策略系母
本編続きです、今回は少しばっかり長いですよ
「…知らない天井だ」
真は目を覚ました途端、まるで目を開く前から言う事を決めていたかの様に、病院で言うべきテンプレート的台詞を呟いた。
頭部打撲と貧血に陥って戦闘中に倒れた真が目を覚ますと、そこは見覚えの無い和室であった。
真は最初こそ頭に残る鈍い痛みと、状況がうまく飲み込めないことも相待って天井を眺めるだけであったが、よく見ると自身の腕には点滴の管が通っており、医療施設であるかと一瞬思い悩んだ。
しかし、近所に畳の床に伏せる形で入院できる医療施設の存在を聞いたことがなかった、なのでそれはないと自身の想像を棄却する。
(となると、ここは…土御門が言っていた組織、だろうな…多分)
頭部に多少違和感があるものの、気絶の瞬間に感じた喪失感の様な感覚は一切なくなっている。真は一先ずは落ち着けると安堵の息を漏らした。
「お目覚めですか?」
「のわっ?!…って木下先生、ここに居るってことは、やっぱり土御門のやつとグルだったんですね」
天井の梁を眺めながらぼんやりと思考を続けていた真の視界に、横からスーツ姿の女性が現れる。
思わず驚嘆の声を上げてしまう真だが、知り合いだと分かると同時に、”もしかしてさっきの呟きを聞かれたのではないか”という事実が頭をよぎり、顔を若干赤らめながら誤魔化す様に言葉を続けた。
「グルなんて人聞きの悪い、私はお嬢様に仕える影。教師はあくまでも仮の姿にすぎませんよ」
「そうですか…というかキャラ変わってません?」
しかし、真の予想を裏切る様に帰ってきた返答はどこか冷たい雰囲気を含んでいた。
教師の時の柔和な雰囲気と比較して、今の緑はバリバリのキャリアウーマンの様な鋭い雰囲気を漂わせている。あまりにもギャップが激しい変化に思わず怪訝な顔をしながら尋ねてしまうほどだ。
正直、姉妹とでも言われたほうが信じられるレベルである。
「体調は問題ないですか?」
「え、あ、はい。ちょっと頭が痛いけど問題ないです」
「そうですか、それは良かった。では、行きましょうか」
そう言いながら緑は真の腕をおもむろに掴むと、手慣れた手つきで点滴のチューブを引き抜き、針のあった部位に消毒液とガーゼを貼り付ける。
しかし、今一要領を得ない緑の発言に対して真は少し悩んだ後に疑問を呈した。
「へ、何処に?」
「…お嬢様から聞いていなかったのですか審問会ですよ」
(審問会…審問会か)
審問会…嫌な響きだな、と何処か人ごとの様に言葉を飲み込んだ。しかし冷静に考えて見ると、だんだんと自身の置かれているであろう状況がかなりマズいことに気がつき始め──
「……ファっ!!?」
大粒の冷や汗をダラダラとかきながら、変な声を上げてしまうのだった。
「では行きますよ〜」
「あ、語尾がいつものに戻って、って…え、なんで引きずって、ちょ、待って?!」
ガーゼを貼ったそのままの流れで真の腕を引っ張って、緑とともに真は部屋を後にするのだった。
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歩き出して数分が経っただろうか。
廊下をゆっくり歩く2人、片やスーツを着こなしたスレンダーな女性。片やいつの間にかボロボロの制服を脱がされ、旅館で見るようなラフな和装に着替えさせられていた青年。
その男子──浅田真は未だ治らない汗を垂れ流しながら、頭の中ではこの明らかにまずい状況を打破する策を画しようとする無駄な努力を続けていた。
(おかしい、おかしいおかしいっ!さては土御門のやつ、騙しやがったな?!)
真はさながら断頭台に送られる罪人の様な気分で、薄暗く長い廊下を緑の先導で歩む。
一瞬『いっそ逃げてやろうか』と魔が差すが、ふと違和感を感じて後ろを振り向くと、無限に廊下が続いているのではないかと錯覚するほどの奥まで永遠に廊下が続いていた。
よく考えたら3分は同じ景色を見ている気がする。
しかもサイ○リアの間違い探しもかくやというレベルで一切差異が見当たらないレベルである。
(…oh)
動揺のしすぎで変な外国人のようなテンションになってしまった。
何かしらの仕掛けがあると直感した真は、げんなりしながら”逃げる”という選択肢を放棄した。
よく見ると前を歩いていた緑が凄まじい圧を含んだ笑顔でこちらを見ている。その笑顔の裏にある意味は露骨なまでに明らかであり、真はだんだん胃が痛くなってきた。
更に数分は歩いただろうか。先頭を歩いていた緑が、荘厳な装飾の施された襖の前で足を止めた。
「こちらになります…浅田くん、気をつけてね。……下手なことは言わない、しないこと。先生との約束よ」
「え゛っ。それってどういう」
何なら物騒な言葉を呟いた緑にその真意を問いただそうとするが、開く扉に一瞬気を取られた隙に、気付けば緑はいつの間にか消えており──
「ようこそ、浅田真さん。私の娘がお世話になったようですね」
「あっ、ハイ…こちらこそ、お世話に、なりました、ハイ」
数多のロウソクに照らされてなお薄暗い部屋。その奥に鎮座する妙齢の女性からの挨拶にタジタジになってしまったのであった。
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広い和室、薄暗いその部屋の奥には一段高い座が設置されており、そこに薄緑を基調とした美しい着物を着こなした妙齢の女性が鎮座していた。
真がたじろいで返答をしながらも薄暗い部屋によく目を凝らす、よく見るとその女性の後ろには先ほど真を案内していたはずの緑含め2人の女性がそばに控えていた。
「どうぞ此方へ。さて、浅田真…真さん、でよろしいですか?」
「あ、はい…どうぞ」
手招きをされた真はその場の空気に飲まれて、思わず正座で着席した。
「先ずは、自己紹介を…私は土御門櫻。私の娘を助けてくれたそうで…その折感謝を申し上げます」
そう言いながら、柔和な表情で笑顔を作る聖の母親─土御門櫻は三つ指をついて丁寧にお辞儀をする。
『この感じ、やっぱり”消される”のではないか』と心底疑っていた真は、流石に面を食らって開いた口が塞がらなくなってしまった。
(なんか思っていたよりも穏やかな雰囲気…だな、うん)
しかし、真はすぐさま又しても汗に背中を濡らす羽目になった。顔を上げた櫻の表情は先ほどの表情と打って変わり、冷たい能面のような表情と化していたのだ。
「さてと、私情はここまで…。
我々は東洋魔術連盟、結成時の5大家が1、”木”である…浅田真、貴殿には2つの選択を許そう。
1、契約を結んで、我々の存在について黙秘する。
2、ここで死ぬ、の二択「1でお願いします!是非ッ!!」
先ほどまでの柔らかい雰囲気を感じさせぬ重圧感に気圧されながらも真は物凄い食い気味、選択肢の提示に被せる返答。
捲し立てるような早口で選択肢その1を選択した真の心臓はパンクロックバンドのドラムパート並みにビートを刻んでいる、もはや心臓から若干の痛みすら覚えていた。
その勢いに若干圧倒されたように固まった櫻が、さすが大人の余裕といったようにすぐさま立て直し言葉を続けた。
「……よろしい。では私は失礼します、あとは…緑、契約について教えてあげなさい」
「承知いたしました、当主様」
立膝をついた状態の緑がすぐさま了承を告げると、直ぐに立ち上がった櫻が出入り口方面へ歩き始める。
なんとも言えない重圧感から解放された真がほっと一息ついた瞬間、真横を通った櫻に肩を軽く叩かれ、思わずビクッと肩を震わせた。
「約束を守りなさい、絶対よ」
「…ハイ」
その一瞬で耳元で囁かれた念押しに、棒読み気味に答える真。
思わぬ最後の不意打ちによって、彼の心臓は鎌鼬や百々目鬼と対峙した時よりも激しく鼓動を刻んだ。
とは言え、最悪は回避できた。
再度不意に肩を叩かれでもしたら今度こそ心臓が爆発してしまうため、後ろに誰もいないことを確認しつつ、ようやく真は心底安堵のため息を漏らした。
「…では真くん、別室で契約を履行しましょう。ついて来てください」
「わかりました」
斯くして自身の命の危機を悟っていた真にとって、実にあっさりと”審問”は終結したのであった。
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「…選択肢、か」
永遠と続くのかと錯覚するような廊下を自室に向けて歩きながら、櫻は自身の課した選択肢を思い出す。当然だ、今まで”見てしまった者”に選択肢なんて課したことがなかったのだから。
彼女は一家の長、本来人前に顔を出すような立場ではない。彼女が今回顔を出したのは”浅田真”という人間の特異性にあった。
一般人であれば、たまたま目撃をしてしまった時点で拘束され、読心術の魔術によってある程度の信用性があれば契約によって縛りを与え、なかったのなら消す。
選択肢は存在せず、裁判で罪状を告げられるかのように一方的な宣告、それが東洋魔術連盟の方針であった。
ではなぜ今回、真には選択肢が課せられたのか。
「本当は後者を選んでもらいたいくらいだったけど、そんな自殺死亡者はいるわけないわよねえ。普通であれば、あのような者は殺すのが最も得策…でも聖がそれを許さなかった」
”審問”の決議は本来であれば、即殺害だった。しかし、他の誰でもない土御門聖の鶴の一声によって、その決議はひっくり返されたのである。
しかも、かなりの代償を背負って、である。
聖にとって確かに真は命の恩人でもある。そして二度にわたる任務で彼のサポートによる功績は計り知れないものとなった。
自身の娘がそれなりの代償を払ってまで生かしてやりたいと思う人間が現れたとしたら、一母親としてどのような人間か見定めたくなるのが人の常であろう。
だからこそ、母親としての顔で最初彼女は真と対面したのだった。
さて。
聖による報告によって告げられた結果として、鎌鼬戦では彼の起点により聖の命は救われ、事実上の撃退者も真といって差し支えない。
そして本日の百々目鬼/百目鬼戦においても、最初こそただの腑抜けであったが後半は彼のアシストによって大きな隙が生まれ、それによって撃破につながったと言える。
しかし、これは魔術師的な観点では一般にとてもよろしくない。
魔術組織とは秘匿されるべきであり、あまつさえ一般人のサポートによって命を二度も救われたとあれば術者の名折れだ。
しかも聖の家は傾いており、これは他家が嬉々として浸け入る明確な急所を生み出してしまったことに他ならない。
つまり、真という存在が生きているというのは、それだけで他家が当家の失態を知ってしまう可能性のある生きた弱点みたいなものであった。
──ならばどうするか。
それは非常に簡単だ。
「いっそ裏で殺してしまうのも…検討するか」
母親の顔をしていた櫻の目に、いつの間にか冷酷な光が灯った。
”浅田真”という人間のデータは既に櫻の手元にもある。
一見して少しおかしな点はあったが、一般人の範囲に収まるような人間など魔術を使える身からすれば、吹けば飛ぶ埃よりも脆弱な存在だ。
約束を反故にするのは多少心苦しくもあるが、だからと言ってどうということはない。
歪んでいるようにも見えるが、これもれっきとした愛なのだ。
彼女にとって長女である土御門聖という少女は母親としても家としても必要不可欠。
『この先に光ある人生を送るために一縷の人情に心揺れて、今後をドブに捨てさせたくはない』というのが彼女の考えであった。
兎も角として。
真の預かり知らぬところで、静かに彼の運命の歯車が動き出したのは間違いない。
タイトルが決まらないのが難点ですよね。
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