盲目的系女子と???
納得できない展開だと思った方は私が不快にならない程度にコメントしてください。
鬼の叫喚が夜の校舎に木霊する。
その鬼から流れ出、校庭に停滞する黒いオーラが地面にまるで溶けるように吸い込まれる。そして大地に沁みこんだ不健康な血液のようなドロドロのオーラは次第に色調を変え、光すら呑み込むような真黒に変わる。
(何…あれ?まるで影みたい━━)
「それ、掠め盗れッ!」
「ッ?!」
その声に反応した黒い影は一瞬で分岐し数多の腕のように変形すると、地面をまるで蛇の大群のように泳ぎ聖に迫る。そして、その只ならぬ影の大軍に聖は反射的に結界を展開した。
結界を包み込むように襲い来る影の束、聖が目を凝らすとそれは一つ一つが鬼の手をかたどっていた。
鬼の手の影は結界から放たれる防御術式である緑のスパークによって弾かれるも、影に重なって次の影が結界に纏わりつき、次第に結界は影に包囲され黒いドームへと変わっていく。
(とりあえず…この威力ならあと1分は持つ。それにしてもどっちの妖怪も影を操る能力があったなんて聞いたことがない。ということはこれは影ではなくそれに近い形質の何か…か)
景色が見えなくなるほどの結界に巻きついた影手の群れ。ギシギシと軋む結界の内側で聖は冷や汗を垂らしながら、思考を絶やさず解決策を模索する。
━━しかし、それは最早事故といって差し支えないだろう。
予想よりも早く、そして僅かに入ってしまった亀裂はよりにもよって聖の真後ろで、不定形である影の腕束はその0.1mmにも満たないような割れ目からすり抜けて不意に聖の頭を抱擁した。
「ッ?!」
「捉えたッッ!」
一瞬にしてなだれ込む影に呑まれ全身を巻き取られた聖は、しかし咄嗟にポーチから数枚を適当に引き抜き地面に叩きつける。
雑に選出された数枚の符は叩きつけられて直様紅いスパークを地面に走らせると、結界の内側でそれぞれ赤雷と紅嵐を巻き起こし聖諸共で影の大群を粉々に散らした。
「ぐうぅぅッッ!!!!」
飛びそうになる意識を保ち最早なんの意味もなさない結界を即座に解除。内側で暴れ狂っていた風と雷が外に逃げ、聖は自身の肉体が焼け焦げ風に裂かれる感覚に苦痛の声を上げた。
辛うじて無事とはいえその巫女服は所々焼け落ち切り裂かれ、隙間から覗く肌も火傷と裂傷によってひどく傷ついている。しかし、ボロボロになりつつも鬼の次の攻撃に備えて距離を離しながらしっかりと正面に捉えた。
「…は?」
そう、そのはずだった。
聖の視界は違和感を覚えて声が漏れるほどに黯かった、開いているはずの目のその先に広がる世界が暗い。夜だからとかそういう話ではなく、何一つ見えない一点の曇りもない暗黒が聖の視野を支配していた。
聖の視界は、一点の光すら刺さない暗黒に包まれていた。目の前の鬼によって視界が奪われたのだ。
「応応、ずいぶん扇情的な格好じゃねえか!にしても自爆とはいい気味だなあ?」
(百々目鬼にも百目鬼にも、こんな能力があるなんて聞いた事がないッ!)
視界が封じられてたことについて多少混乱したものの、パニックにならなかったのは、日頃の訓練の成果かはわからない。ただ少なくとも、多少は冷静さを保つことができていた聖は視覚以外の五感をフルに使って情報を収集する。
しかし捉えたのはバチン!と甲高い音と共に金属が擦れるような音。視界が黒一色の聖の耳に届いたとても拙い情報。
五芒星の鋭角のうちの一角は、鎖が引き千切られたことにより符ごと塵と化し空と消えていく。大地に奔る鮮紅の星はその輝きを一段階鈍らせた。
それはつまり、鬼が首に掛かっていた拘束具を破砕したことを意味し、盲目状態ながら聖は状況の劣勢を悟る。
自身を拘束する結界の破損に口角を吊り上げた鬼は、そのアシンメトリーな顔から鋭い牙を覗かせ、今だ混乱する聖に話しかけた。
「混乱してるな?まあ、そうであってくれねえと困る。なんたって百々目鬼と百目鬼、どっちでもねえ”私”としての能力だからな」
「ッ、まさか、自我が統合された!?」
「おうさ、テメエのお陰でな!
テメエが私を心底恐怖させてくれなかったら、今頃私は文字通り跡形もなく消滅してただろうよ」
中性的だが何方かと言えば若い女のような声質で、何より未だに四肢を完全に拘束されて尚嗤う鬼。一見して状況の変化こそ目には捉えられないが形勢は一転している。
「これが目を奪う能力、死にたくなかった私たちが新たに手にしたお前を殺すための術。百目鬼は100匹の鬼を従えたという逸話があるって聞いたことあるだろ?
───だから、ちょいと部下の腕の影だけを借りたんだ。名付けて”百目鬼夜業”、洒落てんだろ?」
「…笑えない程度には洒落てるわ」
『百目鬼夜業』。
物理攻撃性をある程度捨て去った代わりに百々目鬼の『奪う』能力を限界まで高めた結果生まれた権能。その力によって対象の五感のうち視野角を完全に剥奪する驚異の力。
百目鬼の100の鬼を従えたという逸話と百々目鬼の盗みの逸話、そして共通する瞳というキーワード、それをいびつにハイブリットして生まれたこの能力は絶対的かつ危機的状況である今現在を乗り越えるために生み出された能力である。
この鬼が影が使えるのは陰陽の概念を受け、陰の性質を持つ夜に統合されたため同じく陰の性質を持つ女性としての百々目鬼の性質を色濃く反映されたため…であるが、本人は知る由も無いだろう。
「影が使えるのは…知らんね」
「ふ…ッざけんじゃないわよ!!土壇場で新能力に目覚めるのは正義の味方だけで十分だっての!」
「…そうだな、俺もそう思うよ」
「!?アンタ、体は大丈夫なの!?」
真っ暗な視界の外、聖は自身の真後ろ近くからどこか気怠げな男の声がすることに気が付いた。鬼の死角となる聖の真後ろ、頭からの出血が止まった真は、血に濡れて固まった前髪を乱雑に払いながら立っていた。
「いや自分の心配しろよ…」
実は少し前からその場にいた真は姿格好が酷くボロボロの上に、両眼球におどろおどろしい見た目の黒い靄がついた聖のその言葉を受けて呆れ半分に言葉を漏らした。
「見つけたぞ糞餓鬼…そこな巫女を片付けたら次はお前だ。首洗って待ってな」
鬼の視線が漸く自身に着目したことを察した真は、聖と鬼のどちらにも気付かれていなかったことを少しの苛立ちと共に悲しく思いながらも、その怒りを言葉に変えて言い放つ。
「『はいそうですか待ってます』なんていうバカどこにいるんだよ。むしろお前が首を洗って待ってろ」
「ッ、馬鹿にしやがって…ッ!殺してやるッ!!!」
殺意と牙をむき出しにして激昂する鬼を軽く見つめると、心底見下すような声色で嘲った。
その嘲る真の両脚は怯えからくるような震えが一切なかった。
「口を開けば”殺す”ばかりと…他の言葉を知らないのか?」
「ッッ〜〜ッ!!!!」
有名な台詞をパロディした真がドヤ顔でそう言い切る。
それとは対照的な様子で目という目を全て血走らせ、常人なら憤死しているであろうほど顔を真っ赤に染めた赤鬼が暴れるのを横目に、真は聖から自分の鞄を奪うように掴み取った。
若干慌てふためく聖に気付かれないように少し笑うと、再度鬼を真正面に捉えて聖を鼓舞した。
「ほら土御門…作戦通りならお前は制御担当なんだろ?だったら、さっさとあんなのぶっ倒して、俺をお前んとこの本部とやらに連行してみろよ」
「…っ、言われなくてもやってやるわよ!!」
その真の挑発とも取れるような激励に微かに口角を吊り上げた聖は、過去幾度と無く繰り返してきた動作である腰の革ポーチをスムーズに指で弾くように開き、大量に詰められた無数の符を視界に頼ることなく勘と指の感覚のみで判別し素早く5枚の符を引き抜いた。
(喩え目が見えなかったとしても…ッ!)
眼差しは閉じていても、その真剣な雰囲気が全てを語っていた。
真は聖の肩をしっかりと掴み、体の方向を鬼の対角線上に据える。その意図を理解した聖は特に抵抗すること無く真に体を預けた。
「そのまま真っ直ぐだ!投げろ、土御門!」
「オーライッッ!!」
手を休めることはなくすぐさま投擲された5枚の符は紅く一線を走らせながら鬼を襲い来る。
視界を奪われたとは思えないほどに一直線に、そのまま鬼を束縛している結界を貫通し正確無比に鬼を捉えて直撃した。
赤色のスパークを走らせる5つの符がそれぞれ激しく脈動するように輝くと、校庭に対して風が吹き込むように暴風が荒れ始れる。
剛風吹き付け舞い上がり、風は鬼を中心として巻き上げるように雷を纏った真紅のサイクロンを形成する!
「──雷電と暴風の象徴を捉えた、自分史上最高傑作…攻性術式、紅種、『昇藤』ッ!これが今の私が操れる雷と風の中での最高の切り札ッ!!!」
「おおォッッ!!??」
立っているのがやっとという程の轟々と吹き抜ける風は校舎を軋ませるほどの突風で、校庭に生えている荒立つ木々はその葉を散らしてそのまま風に攫われていく。
鎖についていた幾つかの紙垂が空の遥か彼方まで吹き飛ばされると、そのまま落ちてくることなく風に破砕され雷に焼かれて塵と化す。か細いながら文字通りの竜巻が風に疾る紅いスパークを纏った大暴風を巻き起こし、ついには空まで昇って天を貫いた。
(莫迦みてえに痛えッ!?休む暇なく飛んでくる石と雷が私の体に突き刺さってくる…ッッ!…でも、耐えられねえほどじゃ、ねえッ!)
竜巻は辺りの砂や石を巻き上げ、中心で拘束された鬼の体を鑢で削るように少しずつ削いでいく、しかし頑丈且つ頑健な鬼はその程度では怯まない。
石飛礫と電撃の雨霰の中、焦りもあってか一層猛った鬼がついに右の鎖を破壊した。
五芒星の煌きは一層弱まり鎖を放出していた符は塵と帰る。そして自由になった右腕はそのまま左腕に巻きついた鎖を握りつぶし、勢いよく引き千切った。
「ぐ、ぅぅっッ!っこれであと脚の2本…テメエら、首洗って待ってろ…ッッ!!」
「…そういえばお前、そろそろ腹減ってるんじゃないか?今から鱈腹ご馳走してやるよ!」
真は聖が回収していた自分の鞄、強烈な拳をガードしたせいでひしゃげてしまったその中からエコバッグを取り出す。
エコバッグの中身、それは今朝友人から貰った海外産のブロッククッキー。外国特有の極彩色調の包装を雑に剥がすと紅雷でイルミネイトされた竜巻にどんどん放り込んでいく。
商品名は『ソイプロテインバー』。
真は読むことはできなかったが、70%大豆で構成されたそのプロテインバーは石飛礫や暴風に粉微塵に砕かれ、しかし粒子状にまで粉砕された大豆由来の物質が鬼の体に吹き付けた。
そう、竜巻の中央にいるのは紛れもなく”鬼”だ。
「ゥ、痛ァっ!?オイ今入れやがっ、痛たたたッッ?!」
「…鬼に大豆って本当に効くんだ、正直疑ってたんだけど。というか粉々になってるならそれは最早きな粉だと思うんだし……まあ、効くならいいか」
鬼が初めて苦痛を言葉にして吐き出した、それを聞いた真が若干引いた、無理も無いだろう。
冗談半分に真が提案し意外と聖に好評で可決された作戦、それは友人から貰った大豆性のプロテインバーを節分の豆と解釈して鬼を祓う儀式を再現するというもの。
節分とは本来家に柊鰯を飾り神棚に奉納した魔滅、もとい大豆を使って福男が象徴としての厄災、つまり”鬼”を祓う儀式である。
そしてこの場には魔女術によって生成された『鰯と柊の灰煙』、『大豆から作られた製品』、『儀式の主体となる男』、そして何より『祓われるべき鬼』がある。
未だ視界が闇の中である聖が鬼の悲鳴を耳で捉えると、懐から5つ程ピンポン球サイズの球を取り出すと探り探りで真に手渡す。
聖を見る、靄がかった所為で目こそ合っていないが彼女は徐ろに頷いていた。
”魔術や儀式において行為や形には重要な意味がある”、聖の言葉を思い出した真は風の牢獄の奥で苦悶の声を上げる半陰陽の鬼に向けて不敵に笑った。
「もちろん儀式としては不完全らしいけど、お前の体力と気力をガッツリ削れるならそれ十二分だ。略式で悪いけどこれから季節外れの節分と洒落込もう、ぜッ!」
「ッッ〜〜!!??」
お世辞にも良いとは言えないような投球フォーム、手には先ほどから散々嫌がらせに使った”柊”と”鰯”から作った灰煙玉が数個。
ピッチャー。大きく振りかぶって、投球!
形だけ残った儀式って探せば結構あるんですよ、だから豆も大豆製品で代用できるんじゃないかなって思ったわけです。
千葉の一部の地域では豆だからって落花生投げてる地域もあるので、それと比べたら大豆使ったもの投げてる真たちの方が理にかなってないですか?
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