気楽系友人
お待たせしました。
二章の開始です。
てかよく見たら50話で草
2限も終わり、小休止で生徒が騒がしい昼の学校のその外では夏の熱気が生み出した蜃気楼が山の緑を歪ませている。
季節は本格的な夏場であり、長引くと思われていた2週間程度の梅雨も明け、日本特有のジメッとした陽気は生徒の制服を汗で染めていた。
「あ!そういえば俺のあげた例のプロテインバー、効き目はどうだ?ジムの常連客にも評判はいいんだけど、やっぱり友人の率直な意見ってのも聞いて見ないとな」
「あ〜…うん、あれな、すっげえ効いてたよ。だから今度個人で購入させてくれよな…っと源二、もう次の授業だ。
なんてったって次の授業は最後のテスト返却、心の準備をしておかなくちゃなあ!?」
「…なんかお前、2章でいきなりキャラ変した?」
「メタいこと言うなよ、テンションの差でしかねえわ」
教室の左端最後列。身長の高い男子生徒と、その生徒が会話しているからそこにいると理解できるほど薄らとした童顔の生徒が、周りの生徒と同じく取り留めも無いような事を話している。
影の薄い生徒───浅田真は内心汗をダラダラと垂らしていた…が仕方もないだろう。
仮にも数少ない友人に貰ったプレゼントを、その翌日に『鬼がいたので豆まきの代わりにプロテインバー投げちゃった☆』なんて口が裂けても言える訳が無かった。流石に彼もそこまでKYでも礼儀知らずでもないのだから。
辛うじて嘘ではない言い訳を吐きつつ、普段だったら準備しない次の授業の教科書をいそいそと出して話をさっさと終わらせようとする真。そのどこか挙動不審な様子を若干訝しみながらも、「おう、じゃあな」と話を切り上げて源二は自身の席へと戻って行った。
(…流石に申し訳無さすぎる)
罪悪感を胸に真は深々とため息をつく。
流石に嘘をつくのも偲びないが、とはいえ今更思い返すとどうして『鬼になら大豆製品効くんじゃね?』という安易な発想で、あの激烈な戦闘から生き残れたのだろうか。
真はそんな事を思いながら、いつも通り外の天気を眺めながら物思いに耽る。
燦々差し込む日光は嫌という程蒸し暑く、外からは蝉の大合唱が響き渡る。百々目鬼との戦闘から早3週間が過ぎ、季節は梅雨を超えて真夏に差し掛かっていた。
「………くそあちぃ…」
猛暑と日差しに屈した真は、とろける様に机に突っ伏す。
真は人生初の高校の中間試験を終え、本日はテスト返却日。
流石にお互いテスト期間中というのもあり、聖からの呼び出しも特に無く真は久しぶりに平穏を享受していた…普段の居眠りが祟ってテスト勉強で泣きを見ていたが、それは自業自得であり特に言及する必要もないだろう。
「とはいえ、だ。これさえ凌げば夏休み…っ!」
そう、これさえ凌げば、学生にとって最大のイベントである夏休み。彼のテストへのモチベーションは、全て夏休みに対する思いが燃料であったと言っても過言ではない。
しかし、当然高校のテストには赤点制度があり、赤点者は夏休み中に補修がある。
「高校最初の夏休みに赤点なんて…死んでも嫌だ」
テスト科目は国数英社生物物理の6科目。現状真は物理以外の科目において赤点を回避できていた、次の『物理』が彼にとっての正念場である。
「はい、チャイムなってんぞ〜。
みなさまお待ちかねのテスト返却だ、さっさと席戻れ〜」
時計の針が頂点を指すと、古びたスピーカーからチャイムが鳴り響き、同時に中年物理教師が紙束を持って教室に入ってくる。
いつもは只の睡眠導入音声であるはずのその音も、今日に限って真を極度の緊張へと誘う魔の旋律。
普段はどこか間延びして眠くなる教師の声も、今日に限っては真を判決を待つ罪人の様な心境にさせた。
「よし、んじゃテスト返しま〜す。出席番号順に、相原〜、はいこれ…………秋元〜、ほいっと」
(次、俺っ…!)
「………浅田〜って、あれ…いないのか?浅「はいはい!いますここに、今取りに行きます!!」
”あさだ”姓の真はクラスの出席番号で言えば3番、当然前半に呼ばれるので心の準備をする暇もない。
中年物理教師のアルカイックスマイルじみた笑みの裏に、『何かがあるのではないか』と勘ぐりながらも恐る恐る差し出されたテスト用紙を受け取ろうと手を伸ばす。
「…なるほど、じゃあこうして渡せばいいかな?」
「え゛っ」
そんな戦々恐々とした真の態度を見た教師は、意地悪そうな笑みに顔を変えると、テストを半分に折りあえて点数が見えない様に手渡した。
深刻そうな表情のまま自身の席に戻る真。表情の通り、ただ”夏場だから”という理由だけでは説明がつかないほどダラダラと汗をかいて焦燥していた。
「…『シュレディンガーの猫』という概念がある。現実世界においては本来ありえないが、物理という学問上では観測するまでは相反する筈の2つの可能性が同時に存在しているというあれだ。
つまり、この物理のテストも開かなければ赤点回避と赤点の両方の性質を併せ持つ為、俺は赤点ではないと言えることができるのではないだろうか」
「浅田〜?その理屈だと赤点の可能性もあるってことだから、夏休み補習にするぞ〜」
うわ言のように言い訳をする真に対して教師の言葉がクリティカルヒット。その一撃によって完全に机に突っ伏した真。暫くは死んだように動かなかったが、数分後顔を上げると完全に覚悟の決まった顔に成っていた。
「…ええい、漢は度胸っ!」
破るんじゃないかと思うほど勢いよくテストの紙を開く真。……しかし口ではそんな事を言いつつも、日和ったのか目はガッツリ閉じていて。
恐る恐るという言葉がふさわしいほど、真がゆっくりと目を開くと───
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「はああ〜〜〜〜〜…」
「ぷ、ぷぷ…っ」
「……笑うな源二、流石に恥ずかしいから」
暫く時が経って放課後。
テスト返しも終わり、次第に閑散とし始めた教室の中で大きなため息をつく真と、その横で腹を抱えて震えている源二の姿があった。
もちろん腹を抱えているのは腹を痛めたというわけでは無い。
「どこの世界に 61点を逆さに読んで19点だと勘違いした挙句、教室の中で『この世の終わり』みたいな絶叫をする奴がいるんだよ…って思い出したら、ま、また笑いが…ぷっ、ははははっ!!」
「笑うなって言ってるだろこの赤点野郎!少なくともお前が笑うのだけは絶対違うからな?!」
真の手には61点と大きく記載された化学のテスト用紙、手汗と強く握ったせいでしわくちゃになっている。
自信が無かった割に意外と点数が良かったことに安堵を覚えつつも、むしろ真は友人の点数を馬鹿にできなくなって いた。
「…どうすんだよ、まさかお前が19点取るなんて俺は思いもしなかったよ」
「だーいじょうぶだって、補習さえ受ければ留年は回避可能って先生も言ってたしな。っと、というかさっさと帰ろうぜ。明日の終業式さえ終われば夏休みだ!」
「それは大丈夫って言わねえと思うんですが!?…申し訳ないけどこの後ちょっと用事があるんだ、すまん」
「マジか、んじゃまた明日な!」
真の返答を聞くと帰り支度を済ませてあった源二は、手短に挨拶をすませて教室を後にした。 全くもって赤点を取り夏休み中の補修が確定した人間とは思えないテンションである。
部活の顧問にコッテリ絞られるんじゃねえか…?とやたら気楽な雰囲気の友人の心配をしつつも、同じく荷物をまとめておいた真は、自身の教室を後にする。
ーーー向かう先は当然、この学校の七不思議が一、開かずの教室である。
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