妖怪の独白:鎌鼬
説明回です、ただ情報は小出しです。
【side:鎌鼬 〜8時17分】
世界は暗く鎮まって、草木すら眠っているのかと錯覚するほどだった。そんな沈黙だけの状況は突如として破られる。中庭に響き渡る硬い金属音が鳴り渡ったのだ。
妖怪の聴覚は鋭いが、それ以上に元々野生動物のような性質を持つ鎌鼬がその音を聞き逃すはずがない。
「小僧、ようやく尻尾を出しおったなッッ!!」
図画工作室の中央でクツクツと牙を剥き出しにしほくそ笑む鎌鼬。その目の前には鎖で何重にも拘束された巫女服の女が無造作に転がされていた。
巫女服の女を一瞥し完全に気絶しているのを確認してから、鎌鼬は教室の外へ素早く飛び出る。何か起こったらしい中庭を窓から覗き込めば金属バケツが水たまりの中に落ちている。どうやらそのバケツには紐がくくりつけてあった。
「ほぉ……井戸水を汲みとるように水を持ち上げようとして失敗した…というところかのう?」
嗄れかすれた声で考察を垂れるが、残念ながらその推測は一切的外れであった。鎌鼬は物の見事に真の仕掛けた罠にまんまと嵌ってしまったのだ。
一般的に野生動物は鳥類を除きそれほど目が良いわけではない。その特性を引きずっているためか、鎌鼬もそれほど視力は良くはない。
勿論それでも野生のイタチに比べれば多少は良い方だが。
そのため、南校舎2階でロープ一本分だけ微かに開いている事に気付くことが出来なかったのが今回最も痛手だった点と言えるだろう。
それにさえ気付くことが出来れば或いは…この時点で水道を使わなかった理由や、なぜ中庭から水を引っ張ったかまで頭が及んでいれば慎重に行動できたかもしれない。
しかし鎌鼬は気付いてしまった。
否、当然気付くように仕向けられたものを、そして当然発見してしまったのである。
それは南校舎1階に立っていた。
桜が視線を遮らない位置で1つだけ窓が全開に開け放たれており、校舎の中に黒い学ランとまだ残っていると確信していた存在、風に揺れる短い黒髪は先ほど殺すと決めた相手で間違いはないだろう。
”誰か”と問うても、この結界に隔絶された伏魔殿において、それはただ唯一の答しかありえない。
そのニンゲンが目に止まるや否や、もはや反射に近い速度で鎌鼬は疾走するための姿勢へと肉体を駆動した。
『風を吹き起こす能力』。鎌鼬たる所以であるその能力。
それによって発生した台風の如き突風が廊下中の窓という窓を軋ませる。
そのコンマ数秒手前、本来のイタチ同様に四足を地面へ密着。後ろ2足の筋肉が膨張しコンクリート製の廊下に強く踏み込みをかける。
体毛が突風の追い風を知覚した瞬間に、目にも留まらぬロケットスタートで廊下を駆る。
台風に後押された野獣はグングンと乗算的に加速。瞬きするほどの一瞬で3階への下る為階段まで差し掛かる。
その階段に差し掛かる手前、何故か台風の目に入ったかの如く強風が静まり返る。
風と自身の人外の怪力によって半ば躰が宙に浮いているに近い状態の鎌鼬はそのまま階段の手すりに衝突……せずに、やすやすと手すり側面を前足で蹴りとばすと、空中で姿勢転換と制御を繰り返す。
階段に差し掛かると、吹き抜けになっている四方の壁を反射板のように蹴り飛ばし、鎌鼬は勢い付いたピンボールの如く素早く壁を跳ねた。風によるブーストの勢いをほぼ殺さずに次々と階を降る。
改装前の木製の手すりは、弾丸のような速度の鎌鼬に踏みつけられた衝撃で砕けた。その側面は完全に陥没し、仮に少しでも誰かが体重をかけようものなら、そのまま崩壊するのは必然であるとわかる程に破壊された。
(先ほどは見逃したが次は殺すっ!喩え逃げおっても、儂が貴様を八つに切り裂く方が疾いわッ!!!)
再び台風が狭い校内に吹き荒れる、真の設営したダミー人形との接触まであと数十秒……
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さて、真はまだ鎌鼬に見つかっていないと推測していたが、実際にはそれはかなりの思い違いであった。
実は既に校庭の倉庫で扉を開けたことで存在自体はバレていた。否、バレていたという言い方には語弊がある。あえて言うなら”居ることはわかっていた”程度であった。
災害倉庫の重い扉を開け放つ音、あの固まりきった錆びた扉を引き摺る音を優れた獣の聴覚があの音を聞き逃さない筈がなかったのだ。
ではなぜ校庭に向かわなかったのか。大まかだが理由は1つ。
それは単純明快、『結局確実ではない』からだ。
鎌鼬にとって正体を知られたというのはかなり拙いことではあるが、元々が三位一体である妖怪の鎌鼬は兄弟が消えるというのは余程拙いことである。
存在自体が現代で希薄になった妖怪がさらに半身とも呼べる兄弟のうち2人も失ったのなら、存在が維持できなくなる事も十分に有り得た。
それに校庭では障害物が限られすぎて直線的軌道でしか移動出来ず、あっさり取り逃がすこともありえたのである。
つまりあの時優先されるべきは兄弟の、兼ねてはその封印を解くことができる存在を逃さないこと。直接知覚できないような奇怪な人間を殺しに追走して、いつの間にか巫女と共に取り逃がすなんて間抜けな事態は絶対にならなかったのである。
この時点では鎌鼬は、”逃げられるように”と電波女が真へ封印匣を預け隔離世の符を発動させているとは夢にも思っていなかった。
その結果として、真は鎌鼬に気付かれていないと思いながら準備を着々と整えることができた。
つまり、これらは奇跡的なすれ違いであったのだ。
ではなぜ鎌鼬が封印櫃を巫女が持っていると思っていたのか。
それは妖怪や怪異に対する専門家集団━━━魑魅魍魎どもが”退治屋”と呼称し恐れている人間たちは、一般人に魔術や符術、怪異的存在を知られてはいけないという掟を馬鹿正直に守り続けて活動しているからである。
神秘的現象や超常現象は秘匿しないといけない立場の人間が、まさか一般人を簀巻きにして囮にしたり超常現象の塊である匣を預けるなんて全く思ってなかったのだ。
社会人が堂々と守秘義務違反するとは誰も思わないのと同じ構図である。
だからこそ、図画工作室に移動させた電波女の服をいくら切り裂いても匣が見つからなかった時点で鎌鼬は明らかなミスを悟った。
(匣持ちはあの男っ!一般人と侮った…ッ!!)
この時、瞬間を以って。
攻撃手段も持ち合わせず鍛錬を積んだようにも見えないが見つけるのだけは骨の折れる一般人の雑魚という真への認識が、最優先殺害対象へと認識が移った。
それ故に、馬鹿正直に見つけたそばから攻撃に移ってしまったのである。
だからこそ━━━
「━━━これはッ、ただの木偶人形ッ!?……あンのクソ餓鬼ィィッ!!!ガアァッ!!!!!」
バラバラになったトルソーや制服、その他諸々の残骸を執拗に踏み潰しながら妖獣が叫ぶ。
先ほど突風で軋んでいた窓はその絶叫によりさらに震え上がり軋みと高振動によって異音を発する。
その後、怒りで腸が煮えくり返り知性を忘れた獣が落ち着きを取り戻すまで実に数分を要した。当然その頃には、トルソーや頭を模したマネキンは既にどれを取っても原型を留めていないほど粉々に破壊されていたが。
「……ッ!?」
考えるだけの理性を取り戻した鎌鼬に一冷や汗が吹き出す。この罠の真意、少しでも考えればわかることであったが故に。
身を翻すと共に強風が大量の残骸を1階の廊下にばら撒き、そして吹き上げた 。そしてその残骸が地面に再び落ちきった時には既に鎌鼬の姿が廊下に見えることはない。
ただ、時既に遅し。
雑魚と侮った人間は既に電波女へと細工を施した後であった。
鎧を着ないで武器も持たず、ただ戦場にいるやつを兵士とは思いませんよね、そういう感じで脳内補足しておいてください。
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