タイマン系女子
本編です、日記は読み飛ばしてもらって構いません。
なんか書いてたらめっちゃ長くなってしまったので話を分けることにしました。
南校舎側の端に位置する焼却炉付近は、日当たりも悪くジメジメとした雰囲気が漂い、そもそもお役御免となって錆び切った焼却炉には生徒があまり近づかないため、地面こそコンクリートで舗装はされているものの何処となく退廃的で寂れた印象を抱く。
しかし今は違う。使われていないはずの炉には確かに火が灯り、煌々と不気味な闇夜を照らしていた。
勿論、これも真の下準備である。
火の温かな光が人影を残して夜の薄暗い校舎に反射する。パチパチと燃焼物が弾ける音とその熱量が巫女の背中を仄かに撫でた。
暗がりから音もなく、しかし影を残して一匹の獣が姿を見せる。体毛は何故か光沢を帯びており火に照らされた毛皮は態とらしく艶めいた。
しかし、その表情は普通表情を読み取ることなどできない獣であっても一目瞭然。窺える表情は憤怒を示し、仁王像を彷彿とさせるように、顔には深い皺が寄っていた。
「小娘…クソ餓鬼は何処だ、何処へ隠したッ」
「逆に聞くけど答えると思ってるの?あれは一般人、今回はたまたま巻き込んでしまっただけ…本来はこういうのとは無縁でなければならない」
「ならば殺す。お主を殺して明日に奴を殺す……故に━━」
表情に反した穏やかな口調。しかし誰でも感覚でわかるだろう、これは明らかに嵐の前兆である。
会話が終わったその瞬間、吹き荒れる突風。
4つ足での高速移動で接近する鎌鼬は空中で半ば回転し姿勢を変え、尾の先端の鎌の尖端を突き出し突進する。
二人の間に存在した3mはあったはずの間合いは、それによって一瞬にして0へと迫った。
「━━さっさと死ねいっッ!!!!」
腹の底に振動が伝わるほどの巨大な怒声が響く。
巫女は突然の逆風に煽られて巻き上がった砂埃を一瞥、目を細めながらも裾の大きな巫女服でそれを払いのけてステップの要領で半歩分右に足を下げた。
体が左重心に傾き刺突を紙一重で躱した直後、獣臭が巫女の鼻先を擽ると同時に、物体が高速で突き抜けたことにより発生する突風。突如ぶつかってきた空気の壁が巫女の体をさらに半歩分押し退ける。
しかし、その体を煽る風の反動を利用して1歩後退していた右足を軸に、鎌鼬が移動した背後にそのまま回転し振り向く。
それと同時、回転しながら右手はその勢いで腰についた皮のホルダーの口を人差し指と中指の2本で弾き、残り枚数の心許なくなったホルダー内部から1枚の符を引き抜いた。
「猪口才なッ!」
投擲に移ろうとする巫女の行動を阻害するべく、獣が唸った。
突進を回避された鎌鼬は即座に風を操作、発生させた逆風に加え尾の鎌と手足の鋭利な爪をコンクリートの地面に突き立て急ブレーキをかける。
黒板を引っ掻いたような不快な音と共に移動エネルギーは相殺され、再び5m程の間合いが開いた。
ここまで時間にしてほんの数秒。攻撃と回避の応酬は一旦御開きとなり事態は膠着した。。
青い双眸と交わされる視線、距離は3メートルも離れていない。
先ほどとは逆に鎌鼬が焼却炉を背にし、それを巫女が見つめる構図に変わった。状況は完全な仕切り直し、しかし攻撃によってペースを取っているのは鎌鼬のように見える。
(動けなくはない、痛みも大したことない。それにさっきまでほど攻撃も速くない)
視線は外さずに目の前の敵を視界に捉えつつも体の感覚を確かめる。
先の回避行動でも余裕がありながら、即座に攻撃に転換しなかったのは体が万全とは限らなかったからだった。
暫くの膠着状態を言葉により先にそれを破ったのは鎌鼬、その表情は先ほどとは異なって怒りは見えない。
「ひひひ、やはり体の調子が悪いようだのう。儂の刺突もあれほど紙一重で回避する必要なぞなかったろうに」
その様子を勘違いしたのか鎌鼬はクツクツと独特な嗤い声を漏らした。加えて、と言葉を続ける。
「雷を扱う、ということはお主が操るのは”木”の気ということよのう。ヒヒヒっ、なあ小娘や? ご存知とは思うが儂は風の妖獣ぞ?相剋も相乗もなく、その傷ついた躰で儂を調伏することなぞ出来まいて」
「…知ってるわよ、そんなの」
陰陽五行思想において木とは風と雷を司る属性であり、それ故に鎌鼬が操る風という属性は巫女が司る雷と同属性いうことができるため相性に良し悪しがない。
つまりこの交戦は、一対一の完全な実力勝負。
そして手持ちの符は既に素寒貧手前であるというのは既にバレており、加えて巫女側は先の戦闘で深手ではないとはいえ、背中を袈裟斬りにされているため肉体も決して万全と言えない。
スカート丈が短く改造された巫女服は、度重なるアクシデントや戦闘によってほつれて破け、全体的に埃で薄汚れている。特にその背中部分は巫女の背中が見えてしまうほどに切り裂かれていた。
鎌鼬の尾が変成した鋭い刃によって断ち切られた際に吹き出したであろう血液は、巫女服の背面の切り口を赤黒く染め上げ、その隙間から覗く巫女の背中も巻かれた包帯に少し血が滲んでいた。
状況は巫女側が圧倒的不利、蜘蛛の糸のように可能性を手繰り寄せるしかない。少なくとも、誰であっても側から見たらそう捉えるだろう。
(残存の魔力量は…かなり回復してる、大技一発分なら些か余裕がある程度ね)
しかしこの余裕。
高速の斬撃の最中、自身の魔力量から逆算して使用できる符を推定していられる程度には巫女は回復していた。
実際巫女の体に付着した血痕のほとんどは、既に逃がされた真が傷の偽装のために大量に血糊を付着させた結果であり、本来の傷はそれほど大したものはない。
それに加えて真が保健室から借りパクした鎮痛剤も服用しているため、傷の痛みよる動きの阻害という点について巫女は全く心配していなかった。
だからこそ、この正面対決。
「勝てる」と啖呵を切って一般生徒を逃し、自らは焼却炉の前で威風堂々と構えていたのである。
——————————
「ヒヒヒヒヒッッーー!!!」
夜の校舎に老人じみた掠れ嗄れた、不気味な嗤い声が木霊する。
焼却炉の付近でのみ、まるで台風が如き鼬風が間髪おかずに吹き荒れていた。
その超局所的タイフーンにより、校舎の窓はまるで何かを恐れているかのようにガタガタと音を立て震え、周囲の木々は青々と茂らせた夏の衣を大量に撒き散らされていた。
その台風の目には巫女、それに纏わりつくように鈍い銀閃の凶刃が四方から飛来し続ける。
刃を振るうのは大型犬ほどの妖獣。
周辺の木々や校舎の壁をまるで足場であるかのように蹴り飛ばし、その反動を利用し超光速で巫女の体を削ぎ落とすように斬り付ける。
艶めく体毛が月光と炎を反光しそれによって位置を理解できるがあまりにも疾い。わかっていても躱しきれないそれは確実に巫女の体の反応速度を上回っていた。
牙を剥き出しにして嗤う獣、獲物を狩る本能によってかそれとも知性体としての嗜虐心をそそられているかは定かではないが、しかしその口元は三日月のように裂け、蒼天を落とし込んだかのような瞳孔は細く鋭く、巫女を捉えていた。
その一方、対比のように巫女は息も絶え絶え。
先ほどまでは背中以外に傷の見えなかった珠肌には、全身隈無く浅い赤の一文字傷が走る。しかしその傷口からは唯の一滴さえ血は流れてなかった。
鎌鼬で生まれた傷からは血液は垂れない。まさに伝説通りの幼獣の一閃は、確実に巫女の体力をすり減らしていた。
イタチ特有の細長い胴体、妖獣として異常発達した四足で縦横無尽に木々校舎を飛び回るという、地形と構造物を利用した巧みな狩りにより、乙女の皮膚は薄皮一枚ずつ丁寧にスライスされ、明らかな絶体絶命の状況が展開されているように見えた。
しかし、未だに巫女のその表情には焦りが見えない。
(…鎌鼬の攻撃、校舎の中で戦ったときよりも遅い。全然目で捉えられる…っ!)
それもそのはず。真の妨害工作によって、鎌鼬は思った以上に踏み込みが浅くなっているのである。
視聴覚室までの十数メートルにばら撒かれた床用ワックスにより、鎌鼬の怪力による強制ブレーキは機能不全に陥っていた。
脱出の際の悲痛な叫びから察することができるように、先ほど鎌鼬は半ば自爆のような形で高速移動の勢いを殺しきれず、視聴覚室の鉄扉に強烈な顔面から衝突している。
足裏や体毛にべったりと付着したワックス、加えて先ほどの強烈な失敗による印象は、制御していた風による高速移動を無意識に一定以上のスピードが出ないよう調整してしまい、その結果が巫女が辛うじて目で追える程度の速度での攻撃となっていた。
ではなぜ見える攻撃を回避しないのか。答えは単純。残りの攻撃用の符は1枚だからである。これを確実に当てる以外に勝利への道はない。
高速で周囲を駆け回るという攻撃の性質は、直線軌道で投擲するか直当てするかの2択の符術と相性が悪い。そして万一外してしまったのならば、この悪趣味な人力ミキサーから脱出し生還するのは確実に不可能。つまり攻撃しようにも相手が足を踏み外すか、クロスカウンターのように攻撃に合わせた反撃しか取れる択がない。
(━━と、まあそう考えてたけど…そんなリスク背負う必要ないわね)
巫女は構えた1枚の符に加え、もう1枚追加の符を革ポーチから手早く引き抜いた。しかし、決して飛来してくる銀閃から目を離さない。
しかし、ここでついに巫女の体力が限界を迎えてしまった。
「っ、あ…?」
不意に巫女の視界が歪む。限界まで張り詰めた緊張感と蓄積されていたダメージ。それらによって、ついに巫女の肉体が限界を迎え、立ちくらみを起こしてしまったのだ。
当然、それを見逃すほど妖怪は甘くはない。
「勝機っッッ!!!」
嗚呼、ここまで本当に長かった、と頭の端で勝利の余韻に浸りながら、鎌鼬は巫女の首筋を鎌でひと撫でするために真正面から巫女へと飛び込んだ。
そう。それが、巫女の策略とも知らずに飛び込んでしまった。
確実に首筋を掻っ切る起動を描いていた刄がカン!と高音質の音を奏でる。この硬い何かに刃が弾かれる音、この状況は巫女に、先の教室での戦闘のデジャブを想起させた。
「…っ!!?」
何もないはずの空間、しかし刃を通さないほど硬い何かに阻まれ、大きく体勢を崩した。
混乱する鎌鼬が視線を切断する予定だった首筋から手元に移す。巫女の手には先ほどまで握られていた筈の符が見当たらない。
誘われたのだと確信した鎌鼬が再び視線を顔に戻すと、凛とした芯のある声が響く。
「———ほらやっぱり。弱ったフリをすれば確実にあなたは首筋を狙ってくる」
巫女が土で汚れ、しかし発色の良いルージュの唇の口角を上げた。
「手持ちは封印用と合わせて3枚だけと思ってたんだけど、一枚返してもらったのを完全に忘れてたわ。存在を曖昧にするための認識阻害の符……さっきまでは背中についてたやつなんだけど、まだ効果が残ってて助かったわ」
真から返された1枚の符、あらゆる感知をすり抜けるための認識阻害の符によって、鎌鼬は目の前に展開された結界を見誤ったのだ。
(結界で攻撃用の符を包み、さらに認識阻害の符でそれごと存在を隠蔽した回避不能の透明な空間地雷…これで確実に仕留めるっッ!!!)
緑瑪瑙のような大きな瞳が妖獣を捉えた。その表情には、大きな汗こそ流れているもののやりきったことに対する満足感が浮かんでいるのがはっきりと見て取れた。
すぐさま巫女は若干演技臭く、大ぶりに右腕を振り上げ指を一度鳴らす。
急所を狙った致死の一撃を弾いた、何もない筈のない空間が大きく揺らぐ。無から浮き上がるように地面から半メートルほど浮遊した半透明、薄緑色の直径1メートル大の球が姿を見せる。
その中央には血塗れで文字も掠れた襤褸の紙切れと、対照的に真新しい符が1枚収められていた。真新しい符を赤いスパークが奔り、それに反応するように半透明の球が急膨張する…!
(…躱ッッ!!!!?)
咄嗟に完全に崩れ切った姿勢を整えて初の回避行動に移る鎌鼬。
しかしそんな猶予があるわけでも、それを見逃して貰える訳もなく————
「攻性術式符、紅種、断ち切れ『牡丹一華』ッッ!!!!!」
詠唱に呼応した符は内包していた術式を解放し眩い紅い輝きで夜闇を照らし出す。緑色の結界を内側から粉砕し3メートル以上の一輪のアネモネの様な大輪が咲き誇った、否。
花弁のように見えるのは高圧縮された赤い光を放つ風の乱流、その一枚一枚が使い手の敵を粉微塵に破砕する風の刃!業風。
あたり一帯に吹き荒れるが、しかしそれは鎌鼬のそれではなく美しく花開く朱の華を中心に巻き上がる。
そして、嵐のミキサーの中心には同じく風を司る妖獣”鎌鼬”。しかし体制を崩したその体を、容赦なく四方八方から風の刃が襲う。
「ッァアガあああァァッッ!!!!!??!」
紅い花の花弁のように薄く鮮やかな風の刃の群れは、まるで花吹雪のように吹き荒れて鎌鼬を切り刻んだ。
「何が不利、何が同じ属性使いですって?」
幾千の赤い花びらが風に融けていく。嵐が止んだ後には、全身に切り傷を残してボロボロの地に沈んだ1匹の獣。
「──これが私の矜持、同属性対決は私の勝ちってことでね」
「意表返しよ」と性格の悪そうな笑みを受けべ、巫女は勝利を高々と宣言した。
多分近日中に片割れをアップしたいと思います。
ただ、年末なだけあってかなり忙しいので確約はできません。