恫喝系女子
受験、終了。
完全復活!
勢いよく転げたときに付いたであろう埃やゴミを払いながら、真はチラチラと巫女服の少女━━━仮称、電波女に目を向ける。しかし、その理由は”巫女服と夜の学校とがミスマッチだから”などという俗なものではなかった。
「何よ、そんなに人の顔をジロジロと…って、もしかして…何か見えてる?」
「…逆だよ。何も見えないからジロジロ見てんだよ」
真の視線の先に映る電波女の顔は完全にモヤが掛かっていた。
『見えてはいるが、勝手にモザイク処理されて理解ができない』、そんななんとも異和な感覚が真の現実感を大いに狂わせる。
(……どうなってんだ?さっきの化け物といい、目の前のモザイク女といい、理解が全く追いつかねえ)
手元にある限られた情報から、真は現在自分が置かれている状況を推論する。
しかし謎の怪物、謎の少女、ゲームもかくやといった奇妙な状況に、考えれば考えるほど混乱は深まる一方である。
「そ、ならよかったわ」
「…その反応的に、この顔面モザイク現象はお前がやってるんだな」
真はこれではっきりと理解した。自分はさっさとこの場を去った方がいい、と。
これがドッキリだったらまだマシだったのだろう。しかし、真が先ほど味わった殺意や恐怖が、あの怪物が作り物でもなんでもないことの裏付けしていた。
つまり、この状況は明らかに異常事態。
自分のような一般人がこの場にいること自体大間違いなのだと、真は即座に判断する。
中学時代の真であれば、ゲームやラノベじみた状況を喜べていたかもしれない。しかし、先程の殺意は、命の危険は、あまりに"リアル"だった。
自分の身に一切の危機が降りかからない第三者だからこそ、あのような作品は娯楽として成立しているのだと真は悟った。
真は散らばった荷物を素早くかき集め鞄に放り込む。そしてごく自然な雰囲気を醸し出しつつ巫女へと話しかけた。
「さっきは助けてくれてありがとう、それじゃサヨナラ!」
しれっと帰ろうとする真。そのあまりに自然な所作に巫女も思わず返事を返す。
「あ?…ええ、サヨナラ。
……ん?………はあ?!ちょっ、ま、待ちなさい!」
「グエッ!?」
まこと は にげだした! しかし まわりこまれて しまった!
しかし、そうは問屋が卸さない。
真は一瞬混乱した電波女に襟を強く掴まれ、潰れたカエルの断末魔の様な声を漏らす。
「…アンタねえ、この状況でよく逃げようとできたわね」
電波女は呆れた声色で真を諭すが、真からすればいい迷惑である。彼からすれば、この状況はどう考えても逃げるが吉の状況なのだから。
「うっせ、誰がこんな危ない所にいられるかよ。俺はさっさと帰らせてもらうからな!」
「…へえ、別に構わないわよ、でも本当にいいのかしら?」
え、いいの?と真が言い返そうとすると、電波女は間髪入れずに言葉を続ける。しかし、続けられた言葉はどこか意味深で、モザイクがかって尚、その先に透けた表情はどこか嗜虐が混ざっているように見えた。
「一応聞いておくけど…『本当に』…とは?」
「いえいえ、私としては目撃者に口封じ…もといお約束をしてもらう手間が省けるから、ささ、早く荷物をまとめて帰り支度をしなさい。
まあ、十中八九目をつけられてるだろうし、近々アンタは惨殺死体になるのがオチだと思うけどね」
空白、徐々に呑み込み理解、遅れて驚愕。
「……はあ!?」
電波女が2、3個重ねて恐ろしいことを宣い、数秒理解に要した真が思わず声を荒げて叫ぶ。
『惨殺死体になる』という言葉からわかるのは、真としては信じ難い。
いや、信じたくもない現実だ。その現実を事実として認識するため、恐る恐る真は事の真意を電波女に尋ねた。
「…あのバケモノ、死んでないの?」
「ええ勿論。あんなんで倒せるほど妖怪ってのは甘くないのよ、一般人さん?」
「……終焉った、なにもかも」
訂正、真は意外と余裕かもしれない。少なくとも多少ふざける余裕があるらしい。
しかし先程対峙したバケモノ、電波女曰く赤紙青紙は跡形もなく姿を消していたことは事実だが、それを”倒せていた”と解釈したのは誰でもない真本人である。
要するに楽観視しすぎたという話でしかない。
「あ、そうだった。アンタ、ちょっと私に協力しなさい」
「…え゛?」
「”赤紙青紙”の調伏、アンタ、協力しなさい。悪いけど拒否権は無いわよ」
数秒の沈黙の後、夜の校舎に「鬼!悪魔!人でなし!」という罵倒が響いたそうだが、その後すぐに鈍い音と共に激痛に喘ぐ声が聞こえたそうである。
一体何があったかは二人以外知る由もない。
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腿に叩き込まれた一撃に悶絶してから数分後、真たちは元々居た教室へ移動していた。
山際から射しこむ夕暮れに淡く照らされた1年生の教室は、平時であればドラマのワンシーン並にロマンチックだろう。
この学校にバケモノがいることを除けば、そう言い切ることもできるかもしれない。
とはいえ、真からすれば隣にいるのは顔面認識不可の巫女服の不審者。ロマンティックな展開は全く望めないし望もうとも思えない。残念ながら胸が踊るわけがなかった。
(…こういうのは彼女と見たかった………いないけど、悲しいことに)
真が遠い目になりながら悲しいことを考えていると、滅茶苦茶不服であるというのがバレたのだろう。電波女から不機嫌オーラが漂ってきた。
「露骨に不服って顔してるのやめてもらえるかしら、私だって初対面の醤油顔男子といい感じのシチュで話し合うのは嫌なんですけど」
「醤油顔で悪うござんしたね!?…まあいいや、いや良くないけど、ここではっきり聞いておくけどさっきのバケモノ、一体何なんだよ」
「アンタも知ってるでしょ。アレがうちの学校に伝わる七不思議が一、”赤紙青紙”よ」
この異常事態に最も精通しているであろう電波女のお墨付きに真は思わず項垂れる。
「マジ…大マジ…?」
「ええ、大マジよ。残念ながらね」
電波女のダメ押しでついに真はため息が漏れた。加えて語彙力が著しく低下している事を自覚した。
現実的だと笑って否定したくとも七不思議の実在を怪物を撃退した張本人が肯定してしまった。
もはやこの状況を否定する材料が真には残っていない。
「……はあ〜。実際出会った以上、否定する材料がないんだよな」
「別に否定するのは自由だけど?まあ、アンタが何を考えたとしても赤紙青紙が襲ってくることに変わりはないからね」
先程の会話から少なくとも真は自分がバケモノ…赤紙青紙に付け狙われているというのはどうやら本当のことらしい。
現実から目を逸らそうと色々と別のことを考えてみるが、心の奥底に恐怖が真を否が応でも現実に引き戻す。
「赤紙青紙…ね」
敵を知り己を知れば百戦危うからず。真は頭の中で今まで聞いてきた赤紙青紙の情報を改めて思い出す。
”赤紙青紙”、学校に伝わる七不思議1つ。
逢魔ヶ刻のトイレに入ると、個室の中から赤い紙か青い紙かの選択を迫られる。
赤を選ぶと”全身を切り刻まれて血塗れになって死ぬ”。
青を選べば”一滴残らず血を抜かれて全身蒼白になって死ぬ”。
そしてそれ以外を選ぶと、世にも恐ろしいことが起こるらしい。
(…その2つ以上に恐ろしいことなんて存在しなくね?)
改めて電波女から告げられた”惨殺死体”という言葉がつくづく似合う七不思議であると、真はどこか他人事のように思った
「あと、さっき気付いたおかしな点がある」
「と、言うと?」
「七不思議が実在するのはわかった。でも、死人が出るような怪物が実在しているのだとして、どうして噂話で済む?どうしてニュースで取り上げられない?」
所詮七不思議は七不思議。あくまでも噂話でしか語られることはない。全ての話は【だったらしい】で終わっている。
それで終わらなかったら、そもそも噂レベルでしか話されないなんて事が起こるはずがないのだ。
仮に七不思議が本当に起こっている事なのだとしたら、【夕暮れ時の高校で男子生徒殺害事件、凶器は刃物か】といったような報道が毎日のようにされて然るべき事件なのである。
「そもそも赤紙青紙ってなんだよ、意味わかんねえ…なんで俺が襲われねえといけないんだよ…」
真は先程襲われた際に強く目を瞑ってしまったが故に、目を閉じるたびに嫌な記憶が連想されていた。
所謂軽いPTSDのような状態とある。
瞼に過ぎるのは振りかぶられた血濡れの鎌。転んで振り返った時、怪物と目が合って肝が底から冷え切る感覚。
「わからなくて当たり前だし、理解しなくていいわよ。そもそもアレは元々赤紙青紙なんてモンじゃないんだもの」
「…んん?」
『あの怪物は赤紙青紙である』。
その築き上げられていた前提が、他の誰でもない電波女によって破壊され、真は頭に大量のハテナが浮かんだ。
真は少なくとも噂通りに2択の質問を迫られ、殺されかけた被害者である。
そもそも、怪物=赤紙青紙と主張した張本人は電波女であり
その事実が余計に真の頭を混乱させた。
「あ、というか……色々と話して大丈夫なんだよな?」
電波女がそれ以上語ろうとしない以上、考えても無駄であると判断した真は、もう一つの疑問の解決にシフトした。
真は先程から1つ大きな疑問を抱えていた。
電波女は顔を隠し”人祓の結界”という眉唾なものを用いてまで人目を避けて行動を起こしている。つまり、明らかにこの一件を世間から隠しての行動であることに間違いはない。
それにしては電波女は真のような一般人に情報を色々と話過ぎている様に思えていた。
それが何より一つ、真の中で大きな疑問だった。
(”…どうせ後で消すから問題ないわよ”、とか言わないよな…?)
主語が抜け落ちた真の言葉を一瞬理解できなかった電波女だったが、意図を理解したのか、なるほどねと小さく呟きその疑問に回答した。
その返答は簡素で簡潔だった。
「協力しろって言ったでしょ?今からアンタを縛り上げて赤紙青紙に対する釣り餌にするわ」
「…は?」
偉くご機嫌な声の様子から柔かな笑顔を浮かべている…ような気がする電波女は、スルリと何処からとも無く市販でよく見かけるロープを取り出し真に迫っていく。
どうやら電波女は真の予想通り真性のサディストか、もしくは本物の悪魔に違いないらしい。
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