式神系男子
ここでようやくタイトル回収ですね…クソ長くて草
まあ、タイトル回収する程度には長々と書いてることを褒めてくれると嬉しかったりしますね
全ての赤い鎖が真の体内を侵食したその瞬間、激痛によって真は膝から崩れ落ちた。
(あ、れ…なんだこれ)
まるで、37兆あると言われている人間の細胞1つ1つが分裂と破壊、再生を繰り返しているかの様な、新たな生物として生まれ変わっているかの様な奇怪で未知な感覚。
その未知の感覚に起因するであろう全身に走る激痛の中、しかしなぜか真は冷静な意識を保ち、さながら自身を客観視しているかの様にすら思うほど自身の体の内に起こる変化を過敏に自覚した。
しかし、過敏に感じ取った変化の片鱗の自覚とともに、冷静さを保っていた筈の精神が再度激痛に蝕まれる。
「ぐううぅぅゥっ〜〜ッ!!あ゛、がァあ!!?」
「すぐ回復術式を使えるものを呼びますっ!それまでは…絶対に死なないで!!」
誰が見ても明らかな異常事態に、緑は一瞬唖然とするもすぐさま自身の取れる最善策を取るために動く。
残念ながら、この屋敷には”内線”という便利な文明の利器は存在しない。
屋敷に在中している筈の回復魔術を使用できるものを呼ぶために襖を破るかの様な勢いで部屋を飛び出した。
しかしその救護の声も、今の真の脳に理解できるほど余裕はない。
視界が歪み骨は軋む。
インフルエンザを優に超える倦怠感と全身に感じる異常な熱量に、鎌鼬や百々目鬼とは違う『死』を幻視する。
しかし痛みはそのままに意識だけが痛みと隔絶されると、肉体の明確な変化を感じ取ると引き戻されて再び激痛に喘ぐ。
「ァ、ゥ゛…ッ」
激痛に苦しんで未だ、しかしもう3分が経っただろう。
そのたった3分の内に、彼は既に叫びすぎて喉は枯れ果て、今にも息絶えるのではないかと思うほどに呼吸は浅く衰弱していた。
目は真っ赤に血走り、鼻血がボタボタと垂れ流れて来賓室のカーペットに大きな染みを広がっている。
食いしばったせいで下唇の肉が抉れるほど犬歯が突き刺さっていたが、しかしその痛みを覆い潰すほどの激痛が絶えず体と精神を蝕み続ける。
(…死ぬ)
ここ2日の妖怪との死闘でさえもこれ程感じなかった近づいてくる死神の靴音に、真は背筋に冷たい感覚を覚えた。
そしてこの異常事態を『冷静に分析できてしまう』という、何故か定期的に強制的に冷静な状態にされるのも真を追い込んでいた。
今まで以上の明確な『死』が脳裏に焼き付いて離れない。
(…呪いか)
すぐさま襲ってくる激痛によって、全く纏まらない思考を細く繋げて考え出した結論。
地面を這いつくばった真は痛みから流れる涙と涎で床を汚しながら、あまりに浅はかな自身を嘲笑した。
(歓迎されてるムードじゃなかったし、楽観視しすぎた。
どうして『今まで魔術が露呈していないのか』をもっと冷静に考えるべ、きィィッぃ?!?)
真はその激痛による思考の阻害に対して『まただ』とそう思う暇も、思考することすら許されない。
苦しみに終わりがない、生を謳歌したままで味わされる煉獄。
冷静に何かを考える時間が終われば、精神が破壊されていると錯覚するほどの激痛に蝕まれる。
痛みで苦しむ自身を客観視できる瞬間と、激痛で思考すら許されない倒懸の無限連鎖に真は陥った。
しかし、残酷なことに遠ざかって当然である筈の意識は一向にはっきりしたままで、生命活動の限界を理解したのか本能が生命倫理に背いて、自害の為に舌を噛みきろうかと無意識に舌に牙を立てた、その瞬間だった。
「ッ!!
辛うじてまだ息をしている…みなさん、解呪をよろしくお願いしますっ!」
来賓室へと白色一色の狩衣の男性数人と緑が、バケツを被ったかの様な量の汗を垂れ流しながら帰ってきた。
しかし、床に転げる死に体の真を一瞥すると狩衣の男性たちは表情を歪めた。
その顔から伺えるのは明らかに焦り。
「ッ、なんだこの異常な術式…ッ!!?
基本骨子以外が全てぐちゃぐちゃなのに起動してる…とりあえず解呪なんて無理だぞこんなの!!?」
「とりあえず術式の侵食を止めるぞ…って呪詛の魔術じゃねえぞこれ?!
魔力傾向とこの異様な術式体系、って嘘だろ…未正定の契約術式が暴走してるのか!!?」
(契、約…?)
まるで遠方から叫ばれているかの様な小さな雑音として、真はノイズ混じりの音響機械を介しているかの様な異音然とした2人の会話を拾った。
その既に正常な機能を果たしていない両耳から拾えた、確かな”契約”の2文字。
(契約なら…もう、なんでもいい。
この苦しみから救われるのならどんな契約でもいい、だから──)
もはやそれは”祈り”に近しい感情。
救われるのならどんな代償も払うという浅はかな命乞い。
「『しに゛た、く…ない』」
枯れきって言葉になりきらない様な声で呟いたのは『死にたくない』という当然の願い。
生命として当然の生への渇望が、契約の糸を辿り、その主へと声を届ける─!
「その契約、了承しましょう!」
「っっッッ!!!!!!」
どこからともなく聞こえる、どこかで聞いたことがある女性の声。
異常を来していた筈の真の耳にはっきりと、確かにそう聞こえた瞬間。
目の前の景色が一瞬にして群青色一色へと置き換わった。
(…は?)
思わずそう声を溢しそうになる程の異常事態だ。
真の目先に広がるのは地面も空も存在しない、地平すら視認できない色以外が無である世界だった。
無意識、真のうちに『明らかに人間が存在していていい領域ではない』という確証が心の内から湧いた。
拒まれているわけではない、自分がこの世界にいることに対して大きな不安を抱いているのだと理解するまでに数瞬の時間を要すのも無理はないだろう。
そしてこの三次元的理解ができない、奥行きや下限上限の見えない人智を越えた風景に真は息を飲んだ。
(そういえば…俺、今浮いて、る?)
体を支えているのは床に倒れ伏していた自身には感じる筈の無い、揺蕩うような浮遊感。
よく考えれば、体の感覚がない。
下を見ても足は見えないし、瞼を閉じようとしても瞼がない。
(…もしかして、今の俺って魂だけとか、そんな感じ?)
そういえばさっき死んだような気がする と肉体がないのでかく筈もない汗を幻覚する真だが、ふと自身とナニカが強く繋がっている感覚を掴んだ。
それは決して不快なものではなく、寧ろ何か温かさを覚えるような、そんな感覚。
状況が一向に理解できないまま、しかしそしてその繋がりからは、大量の情報が真の内へと流れ込んできていることに気付くのにしばらく時間がかかったのは言うまでもない。
しかし、
(情報だけが一方的に流れ込んできてる…”契約”、”魂”…”魂接”…?
やっぱり今の俺は魂だけの存在になってるのか…ってあれ、それってやっぱり死んでるって事?!)
『もしかして死んでるのでは!?』という焦りの最中、繋がりの正体──『魂』の概要を大凡理解したその瞬間、真の意識は感じたことのない程の極光に包まれて──
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「…何度目だよオイ、流石に最近多すぎるだろ」
いつの間にか閉じていた瞼を開くば、そこは一度見たような気のする天井だった。
生きててよかった〜…と心の底から思いつつ、真は無意識にそう悪態をつきながら、寝そべったままさっきまで無くなっていた手足の感覚を確かめるように、軽く手足の指を動かしていると、横の襖が開く音を捉える。
「人様の家でお休みとは随分といいご身分ね」
「…怪我人に対する言葉にしてはトゲしかねえな」
皮肉交じりに言葉を交わしつつも現れたのは、いつの間にやら小綺麗な私服に着替えた聖だった。
傷だらけであった筈の体からは傷が消えており、戦闘での土埃の汚れもない。
明らかにさっぱりとしている様子の聖。
髪が濡れている所を見ると風呂上がり、それを察した真は『自分が死ぬほど苦しんでる間にこいつ呑気に風呂入ってやがったのか』と内心毒づいた。
眉を潜める真とは対照的に、口元を緩め惨めな存在に対して笑いかけるように、聖は言葉を発する。
「式神契約は完了したわ。浅田真、これでアンタは私の小間使いってワケ」
「…は?」
開口一番発せられた理解できない一言に、真は条件反射的にそう返答した。
彼自身薄々感ずいていた自身の根幹部に何かが接続されているような感覚、その正体を聖は突きつける。
「私の『魂』との接続を感じるでしょ?
アレは本来人類が触れられるような領域じゃないなんだけど…私の先祖は優秀だったからあの『魂のセカイ』を介した上級契約術式を完成させた、それが『式神契約』」
「いや、式神契約の概要はあのセカイでなんとなく理解させられたけど…そっちじゃねえよ。
お前マジで俺を殺す気だった?割とマジで死ぬ寸前だったよ?」
何処までも群青色の世界──聖曰く『魂のセカイ』で、真は自身が血判を押したことで契約術式が発動した事に感づいていた。
そして、契約用の書類もすり替えられていた事も。
真の苛立ちを含んだ最もである言い分に対して、聖は真剣な眼差しで真を見つめつつ、頭を深く下げた。
「…殺す気は一切なかった、これだけは事実。信じて…としか言いようがないけど」
「んな言葉を信用できるか…ってなんだこれ、申し訳なさそうな気分が伝わってくる…これが魂接って奴の効果…?」
自分の心ではない、別存在の心を自覚するというありえない事象に真は一瞬気が動転しそうになる。
そこから自身のものではない感情が、つながりを通して流れ込んでくる感触を確かに感じていた。
真の魂が理解した情報の1つ、”魂接”。
『魂同士に人為的な繋がりを作り出す』という大魔術、本来人が存在してはいけない”死後の世界”に限りなく近い場所を経由して契約を成すことで発生した恩恵。
繋がりからはあらゆるものが行き交いすることができ、今真は繋がっている聖の本心を自身の心で感じているのだ。
そして、確かに聖がそう言ったように、確かに真は聖との間に作り出された”魂接”による繋がりを感じている。
しかし先ほどの謝罪が本心からのものだったとしても、彼の問いたい部分はそこではない。
『なぜ』『どうして』あれ程苦しんで上で、自身がこんなサディスティック女の小間使いになるような契約をさせられなければならなかったのか。
その一点が本心として真にとっての懸念点。
「そうです。
お嬢様、なぜこの様な無茶を…真くんは死にかけたのですよ!?」
何処かで控えていたのだろうか、緑が姿を現わすと主であるはずの聖に対して糾弾するかの様に詰め寄る。
その言葉を聞いた聖は顔を上げるが、その表情には大きな影を落としていた。
暗い顔のまま、ゆっくりと、そして悲しそうな声で聖は言葉を紡ぐ。
「…お母様はね、浅田を殺す気だったのよ、ハナからず〜っとね」
「……だとしても強引ですよ、やりようはいくらでもありました」
「ごめんなさい、私も不器用だから。
それに、これが一番後悔しないやり方だと思ったの、他の誰でもない私がね」
そう言いながら聖は、緑に向かって悲しそうに微笑んだ。
どこまでも辛そうで悲しいその笑顔に、緑は息を飲むと再び部屋の隅へと戻っていった。
一息つけて表情を戻した聖は、未だ体を起こせない真の横に座り込むと、懐から小さなホワイトボードとペンを取り出し、少女チックな丸っこい2匹の幽霊のイラストを描きあげた。
それを真の方に見せると、こほん と態とらしく咳をして話始める。
「”式神”とは自身の分霊に等しい存在なのよ」
聖が一匹目の幽霊の中に大きく丸文字で『私!』と書き込み、二匹目の幽霊に『浅田&私』と書きこむ。
ちなみに真は『こいつ、やたらと女子っぽい文字とイラストだな…』と見当違いのことを考えながら、話半分に聞いている。
「『魂のセカイ』を介した契約によって、私の魂を株分けしてアンタに分与。
物理的な繋がり以上に、深く強固な繋がりを構築するのが『式神契約』」
「ってことは…今俺の中には土御門の魂のカケラが埋め込まれてるってことか?」
「正解、そしてそれによってアンタの死は私の命を大きく蝕むようになる。
お母様にとっては私はこの家の長女であり欠かせない存在、これでアンタを簡単には殺せなくなったってこと」
聖は手早く説明しながら『浅田&私』と書かれた幽霊に大きくバツを書き込み、『私!』と書かれた幽霊の方に『大ダメージ!』と付け加えた。
その説明を聞いた真は少し考え込んだ後、今度は自分が申し訳なさそうな顔でおずおずと聖に尋ねる。
「え〜っと、この感じだと俺…また助けられた?」
「まあ、そうね。
恩着せがましい言い方をするけど、死ぬほど苦しくても死ぬよりマシでしょ?」
どこか誇らしげに言い切った聖を見ながら、どうやら『また命を救われた』とはっきり自覚した真は、さっきの全身が組み変えられるような激痛を思い出し、
(…どっちもどっちじゃね?)
などと思いながらも、深くため息を吐くのだった。
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