暴走系男子
3000字くらいにしようとしてたのに…
まるで蛇に睨まれたカエルのように体が言うことを聞かない。
動こうものならすぐさまさっきの殺人パンチの餌食になるのではないかという恐怖は確実に心を蝕ばんで体と思考を硬直させた。
……どうにかしないと、何をすればいい、逃げる。
どうやって逃げる?…ダメだどうやっても逃げられるビジョンが浮かばない、どうする、どうする、どうするどうするどうすればいい!!?
全身の汗腺から冷や汗が噴き出す、初夏なのに寒気を感じるほど身体中が濡れている。
体は一向に動かないし考えは一切纏まらない、辛うじてまだ動く目を最大限動かして辺りを見渡した。
「逃げられる、なんて思わねえ事だなあ?」
「…っッ!」
見えた瞬間に思いついた、もはや反射的な行動。
余裕の表れか棒立ちでこちらを嘲っている百々目鬼に向け、腰が抜けたまま手に握っていた学生鞄を投げつける。
体が動いたこと自体どうしてかわからない、『とりあえずどうにかしないといけない』という謎の焦燥感に駆られて投げつけた。
自分でも悲しくなるような勢いで投げつけた、起死回生を賭けた一撃は百々目鬼が片手で一蹴された。
結果は容易に予想できたことだが、一切奇跡など起こらずに拳の裏で軽くあしらわれた鞄は、軽くひしゃげながらゴロゴロと勢い良く校庭を転がった。
「った!?なんだそれ、唯の鞄じゃねえのかよ!?」
鞄を弾いた右の手の甲をさすりながら唐突に百々目鬼が悲鳴をあげた、目を丸くして驚いている百々目鬼の手の甲は夕暮れ時でもわかるほど腫れ上がっていた。
(…どうして?)
投げた俺でも理由がわからずクエスチョンマークが頭に浮かぶ。
別に鞄の中に鉄板を仕込んだりはしてないんだけど…
とはいえ視線さえ外れれば俺を見失ったりする可能性がある、かもしれない。
さっきの考えなしの行動をラッキーによって正当化するが、しかし俺を捉えて離さない無数の視線は変わらずずっと俺に釘付けのままだった。
百々目鬼は手を摩りながらしばらく首を傾げたのち、未だ地面から起き上がれていない俺を俯瞰し笑いかける。
「へへ、腰が抜けちゃってるね?可愛いガキだねえ、ほら鬼ごっこだ、さっさと逃げな」
子供をあやすような口調で話しかけながら俺の無駄な抵抗を百々目鬼は全身の瞳を細めてあざ笑う。
俺が上手く逃げられないと知ってか一瞬で近づけるような距離を牛歩で少しずつ、少しずつと距離を縮まる。
倒錯してると心の内に思った。
『大量に目玉が生えている』、そのただ一点を除けば普通の女性にどうして俺はこんなに恐れ戦いてるんだと心の中で自分を罵倒する。
でも、その人を馬鹿にしきった嗤い顔を見るだけで怖くてしょうがない、視線は地面とにらめっこになった。
その視線の先で膝が笑っている、うまく立ち上がれない理由を始めて理解した。
辛うじて腕の力だけで地面を擦って後退することしかできないわけだ、と現実逃避気味に考える。
足掻いて後ろに下がる度に両手の平に校庭の石が食い込む、それでも下がらなければ確実に殺されるという事実が脳に痛みを感じさせない。
でもどんなに下がっても俺と鬼の距離は離れない、一向に逃げられない。距離に比例するように焦燥感が込み上がる。
徐々に近付いてきた人影がついに完全に俺を呑み込んだ。
見上げれば女性にしては巨体である人間の形の化け物、それに大量に生えた目玉の大群が一斉に俺を見下ろす、その光景はただ単純に気持ち悪いの一言しか浮かばない。
恐怖のせいだろうか、俺の目にはさっきまで見ていたそれよりもさらに巨大に、そして不気味に映った。
「っぁ……」
動けない。指一本も、身体も、動かない。鬼の腕が迫る…捕まる、終わった。
「馬鹿!空気に飲まれてんじゃないわよ!」
硬質ガラスが砕けるような破砕音が響くと、視界は一瞬で真っ白に染まり返り、巻き上げられた白煙は屋外であるのにも関わらず、目の前の百々目鬼が完全に見えなくなるほど五里霧中の視界を作り出す。
…この独特の匂い、昨日教室で目くらましに使った煙幕だ。
「ッちィ!よりにもよって鰯と柊の煙かよ、鬱陶しいぞクソァ!!」
怒声とともに風を裂くような音、遅れてその凄まじい拳圧によって煙が押し付けられる、噎せそうになるのを必死に堪えようやく動いた足で地面を這って移動した。
…助かった、あそこで土御門の声がなかったら完全に捕まってた。
地面這いずってるのクソダサいな と改めて自分の状況を思い恥じているとようやく分厚い煙の壁を抜ける。
砂だらけの両手と膝を払いながら立ち上がって背後を見ると巨大に球体状の白煙が地面に停滞していた。女とは思えないような凄まじい怒声とともに煙が少しずつ霧散しているのを見るにこの煙の結界が後5分持つかわからない。というかなんで百々目鬼は走って出てこないんだ…?
…いつまで持つかわからないしさっさと隠れないと、って土御門は?
辺りを見渡してもあの奇抜な格好の巫女はいない、逃げたってことはないと思うが…
突如腕を掴まれる感覚に襲われ体が跳ねる、しかし視線の先に腕を掴んだであろうナニカは存在せず、まるで何かがそこにいるかのように何もないハズの空間に引き寄せられる。
「なんだこれ…!?」
状況を理解できないので咄嗟に体を引き寄せられる方向の逆側に動かし抵抗する。
早く逃げねえとマズイのに、どうしてこう意味のわからないことになるかなホント!?
(黙って引っ張られてなさい!)
すると誰もいないはずの耳元で土御門の声が囁かれた。
…冷静に考えたら、この状況で俺を引っ張るような奴は土御門以外いないような気もする。
抵抗した罰としてなのか、腕を抓られるような痛みを覚えながら、見えない土御門によって校舎裏側に引っ張られ誘導された。
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東校舎付近まで引きずられるように移動、校庭が西校舎側にあるので、いわゆる校舎裏と呼ばれている場所でようやく掴まれていた腕を離される。
そして目線の先、腕を引っ張っていた人物がいるであろう場所の空間がグニャリと揺らぐと、SF映画でよく見るような光学迷彩のように何もない空間から突如土御門が出現した。
…え、普通にすごい。
符術…魔術…?のどっちかはわからないが、そんな事もできるのか。
「すげえなそれ…映画みたいだ」
「素直に褒められるとちょっとむずかゆいわね…でもこれは昨日アンタに使ってたのと一緒よ、認識をすり抜けるようになるの」
「ってことは俺は昨日光学迷彩を纏っていた…!?」
ちょっとテンションが上がるなそれ。さっき死ぬほど情けない姿を晒したので気が滅入っていたが少し持ち直せた。
そんなテンション上昇中の俺に、土御門が左手に持っていた鞄を見せつけてきた。
そしていつの間にか回収してくれていた俺の鞄が投げ渡される。
百々目鬼に弾かれた時にひしゃげてたから、もしかして筆箱の中身とかとんでもないことになってるんじゃないか…?
………いやいやいや、そんなこと呑気に考えてる場合じゃねえんだって!?
「早く逃げないとヤバいだろ、お前の攻撃なんて全く聞いてなかったじゃねえか」
「…撤退なんてしないわよ、そもそもノーダメージなワケないでしょ」
「何言ってんだ…?」
見たところ土御門の十八番である『彼岸花』は、明らかに百々目鬼に対して全くダメージを与えられてなかった。
昨日と違って息こそ上がっていなかったとしても、あの状況で不意打ちをするならもっと威力のある攻撃を選択していてもおかしくない。
もし仮に大技に溜めがいるのだとしても、その時間を稼ぐために鎌鼬よりも圧倒的な百々目鬼の攻撃を受け止められる結界があるのなら最初から使ってただろう。
コイツの性格上、”使ってない”ってことは”存在しないか使えない”ってことだろう。
「あれ以上の威力の魔法か…もしくはあのコンクリ粉砕パンチを止める方法、あるのかよ」
「…なくなくなくわね」
「………ねえんかい!?」
言葉遊びで誤魔化そうとした土御門は、俺の言葉を柳に風と聞き流すように自身のポーチを取り外し中身を物色する。
符を数枚取り出し両袖に仕舞い込むと、次は指に2枚ずつ挟んで持ちだした。
…まさか数撃って仕留めるとかそんな考えなんじゃないよな?
「さっきの百々目鬼、完全に無傷だっただろ。
目に疾患でもあんのかお前、じゃあ何か…無駄死にでもするってのか。
……勘弁しろよオイ、言いたくないが情けねえけど、お前が死んだら次に殺されるのは俺なんだぞ!!?」
「……で、言いたいことはそれだけ?もう気が済んだ?
悪いけどね、私にとって敗北ってのはそもそも死と大差ないのッ!」
俺が問い詰めると徐々に激昂したのか捲したてる土御門、だけどそんなの知ったこっちゃねえんだよ…ッ!
「ああそうかい、じゃあ”自殺”は一人でやってくれ、俺はさっさと帰らせてもらうからな!」
「尻尾巻いて逃げる、と。
……へえ、そうやってまた逃げるのね」
は?何言ってんだよコイツ。
……ってまさか?!
「あんたについて調べてたらついでに面白いコトがわかったわ、昔はこんな田んぼばっかりの片田舎じゃなくて都心に住んでたらしいわね。」
『ドクン』『ドクン』『ドクン』
と、大きく心臓が跳ねあがる。
映像の巻き戻しのように昔の記憶がフラッシュバックされ、同時に嘔吐感と動悸が襲ってくる。
「…うるせえ」
「そこで随分酷いイジメを受けていたらしいじゃない、んでノコノコあんたの母方の実家があったこの街に逃げてきたと…情けない奴」
俺の過去を掘り下げる土御門が、ハッと声を荒げ鼻で笑う。
大丈夫だ、大丈夫だ。昔のことだ、もう大丈夫だ。医者に教えてもらった通りに五月蝿い心臓とトチ狂った自律神経を深呼吸で調律する。
…お前に何がわかるってんだよ。
「うるせえっつってんだろ」
「私は逃げない。私は、あんたみたいに弱くないッ!!」
弱…い?
脳みそが怒りで沸騰する。
その一言の言葉が俺の心に油どころかニトログリセリンを注ぎ、視界が一気に赤色に染まり変えった。
本能に任せて土御門の胸ぐらに掴みかかり、右の拳を大きく振りかぶったまま吐き出すように腹の中全てを叫ぶ。
黙ってれば澄まし顔で人の触れられたくない場所を土足で荒らしやがって…ッ!!!
「おめえに何がわかるってんだよ、え?おい土御門!?
じゃあ何か!?俺はあのまま首でも吊って死んでればよかったってか!!?」
鼻と鼻が触れ合いそうになるほどの近距離で視線が交わる、土御門はただその日本人離れした翡翠色の瞳で俺をジッと見つめるだけだった。
その何かを訴えるような視線に、我に帰って胸ぐらから手を離す。
右の手の平から何か垂れる感触を感じると、思い出したかのように右の拳に鈍い痛みが走った。
強く拳を握りすぎたのか爪が手のひらの皮を裂いて出血していた。
…なんというか、胸糞悪い気分。
「…ごめん。
恥ずかしいからあんまり言いたくはねえけど…やっぱり知り合いが無茶して死んだらさ、俺だってさすがに悲しいって。
一回思い直そうぜ、な?」
……どのツラ下げて言ってんだ、俺は。
怒りに任せて胸ぐら掴んだ男にこんなこと言われてどうなるんだよ。
「……こちらこそごめんなさい、アンタ家に帰りなさいよ。
百々目鬼とは一人でカタをつけるわ…確かに酷いイジメだったみたいね、でも、決してアンタだけが不幸な訳じゃないのよ」
予想通りの答え、土御門は引かない。
最後に何かを呟くと軽く裾を直して土御門はその場から去ろうとする。不意に見えた横顔はどこか物憂げで、さっきまでのどこか性格の悪いサドっ気のあるポンコツとはまた何か違っていて…
…あ゛〜〜ッッ!!わかったよ、わかりましたっ!!やりきれなくて後頭部を雑に搔きむしる。
既の所で百々目鬼と対峙しに行こうとしているであろう土御門の腕を掴んで静止する。
「わかった手伝う、手伝うからそんな顔しないでくれよ、卑怯だろ!!」
「……へえ、どういう心境の変化?」
少し驚いたような表情の後、土御門は次第に見慣れ始めた性格の悪そうな笑みを浮かべて尋ねる。
強いて言うなら反骨精神だけど…
「仮にも女子に弱いって煽られたんだぜ?舐められたままじゃ男が廃るだろ、刮目してろよ土御門?今日中にその言葉撤回させてやっからな!!」
片腕を腰に当てもう片方の腕はビシっと土御門を指差す。目を丸くした土御門は数秒間ほど固まったのちにため息を吐くと、いつまで掴んでんのよ と俺の腕を振り払い扉の方から踵を返した。
それにさっき言ってただろ、『私にとって敗北は死と変わらない』って。
…俺だけ腹の中吐き出してすっきりするのは不公平だしな。それにどこか放っておいたら無茶して本当に死にそうだし、誰かしら見ててあげないと危なっかしいだろ。
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「じゃあ作戦の概要を説明するわね」
地面に二人して座り込む。土御門の手にはちょうどいい大きさの木の棒が握られていてそれを使い地面に鬼のようなイラストを描きこむ。
さらっと描いたわりにちゃんとコミカルに描かれた推定百々目鬼、以外と上手いな…
しかし、そんなことよりツッコみたい点がある。
「なんでメガネ掛けてんの…?」
「私、形から入るタイプなの」
どこからともなくメガネを取り出して装着した土御門がなぜか少しドヤ顔気味の表情で答える。
たまに思うけどこいつ多重人格とかじゃないよな、さっきの雰囲気と違って明らかポンコツっぽいが。
「でも結局大したダメージなかったじゃねえか、どうすんだよ」
「いいえ、絶対に効いてたわよ、ほんとに聞いてなかったら焦げ臭い匂いなんてしない筈でしょ。
少なくとも、何かしらの方法で私たちの目を欺いてるのは確かね」
「…確かに、言われてみればコゲ臭かったな」
焦げ臭い匂いってことはタンパク質が焦げているのは確実だし、それってことはつまり体が焼けてはいるはずだ、少なくともダメージが入ってなければおかしい。
でもどのくらいダメージあったか目視できないのはそれはそれで問題じゃないか?
「ダメージがあるっていうのはわかった。
でもどうやって倒すんだよ、少なくともアイツめっちゃ好戦的だぞ?」
「そうね、でもアンタがいるから問題ないわよね」
…ん?
「今思いついたけど、よく考えたらアンタがプラン立てればいいのよ。
ささ、どうすればあいつを封印できるか考えてちょうだい」
「……ん〜〜????」
わけわからんわけわからん、何言ってんだこいつ!!?
「…なんで?」
「昨日の作戦を立てた手腕、割と良かったと思うわ。
どう転んでもいいように選択肢を残していたり、人質の扱いまでコントロールしようとしたり。
少なくともアンタに頼った方が私が考えるよりいいプランが立てられると思うの」
「…どうしても?」
「私昨日が初めての任務だったのよね、言ってなかったっけ?
だから作戦とかそういうの全然わからないのよね、しかもイレギュラーのせいでしっちゃかめっちゃかになっちゃったし」
「何も言えない」
……頭が痛い。
こういう時は甘いものでも食べるに限る。
現実から目を逸らし鞄の中から災害の時に手軽にカロリーを取れるようにと持たされていたチョコバーを探す。
指先にチョコバー特有のアルミ包装紙の感覚を感じ掴みとる、これかなっと。
「…んぁ?これプロテインバーじゃん」
チョコバーだと思って取り出したら昼間もらった海外産のプロテインバーが出てきた。
ボックスは昼飯用のエコバッグの中に包んで別途鞄の中にあるし、これは源二が箱の中から1本だけ取り出して俺に見せたやつだろう。
これだけエコバッグからこぼれ出て鞄の底に落ちてたのか…まあこれも甘いやつだろうし…これでいいや。
包装を剥ぐとクッキータイプの中身が顔を出す、大豆を中心にその他もろもろのナッツが入っているらしいが香りはどことなくきな粉感を強く覚えた。
サクッとした食感、一口食べると割と大味で甘さは予想より控えめで……案の定、水が猛烈に欲しくなるなこれ。
パサパサで口の中の水分全部持って行きやがった。
水筒に入った麦茶をがぶ飲みしながら、右手で食べ終ったパッケージをなんの気なしに眺める。
というか普通に英語じゃん、全然読めねえわ(笑)
(…あれ?)
「例えばなんだけどさ━━━」
とはいえ思いつきだからなあ、と土御門の顔色を伺いながら、今さっきの思いついた穴だらけのプランを説明する。
「…割とありかもしれない、どのような形であれ多分効果はあるはずよ」
「そういうもんなのか」
「そういうもんよ、実際さっきの鰯と柊の灰をすごく嫌がってたしね」
…さっきの煙、どっかで嗅いだことあると思ったら鰯の臭いか、道理でなんか魚臭いと思った。
難しい顔をした土御門は「割と賭けではあるけどね」、と付け加えるも俺が立案した作戦に対して首を縦に振った。
っていや待て、そんな軽いノリで素人の意見を採用するな。
…んで、もしかしなくともまた命懸け…?
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