ラック高い系男子
今結構急ぎで修正版投稿してるので、なんか話の順番がおかしいと思ったらコメントください。
試しに金属製のドアを横に引くと、特になんの突っ掛かりもなく開いた。
「……いやいやいやいや、流石におかしいだろ、ってヤバッ!?」
思わず声を上げてツッコミをしてしまった真は鎌鼬がすっ飛んでくる可能性を考え、慌てて部屋へと飛び込んだ。
「って、どうなってんだこれ…」
飛び込んだ部室は異質な空間であった。
部屋右側は台本や写真のファイルが規則正しくぎっしりと詰まった本棚が並ぶが、しかし左側は布の端材や生地が机や地面に乱雑に置いてあり、ミシン机にはミシンと幾つかの衣装素材を収めたケースがされている。
さらに教室端っこには衣装作成に使っているだろうトルソーが数体と、教室全体がやたらごちゃごちゃしていた。
A型の人間だったら5分もしないうちに発狂しそうな奇妙な空間に一瞬気圧されながらも、真は血糊を探すためにケースをひっくり返す。
軽く確認するとその中にはプラスチック製のジェム、カラフルなリボンやフリルが雑多に放り込まれている。
すっかり手慣れた家探しをしつつも、真の思考はなぜか開いていた扉へと向いている。
(弦次のヤローが言ってたけど、部室は鍵かけが厳命されている筈だ。何回か忘れると部活動の活動停止って話も聞いたことがある…今日たまたま閉め忘れたのか…?こんな日に偶然?)
部が管理している物は基本的に学校が設備扱いで購入したものが殆どであり、それを無くしたり盗まれたりするのはやはり宜しくない。だからこそ鍵をかけ忘れたりすると顧問の先生から厳重な注意がされる。
だからこそこんな日に、真が妖怪に襲われた日に都合良く窓の鍵や部室の鍵が開いているのは異常なことではないだろうか?その疑念は真の中で膨らんでいく。
「…今考えることじゃねえな。目下もっと心配する要素が多いんだし」
妙に引っ掛かる疑問から思考を逸らすように、真は足部分にローラーが付いている透明の大型ケースを棚下から引っ張り出す。
「よし、血糊見っけっと」
ケースには何本か血糊が入っており、一番使われた形跡のある血糊を真はリュックサックへ投げ入れた。ついでに指差し確認なんかもしてみる。
「血糊、ヨシ!…って、んん?」
あまり大丈夫そうではない掛け声をしながら、真がケースを棚下へと戻そうとした時、少し面白いものが目についた。
明らかにケースが一つだけ他のところに移動しており、しかも蓋が外されたままで放置されていたのである。
その中に入っていたのはトラ柄のロープ、ケースの空き具合を見るに1、2本は中から取り出されている。
「……あ〜、だからこの部室の鍵がかかってなかったのか」
つい先ほど、無駄に簀巻きにされた記憶が真の脳裏を過る。
結局余計だったあのロープは一体どこから持ってきたんだろうなあ。不思議だあ。(棒読み)
(ここの鍵が開いてたのもあの何処からともないロープの出処も、あの暴力巫女がここに来てたのなら辻褄が合うか)
目下一番の問題以外の突っ掛かりがなくなった訳で、疑問が若干解決した真としてはスッキリである。
(それにロープがあるならもう一つの問題も解決策が見える。『鎌鼬をどうやって図画工作室から引き離すか』だ)
—————演劇部には悪いがいくつか備品を貸していただこうかと思う。
真は満面の笑みで備品をかき集める。当然のようにその顔には申し訳なさのカケラもなかった。
急ぎ黒髪ショートのウィッグをかぶせたマネキンを用意し、部室に放ってあった男子用の制服を着せる。
さてこの学校———“崎森高校”は大きな特徴として校舎がドーナツ状になっているという点が挙げられるが、教室は校舎外周に配置されている。
そして内周には窓が設置され、桜のある中庭が見えるようになっている。そのため中庭を介して対面側の校舎の様子が確認出来るのだ。
鎌鼬がいるのは北校舎3階。
そこからであれば中庭を通し、対面の校舎を覗けば南校舎は桜が遮らない範囲を全て確認することができる。
(だからこそ鎌鼬は三階を選んだのかもしれない。基本的に上から見下ろしたほうが見える範囲は広い訳だし)
では、どのように図画工作室から鎌鼬を移動させるのか。
「さっき見つけたロープと掃除用具箱にあった金属バケツで鹿威しを作る」
真の作戦はこうだ。
南校舎2階の窓からロープを括り付けたバケツを垂らし、地面から1mほどの位置に宙吊りにする。そして、窓枠と直角にクロスするよう割り箸を貼り付け、その割り箸のなるべく一点に重なるようロープを巻きつける。
その後、すぐさま北校舎3階のLED光の位置を参照しながら、桜が3階からの視線を遮らない位置を確認しつつ、南校舎1階にマネキンを設置する。
(中庭には花壇や桜に水を撒くためのホースがあったはず、バケツの中にホースを通して、一定時間が経過すれば重量に耐えられなくなった割り箸が折れて大きな音が出る…筈)
名付けて【イタチに鹿威し大作戦】らしい。ダサいからやめたほうがいいだろう。
真も5秒でダサいと判断し作戦名自体を付けるのをやめた。命名センスは皆無らしい。
改めて作戦を簡単に整理しよう。
①2階から吊られたバケツに中庭のホースから給水
②時間経過でバケツが水によって重くなり、次第に割り箸に負担がかかる
③割り箸が折れるとバケツが地面に落下する
軽く5Lは入るバケツが満杯になればその重さは5kg以上。現代では珍しいブリキのバケツが中庭のレンガ製タイルに落下すれば、さぞかしうるさい音が出るだろう。
そして、それだけの騒音がすればさすがの鎌鼬も教室を飛び出し、視界に入ったマネキンに釣られ南校舎へと文字通り飛んでくる。
それが真が立てた作戦の概要であった。
(その間に俺が電波女を助け出せればパーフェクト…無理そうなら電波女自体に細工をして、放送が流れるまで近くで隠れていよう)
とんでもなく穴だらけの作戦ではあるが、真が考える限りで鎌鼬をおびき出せそうな作戦はこれら2パターンしか思いつくことができなかった。
もちろん1回目で電波女を救出できるならばそれが一番であるが、真はそれができるとは思っていない。
なにせ電波女を救出するには金属チェーンの解除と彼女の体調によっては担いで移動する必要があるのだ。だからこそ鹿威しの際にチェーンの状態の確認や体調などを確認し、放送の時に確実に救出する。
それが真の立てた救出プランである。
「でも、鹿威しの仕掛けを作る前に放送室の準備しとかなきゃマズいよな…先に作ったらいつ割り箸が折れるかわからないし」
加えて万一吊り下げておいたバケツが先に見つかった場合のリスクも大きいだろう。準備不足の段階で真が南校舎のどこかにいることがバレかねないというのは、この状況においてリスクがリターンと釣り合っていない。
真は一旦部室入り口に制服を着せたトルソーやブリキバケツなどの仕掛けパーツをまとめ、改めて2室隣の放送室へ向かう。
(北校舎から南校舎までの移動だと鎌鼬がどのルートを使うかわからない。だったら、確実に移動位置を絞れるここにワックスをバラ撒くのが安牌だ)
真はかねてより予定していた『鎌鼬の機動力を削ぐ』作戦のため、移動しながら床用ワックスを大量にばら撒く。
ワックス原液が尋常じゃないほど塗布された廊下は、月夜に照らされあまりにもテッカテカに輝いていた。
流石にやりすぎたかと冷や汗を垂れつつ、真は腕時計で現在時刻を確認する。
(20時4分、色々やってたにしては早いけど…できればそろそろ計画を実行に移したい)
真はすでに20分以上鎌鼬から雲隠れしている。いつ鎌鼬がしびれを切らすかわからない以上、急いでチャイムの設定を弄らないと絶対に拙いことはわかっていた。
(…10分で放送室と罠の配置を終わらせる。できなかったら所々アドリブでやるしかない、か…キッツ)
内心毒付きながら真は本日2回目となるピッキングを手早く済ませ、分厚い放送室の遮音扉を急いで開いた。
放送室はこじんまりとして部屋自体も非常に狭かった。放送機材の他に壁際の棚には大量のCDや楽譜が仕舞われいるが、真にとって用事があるのは機材のみである。
「これが、電源で…こっちがマイクの方の電源か。タイマーみたいな機能がどっかにある筈だ……おっ、多分これだ!」
急いで機材関係を確認するためにスマホのライトを付ける。
ここで誤って放送ボタンを押してしまうと今までの労力が全て無に帰すという緊張が真の胃をキリキリと締め付けた。
「……やっべ。電源と放送のタイマー機能はわかったけど、放送内容の吹き込み方わかんねえぞ?!」
ここでまさかの大ピンチである。
焦りもあるが、流石に初見の機材を1から10まで理解するのは真には不可能だった。とりあえずわかった範囲で機材の電源を入れ、放送のタイマーを区切りの良い8時20分に設定する。
しかし、肝心の放送内容の弄り方が全くわからない。
「というかそもそも、流したい放送内容を出力する方法がわかる訳……あ」
真から緊急時に一番聴きたくない「あ。」が出た。同時に血の気が引いていき顔色が真っ青に変色していく。
「……普通、まずはマイク使って録音しないと放送に流せないのでは…?」
現状機材の弄り方すらわからない上、スタジオでもないのにマイクで録音などすれば確実に音漏れが起こる。そうすれば、逃げ場のない放送室に鎌鼬がやってくるのは想像に難くなかった。
あまりに初歩的なことを見落とした自分のアホさ加減に真は心底ため息を吐く。
(一応、代替案はすぐに思いついたけど…やりたくねえなぁ)
幸いなことに機材を弄った結果、タイマー機能とその時間にマイクをオンにする機能は発見できていた。
問題は『どうすればその時間に特定のメッセージを発信するか』。しかし、真としては思いついた“第二の選択肢”をなるべく取りたくはなかった。
「…はあ〜………仕方ない、スマホ使うか」
真がなるべくやりたくなかった選択肢とは『スマホの使用』である。
スマホに音声を吹き込みスマホのタイマー機能でその音声を出力すれば、特定の時間にマイクをオンにすることはできるため、鎌鼬を誘い出すメッセージを学校中に拡散は可能である。
既にワックスは使い切った。つまり、ここへ誘き寄せるのは必須事項。
(…放送さえ流せば、鎌鼬は俺を殺しにここへ一直線にやってくる。そうでなきゃ困る)
“だからこそ、せめて確実な手を取りたい“というのが真の本心だ。しかし問題はスマホを壊された場合である。
情報化社会にどっぷりな現代人にとってスマホをぶっ壊されるというのは、それこそ怪物に襲われる並みに恐ろしいことだろう。
しかし、所詮機械は代用が効くもの。命と天秤にかけた時にどちらに傾くかなど明白なのである。
(ぶっ壊れたとしても命よりは軽い犠牲だけど、両親にグチグチ言われるのが目に見えてんだよなぁ。憂鬱だ……いや、入学の時に買い換えたわけだし、プラン次第じゃ壊れてもタダで交換してくれる可能性もある、かあ?)
これも当然希望的解釈である。しかし既に八方塞がりの真に、ほかの選択肢を選ぶことはできない。
(…ソシャゲのバックアップのコードは家に厳重に保管してある、大切な写真もパソコンに移してある)
失うデータなど存在しない、であれば一体何を恐れるというのか。
踏ん切りがついた真は大きく溜息を吐き出した後、自分の両頬を軽くひっぱたいた。
「—————よし、やろう」
今日イチ覚悟が決まった瞬間である。ホントに今なのかと疑いたくなるが。
「もうどうにでもなれ!」
覚悟というよりかは自暴自棄に近いようだった。まあ、覚悟も自暴自棄も性質的には同じようなものである。いい感じのヤケクソ具合の真は、このやりきれない怒りを鎌鼬へと向ける。
烈火の如く燃え上がる真の憤怒が、口汚い言葉へと変換されるのは時間の問題だった。
(現代っ子が画面の中の美少女より、なんか顔面モザイクで怪しい三次元の女子の方を選ぶってとこを身をもって示してやろうじゃねえかよコンチクショウがよッ!!)
鬱憤と苛立ちと混乱と憤怒。
真はそれら全部を込め、鎌鼬を煽って煽って煽りまくったセリフをスマホの音声メモに吹き込む。
「はあ、はあ、はあ〜〜あ」
ト○ポのように最初から最後まで感情の込もったセリフを吹き込んだ真は、息も絶え絶えになりながらも最後の仕上げに紙とペンを取り出す。
どうか、この部屋へとやってきた鎌鼬が心底怒り狂いますように。
歪みきった祈りを込めて、鎌鼬が必ず逆上するであろう言葉選びで文字を綴る。それを、態とらしいくらい見つけやすいよう放送室の卓の上に乗せた。
「俺だけが怒り狂うのは不公平だぜ、クソ野郎が」
紙切れには、単純に2言が綴られた。
———————ヒント:兄弟 火葬
そして、これを見て我を忘れた獣が、この言葉を信じるように現実味を帯びさせよう。
土壇場でいい事を思いついたと言わんばかりに真は笑った。
そして計画通りにタイマーセットを確認したスマホを放送室に放置すると駆けるように放送室を飛び出した。
向かう先は当然演劇部部室、仕掛けの準備とついでにライターでもあれば完璧だと目論みを深める。
せわしなく、そして静かに動き回る真とは裏腹に、学校中の時計の針は規律正しく20時10分を指していた。
全てが始まるまで、残り10分。
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