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呆気系女子

お待たせしました、本編です。



「辞世の句なら殺す前に聞いてやっから黙っ、て、っゥ…ガッ!?」

「嵌った」


紅く鮮やかに目を楽しませていたシャボン玉の群生は、いつの間にか真っ黒に変生していた。

黒い園の中で彫刻の様に巫女が微笑む。


「ほんの数ミリボルトの微弱な電圧、それをシャボンに閉じ込めて大量に散布する範囲術式、それが『毒空木(どくうつぎ)』」

「がっ…ァ…?!」


美しい作り笑顔のまま、盲目である筈の聖はゆっくりと立ち上がる。

そして鬼に向かってまっすぐに、”目が見えない”状況とは思えぬほどに優美に歩を進め始めた。


(口が…舌が、痺れやがった、喋れねえ、どうなってんだ一体…ッ!?)

「どうして体が動かないのか、かしら?」


体の自由が失われ始めた鬼は、無理やり体を動かそうと暴れるが、しかし体を動かそうとしても思った通りの動きを肉体が行わない。

暴れようとすればするほど、まるで体を透明な糸が絡め取っていく様な不快な感覚を鬼は覚えた。


「私の『毒空木』は猛毒の様にすぐさま貴方を蝕むわ。

身体に浸透したシャボン玉は次第に黒く変色、身体中に走る電気信号を侵食し、結果として体は一切の命令系統を狂わせ、いずれ呼吸すらできなくなって死に至らしめる…。

日本三大毒草に名を連ねるほどの猛毒植物、毒空木の名を戴いただけの事はある()()()()()()()よ」

「ガッ、あァ…?!」


呼吸不全、身体麻痺によって力が散漫になったのか、聖の左目を覆っていた黒い靄が晴れていく。

片目を開いた聖は作り笑顔を崩すと一転、ギロリと形相を荒げて鬼を睨みつけた。


毒空木(どくうつぎ)』、他の術式が直接的な攻撃に特化しているのに対し、この術式は搦手に完全に特化している。

微弱な電気を含んだ赤い泡を大量に生成し、それ触れたものの体内に泡が浸透、内包している電気によってニューロンや電気信号を悉く破壊し尽くす術式だが──


(そう、()()

無差別に散布する関係上他人を巻き込みかねないし、そもそも妖怪相手なら相手が血を流してでもいないと効かない…やっぱり、即死技にしては欠陥が多いわね)


最大の欠陥は、『シャボン玉が浸透しなければいけない』という点がある。

非常に微弱な電気を内包している、逆に言えば静電気以下の程度の電気しかシャボンは内包していないということになる。


人間ならまだしも、出血でもしていない限り頑丈な妖怪の皮膚を貫通し、電気信号にエラーを起こさせるのは事実上不可能。


残虐性、致死性、そして何より扱いの難しさ。

それらあらゆる要素によって自作した術式でありながら、聖はこの術式の使用を渋っていた。


()()()()()()


「相手が弱らせるまでが死ぬほど大変ってのが初めて使ってみての感想ね。

正直あまりに場を選ぶから使う気はなかったんだけど…アンタは私を怒らせすぎた」

「……ッ」

「アンタ、警備員さん…()()()()()わね?

私は”人間を必要以上に害する妖怪”は必ず消滅させるって決めてるの、だからアンタは封印しない」


ふらふらと覚束無い足取りだった鬼がついに倒れ伏した。

左右不対称の鬼は、まるでまな板の上で跳ねる魚の様に悶えることしかできず、次第に呼吸音が不規則で激しいものに変わる。


ついに術式の制御すらままならなくなった影響で、聖の右側、残り半分のへばり付いていた黒いオーラが次第に霧散していく。

完全に両目を見開いた聖、その緑瑪瑙の瞳の奥には激しい憎悪と憤怒が渦を巻いていた。


激しい怒りを内にたぎらせる聖はゆっくりと歩を進め、3軸を欠いた五芒星の中心に足を踏み入れる。


「懺悔の言葉も口に出来ないまま死ね、妖怪」

「ァ…」


五芒星の中央。

完全に地に伏せた鬼を上から見下ろす聖の無機質な眼には、全身の瞳が白目を剥き、口から泡を吐き出して斃れた鬼の無残な姿がぼんやりと映っていた。


静かに符を掲げ、怒りのあまり表情が欠落した巫女がそれを叩きつける様に投げる。


「…呆気なかったな。

焼け焦がせ『彼岸花(ヒガンバナ)』」


聖はそうぼそりと、どこかつまらなそうに呟く。


無機質に詠唱を唱えると直後、凄まじい轟音と共に無数の赤雷の槍が無抵抗の鬼の身体を滅多刺しにした。

雷が収まった後、鬼がいた筈の場所には()()()()()()が転がっているだけだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「…さて、と」


暫く炭の塊をぼんやりと眺めていた聖は、顔を2、3回軽く叩くと袖の中からスマホを取り出し電話をかけた。


『お疲れ様です、お嬢様』

「七不思議”音楽室の動く肖像画”の調伏、完了しました。

思わぬ()()()()()()もあったんですけどね」


電話先からは芯の通った女性の声が響く。

電話の相手は木下 緑、土御門家に仕える『影の者』であると同時に、この学校で教師をしている彼女は、長年の経験から聖の声が何処か悲観的である事に気付いたが、特に言及せずに言葉を続けた。


あくまでも今は”仕事”の最中であると判断したのだろう。


『…そうですか。

拘束対象である”浅田真”については…』

「抜かりないです。

ちょっとばかりこき使ったせいで今は気絶してますけど……いや、むしろこのまま連行した方が楽なんじゃ…?」

『畏まりました。

5分ほどでお迎えに上がりますので、人祓の結界の解除をよろしくお願いします』


それを最後に電話は切れ、話口から聞こえる音はビジートーンに変わる。

そのまま役目を終えた電話をそそくさと仕舞うと、聖は言われた通りに結界を解除する。


結界が無くなった瞬間の妙な違和感で結界の消失を確認すると、聖は気が抜けたのかその場にヘタリと座り込んだ。


「にしても…ボロボロね」


改めて体の様子を確かめたのち、聖は自分自身を冷笑する。

昨日に引き続き今回の戦いも辛勝だったと評価した。


(正直()()()が居なかったら、時間稼ぎもできずに今回こそ死んでいたかも知れない)


『終わり良ければすべて良し』と楽観的なことは言えない。

前日は生死の境を彷徨うほどの大怪我を負い、今日は危うく手詰まりに陥りかけた。


真横で寝息を立てている真を横目で確認する聖は、改めて今日の戦いの反省点を考える。


(事実、ツーマンセルの任務は卒なくこなせていた。

でも1人での仕事になった途端にこの()()、私は誰かと組んでいた方が安定するタイプなのかも知れないわね…)


『ツーマンセルでの任務で成果をあげると一人での任務が承諾される』、それが東洋魔術連盟におけるルールの一つ。


自身の盤石な基盤を作るため、着実に成績を伸ばしていた聖にとって個人任務が承諾されたのは僥倖だった。


しかし、昨日今日で明らかになった思わぬところでの落とし穴。

彼女自身がソロでの活動に向いていないという事実、聖は解決策について熟考する。


ソロ活動における大きなメリットは調伏による業績が一人に完全に集中することである、デメリットは一人でこなす分、任務自体の難易度が格段に上昇する点。

まさに聖が味わった個人活動の難しさはこれに当たるだろう。


しかし、聖にとって今後のツーマンセルはとても難易度が高い選択肢であった。

いうのも、彼女の家は現在没落寸前だからである。


「西洋魔術の普及…か。

私たち”木”を司る家には殆ど恩恵が無かった。

でも、恩恵が大きかった家が連盟で強い発言力を手に入れ、その結果私の家は没落寸前」


自分の家が置かれている状況を改めて口に出してみるが、あまりに崖っぷちである状況に聖はだんだん悲しさを通り越して面白くすら思えてきてしまい、奇妙な笑い声を漏らす。


聖がパートナーを探す事が難しいと言うのはそのシステム、もっと言えば自身の家の置かれている状況がモロに影響を与えている。


ツーマンセルを強いられている場合、パートナーは東洋魔術連盟が指名した人間とタッグを組むことになっているため、あぶれると言う事は絶対にない。

しかし一般にソロ活動を認められた祓魔師は、ツーマンセルを組む場合パートナーを自分で探す必要が出てくる。


となると当然問題が出て来る訳で、


「パートナー、どうするかな…」


権謀術数渦巻く連盟内では横の繋がりと派閥がものを言う世界である。

詰まる所、没落寸前の弱小一派とのコネクションを求める者など、余程のもの好きか変人のどちらかであるのが明白。


(連盟の中で私の味方についてくれる様なもの好きは…精々私の身体目当ての糞爺共だけ、か)


考えれば考えるだけ、聖は自身の置かれている悲しい現実に思わず苦笑いそうになってしまう。

しかし、考えるのやめて現実逃避を図れるほど、余裕がある状況でもないのは事実であった。


聖が目下解決すべき問題は①業績の確保と、②パートナー探しの2点、しかしそれらの問題を解決するのはあまりにも難しい。


そう聖は思っていた。


(仮にパートナーが見つかったとしても、業績が私に一点集中する事はあり得ない…パートナーではなくツーマンセルに近いソロ…そんな都合のいいものがあるわ、け……いや、ある。

……そうか、これらの問題を解決できる()()()()C()、あるじゃない!!」


瞬間、聖の問題に天啓の様に光が差し、思わず思考が口から飛び出てしまう。


直後、校舎付近に車のハイビームが射し込む。

聖は意気揚々と車に向かい、緑と共に泥の様に眠った真を車に詰め込むと権謀術数渦巻く伏魔殿、その地方支部へと車を走らせるのだった。




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