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妖しげ系女性

お久です。


 真とシン、21gの差というわずかであり、そして途方もない違いを理解した翌日の早朝。土御門聖は屋敷を出、隣接する県の山奥にまで出張っていた。


 とはいえ、思い人がぶっ殺されてしまった挙句、全く同じ顔の謎の生き物が湧いて出たことに対する気分転換(げんじつとうひ)のために山登りしているわけではない。この遠征には明確に意義がある。


「術式の分析を私だけでやってたら時間がかかりすぎる、というわけで()()()()()()に頼ろうってわけですけど…あの女、何でこんな不便なところに住んでるんでしょうかね」


「お嬢様、そんなこと言っていても山は平坦になりませんよ。とりあえず登りましょう」


 体力切れで息も切れ切れの聖がぼやくと、その後ろで緑が喝を入れる。とはいえ昨日は全力全開でバトルしていた人間が急に1000m級の山に登るのだから、文句の一つも出てしまって仕方がない。


 なお、この遠征にはシンはついてきていない。彼には一旦自宅へ帰ってもらい、様々な不都合が発生しないかどうかの確認をさせている。

 例えば家族関係、シンは真の記憶こそあるものの、それは実体験を伴ったものかどうかは正直わからない。それゆえに家族にしかわからない些細な違いなどを抽出するために、一度家に帰している。


 緑と聖が裏で手を回し何かと理由をつけて、来週に三者面談を実施する予定である。家族視点でのシンという未知を解明するためではあるものの、家族が”全く異なる生命体に生まれ変わっている”ことに万一気がついてしまった場合はどうしたものだろうか。


(少なくとも、大丈夫だと思いたい。アイツは私が絡まない限り、生前(?)と同じ様な行動と言動を行なっている)



───ちりん。



 色々な意味で頭が痛くなる聖の耳元で、澄んだ鈴の音。

 見渡せども木々、せいぜい聞こえても鳥の囀りといった環境音。


 明らかに異質な人口の音により、聖は自身が目的地についたことを悟る。


「…ここか」


スローペースで山道を進む聖の足がピタリと止まる。先ほどまで進んでいたハイキングコースではなく、明らかに何もないはずの森へと視線を向けた聖は、そのままコースを外れて人の分け入らない様になっている森へと侵入した。


そう。その瞬間であった。


視界が、厳密にいえば()()()()()()()()()()


「っ!?これはまた、まるで狐に化かされた様な」


景色がシャッフルされたかの様な感覚にしばらく晒された2名が、そのまま暫く立っていると、視界がようやく落ち着き始めた。

視線の先にあるのは、先ほどまで広がっていた深い森ではなく、程々に立派な日本家屋。ご丁寧なことに、門の前には表札とポストまで標準装備である。こんなところに郵便が来るはずもないのに。


「──これが結界術と創作術式で製作された、人為的な迷い家ですか」


「はい、そしてここに住む人間こそ、この問題を解決する上で、何が何でも協力して貰わなければならない人物です」


表札に書かれた名は───芦屋美紅。


昨日の大会にて、聖が下した芦屋蘭丸の姉であり、日本において最も術式に秀でた人物である。


「んふふ、ようこそ土御門聖チャン」


開け放たれた門の奥には、妖しげに佇む長身の女。

彼女こそ聖が助力を乞うた芦屋美紅、その人であった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「やあやあ少年少女、ようこそ私の根城へ。どうぞ、おなかへお入りください」


 常人の視点では、演技臭い動きで手招く姿は明らかに信用に足る人物には映らない。しかしその招きに応じない手はない。


「…人を喰らう怪物のセリフですよ、それ」


 山奥に構えられた屋敷という時点で、原作も似た様なものだが。少なくともそれは洋館じゃないだろうか。そんなことを思いながら聖は門を潜り、案内されるまま客室に上がった。 


 小綺麗な和室に案内した美紅は、そのまま上座へと雑に座り込む。すでに置かれていた茶をこれまた雑に飲み干すと、顎で2人を目の前に座る様に指示した。

 いそいそと2人が座布団へと座る。さて、ここからが本題である。

 

「美紅さん。今回は我々を庵にあげてくださりありがとうございます。さて、早速ですが今回の要件を…」


「あ、ちょっと待ってほしい。その前に一つ。すごーく大事な確認があると思うんだ」 


 鞄の中から資料を取り出そうとした聖に対して美紅が待ったをかける。うすらと笑ったその顔はやはりどこか妖しげだ。


「話は何となく聞いてるよ。完全なる死者蘇生の術式、それに近しい術式を偶然たまたま作り出したから協力してほしい、と」


「…ええ。」


「んんふふ、それはすごい!あらゆる権力者が欲して止まない術式に違いない!誰もが喉から手が出るほど欲しがるものだろう!!」


オペラでもやってんのか?と言ったテンションで謳う美紅。しかし聖と緑は不気味で仕方がなかった。


大仰な言葉遣い、本当に興奮した様な態度。どこからどう見ても、世紀の大発見に心を震わせる発明者の様な様子。そのはずなのに。


しかし、ここにきてからずっと、美紅の目は笑っていないのである。


「本ッッ当にすごいね!──でもそんなの私が1ヶ月くらい研究すれば見つけられる程度のことなんだよね。その上で、私の力を借りたいと。そう言っているんだよね?」


 私ならそこそこ簡単にできる。その上やっていないのだから興味はない。そう言外に語っているのだ。もはや誰でもわかる断り文句の様なものだろう。


 一転して底冷えするかの様な声色。ようやく聖は理解した。

 ここまで美紅の目と口調はちぐはぐだったが、この声色と目はぴったり合致する。私はずっと無礼を働いていると思われていたのだ、と。


 蛇に睨まれたカエル、そう形容する他ない。筋繊維の1本に至るまで硬直したかの様な感覚に聖は襲われた。

 

 しかしここで身を引く程度の思いではない。失ったものを取り戻すにはハッタリでも何でも、とにかくこの女に話を聞いてもらう他ないのだ。

 いつも通りではなく、聖は意地を張ったかの様な笑みを浮かべ、不敵に言ってのけた。


「…ええ。もちろんです。少なくとも貴女なしには解明できない。そして何よりも()()()()()のはずです」


 そういうと聖は、かつて真との間に結んだ式神術式の写しを鞄から取り出し、美紅へと受け渡した。

 冷たい視線を術式の書かれた紙へと落とし数秒後、重圧を振りまいていた美紅からふっとそれが消え、一転して嬉々とした声が上がった。


「あー、へえ!こりゃ面白いな!──そして、悪辣だ」


 腹を抱えて笑い出しそうな様子の美紅、その口から出てきた悪辣という言葉に聖は首を傾げる。


(悪、辣?)


「面白いことに違いはない。しょうがないから少しだけお手伝いをさせてもらおうじゃないか」


「…ありがとうございます」


「式神術式ってのは本来、人の力ではどうにもならないような悪鬼羅刹に魑魅魍魎、修羅神仏を強引にスケールダウンさせて使役するための術式なんだ…って、それはキミが一番知ってるよね」


 符術に関しては聖チャンの方が私よりも才能あるしね、と明らかな謙遜を口にする。聖としては苦笑いしか出てこない。自身がヤケを起こして作った術式、しかもなぜ動いているかわからない術式を、一眼見ただけである程度理解していることは明らかだからだ。


「だけどこの術式はそうじゃない。これ、人を式神として使役するために作った術式でしょ?でも弄ったのはあくまで対象を人に変えようとしているだけ。それ以外に弄ってない。つまり相当に無駄な部分があるってわけだ」


 しれっと術式の内容を見透かしている美紅に驚くことなく、聖は今しがた言われた言葉の意味を理解した。


「…あっ、確かに。人と魑魅魍魎、悪神土地神。そこには明確に格の違いが存在する」


聖はさながら教師に指された生徒のごとく促されて回答を続ける。


「…本来は巨大な力を押しとどめるための圧縮装置である術式、でも人間規模であれば圧縮する必要はない。つまりは術式内に余白…文字通りの()()()()がある」


「んふふ、イグザクトリー!キミは話が早くて助かるね!私の弟の土手っ腹に刃物をぶっ刺しただけのことはある」


「ええっと、どうも?」


 まあ事実だが、それは果たして褒め言葉なのだろうか?何と返すべきか困りつつも聖は疑問符で回答する。


「そして何よりも、”本来、人に従わないモノを従う様に反転させる”のが式神術式。しかし、そこを変えていないということは、だ」


「…術式内に発生したブランクにより本来作用すべき対象範囲がズレて、生死に関わる部分を反転させてしまった可能性がある?」


「まー、ぱっと見そんなところなんじゃないかなって感じ」


 しれっとそれを言ってのけた美紅だが、それを瞬時に解明したという事実が、彼女を稀代の天才だと裏付ける明確な証明だろう。

 しかし、聖としては一点、どうしても納得のいかない部分が残っていた。


「術式の分析ありがとうございます。ようやく解決の糸口が見えた気がしました……でも、この術式のどこが悪辣なんですか?」


 どうしても引っかかっていたのは、一番最初に口にしていた悪辣という部分。説明を聞く限りではそう言われる理由が聖には見えてこない。


「あ、しまった。口に出てたか…これはガチでミスったな」


美紅の口調的にも素が出ていた。どうやら本当は言うつもりがなかった様だ。バツが悪そうに頬をかきながら、美紅はゆっくり言葉を続ける。


「式神術式は本来、魂を結ぶことで式神の離反を防いでいた。術者を殺せばフィードバックが発生する構造にすることでね」


 一種の首輪だよね。と首に手を当てるジェスチャーをする美紅。


「と言うことはだ。その首輪を()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 その瞬間に聖の脳裏をよぎるのは、魂の世界での一幕。まるで術式の拘束から自力で抜け出したかの様な、あの瞬間の記憶。

 

(式神自身が、拘束を外せるはずがない…?)


「──そして困ったことに、神や妖怪に明確な死や消滅ってものがあるかどうかはわかってない。

でも。明確に死ぬ生き物であるこの術式を人へ使えば、()()()()()()()()()()


「…ッッッ!?!」


「だから言ったのさ、悪辣ってね。どうやら人の体ってのは、魂がなくとも動けるらしい」


 そして吐き捨てるかの様に、そして心底楽しそうに美紅は笑った。


「哲学的ゾンビ、ひょっとして彼の肉体は今、その状態なんじゃないかな?」



蘭丸の胴体に刀をぶっ刺したことを知っていることからも、美紅さんは大会に顔を出していました。

だからこそ今回、聖が自身の元に赴いた理由を大体察していたし、何なら最初から話を聞いてあげるつもりでした(優勝おめでとうのご褒美的な意味で)


それはそうと、自分のしでかした事態を理解しても心が壊れないかを見るためにちょっとだけ脅してみたりしたんですね


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