語るに落ちた系男子
…あとでちょっと直した方がいいかもしれない
「そうだな、んじゃ頼むわ」
「オッケー、ちょっと電話するわね……そういえばスマホ、ロッカーに置きっぱなしだったわ」
腰につけ直したポーチや袖の中をひっくり返すように漁った後、ようやくスマホを持っていない事に気付いたのか、あっけらかんとそう言った。
電波女ェ…いやまあ、あんな激しい戦闘にスマホを持ち込むこと自体おかしいけどさ。
「…ほれ」
スマホを軽く放り投げるように電波女に手渡す。今から取りに行くのも骨だしこうするのが一番手っ取り早い。
「サンキュ、っと、確か、番号は……………。
もしもし私よ……うん、終わりました。
迎えを寄越して下さい、あともう一人乗っけて行って欲しい人がいるので……ッ、バッ、そんなんじゃないですよ?!
……ふう、たぶん15分もすれば迎えが来るわ」
顔を赤らめたり慌てたり忙しいやっちゃな、多分電話口の相手にからかわれたんだろう。
「さて、と。
しばらく時間があるし質問返答タイムにしましょうか。
本当は一般人に情報開示とかやっちゃいけないけど、今回は特例措置ってやつ。
まずは自己紹介ね、私は———」
「知ってるよ、100人斬りで有名な土御門聖さんだろ?
確か…隣のクラスの」
土御門聖、1年生の中でも超有名な生徒の一人。
100人斬りといっても勿論本当にぶった斬ったわけではなく、こいつと同中学から上がってきたやつの証言から生まれた尊称だ。
明るくて竹を割ったような性格と恵まれた容姿で中学3年間とこの高校に入学してから1年足らずで合計100人もの男をふった魔性の女。
そこまで目立つと女子からの嫉妬が恐ろしそうではあるが、意外なことに全くそんなことはなく、今や高嶺の花ということで男子の間で定着している。
『土御門に凸』という”無謀である様”を意味することわざが生まれる程度には有名人、俺たちの間では土御門に玉砕したというのは名誉であるとして玉砕した男は真の男としてある意味で尊敬される。
その告白した当人は大変複雑そうな顔をしていたが。
「その称号、嫌いだから二度と私に対して使わないで」
電波女改め土御門は、整った容姿を露骨に歪めて尊称に対して苦言を呈した。
その声色はどこか刺々しく全く穏やかじゃない。
(…明るく竹を割ったような性格?にしては辛辣でかなり暴力的な人間じゃないですかね?」
「心の声漏れてるし、何なら聞こえてるわよ」
「……事実陳列罪って実質無罪では?」
「命の恩人じゃなかったらぶっ飛ばしてたわ、善行を積んでてよかったわね」
なんか恩赦が出た、危うく命の危機だったらしい。
煽られる時に煽ることが身に染み付いてしまってるのでとっさに煽ってしまったが、冷静に考えると危なかった。
今日だけでこいつのかなり重い一撃を喰らいまくっているので、下手をしたらまたあの殺人キックの餌食になっていただろう、恩を仇で返すタイプじゃなくて良かった、いや割とマジで。
てか評判と比較して相当中身が違うじゃんか。
こんなのパッケージ詐欺で訴えられるレベルだろ、これ。
…とはいえ、軽口が言える程度にはちゃんと回復してるんだな、よかった。
正直さっきまでの血まみれ瀕死状態を見てたから、今こうやってピンピンしているのを見ると”生きてる”という実感と謎の安心感がある。
というか考えたら俺が助けたんだよな…なんか感慨深いものを感じる。
…いや感じ入ってる場合じゃないだろ、せっかく非実在とされてきたマジモンの陰陽師がなんでも質問に答えてくれると言ってんだし、せっかくの機会を逃すわけにはいかない。
…気になってたことを聞いちゃうか。
色々とリスクも考えたがどうせ時既に遅しだ。
さっき妖怪に襲われた時に土御門としては俺を見殺しにすることもできた訳だし、この後に口封じで殺されるという事もない、と思いたい。
…ここまで全部言い訳です。
わかってるがどうしても興味が勝る、『好奇心は猫をも殺す』と言うけどオタク気質なので魔法とかファンタジーに興味津々なんです。
「で、質問は無いの?
無いなら無いでも別に構わないけど」
「じゃあ…妖怪について。
結局鎌鼬が赤紙青紙との関係性とかがわからなかったし」
水○先生の著作を定期的に読み返す程度には、妖怪について興味があるので内心ウッキウキで尋ねてみる。
「妖怪ってのは人に仇なす存在で大昔から人と争ってきたナニカの総称、魑魅魍魎とも言うわね。
昔から戦ってきた割に存在についてはまだあまり解明されてなくて、今は人の恐怖という感情が生み出した影…だとかなんとかの説が有力視されてるらしいけど、そこらへんは私にはさっぱり」
土御門は肩を竦め首を横に振りわからないとジェスチャーをする。
はーー…なるほどね。
なんとなく俺が想像してた妖怪像に近いので、ちょっと嬉しいような気分になる。
「で、鎌鼬と赤紙青紙ついては?」
土御門は軽く眉間に皺を寄らせ少し唸った後、「推測の域を出ないけど」と前振りをし話を続ける。
「妖怪について有力視されてる説を元にした解釈なんだけど、科学の進歩で大抵の怪現象とされてきたものってほとんどが一応解明されたことになってるでしょ?
今までの怪現象が妖怪の仕業ではなくなってしまう、幽霊の正体が枯れ尾花だと気付いてしまったら怖くなくなるのが人間なのよ」
なんとなくわかるようなわからないような…混乱してきた。
「ええっと…つまり?」
「科学の発展によって存在を忘れられた妖怪は存在ごと消えるらしいのよ、文字通り跡形もなく。
で、あいつらは消えたくないから自分に似ていて比較的新しい都市伝説や学校の怪談なんかに姿を変え、存在を維持してるってことね」
「鎌鼬なのに赤紙青紙を騙ったり、ってわけか」
「まあその副次効果として、正体を暴かない限り倒せなかったりもするんだけどね、さっき見た通り。
わかりやすいよう大分端折ったけど、なんとなくニュアンスは掴めたみたいね」
「まあ、なんと、なく?正直なところフィクションみたいで内容はわかったけど理解が追いつかない」
「そりゃそうよ、それにこんな事はわからなくていいことでもある」
…わからなくていい事、ね。
話をまとめると、今まで会話の節々から俺が推測してたのとそこそこ近いかな?
にしても…
「人がいないと存在できないのに人を襲うのか…よくわかんないな」
人に害を為すのに人がいないと存在できないなんて、なんかウイルスみたいだ。…いや、ウイルスが存在するくらいだしむしろおかしくもない、のか?
いかんせん情報過多だ、余計混乱してきた。
「私たちも変だと思ってるわよ。言葉を話す妖怪とかも結構いるから聴取することもあるけど、基本的にどいつもこいつも人間に対して悪感情を抱いてるし、なんというか…矛盾してるのよね」
「私たち…?」
咄嗟に疑問が口からこぼれ出てしまった。
まるで他にも魔法使い.…?陰陽師みたいなのが、って他にもいるに決まってるか。
鎌鼬の兄弟を屠ったらしい奴が隣町にもいるって言ってたし、さっきの感じだと研究機関もあるみたいな口振りだった。
……あ、やべ、これは少し迂闊すぎたか?
質問してから気付いて他けど、こんなに軽率に聞くのは拙かったかもしれない。言われてないけど、絶対守秘義務のある内容だろうし、あまり踏み込むとホントに『好奇心、猫をも殺す』になりかねない。
「…知りたいの?」
土御門がどこか無機質な雰囲気の声で語りかけてくる。
内心少し怯えながらお伺い立てようとすると、土御門の表情が…なんというか、ゾクっとする笑みを浮かべていた、すっごく怖い。
あれだ、サディスティックというか性格悪そうというか。
口元は三日月みたいに細く口角を釣り上げていて、日本人にしては珍しい緑瑪瑙みたいな目も、切れ長にしてこちらに笑いかけている。
端正な顔立ちも相まって端から見たら蠱惑的かもしれないが、本性を知ってる人間としてはただただ恐ろしい表情でしかない。
「アッ、やっぱいいです、結構です」
「じゃあ私の所属している組織の概要だけど、正式名称は”極東魔術連盟”、私はそこ所属の東洋魔術士ってこと。
通りがいい名前だと陰陽師ってヤツね」
「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー!!!!!!」
耳を塞ぎながら大声で土御門の台詞をかき消す。
俺はなんも聞いてないぞ、極東なんとかとか魔術師とか聞いてねえからな!!?
俺が息も絶え絶えになるのを見計らってか、大分疲弊し始めたところで土御門は漸く口を閉じた。
「…終わった?」
「乙女に対して辛辣とか暴力的だとか、性格悪そうとか言う人間が悪いとは思わないかしら?」
「ハイ…はぁ、はぁ…ソウッスネ…はあ、はあ」
全力で声を張り上げすぎて呼吸が荒くなってしまった…疲れた…
てかこいつ性格の悪さが天元突破してるだろ、後者に関しては言った覚えがないんですがそれは。
「ちなみに私たちの組織の内容について聞いたり知ってしまった人は、大昔からの取り決めでそれなりの対価を支払わないといけないのよ」
………
「ちなみにその対価は…?」
「…?命だけど?」
「はは〜ん、さては俺の命を使い捨てのカイロ程度にしか思ってねえな?」
使い捨て可の消耗品みたいに人の命を散らせようとしてくるの、流石に怖すぎる。
しかもこの女、俺が恐怖に慄いてるのを見て明らかに愉しんでいる節がある。
現に今目の前にいる土御門はニッコニコだ。
「と、まあそれはさすがに嘘。
質問を許可しといて聞いたら殺すなんて流石に理不尽が過ぎるし、そこまでうちの組織も露骨じゃないわ」
「…ホント?」
「ホント。
現にアンタ今生きてるじゃない、そもそも殺すなら鎌鼬に目をつけられてた時点で勝手に死ぬまでほっとくわよ………ってそういえば!」
「うおっ?!」
土御門が急に声を張り上げたので、体が反射的に強張った。
…ただでさえ死にかけて、命かけて死にかけたのを助けてと、今日だけで嫌という程<死>に関わったせいで精神すり減ってるんだから勘弁してほしい。
今日はゆっくり風呂に入らないと、交感神経と副交感神経がおかしくなりそうだ。
「結局あんたはどこの誰よ!?」
…………あ〜、うん、そういえば名乗ってなかったわ。
あ〜、どうするか。とりあえず…
「自己紹介、いる?」
「そういうのいいから」
あっはい。
「俺の名前は———————
——————
「弦矢源二……ああ、バスケ部期待の新人って噂されてた奴ね…ってそれにしてはあんた、身長低いちんちくりんじゃない、バレるような嘘をつくんじゃないわよ」
「うるせえよ、まだ成長期だわ。
まだまだまだまだ伸び代があんだよ」
土御門の視線が痛い。ジト目でこちらを隅から隅まで見てくるので居心地が悪い、見られすぎて穴が飽きそうだ。さっきの嗜虐的なものではなく純粋に疑っている目が俺に突き刺さってくる。
…ですよねー、でもこのまま俺が誰かわからないままの方が都合がいいのでなんとかゴリ押せないか?
「俺さ、影薄いだろ?
だから某バスケ漫画の影響をもろに受けちゃってさ、それっぽいことできるようになっちゃったんだよね」
…流石に言い訳が苦しいか、というかそもそもコイツはあの漫画を知ってるか…?
内心冷や汗でびっしょりだが、なるべく顔に出さないように気を引き締める。
「6人目ポジ……確かにとんでもなく影が薄いし……」
なんかブツブツ言ってるけど…ひょっとして…?
「…ありえなくないわね、割と信憑性がある話だし。
それに明日学校で確かめればいい話ですしね」
内心ガッツポーズ。ぷぷー、引っかかってやんの。
なんとなく気付いていたが、やっぱりこいつ割とポンコツだわ。
しかもここぞという時にだけポカする一番かわいそうなタイプのポンコツだ。
他の言い訳も考えていたのは無駄になったが、すんなり信じてくれたのは寧ろ割と都合がいい。
面倒だが明日からしばらくは全力で隠密行動すればいいだけの話だ、源二にだけ手回ししとけば同クラも担任もどうせ俺の所在は気付かないし。
フヘヘ、源二の野郎め。
寝てる俺を忘れて置いて行きやがった罰だ、日頃の怨み辛みも込めて、源二には人柱になってもらう。
なんか寒気がするな、あと腹の下が張ってる…?
…って、そういえばトイレにずっと行きたかったんだった。
よく考えたらトイレで鎌鼬に追っかけられてから今までずっとトイレを我慢してたわ…って約3時間は我慢してたってこと?!
そう考えたら次第に尿意が半端なくなってきた、限界が近い…っ
「ご、ごめん。
ちょ、ちょっとトイレ行ってくるっ!」
「…わかったわ、早く帰ってきなさいよ」
体をなるべく揺らさないように、しかし小走りでなるべく急いで校舎に向かう。
…窓から教室に入る時、正直かなり危なかったのは内緒だ。
——————————————
下腹部にあった圧迫感が無くなってすっきりした、それになんか体も軽くなった気がする。
具体的には正月元旦にパリッとノリの効いた洗いたてのシャツを着た気分って感じ。
夜の学校は正直若干怖かったが、さっきまでの命がけの追いかけっこのことを思うと多少マシになった。
それにトイレの電気をつけっぱにしてたこともあって中に入るのもそれほど怖くなかった、昔の俺グッジョブ。
ついでに上履きも履き替えたのでいつでも帰れる。
あとは土御門の車が来るのを待つだけだな。
土御門に声をかけようとすると耳にスマホを当てて何か話しているのに気付いた。
ん?電話中か、ってあれ?確か『スマホはロッカー』って言ってたような————
「1人、ええ、連れて行くわ。
うん、一般人…だと思うけど正直ちょっと怪しいわね、無自覚だけど何かしらの能力者かもしれないわ」
…ん?
「口封じ…まあそれが妥当だと思う」
…んんん???
…おっと。
とても不穏な会話を偶然聞いてしまった、正直とっっっても嫌な予感がする。
…逃げた方が良くね?
トイレに行く時に壁に置いておいたカバンを回収するため息を潜めて忍ぶ。
運がいいことに土御門は焼却炉側を向いて電話している。
心拍数が跳ね上がるが大丈夫、気付かれないことに関してだけは自信があると心で反芻し平静を保つ。
幸いなことに長電話なようで電話が終わる気配はない、今回は神様は俺の味方らしい。
鞄を素早く手に取り足音をなるべく消して足早に門に急ぐ、イケる、イケるぞこれっ!
(両足が軽い、もう何も怖くない!)
ぐちゃり。
不快な水気のある音と共に足元に妙な反発感を感じた。
恐る恐る下に目を向けると、なんか見覚えのある大きめの肉片と血だまりが足の下敷きになっていた。
「あ゛っ」
げえっ!?これって土御門の…ッ!!??
…ってマズッ!?
ゆっくり後ろを振り向く。
声に反応するように幽鬼の如くゆらりと土御門の首がこちらに向いた、まるでジャパニーズホラーのような雰囲気に飲まれて悲鳴が出そうになった。
その顔は張り付けられたような満天の笑顔だがハイライトが消えた双眸は一切笑ってないように見えた。
一歩後ずさる。土御門が1歩こちらに迫ってくる。
2歩下がる。土御門が2歩こちらに詰め寄ってくる。
「…聞いたわね?自称弦矢源二さん?」
「ッ?!?!
…あの〜、やっぱり一人で帰るってのは…ダメ?」
「許すとでも?」
……………
「……ッ!!!!」
「ッ逃げんなッッ!?
ちょっ、待っ、せめて話聞きなさいッ!!」
勢いよく踵を返し、久しぶりに全力で疾走。後ろから怒声が響くが知らない聞かない振り向かない…ッ!てかやっぱり消されるんじゃん!!?
「嘘つき!!!!!性悪女!!!!」
「ッッ!?
……ぶっ殺すッ!!」
…その後しばらく校内を追いかけっこしたが途中でうまく隠れて尻尾巻いて逃げることに成功した。
今までただの一度もかくれんぼで見つけられたことのない俺の本気の隠密行動ナメんな!
…なお帰宅した所、親には普通にバレたし連絡しなかったことをこっぴどく怒られた。
一応人命救助したはずなのに何一ついいことない…お祓い行こうかな…
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