契約系男子
サイドストーリーじゃなくて本編です、よろしくお願いします。
こうして自身の命の危機を悟っていた真にとって、実にあっさりと”審問”は終結したのであった。
そう”審問”は終わった、それこそ真の予想以上に簡潔な感じで。
「ふぅ〜…」
真は吐き出される息と共に緊張やその他諸々の感情が外へ流れ出ていくような、そんな気分を覚える。
因みに真は”審問”の内容を『尋問紛いの脅迫』か『殺害されるか』のどちらか片方だと考えていたらしい。
若干の拍子抜けといった気分と”最悪”の事態を回避できたという安堵感で半々の真が、緊張のあまり無意識に止めてしまった呼吸を思い出したかのように開始した。
よく見れば彼が着ていた患者服のように真っ白な着物は何処か湿っていて、彼がどれほどの汗をかいたかは想像に難くないだろう。
「緊張しましたか?」
「…そりゃあもう、お陰様で心臓バックバクですよ」
「それは重畳です
さてと…部屋を移しますのでそろそろ立ってもらえますか?」
そんな様子を見た緑は、真が学校で普段見ている柔らかい雰囲気で彼に笑いかける。
しかし学校での少し緩い小動物的な笑顔ではなく、どこか意地の悪さを覚える小悪魔のような笑い方だ。
それは妙齢とは言え、美人だから許される表情であろう。
そんな何処か魅力的にすら感じる笑顔に少しドギマギしたのか顔を少し逸らした真は、しかし皮肉交じりの暗に”なんてことしてくれやがってんですかこのヤロー”と言葉を返す。
しかしあっさりと柳に風と皮肉を皮肉で返されてしまい、これが大人の余裕か…と完全に口での負けを悟った真は肩を落としながら立ち上がろうとする。
しかし、片膝を持ち上げた瞬間、予想外に真の足から背筋にかけて嫌な痺れが走った。
「…っ?!
………足が痺れて立てないです、申し訳ないんですけど手を貸してもらっていいですか?」
「…ぷっ、い、いいですよ…ふ、ふふ」
それこそ実時間でたったの5分程度だったが、畳の上に正座していたせいで足が痺れている。
しかし麻痺に気付かないほどガッチガチに緊張していたのもまた事実、立ち上がろうとして漸く真は自身の足がいうことを聞かないことに気づいた。
思わぬ不意打ちによりチベットスナギツネのような表情になって助けを乞う真の様子がよほど面白かったのだろう、緑は思わず吹き出してしまう。
薄暗い和室は緑の笑い声と真のそれに対する怒声で賑やかされ、先程までの張り詰めていた剣呑な空気は、いつの間にやらすっかり消えていたのだった。
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足の痺れと笑いのツボも落ち着いた暫く後、真と緑は漸く審問の行われていた薄暗い和室を後にする。
またあのクソ長い廊下を…と億劫になっていた真だったが、襖を開けた先にあったのはやはり長くはあるが、いたって普通の和風廊下であった。
(…やっぱり俺が万一にでも逃げないように、何かしらの細工がしてあったと考えた方がいいな)
実際に先程は永遠と景色が変わらなかった筈の廊下は活けた花や分岐路、嫌味にならない程度の貴重品で飾られており、平衡感覚や方向感覚を狂わされるような違和感も特に感じなかった。
そういう魔術もあるのか…と関心と恐怖を抱きながら廊下を進んでいく。
すると、
「お、おお…」
「どう?いい景色でしょ?」
そんな事を片手間に考えながら、緑の後ろに付いて廊下の突き当たりを曲がると、思わず真は感嘆の声をあげてしまった。
角を曲がった先には優美な風貌の日本庭園が広がっていたのだ。
中心に作られた大きな池は空に登る月を写し込み、綺麗に選定された松の木々が庭を飾り立てる。
苔むした岩でさえ、まるで芸術品のひとつであるかの様に思わせ、小さな鹿威しが規則正しく水音と共に軽快に音を立てる。
修学旅行で行った京都ですらこんな素晴らしい庭があった覚えがない、そうつい思ってしまう程の芸術品。
日本屋敷の原風景と錯覚する様なその光景に、真は感嘆の声を上げた後、暫く放心しているかの様に見入った。
「…芸術とか疎いんですけど…あの、なんというか、その〜、日本のスピリッツ的な何かが反応しました。
どこか懐かしいというか、素晴らしいというか…言葉にうまくできないんですけど」
「わかりますよ真くん。
私も初めて見たときはキミと同じ様な反応をしてしまったもの。
…っと、ここの部屋よ、入ってください」
「わかりました」
緑が廊下角からすぐの部屋の襖を開ける。
真は了解を口にしながらもチラチラと庭の方に視線を泳がせ、そしてどこか名残惜しそうに襖を閉めた。
入った部屋は当家の来客用であった。
落ち着いた色調のソファと机、シックなデザインの棚々と家具は洋室の様ではあるが、外界とこの部屋を隔離する扉は『和』である襖であり床は畳、基調品として置かれているのも和風の焼き物に飾られた生け花。
あまりの和洋折衷。
トンデモなチグハグ加減に一瞬唖然とした真は、”好きに座っていいわよ”との先生からのお達しによって意識を取り戻しそのままソファに座り込む。
来客用とだけあり低反発のよく沈むソファに全身を沈み込ませていると、棚の中から緑が1枚の書類を取り出し真の前に置いた。
その紙には複雑な文様が描かれており、それは真が以前聖の所持していた符を借りた時に見た符の文様と酷似している様に見えただろう。
そして緑はこほんと一息ついた後、真剣な表情を作りながら話を切り出した。
「さて、浅田くん。
貴方は我々魔術師の深遠が一端に触れてしまいました、しかし魔術の存在を吹聴される訳にはいきません。
つきましては貴方に”呪詛”をかけさせていただきます」
「”呪詛”…って事は廻戦的な感じの呪いですか?!」
「危ないからそういう事を言うのはやめた方が良いわよ」
『呪詛』。
呪い、まじない、魔術道具やそれを用いた儀式によって敵の精神を蝕む魔術の大きな一体系。
そして、日本においては”丑の刻参り”や”蠱毒”など、一般人にも広く知れ渡っているポピュラーな魔術的行為だろう。
そして知られているが故に、一般人にとって最も恐れられている魔術だと言って差し支えない。
当然、告げられた呪詛という言葉に漸く温まってきていた真の肝が一気に冷えていく。
しかも命令形、問いかけではなく強制的に掛けられることが絶対条件。ゴクリと大きな音を立てて真は唾を嚥下した。
その様子を見た緑は真の勘違いを悟り、少し捲したてる様に言葉を続ける。
「とはいっても常時発動…ずっと発動していて徐々に相手を衰弱させる様な呪いじゃなくて、特定の行為を禁止したり制限したりする類の呪いです。
どちらかと言うと”制約”と言った方が正しいかもしれませんね」
「はあ…なる、ほど?」
真はいまいち要領を得ていないが、とはいえ『テレビからやべー女が抜け出てくる』、『藁人形にごっすんごっすん五寸釘⭐︎』などの想像していたヤバそうな雰囲気の呪い(もの)ではないと察した。
その間に緑がいつの間にか手元にあるソーイングセットから小針を取り出し、机の紙の上に添える。
「通例通り『我々に関する一切を言及、記述できなくする』と言う呪いをかけさせてもらいます。
この紙に血を一滴垂らして貰えば、それで術式がオートで作動、行動に制約が発生する様になります…と言う訳で針でチクっとやって、そのままペタンとお願いしますね〜」
「なぜ急に先生モード…ちなみになんですけど、呪いにかかった後に話そうとするとやっぱり…死にますか?」
当然避けて通れないが、やはり触れたくなかった核心部分。
『好奇心は猫を殺す』というのが最近真の頭に大大と刻まれた格言だが、やはり尋ねずにはいられなかった。
真面目な話口調から急に学校でのふわふわとした話し方に戻った緑に、若干ビビりつつもおずおずと尋ねる真に、緑は広角を釣り上げ目を大きく見開いて呟くように話し始める。
「いえ、話そうとすると舌が、書こうとすると手が勝手に強烈な麻痺状態になるだけです。
……しかし5回以上我々の情報を明かそうとすると、術式によって心臓が麻痺する様にしてあります」
「…比較的優しいですね」
(心臓麻痺か、ポピュラーな死因の方が探られずらいって事か…?
木を隠すなら森の中とはよく言うけど、まさにそれだな)
思考を続けながらそう漏らす真。
『死』が身近になり過ぎて感覚が狂っている訳ではない、現に相当生ぬるいだろう。
真の推定では、2〜3回情報を漏らそうとしたら即殺されるようなものだと予想していた。
この組織の隠蔽体質の起源が何時からだったのか等は知りようもないが、少なくとも現代まで完璧に秘匿されてきた機関であることに間違いはない。
その点から考えると、制約はもっと厳格でかつ残酷であると当然のように思っていた真は、予想以上に余裕のある数字に思わずそう言葉を零したのだ。
「…君もかなりブッ飛んでますね、まあそっちの方がやりやすくはありますが。
では早速、その紙に血判をぽんっ!とやってください」
「わかりました…っ痛。
んでもって…指をここに、押し付け、るっと」
裁縫針で親指の薄皮を破き、浮き出た赤い水玉をそのまま紙へと押し付ける。
すると、A4用紙ほどの紙に描かれた文様が赤色に眩く輝き始めた。
真にとってはこの2日間でいい加減見慣れ始めた、符によって放たれる魔術の光だ。
「これで完了ですか?」
「ええ、これで契約は成率……ってあら?」
「えっなにその反応…怖いんですけ、どお!?」
突如として吹き荒んだ、吹くはずのない突風に思わず二人は怯む。
緑が驚いているという事実が真をさらに追撃し、今起きている状況が相当マズいと自覚した。
紙から放たれた光に違和感を覚えた緑は怪訝な顔を作り、その反応に対して嫌な予感を覚えた直後、契約書から強烈に風が吹くと共に赤い光で編まれた鎖が吹き出した。
光の鎖はまるで生きているかの如く真へと向かい、そのまま真の頭部に直撃し、しかし実体が存在していない紅輝の鎖は、どんどんと真の頭に入り込む。
「ッ?!あ痛たたたッッ!!?
急に、なんだ、頭割れ、るッッ…なん、なんだこ、れ…頭、文字が流れッ!!?」
”赤い鎖”が脳に焼き付いているのかと錯覚する暇も余裕も真にはなかった。
唐突に鈍器で頭を殴られたような衝撃に遅れて、真の脳内に未知の言語や情報が絶えず流れ込んで行く。
ニューロンの一欠片にまで隈なくコードが焼き付いて、強制的に大量のデータによって記憶領域を浸食されていく。
情報の濁流。
次第に痛みは頭から胸、手、腰、脚と伝播し、脳みそから足の爪先の一欠片でさえも等しく激痛が走り続ける。
「あ゛、あ゛あああああああああアアァ!!!?」
「っ、まさか反対勢力の攻勢術式…?!真君、解呪するから頑張って耐えてッッ!!」
(あ、れ…なんだこれ)
全身に走る激痛の中、しかしなぜか冷静な真の意識は自身の身体の内に何か暖かい感触が蠢く奇妙な感覚を覚えたが、すぐさま激痛によって判断能力を奪われたのだった。
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