい妙齢の女性教師──木下緑が、突如として開いた扉に一瞬体を跳ねさせた。


「っ!?…ってお嬢様ですか?なんかやたら薄いような気もしますけど…」


 一瞬鋭い視線で観察をした緑だったが、時間帯などから推測し『誰もいないように空間に存在する人物』を即座に仮定する。その反応から、自身が見えていない事を理解した聖は嬉しさ半分驚愕半分で問いに対して答えた。


「名指しで疑問符ってことはやっぱり私の実態を捉えきれないんですね。これは浅田の特異体質を参考に改良した”気配遮断”ですよ。剥がせばほら、この通り!」


 腕に張り付いた符を破り捨てる。術式が崩壊すると同時に緑の目の前にパッと聖が現れた…ように見えた、当然最初から彼女はそこにいたので単純に認識出来ていなかっただけだが。


「嘘っ、隔離結界と大差ない出来ですよ!?これで術式起動の際の魔力コストパフォーマンスも良好なら、術式特許の取得も可能なのでは?」

「それが中々難しいんですよ。あくまで認識されない事に特化しているのであって嗅覚や触覚を誤魔化せない…って私はそんな魔術の話をするためにここに来たわけじゃないんですけど」


 話が盛大に逸れた二人は顔を合わせながら苦笑いをし、一先ず少しくたびれたソファに体を沈めた。緑が手に持っていた注いだばかりのお茶を自身と聖の前に置くと、軽い会釈の後聖がお茶に手を伸ばした。


「まずはいつも通りの経過報告、テスト結果は…いつも通りの平均7割弱。優秀すぎると角が立つので、このくらいに調整するのが生きる上で利巧です」


 あたかもそう調整したかのように振る舞いながら、目の前の机に置かれたお茶をぐいっと飲み干す聖。そのやたら豪快なそぶりと言動に、緑は二重の意味で苦笑いを浮かべた。


「そもそも勉強がそんなに得意じゃないだけですよね、騙されませんよ」

「……」


 無言。


 聖はカップを机に戻すが、その視線は明らかに明後日の方向へと向いていた。


「……まあ成績云々はさして問題ではありません。目下1番の問題は…もうすぐ開かれる会合、そして」

「その後行われる()()()()、ね」



 ”練技大会”、その言葉が発せられると先ほどまで和やかだった空気が急激に冷え切った。

 両者の顔は暗く沈み、聖に至っては頭が痛くなったのか眉間に皺が寄り、目尻を指で軽く押さえている。



「練技大会。表向きは各家の次期党首がそれぞれ自身の技術を他家に示す場としていますが、実態としてはもっと酷いものです…お嬢様も身を以てご存知ですよね」

「…その実態はいわば番付、我が家こそ他の家に比肩するものなしと示し、他の家を蹴落とす()()()()()()()()。緑さんのいう通り去年私は残敗、その結果が今の”これ”よ」


 顔に暗く影を落としながら聖は自分を自分で嗤い自虐する。


 去年惨敗を喫した聖──”木”陣営は現在崖っぷちをギリギリ生き残っているという状況であり、次の練技大会で結果を残さなければ非常にまずい状況に立たされている。


 では『踏ん張れなくなったらどうなるのか』、それは両者の脳裏に嫌なほどに理解できていた。何せ踏ん張れなかった前例があるのだから。


「そう、5年前。『金』陣営は敗北を重ねた挙句大量の負債を抱え自滅。結果として『()()()()()()()()()()()()()()()て……今や『土』の傀儡。困ったことにこれが他人事じゃなく、明日は我が身ってところなんですよね」


 痛ましい笑顔を作り笑いかける聖に、緑は机の下で爪が食い込むほど強く拳を握った。


 彼女は従者であり、目の前で痛ましい表情でも頑張って笑いかける主人の役に立つために存在している。しかし彼女自身は魔術の行使ができない。

 直接的な力になれないという事実は緑は内心をズタズタに引き裂くような思いにさせた。


「…お嬢様、そう悲観的にならないで下さい。今回は()()()がある、そうでしょう?」


 そんな心を仮面で隠すように、緑は優しい事実を聖に確認する、明らかに沈んでいた聖の瞳にいつものように光が灯った。


「ええ、そうよ、そうだった。今回の私にはさいっっっこうの対抗策がある、少なくとも人間相手なら確実に効く類のね!」

「ふふっ、でしたらその対抗策をもっと強固にする必要がありますね…ではお嬢様、ちょうどよく御誂え向きのが届いています。ここらで()()()()()()()登ってみませんか?」


 明らかにいつものペースを取り戻した緑は裏表なく満面の笑みを浮かべ、タブレットに届いていたメールを聖のスマホへ転送する。その内容を見た聖は、ニヤリとヒロインにあるまじき笑顔を浮かべた後、すぐさま真へメールを送った。



『from 土御門

 今日の放課後、部室へ来なさい。

 重大発表があるわよ!!    』



『from 浅田

 もうすぐ夏休みなのに重大発表とか嫌な予感しかないんですけど…?』


『from 土御門

 絶対に来い。

 こないとアンタのただでさえ寂しい夏休みが跡形もなく消し飛ぶと思いなさい』


『from 浅田

 えっなになになに、怖いんですけど。なにその脅し文句…

 絶対逃げられないやつじゃん…わかりましたわかりましたよ、行きます行けばいいんだろ行けば』



 昼休みとだけあって流石に返信が早い。ほぼ脅迫文と化した招待メールのやり取りが終わる頃には、とはいえ昼休みも残り5分と無くなっていた。


「…これでよしっと、じゃあそろそろ教室に戻ります」

「承知致しました、()()()はしっかりとこちらで手配を進めておきます」

「よろしくお願いします、じゃあまた放課後に!」


 嵐が去ったように、緑一人だけになった準備室は先ほどとは違って静まり返っていた。そんな教室で緑は少し寂しそうに笑うと、机の上におかれたティーカップを洗うために洗面台へと向かうのだった。





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