覚悟決めた系女子
お久しぶりです
「ギャッ!!?」
断末魔のような悲鳴が日が落ちきって月が照らす夜の校舎、その裏で響き渡る。
鋭い拳の一撃が真の頭頂部にたんこぶを作り出す。漫画じみた大きなたんこぶをこさえた真は両瞳に涙を溜め顔を隠すように蹲った。鼻を啜るような音がこだまし、聖はバツが悪そうな表情で丸まった真を見つめる。
「男は泣かない、泣いてないぞ。
これは花粉症だ、ズズッ」
「…とりあえず鼻水擤んだら?」
無言の間にせめてもの優しさが垣間見えた。明らかに見栄だが聖も流石にそこまでは指摘をしない、これ以上のオーバーキルは無用という最低限の配慮が伺える。勿論殴った張本人が誰かを考えれば飴と鞭感が否めないが。
聖が袖に手を突っ込みそこからポケットティッシュを取り出し真に差し出す、その表情は端から見れば何となく申し訳なさを含んでいるようにも見える。
蹲って顔を隠す真は奪うようにそのティッシュを受け取り、ご丁寧に後ろを向きながら大きく鼻を擤む。ポケットティッシュを自分の懐にちゃっかり収めつつ再び聖と顔をあわせるときにはまるで何もなかったかのようなケロッとした表情を作り、「続けようぜ」と話を切り出した。この男、割と演技派である。
「…分からないんじゃなくてそもそも解ってないのよ。研究自体余り行われてないのよね」
「…そういうもんなのかあ」
「そういうもんなの」
そうは言いながらも聖は魔術師としての自分たちの置かれている立場を思い浮かべる。『どうして研究が進行していないのか』についてはもう一つ大きな理由があるが、それについて真に言及する必要はないため意図的に隠した。もちろん実際、それについて話さなかったとしても真の作戦プラン作成に支障はないという判断もあるが。
「じゃあもう一つ質問、なんでわざわざ妖怪は他のものに化けるんだ?
昨日で大枠の理解はしたけど明確な理解には程遠いんだよね」
「その理由は大きく分けて2つあるわね、一つ目は存在を保つ為。これは昨日の鎌鼬が該当するわ。」
妖怪。
それらがどのように発生したかは未だ解明される気配がない、現在支持されている最も有力な説としては人の恐怖から生まれ出たとかなんとかかんとか。
詳しい内容については複雑すぎて聖は記憶できていなかった、とはいえそこを言及しなければ説明できない話ではないため、過去に習った通りに大まかな説明を展開する。
妖怪という存在は聖が先ほど真に言及した通り存在自体がそもそも不定形である、それ故にどのような形でも存在し明確にこれと言って定まった存在ではない。
しかしだからこその問題が発生する、定まらないが故に自己を保つことが難しい。
例として鏡を思い浮かべてもらいたい、鏡をのぞき込んだときにそこに映るのは必ず見慣れた自分の顔だろう。
しかし妖怪は定まったこれというものがない、映るたびに何か別のものに変わっているかもしれない、だからこそ彼らは最も自己がはっきりした存在である人間を利用する。
「ここまではいい?」
「…んん?」
大多数の人間が定まった形としての定形の妖怪を思い浮かべる時、そこには確かに1つの妖怪としての明確な像が存在することになる。
それをある種我々にとっての鏡のように利用することで彼ら妖怪は自己を保とうとしてきた。
…という内容が妖怪について語る上で大切な前提の知識である。
「それについて簡単に噛み砕いて説明したんだけど…」
「ん???????」
「まあ、わからないわよね」
そりゃそうよね、とハテナを頭に大量に浮かべる誠を横目にして聖は苦笑いを作った。
小難しい基礎知識をある程度噛み砕いて真に伝えたはいいが、話が進むにつれどんどん真の表情は強張っていき最終的には”ぬ”と”ね”の区別がつかないような馬鹿丸出しのとんでもない表情に変貌した。
とはいえ話はこれで折り返し、なんならこれから説明する話の前提でしかないため、頭が知恵熱で湯気がたちそうなほど困惑しているであろう真を尻目に聖は話を続ける。
「しかし科学の進歩によって妖怪にある問題が発生したの、有り体に言えば科学的に今まで妖怪の仕業とされてきたものの多くが解明されちゃったってわけね」
「となりますと…?」
「多数の人間によって存在を固定化していた妖怪たちにとって死刑宣告みたいなものね。なんたって誰一人として妖怪自体の存在を信じなくなるんだから」
人間の共通するイメージが無くなったらどうなったのか、その答えは簡単、存在が保てなくなったのだ。
誰もイメージを共有しないし次の世代に引き継がない、あらゆる恐怖体験は物理的に発生する事象によって生まれる認知のバグであり、そこに確かな形で人間を害する怪物は存在しない。
創作上の存在とされた妖怪は次第にその存在に確固たる形を持てなくなり、ほとんどがその姿を消していった。
「だから比較的語られてる都市伝説に姿を変えて、存在を保とうとしてた…ってことでいいのか?」
「ご名答。ホントはもっと細かく説明すると色々と違うけど、これ以上話すとアンタの脳みそパンクしそうだしこれで勘弁してあげるわ」
「…でももう1つあるんですよね?」
その質問に対する言葉による返答はない、帰ってきたのは聖のいい笑顔だけだった。うなだれて肩を露骨に落とす真を聖が楽しそうに眺めながら説明は続く。
「とは言ってももう一つはめっちゃ簡単な話よ、さっき百々目鬼は守衛さんに化けてたでしょ?」
「あ、人社会になじむためってことか」
「そういうこと、大手を振って妖怪然とした姿で出歩いてると私たちのような祓魔師が速攻で封印なり抹殺なりしにくるからよ」
極論だが妖怪として消滅したくないなら、その存在を人前に晒したりSNSを利用するなりでアピールすればいい。
ではどうしてしないのか、したら閉じこめられるか殺されるからである。
(…とはいえジリ貧なんだろうな)
説明を聞いた真の想像通り、妖怪にとって後者の選択である『人類との共生』というのは不可能とされている。
基本的に人間に害をなす存在が大半である妖怪が高度に文明化した社会でその正体を露呈せず馴染むことは非常に難しく、そもそもあらゆる所に潜んでいる聖たちのような存在がそれを許さないからである。
つまりいつかは人を害する存在に戻り、人を害して存在を立証しないといけないという悪循環が妖怪という存在には定されている、それをジリ貧と評したのは正しいだろう。
「…とはいえ同情とかしてる場合じゃねえんですよね、当然だけど」
「え、なに?同情してたの?社会からつまはじきにされてる同士のシンパシーってわけ?」
「俺が妖怪側に立つとしたら、それはお前を諸手を挙げてぶん殴っていいって言われた時だからな…」
煽り煽られ、聖は真の脅し文句を鼻歌交じりに聞き流し真はその様子を見て怒りが呆れに変化する。
百々目鬼対策本部の会議は先ほどまでのどこかギスギスした空気から随分と普段の雰囲気を取り戻しつつあった。
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同情を鼻で笑われた暫く後、やはり真は悩んでいた。
勿論同情心についてではなくどうやって百々目鬼をチェックメイトにするかである。正確にはチェックメイトの手段は考えついたがそれまでの過程、駒の動かし方についてが全く思いついていなかった。
(機動力は鎌鼬よりは下だけど問題あの怪力と防御をどうするか、だ。ダメージが入ってるってのはわかったけど少なくとも鎌鼬が黒焦げになったのと比べて明らかに消耗してなかったのは確か)
煽り合いの後に偵察と気分転換を兼ねて校舎の隅から校庭を覗いた時、やはりと言うべきか百々目鬼は校門の前に立ちふさがっていた。先ほど色々と吐き出してすっきりした為か真は然程恐怖を感じず、むしろどうやって対処するかについて一層没頭し始めた。
距離があったのと目が合わなかったのも大きかったかもしれない。
(なんで盗人の妖怪があんな馬鹿力なんだよ…ワンパンで校庭にちっちゃいクレーター作るってどんなだ!?
……ん?)
思考の最中、ほんのちょっとした違和感が真の中に生まれた。聖によって事前に提供された情報、そのうちの1つである百々目鬼が盗人の妖怪であるというその一点が真の脳裏に疑問を生み出した。
それはつまり『百々目鬼とは本当に怪力の妖怪であるのか』というそもそもの前提を疑う疑問である。
「…おい土御門、そもそも百々目鬼ってあんなに怪力乱神地味たやべえ妖怪なのか?」
「……確かに、盗みとかならまだしも怪力とか豪腕とかそういう伝承は一切聞いた事ないわ」
今までその違和感に気付かなかったのには聖にとって”鬼”という存在は別格であったという理由がある。
一般人である真には先入観というものが存在しない、それに対して聖は鬼という存在を何より知識として、そして実物を見たことがあるが故に鬼に対するイメージが凝り固まってる、そのため百々目鬼という妖怪が鬼の一種であるとわかった時点で地面を難なく粉砕してみせる程度の事を当然の事実として受け入れた。
(…やっぱり惜しいわね)
発想力は十分、覚悟が決まるまでが長いしそれまでは腑抜けだが一度決まれば強いタイプ、そう聖は真を評していた。事実、前日の作戦立案に関して抜穴だらけにしては最後までリカバリーが効いたし、捕まっていた聖を助け出そうとする程度には善人だし根性がある。
だからこそ、”惜しい”。口封じに殺されたりは流石にしない、というのは事実と虚言の半々だった。
実際真は口封じはないと思っているかもしれないがそんなことはない。長い歴史の中で、そして情報社会となった現代で情報の機密性を保持するというのはとても難しい。
なぜ今まで魑魅魍魎の存在が世間に露呈しなかったのか、つまりはそういうことであった。
極論だが、たかが一般家庭の長男が急にいなくなったところで大したことにはならない、どうせ日本では毎年何万人と行方知れずになっているのだから。
(そして組織や私の親はそんな彼を始末するでしょう、だからこそ破天荒なやり方でどうにかするしかない)
真の知らぬところでもう一つの戦いの火蓋が落とされた瞬間であった。
助けるという強い意志が、その凛々しい表情に現れた。
私もそこまで恩知らずではない と強く心に刻み、しかし目下一番の問題である『どのように百々目鬼を対処するか』についての真との議論に意識をもどした。
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暗がりに沈んだ校庭には1匹の鬼が佇んでいた。ぼんやりと夜空の星々を見上げ黄昏ているそれはこれから始まるであろう一方的な蹂躙を想像し、口角を吊り上げる。
(にしても目目連の野郎、あっさり捕まりやがって…同じ妖怪として情けねえぜ)
不意に先ほどの音楽室での一件について思い出す。
目目連、先ほど聖の甘言につられてあっさり捕まった…と勝手に百々目鬼が思っている同族 に対する苛立ちは百々目鬼のただでさえ短気な性格を逆撫でした。
同じく目に関する妖怪、その同族が手にしていた七不思議”動く肖像画”の立場を奪うことは戦力の差を加味するまでもなく容易と考えたが、七不思議として辻褄がうまく合わなかったため断念していた。
瞳だけの妖怪である目目連とあくまで女性型である百々目鬼、その間に存在するギャップは大きい。あくまで自身の存在の補完として七不思議を利用するはずだった百々目鬼にとっては、自分のカタチを犠牲にしてまで肖像画に合わせるという選択肢は取れなかった。
そのため特に何かするわけでなく守衛の立場を奪った、何もしないよりはまだマシだと延命しようとした。
そういえば守衛の爺さんは”食いで”がなかった、今度の餌は食いでがありそうでいい。
味を想像した百々目鬼が先ほどまでの男勝りな性格の妖怪とは思えないほど妖艶に舌舐めずりする、そして待ちきれなくなったのか視線をついに校舎に向ける。
手足を軽く曲げて準備運動のような動作をとった百々目鬼はボロボロになった守衛服を脱ぎ捨てる、夜空に裸体を晒した百々目鬼の肉体には無数の目玉が生えている以外に一切の傷はない。
突如一陣の風が校庭に吹く。
大きく砂を巻き上げたその風は百々目鬼の姿を一瞬霞ませると、再び姿を現した百々目鬼のその体に鬼灯のように真っ赤な着物を纏い、直後獰猛に笑うと校庭を駆けた。
「ははははは!!!!!」
一聴狂気的にすら思えるような、嬉しそうな女の笑い声が誰もいないはずの学校に響き渡る。
美しい紅の生地で丁寧に造られたであろう着物を乱れさせ、全身に目玉を生やした怪物が校庭を駆ける風となった。
楽しい、土留めきは思った。
久しぶりに力を行使した、楽しい。
人に痛ぶられたからこそ他人を害する楽しさが際立つ。
盗んだくらいでなんだ、いいじゃないか。私は不幸なんだから。
(俺以外が幸福で、俺が不幸なのはおかしい。誰かの不幸を笑うのは私だけで十分だ)
(だから他のモノのアイデンティティすらも盗みとった、俺は他人の存在すらも盗みとった。)
満たされぬ空腹と嗜虐の欲求を満たすであろう、その楽しさの折、ふと思った、考えてしまった。
…あれ、そういえば私は…オレは誰だっけ?
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