未知足らぬ系男子
お久しぶりです
車の免許を取りに行き始めたので結局空き時間はそんなにないんですよね…トホホ
赤いキューブをそそくさとズボンのポケットに放り込み、明らかに無茶をして地面に倒れこんでいる電波女の方へ向かう。
アスファルトは未だに流れ出る血で濡れ、ある程度離れているのにもかかわらず鉄分の匂いが鼻先を掠める。
喉元にこみ上げてものがあるが無理やり飲み込む。
喉がひりつく感覚を無視して地面とお見合い状態の電波女の体を丁寧に上向けにし、体育で習ったばっかりの回復体位を取らせる、多分だけど何もしないよりマシ…だと思いたい。
電波女は暗がりでもわかるほど明らかに顔色がさっきより土気色になっていて、太ももから流れる血は一向に止まる気配がない。
素人目でもわかるほど明らかに瀕死…絶対ヤバいって?!
明らかに絶体絶命の状態、思考が立ち行かず頭の中が真っ白になる。
………っ!!?え、あ〜、こういう時は、ええと…ッ、あ゛〜!!!?どうすればいいんだよわかんねえよっ!!!……っ、そうだっ!救急車!救急車呼べばいいんだよ!!
「きゅ、救急車っ…!
今すぐ呼ぶから意識をしっかり、ぜってえ死ぬなよ!!?」
ヤケクソ気味に電波女に向かって叫びながら、さっき放り投げた所為で少し離れたところに転がっていた鞄を急いで拾い上げに急ぐ。
その場で中身を雑にひっくり返し、地面に転がったスマホを落としそうになりながらなんとか拾い上げた。
『知人が死にそう』という未知の恐怖。
しかも寿命とか、そういう穏やかなものじゃない外的要因による失血死、溢れ出る色んな感情が心と体とを蝕んでいく。
どうしようもなく手が震えて、パスコードの番号がうまく入力できない、死ぬほど情けないことに気付いたら何故か涙で視界が霞んできてた。
「こっち…来い」
後ろからか細くて息も絶え絶えな声がする。
裾で雑に涙を拭い振り返ると、浅い呼吸の電波女が回復体位のまま首だけを倒してこっちを向いていた。
しかし視線に違和感を感じる…目が合ってない?まさか焦点が合ってない…っ!?
自分の唾を大きく飲み込む音がやけに大きく聞こえた、激しくなってきた心音が次第に聞こえてくる。
…嫌なことを考えてしまった。
その恐ろしい推測が冷や汗だらけの背中をさらに背筋を凍てつかせる。
(最後の言葉とかやめてくれよ…っ!?)
そう心の中で祈り最悪を想定しながらも急いで電波女に駆け寄る。
見るたびに足元の血溜まりはさらに大きさを増していて、俺の焦燥感もそれに比例して膨れ上がる。
ふと『人は1リットルも血がなくなれば死ぬ』という、昔どっかで聞いた話が頭によぎり心臓が握りつぶされるような感覚を覚えた。
「腰の…ポーチ、薬…の小瓶、あるから…こふ…っ」
弱々しい咳で言葉が途切れる。
そして浅く上下していた胸がさらに浅くなり、目からハイライトが完全に消えると口元からツーっと一筋に血液が垂れ流れ始めた。
(おいおいおいおいおいおい嘘だろやめてくれ…!!?)
何となくわかってしまう、今こいつは本当の本当に死の瀬戸際だ。
それを皮切りにして浅く苦しそうな呼吸音のみを残し電波女は完全に動かなくなった。両目も完全に虚になって、さっきまでの力強さは面影すら感じない。
…というか、こうなれば誰が見てもわかるだろう。
何もしなかったらこいつはもう直ぐ死ぬ、その恐ろしい事実を突きつけられる。
でもパニックにはならない、というかなれない、なってられない。
むしろさっきまで慌ててたのがバカみたいに一周回って頭がクリアになって冷静になってきた。
…今日1日でわかったことがある、俺は割とマジモンの逆境には強いタイプだってことだ。
たとえ今から救急車を呼んだとしてもまず電波女の体力がもたない、絶対に間に合わないだろう。
つまり手詰まり。
普通だったら死ぬ以外の選択肢が存在しない。
だがこいつは俺が知らない非常識な存在、ラノベで出てくるような陰陽師みたいな存在であるのはさっきの戦いを見る限り間違いない。
そして、そんなミラクルでマジカルな不思議存在が死に体であるのにもかかわらず、自分のポーチに入ってる薬を要求してきた。
つまりその薬がエリクサー的な凄まじいポーションで、それを使えば助かる可能性があるってことじゃないか?
一種藁にすがるような心持ちだしとんでもなく都合のいい解釈だが、今はその推測を確かめる以外に俺に残された選択肢はない。
だって悲しいことに俺は天才外科医でもなければゲームに出てくるヒーラーでもないんだから。
…でも絶対助けないといけない。何よりこいつは俺の命の恩人でもある、俺もまた然りだけど。
瀕死の電波女をなるべく動かさないように注意を払い、しかし急いでカラビナで固定されていた腰の皮ポーチを取り外す。
ポーチにべったりと付着していた血で手が汚れる、その粘度がある生暖かい感覚にさらに気分が悪くなる。
喉にこみ上げてくるモノを無理やり飲み込みつつ中を開くと、一枚も入ってないが符を収納できるスペースらしき部分と区切られてガラスの小瓶が収められていた。
(ガラスかよ、よく割れなかったな…)
急いで瓶を取り出す、その瓶の中の液体はコルクで封がされていた。
小指ほどの大きさの透明の試験管めいたガラス製薬瓶には透明の液体が収められている。
ラベルに書かれた文字は、手に持った時に手にべったり付着していた血で濡れてしまい、読めなくなってしまったがそれは今気にすることじゃない、そんなのどうでもいい。
「ふんッッ、ってクッソかってえなぁ!!?」
ヘトヘトの体に鞭打って硬く閉まったコルクの栓を全力で引っこ抜く。
手の皮が摩擦で痛くなるが息つく暇なく引っこ抜いたコルクは適当に放り捨てると、空いている方の手で急いで電波女の青ざめた唇を、軽く押して瓶の口ほどの隙間を開けさせ、そしてそのまま試験管を口の中に…頼むっ!
祈りながらその隙間に小瓶を突っ込んだ。
薬瓶の中から口めがけて液体が流れ出ていく、月明かりと淡い炎の光に照らされて、ガラスの瓶が反射し透明な液体が消える毎にその様相が変わっていく。
薬のいくらかは口横から垂れてしまったが電波女の細い首が微かに動いている。
その動きは鈍いが、その弱弱しい動作によって確実に薬を嚥下しているのがわかる。
…なんか悪いことしてる気分になってきた…いや、治療行為なんですけどね?
後生だからんくっ、んくっと一々飲み込む時に艶かしい音を立てないでほしい、性格はともかく顔は美人なのだ、勘弁してくれ。
一瞬邪念が過るが『こいつは残念なやつ』と心で唱えて平常心を保つ、めっちゃ平常心でいられる魔法の呪文だろこれ。
薬が完全に飲み込まれたのを確認し口から小瓶を除ける。
瓶は…とりあえずポーチに戻しとくか。
飲み口の部分が湿っている事に少しどぎまぎしながらポーチの元の場所に入れ直す。
…ん?なんか煙たいな。
焼却炉からの煙がすごいのか、いつの間にか換気扇をつけずにシャワーを浴びた後くらいには視界が悪くなっている…ってあれ、俺は炉に何も入れてないぞ…?
長々と使用されてなかった焼却炉だったから大したゴミは入ってなかったのを確認してから空焚きしたはず…ってじゃあ何が燃えてんだ…?!
何かまずいことが起きているのではないかと思い、煙の発生源、その大元を目で追ってみる。
言葉が出なくなる、驚きのあまり目を疑った。
煙の元は電波女で全身の傷口から白煙が噴き出していた、よく見ると次第に傷がふさがっていっている。
特に凄まじいのは太ももの負傷、傷口からピンク色の肉が文字通り盛り上がるように生えていき、収まるとそれに筋繊維と新しい皮膚が張り巡らされ覆いかぶさっていく。
まるで逆再生のような光景に開いた口がふさがらない。
「……ファっ!!?」
驚きすぎて無意識に変な声が出てしまった、いやでもおかしいだろ?!
想像してた以上の凄まじくファンタジーな光景、CGではなく現実でこういう光景を見ることになるとは思ってなかった。
てか正直気持ち悪い、ゲームだったらsan値が削れる光景だろ、あれ。
…ちょっと気持ち悪いと思ってしまったのは心に仕舞っとこう。
白煙が霧散すると、その中心に電波女は全くの無傷で横たわっていた。疲れて寝てしまったのか聞こえる呼吸音は規則正しく正常で、顔色も血色が戻っているように見える。
………凄まじいなこの薬。
ポーチにしまっていた小瓶を取り出し、改めて血まみれになってしまった小瓶を調べる。
ラベルの文字は……ほとんど読めないが変…水かな?辛うじてそれっぽいことが書かれているのがわかる。
というかそもそも筆かなんかで書かれた達筆な文字のせいで合ってるかどうかもわからん。
特に真ん中の文字は完全に血で上塗りされてしまっててわからない。
にしても現代医療なんて目じゃないくらい本当に凄まじい効能だぞこれ。ついつい気になってさっきまでの死に体からは想像できないほど完治した電波女を観察してしまう。
それ以外に他意はない。
服がボロボロになってて割ときわどいとか、むっつりが発動したとかではないからね?
…ないよな?色々と混乱しててなんか自信がなくなってきた
千切れた肉だけじゃなくて、顔色が良くなったのを見るに血も元通りにしてるのか…?まさに万能薬、凄すぎて副作用が心配になってきた。
……大丈夫だよね?明らかに物理法則とか人類の代謝機能とか無視してるっぽいし、副作用で寿命が擦り減るとか言われても俺信じちゃうよ、まさかそんなことないよな…?
もしくは代々伝わるとんでもなく高価な薬とか…後々法外な金額を請求されても困るぞ…
むしろ俺がお助け料金1億万円を請求したいくらいなんですが。
実際、俺があのまま帰ってたら翌日の夕刊のトップを飾る猟奇殺人事件が発生していたと思う、自惚れとかじゃなくて。
……てか、こっからどうしようか。
力が抜けて地面に座り込む。張り詰めていた緊張が解けた、今までの人生で1番濃い時間を過ごしていたその疲れがどっと押し寄せてきた。
めっちゃ眠いけど…寝る訳にもいかねえんですわな。
気持ちよさそうにグースカ寝ている眠り姫を横目にため息を吐きつつ、この後どうするかについて考えるために、ごちゃごちゃと混乱した頭を一旦切り替えた。
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巫女は暗く重苦しい海の底から浮かび上がるような感覚を覚えた。
暗鬱とした意識の海に一筋の光が差し、水に融けていた意識の輪郭は次第に明確になっていく。
1つわかることがあった、とりあえずなんとか生きている。
嬉しいけど複雑だ、はっきりわかるのは事後処理がとても面倒だということ。
曖昧だった五感はだんだん元に戻っていく、青臭い土の匂いと冷たく硬いコンクリートの感触、口の中はうっすら鉄の味がした。
(…そっか、生きてるんだ、私)
視界が開けると真上には霞んだ三日月が照っていて、その煌々と輝く月は周りの星々の淡い光を飲み込んでいた。
綺麗だと感嘆する。
なんとなくだが、生きていて良かったと聖は漠然と思った。
掴めないとわかっているが空に手を伸ばす。
切り傷だらけだったはずの腕には、ただの1つも傷はなく普段通りの色白の玉肌が目に映った。
唐突に目覚の余韻に浸る巫女の視界に割り込む形で、飄々とした印象の男が顔が現れる。
「おはよう御座いま〜す
お客様、寝ぼけてないでさっさと起きてくださ〜い」
「……っ!!?」
そのふざけた口調と寝ぼけて朦朧としてやってしまった謎行動、まだはっきりとしていなかった巫女の意識は完全に目覚め、それと同時に恥ずかしさがこみ上げてきて———
———空を仰いでいた手を振りかぶりそのまま衝動的に男の顔を引っ叩いた。
乾いた小気味いい音と男の悲鳴が夜の学校に響き渡った。
——————
東校舎の焼却炉前には、バツが悪そうな表情の巫女と若干涙目で拗ねている男がその場にいた。
巫女は100人中99人が振り返るほどの美人でありながら、身につけているやけに丈の短い巫女服はアバンギャルド的デザインなのかと一瞬思わせるほどボロボロで、しかし腕や脚、服の肌けた隙間から見える体には傷一つない。
方や男は藍色の学ランは砂まみれで足は上履き、顔はまったく平凡という端から見たらよく分からないコンビである。
その美女とモブがコンクリの地面にお見合い状態で座ったまま、女子の方が男子の機嫌を取っているという状況。
仮に第三者が客観的に見れば一層わけがわからないこの状況で先に切り出したのは美人…巫女の方であった。
「いや…ごめんなさいね?
あれよ…その、寝起きが悪いタイプなのよ、私」
寝起きに一発引っ叩いたことをハハハ、と乾いた笑いと作った笑顔で誤魔化そうとする巫女、顔には冷や汗が数滴流れていて何なら目は泳ぎまくっていた。
それを横目にジト目で見つめる男——浅田真はそろそろこの不貞腐れている演技を切り上げるか、とその作った表情を元に戻し指先で涙をぬぐった。
最初は当然本気で不貞腐れていたし、何なら普通に痛かったので涙もモノホンである。
しかし冷静に考察すると『冷静に考えて寝起きにふざけたことを宣った自分が悪い、こいつはそういう奴に対して普通にぶん殴ってくる暴力肯定系女子だ』ということに気づいてしまった。
そしてそれが現在の真から巫女に対する評価である、ひでえや。
「…まあいいよ、ふざけたモーニングコールした俺も悪いし。
んじゃ起きたなら俺帰るわ、門限とっくに過ぎてるし」
真は手元に置いてあった鞄を手にとって、そそくさと立ち上がり尻を叩いてそのまま裏門に向かって歩き始める。
「……アッ、えっと…ちょ、ちょっと待って!?
家の車呼ぶから、送って行ってあげるからちょっと待って!!?」
わざわざ起きるまで待っていてくれたことに対する感謝に先行して巫女は焦りを覚えた。諸事情により、真をこのまま家に帰すわけにはいかない。
咄嗟に引き止める口実として家まで送ると言えたのは焦っていた時の判断としては100点満点だろう。半ば拉致という形になるが別に家に直接送るとは言ってないので嘘ではないと心の中で言い訳した。
真の足が止まし巫女の方に振り返る。提案に対して少し考えるように後頭部を掻く。
(申し訳ないけど、ちょっと寄り道させてもらうわね)
「それに私が行けば門限が遅れた理由をあんたの親に説明出来るわ。
巻き込んでしまったし、それくらいはさせてちょうだい」
巫女は真に考える時間を与えないよう、まくし立てる様に言葉を続けた。
恩を仇で返すようだが仕方ない、お礼はことが済んだ後にすればいいと考えながらも、策士を手のひらの上で転がしているような心持ちになった巫女は心なしか気分が良くなった。
慌ててポーカーフェイスを意識しつつ心の中でほくそ笑んだ…つもりであったが、口角がつり上がっていてモロ表情に出ている。
むしろ無理に無表情を装おうとするあまり、一層不審な表情になっていることに本人は全く気付かない。
良くも悪くも直線的で素直な性格なので、この手の事柄には全く向いていなかった。
(な〜んか怪しいんだよなぁ…)
そんな端から見たら情緒不安定感が否めない巫女を真は心の中で疑っていたが、言葉にするとまた暴力的解決をされそうなので口を噤んだ。
実際そうなっていた可能性も高いので利口な判断だろう。
この怪しげな提案、真にとってはまさに蒼天の霹靂のようなことだったが悪い提案ではない、というかむしろ得しかない提案だった。
門限は午後7時半、それ以降に帰る場合は必ず事前の連絡が必要であるという浅田家の家庭ルール。
しかし時刻はすでに9時を回り、万一にでも音が出ないようにと鎌鼬と戦っていた間は機内モードにしていたスマホを解除すると大量のメッセージ受信通知が来ていた。
送り主は母親、最初こそ激情的な文章が書かれていたが最後に送られてきたメッセージはシンプルに『帰ってこい。』、背筋が凍った。
(絶対母さんブチ切れてる…)
真は再び流れ出る冷や汗で背中が濡れる。
何ならさっき鎌鼬と騙し合いをした時より背中がぐっしょりしているかもしれない、母はいつでも優しくて怖いのだ。
(下手したら外出禁止っ…!
高校生なのに流石にそれはキツいし…虎穴に入らずんば虎子を得ずってことか)
真は未知のリスクと自由とを天秤にかけ後者を取った。
遊び盛りで欲望に忠実な高校生らしい選択だが哀れ、巫女の張った蜘蛛の巣にまんまとひっかかった。
次回にちゃんと説明回します…描写の実験してたら文字数が嵩んでしまった…
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