怠慢系女子
2日連続投稿というめったにしないことをしてしまった…
基本的には筆が乗らないので1週間に1本くらいしか進みません
「意匠返しよっ!」
顔はいいのにどこか性格の悪そうな笑みを浮かべ、巫女は勝利宣言を口にする。しかし大技の発動によって巫女は体力の大半を消費し、浅い呼吸と顔には大粒の汗が滴る。
土埃で汚れた鴉の濡れ羽色をした髪は、土と汗で整髪料でまとめたかのように纏まりになっていた。
(大技だけじゃなく結界に隠形…かなり魔力を使っちゃったわね…それでもって封印用の最後の一枚。消耗が激しいけどちゃっちゃと封印しましょうか)
腰にぶら下げた革のホルダーから正真正銘最後の1枚となった符を取り出し、鎌鼬に目を向ける。
しかし、先ほどまでは確かに地に伏していたはずの、完全に打ち倒したはずの獣が2足で立っていた。
薄茶色だった毛皮は所々血に染まって赤黒との斑ら模様に変わり果て、立っている後ろ2足は力が完全に入りきっていないのか今にも崩れ落ちそうなほどに震えている、その姿はまるで幽鬼の様に巫女の目に映った。
「ッ!……頑丈さだけは折り紙付きってコト?正直私も疲れてきたの、さっさと捕獲させてもらえないかしらね、別に殺すワケでもないんだけど?」
(隣町のアホと違って、こちとら妖怪をぶっ殺すとかそういうスタンスじゃないのよね)
内心でやや荒れながら、やれやれとでも言いたげに巫女はジェスチャーと共に首を左右横に振り、鎌鼬の降伏宣言を待つ。手負いの獣はただ蒼い双眸を巫女に向ける。その目は死人の目ではなく、何か燃えるものを含んでいるように思えた。
幽鬼が老人じみた声でせせら嗤う。
「確かに、追い込まれてるなあ……お前さんがよォ!!!!!」
躰からは先ほどの赫雷によって焼け焦げたのか白煙が立ち込め、口元、目元からは赤い血がポタポタと滴り落ちている、しかしそのボロボロの姿からは想像できないほどの気迫で獣が吠えた。
その咆哮は巫女の本能を刺激し、それによって『まだ終わっていない』との確信と何処か危険であるという警鐘が巫女の意識を戦闘に引き戻した。
そしてこの現状は巫女が現状の手札を最大限切り、渾身の気力を込めて放った一撃は鎌鼬を完全に行動不能まで追いやることはできなかったことを意味している。
(っ!一か八か残りの魔力全部使って封印符で行動不能を狙うしかないっ…!)
内心苦虫を噛み潰す思いを吐き捨てた巫女は、しかし敵に手札切れを悟られないように腰の革製ケースに手を添えた。突如、鎌鼬が後ろに跳ね飛び、距離にして5メートルほど間合いが離れる。
「阿呆がよぉ、手負いの獣が一番厄介って親に習わなかったのかい?———『これぞ我ら悪禅師の風、吹き荒び引き裂くは汝が肢躰』」
「っ!?」
表面上冷静を保っていた巫女の表情が初めて崩れる。無数に斬り裂かれた肉体で尚、尽きない底なしの気力に圧倒された巫女。確実に場を支配しているのは鎌鼬へと変わった。
先ほどまでの軽口とは打って変わり、重圧を含んだ声量で鎌鼬が言葉を紡ぐと空気が突然重さを増し始め、その呪罵が周囲に響くと、次第に鎌鼬の周囲に気味の悪い色調の靄がどこからともなく漂い始めた。
次第に増して行く獣の存在感の重圧に比例し巫女の体に走る悪寒も増していく。
明らかに異常な状況に危機を覚えた巫女は、ならば当然回避行動に移ろうとするが何故か体が急に沈むように崩れ落ち地面に倒れていく。
(……は?)
ポスンという間抜けな音で地面に座り込んだ巫女、その視線は自然と横坐りの姿勢になった両足に向けられた。
———両足には上半身と比べ物にならないほどの切り傷。その傷口を覗くと骨こそ見えないが、明らかに筋繊維が一部断ち切られていた。
大筋の伝承通りであるならば鎌鼬とは痛みを伴わない切り傷をつける妖怪、それに加えて鎮痛剤によってさらに鈍った痛覚は———
(拙っ!?逃げ…ッッ!?)
当然のように巫女の負傷の許容できる認識をエラーさせていた。
「真ッ二つになって死ね!!『血潮鎌風』ッ!!」
赤黒い靄を纏った鎌鼬がその場で空へ高く跳躍、体を宙で翻し鋭利な尾鎌が地面に垂直に降り叩きつけられる。
鈍い金属音に続きコンクリートで舗装された校道が粉々に破砕されていき、地面の裂け目が高速で巫女に迫る、否。先ほどまでとは違い、物理的に接近するのは鎌鼬本体ではなく透明な風の刃、混凝土を破壊切断するほど高威力の飛ぶ斬撃!
「っッ!?」
一瞬の意識の逸れ、目前まで迫る斬撃。
反射に近い反応で巫女は左腕に渾身の力を込めコンクリートを弾く、重心が右に偏りそのまま体を右に着面したままの側倒、射線から右側に半ば倒れるように回避する。
直撃コースで迫る死のギロチン。さらに予想外の回避失敗の混乱の中で、這いずりとも転倒とも捉えられるような拙い回避行動、しかし咄嗟に横に飛べたのは奇跡に近いと言っていいだろう、例え足首に斬撃が掠めていたとしても。
地面にうつ伏せに倒れる巫女、顔は地面に俯くも、それでもなお立ち上がろうとする体は小刻みに震えており、足が使い物にならない今唯一の支点となった両腕は生まれたての子鹿のようであった。
———少し後方、ナニカ水気を含んだモノが地面に落ちる音。
一瞬で体が絶対零度の如く底冷えする感覚を巫女は覚えた。
そんなはずはないと頭に浮かぶ最悪を無理やりかき消す。
頭の中で鳴り響く警鐘を否定し清廉潔白を証明するために、乙女座りの体位を取っているため視界外に位置していた足に対して、ゆっくりと視線を足に向ける。
首の動きと比例し、だんだんと体の震えが増していく。
右腿外部、皮膚の幅10センチほどが大きく削ぎ落とされ本来の白く透き通っていたはずの脚。
見えるはずのない肉の朱と脂肪の黄、赤黒い血液が傷口から濁流のように流れ出し始めていた。
震える視線はさらに、後方に落ちている厚さ2センチ程の血濡れた肉塊を視界端に捉えた、捉えてしまった。
(……………!!!!!!!!!!!!???)
脳内がホワイトアウトし、現実を理解する間もなく数瞬遅れて右脚に強烈な痛みが駆け巡る。
「———っッあああアッッ!!!!!」
絶叫。
激痛が鎮痛剤の許容範囲を超え、ダイレクトに脳を刺激した。
半ば立ち上がりかけであった腕は崩れ落ち、そのまま顔は地面に突っ伏し、響くのはくぐもった嗚咽交じりの叫喚。手はコンクリートの地面に血が出るほど爪を立て、体は小刻みに震え黒い地面に粘着質な赫い液体が垂れ流されていく。
「はあ、はあ………ヒ、ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒっっ!!!!! 勝った、勝ったぞッ!!忌まわしき退治屋の小娘にっッッ!!!」
大技を放った後の余韻の息切れが落ち着くと、夜天を仰ぎ月光を写し込み爛々と光る蒼の双眸、引き攣ったようなしわがれた声の不快な高笑いと女の悲痛な叫びの二重奏が夜の学校の静けさを打ち消す。
「ヒヒ、そうなってはもはや動けまいて。放っておいても暫くすれば死ぬだろうが…無残に殺された兄弟の恨み、ここで憂さ晴らしをさせて戴こうかのう」
焦らずに、焦らすように。
まるで散歩をしている老人のようなゆっくりとした歩みで鎌鼬は巫女へ迫って行く。空を切った尾先の鎌の素振りが風を切る、鋭く軽い音と獣足が地面を擦る音が徐々に近づいていく。
距離と音が0になった時、巫女の髪の毛が乱暴にまとめて掴まれ、一切抵抗できずそのまま人外の怪力で身体ごと無理やり持ち上げられる。髪の毛は肉体の重みに耐えられず数十本単位で千切れるが、そんなのと比較しきれないほどの痛みに支配されていたのは不幸中の幸いと言えるだろうか。
「どおれ、しっかりとお顔を拝見させて戴こうかの」
「うぐっ、ぁっ…!」
艶やかで絹のような濡烏色のセミロングは土埃で見窄らしく汚れ、泥にまみれてもなお端整な顔立ちは痛みと恐怖で歪んでいる。特に宝石に美しい翡翠色の双眸は、未だ溢れ出ている大粒の涙で赤く腫れあがり、恐怖の色を色濃く覗かせていた。
「ほう、随分と可愛らしい顔立ちじゃないか……丁度いい。素っ首切り落として、お前さんの生首と血まみれの胴体を校門に飾って、学校中の生徒に『赤紙青紙ここに有り』と誇示されて貰おうか。そうすれば儂らも当分消えずに済むからのう、っヒヒヒヒッ!!!!」
巫女の全感覚は濃厚な死の気配を初めて覚えた、底冷えの恐怖と出血多量、その他諸々で指一つ満足に動かない体。断頭の刃が首元に添えられる。
(あ、死ぬ)
霞む視界の中で首元に添えられた冷たい刃、辛うじて見えてしまう獣の醜悪な笑みが脳裏に焼付く。
巫女の感覚は次第にスローになっていき、だんだんと頭の中では過去のあらゆる出来事がシャボン玉のように湧いては弾けていく。
最後に見えたのはついさっき交わした『明日、また学校で』というかなり投げやりな約束。
…私の死体を見たらアイツは何を思うだろうか。恐怖のあまり逃げるだろうか、結局失敗していると罵るだろうか…まあ、考えるだけ無駄、もうすぐ死ぬし。
最後にするのが他人の心配なんて場違いだと自分を心の中で憫笑し、次第に意識が遠のいて—————
「ちょーっと待ったぁーーっ!!!!」
巫女の霞んだ視界のその端に制服姿の男が映る、同時に巫女の首を切り落とさんと振り下ろされそうになっていた鎌は空で止まり、威勢の良い制止に反応した獣はノータイムで後ろに振り返った。
先ほど窓際で別れたハズの男が額に汗をかきながら右の手のひらを前に突き出し停止のジェスチャーを取っているという異常事態に巫女の頭は完全にショートした。
しかし、状況を理解した脳の再起動によって走馬灯は途切れ、霞んでいた視界も些か程度ではあるが鮮明と化していく。
そしてそれは鎌鼬も同様であった。知能こそ獣より発達した妖怪という種族と成ったとはいえ動物特有の本能的理解が優先されるというのが動物型の妖怪の特徴である。
この状況、つまり仲間が圧倒的ピンチのタイミングで現れるというのは自然界においては明らかに異常事態、その結果憎むべき相手であるのにも関わらず、初撃に移行することはなくただ呆然と立ち尽くしてしまった。
男が腹の底から叫んだであろう、屋外でも十分に聞こえるほどに大きく発せられた声には若干の疲れが見え、しかし薄暗い校舎中そしてその周囲に響き渡った。
「俺ってば、実は割と正義漢タイプなんだよね。特に女子のピンチの時とか」
視線が集まる中、薄ら笑いを浮かべた男が自分の信条を吐露するが、そんな文字通り場違いの台詞ををまともに聞いているものはこの場にはいないだろう。
なぜか若干肩で息をしている浅田真は、どこか掴み所のない雰囲気であっけらかんにそう宣った。
次回!真vs鎌鼬の正面対決!!!()
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あ、あと1つありまして、暫く忙しくなるので投稿はクリスマス明けになります。