騎士系男子とお姫様系女子(虚偽)
話が増えすぎなんだよなあ!?
開口一番にぶっ飛ばされそうになった真はとりあえず頭を地面に擦り付けた。
「配慮に欠ける発言、大変申し訳ないと思ってます、ハイ」
虫の息の少女に土下座する男、シチュエーションがあまりにカオスである。
いや怖い顔で睨まれちゃ仕方ないんですって、般若もビビって逃げ出すような顔だったんですよ…と内心土下座を正当化する真だが、一体誰に向かって誰に言い訳しているのだろうか。しかし、土下座しないと確実に命を奪われかねない、そういう凄みを感じる表情だったことは追記しておくべき事実だろう。
「反省してる気配を感じないわね」
「ソンナコトナイデスヨー」
真の顔は地面と睨めっこしているから表情は悟られないというのに、恐ろしいかな、これが巫女の感というやつだろうか。
しかし暫くの後に深い溜息を吐くと、少し息苦しそうに話しかけてきた。
「…とりあえず、増血剤とか包帯とか、そういうの、持ってない?」
「一応拝借してきたがな、多分必要ないぞ」
息も絶え絶えな電波女の体を慎重に起こした真は教卓の下、鎌鼬からは絶対に見つけられないであろう場所に隠しておいたリュックサックを引っ張り出し、中からチェーン切断用の大型カッターを取り出した。
「……はあ?!」
「実はな、っとチェーンかったいなぁ…!?お前、あんまり出血してないんだよ」
”冗談言いやがってぶっ殺すぞ”と言わんばかりの視線が突き刺さるが、鎖の切断にかける時間すら惜しいので取り繕うようなことはせずに話を続ける。
「んぐぐぐっ!?…手短に言うと、血みたいに見えるのは血糊だよ、ふぅんっッッ!演劇部から、はぁ、はぁ、拝借…してきたやつなんだけどな」
「……はぁ!?」
お世辞にも筋肉質とはいえない真が、必死にチェーンの切断を試みている最中に告げられた衝撃の言葉に、電波女は目を丸く見開き驚愕の声をあげた。
「体が重いってのは殆ど思い込みだよ。ただの栄養剤なのに特効薬だと思い込まされて飲んだら難病が治ったりとか、そういう話聞いたことあるだろ?」
「プラシーボ効果ってやつね…いや、私が聞きたいのはそういうことじゃないんだけど」
プラシーボ効果。
心理的な暗示によって薬効が無いにもかかわらず効力が現れるという、人間の思い込みによって現れる肉体的影響。
つまり実際には大した傷ではない電波女は、真の仕込みによって出血多量だと思い込み、意図的に衰弱状態にさせられていたということになる。
「俺が色々細工した時にはお前の出血は止まってた。だからなるべく大怪我しているように見せかけたかったんだよ」
「…だから、その理由を私は問いただしてるんだけど?」
ここで電波女が怒るのも真にとっては想定内。
失血死を覚悟していた人間に”それ、血じゃなくてただの血糊だよ”と言ったとして、怒らない人間はいないだろう。ただ、真としても悪戯で血糊を使ったというわけではない、そこにはしっかりとした真なりの意図が存在する。
不満げな表情と、明らかに不服であると言う声色のダブルパンチ。この話を続けていると機嫌が悪くなりそうなので真は少し話を逸らすことにする。
「この状況で一番最悪なのはお前が死んで、誰も鎌鼬に対処出来なくなることだろ?だから俺は、何としてもお前を五体満足で回収する必要があったんだよ」
「だから、それとこれとは何も関係ないじゃない!!」
「…ちょっと声抑えようぜ。万一鎌鼬にバレたら、今までの仕込みが無に帰すから」
次第に怒りがエスカレートする電波女を真が宥めると、ハッとした表情と共に電波女が静かになる。しかし、明らかに苛立ちを抑えられていないのか、未だ拘束された体で小刻みに震えていた。
「あ、ちょっと待って、いけそうな気がする…ぐぬぬぬ…っ、とおっ!!」
バツンッ!という重音と共に鎖は断ち切れ、電波女の身体からスルスルとその拘束が剥がれていく。硬さとは裏腹にジャラり、と軽い金属音を地面に落ちた鎖が打ち鳴らした。
「ふぅ、ふぅっ…ッあ゛ぁぁ…っかれた゛〜……、俺、もう二度と人力でチェーンなんて切断しない」
今度は真が息も絶え絶えになりつつも、一応保健室から持ってきていた包帯や痛み止めなどを電波女に放り渡す。
「流石にジロジロと傷口を確認するわけにもいかなかったからな、そんなに時間はないから早めに頼むぞ?」
「…ならさっさと後ろ向きなさい」
流石に乙女の柔肌を出会ってすぐの男の前で晒すハズもない。そういった意図を汲んだ真は、少し赤面しながら焦って後ろを向く。夜の校舎は静まり返っていて、布地の擦れる音だけが教室に聞こえる唯一の音になった。
「…ホントだ、出血自体はとっくに止まってるわね…」
電波女は覚悟を決めて傷口を軽く撫でると指先には少しザラザラとして瘡蓋の感触がある。
そして指先に付着した液体も血液にしては粘着質、指先でつまむようにすると赤い糸を引いていたことから血糊であると言う話の確証を得た。
「だろ?ところでこのキューブなんだけど…これが鎌鼬が封印されてるやつでいいんだよな?」
真の発言の裏付けを取る電波女に対して、真も確信に至っていない疑問を投げた。その手にはいつの間にかズボンのポケットに入っていた、サイコロ大の赤い半透明の物体。
LEDライトで中身を透かせば、中央部にはミニチュアサイズになった見たことのある獣が納まっている。
「……ええそうよ。教室で襲われた時、なんとか回収できたの。それを万一私が捕まった時の保険としてアンタのポケットに放り込んでおいたの、ってだからそれとこれと何の関係があるのよ」
布が擦れる音と声を潜めた怒声が真の耳元に届く。怒りを覚えているのにも関わらず大声を出さない辺り、電波女が意外と冷静であることが真にもわかった。
だからこそ真も言葉を濁さず真摯に解答を返す。
「簡単な理由だよ、“鎌鼬がお前を殺すリスクを減らすため”だ。兄弟を助けるためにはお前の協力が必須らしいな?つまり鎌鼬は兄弟を助けたくばお前を生かすしかない。
なのに気づけばお前は血まみれ、だからこそ憂さ晴らしで必要以上に痛めつけられるリスクが減るって寸法だよ」
真には詳しいことはわからないが、封印を解くためには電波女の力が必要なのは鎌鼬の言動から推理して確実。
だからこそ、『鎌鼬はこの場で電波女を殺すことは絶対にできない』という推理である。
それを踏まえ、鎌鼬にとっての優先度は、『真<電波女<封印されてる鎌鼬』であると真は考えた。しかし、これは封印されている鎌鼬の確保を最優先にし電波女を二の次にするという希望的観測にすぎない仮説である。
とはいえ紆余曲折あり、実際はどのような作戦を立てていたか自体、真はもううろ覚えである。そのため、これらの主張は真が後付けでそれっぽく言っているに過ぎない。本当に舌だけはよく回る男である。
「…よし、と。まあこんなもんね」
「支度が済んだんならさっさと移動するぞ。ここに残るメリットがないのは言うまでも無いよな?」
「…そうね」
とはいえ疲労困憊といった様子の電波女に真が肩を貸しつつ、2人は図画工作室を後にする。
痕跡をなるべく残さないようしなければならないのに、想像以上に血糊をかけ過ぎたせいで床に垂れる可能性があるという事に気付いたのはその数瞬後である。
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夜の廊下は当然のごとく閑散としていた。
初夏はセミの鳴き声もなく、代わりに名前も知らないような虫や鳥の囀りだけが静かな夜の廊下を唯一賑やかせている。
「ぎゃあッッ!!!!!」
「ッ!?」
しかし、その静寂は突如終わりを迎えた。
遠方でという嗄れた悲鳴と共に、それなりの質量を持ったものが衝突する音が廊下へと響く。2人以外に人っ子一人いないこの学校で悲鳴をあげるのは一匹しかいない。
計画の進捗が進んだ事に笑いをこぼしそうになる真だが、ボロボロの身体で警戒モードへと移ろうとする電波女を無言で止めた。
「問題ないよ、俺が仕掛けといたトラップに鎌鼬がまんまと引っ掛かっただけだ」
「…他にもこういうの、仕掛けてたりするの?」
「当然。ほら、今の内にさっさと移動するぞ」
急ぎ階段を降りて2階。2人は鍵が開けっ放しの演劇部の部室へと逃げ込み一旦腰を下ろす。
身体を軽く動かし傷の様子を確かめる電波女に対して、真は軽い言葉のジャブを飛ばす
「なんでか知らないけど、この部室が開きっぱなしだったんでね。色々と使わせてもらったわけよ」
「…へえ、そうなんだー」
クッソ棒読みである。これではむしろ腹の底が読めない。
電波女は巫女服自体もズタボロ、その隙間から見える身体も包帯がグルグルに巻きつけられている。
背中の痛みを抑えるために飲んだ薬のおかげで顔面蒼白だった先程と比べて赤みが戻りつつあるが、残念ながらとても健康そうには見えない。
「…今なら逃げられるけど、どうする?」
ここで真は本命であるストレートな言葉をぶつける。
真がここでこれを問う意味は大きい。なぜなら、現状で取れる選択肢は逃げかこのまま戦うかしかない。
大量出血は偽装だったとしても、背中を切りつけられてるのは事実。これは暗に、『万全の状態でもないのに戦って勝てるのか』という問いでもあった。
(お膳立てとまではいかないが、鎌鼬は今頃ワックス塗れ。機動力が削がれてると思いたいけど…逆に言えば、それだけだ。
“逃げる“なら機動力が落ちたのは絶好のチャンスだけど、”戦う“なら多少のアドバンテージでしかない)
「————————アンタが何を期待してるかわからないけど、私は戦うわ。事情は詳しく話せないけど、そもそも私は逃げられない。逃亡は私にとって“死“と同義なのよ」
真の問いに対し、電波女は一切考えるまでもなく返答を返す。顔には若干憂いを感じるが、それは体調の悪さからだろうか。真にはわからない。
逃亡=死という想像以上の死生観に目を丸くするが、だとすればなんらかの策があるのだろうかと真は質問を続ける。
「ついでに確認しておくが、応援を呼べたりしないのか?」
真が一番最初に思いついた策は『応援を呼ぶ』である。諸々の話ぶりから察するに手持ちの符はすでに底が見えている状況。この状況を打破するには第三者の協力が手っ取り早いだろう。
しかし、その希望も電波女は砕く。
「それはできないわ」
「……やっぱり?」
とはいえ、この解答は真は予想していた。先程真が確認したところスマホが圏外となっており、完全に外部と遮断されているのだろうという察しがついていたからである。
予想通りだがしかし真は肩を落とす。絶望的な状況に変わりはないらしい。
「“人祓い“は人だけでなく、あらゆる『人を呼び寄せる行為』自体も弾いてしまうの。大方その落ち込みようだとわかっていると思うけど、電話やメールで誰かを呼ぶって行為自体が結界によって妨げられているのよね。
でも、これについては完全に私のミスだから…巻き込んでしまって本当に申し訳ないわ」
尻すぼみにだんだん声が小さくなり、謝罪は蚊ほどの声である。とはいえ真としては一切問題ない。
「構わねえよ。それを前提にこっちも準備をしてたんだ」
その言葉を聞いてほんの一瞬、目の前の電波女の顔が驚愕の表情に染まった。
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