闇落ち系男子
修正作業で3000字程字数が増えてたんですよね…こっわ。
実に2回目となる窓から校舎へ侵入するために、真は急ぎ歩みを進める。
(さてと、ワックスが手に入ったのは僥倖だな。一工程分の時間を巻けるワケだし)
なにかと幸運が重なっている真が静かに笑みを零す。何かとプレッシャーのかかる状況で進捗の進みが想定よりも良いのが余計期限が良くなるのに拍車をかけていた。
さて、なぜ真は食用油を取りに行くつもりだったのか。
それは端的にいえば、鎌鼬の最大の長所を封じるためである。
(確かに人間を簡単に斬り裂けるほどの鎌は脅威だけど、何よりも厄介なのはその機動力だ)
真にとっての勝利とは『電波女を救出し無事に逃げ切る』ことに他ならない。
であれば鎌鼬の能力によるものと推測される“脅威的な機動力”を使用不可能にする。それが、真が考え抜いた結論である。
ちなみに、そもそも鎌に切り裂かれる状況など最初から考える必要がない。逃げ切れれば勝ちなのだ、機動力を削げばそもそも“斬られることはない”。
切られたら負けならば、切られることを考えるのは無駄である。
(鎌鼬がなんで早く動けるかは…まあよくわからないけど、多分“風”とかを操ってんだろうなって)
妖怪ではなく、現象としての『鎌鼬』は風が吹いている時に起こる現象とされている。そもそも妖怪という存在自体を真の常識で測ることができないが、だとしても推論はできる。
(でも、これが文字通り『風になって移動している』とかじゃないのはわかってる)
しかし、妖怪であってもある程度の物理法則に縛られている可能性が高いことに真は気づいていた。
その証拠は教室の手前。
園芸部の育てている植物の茂みの中からすぐ近くの地面にある。
「…やっぱり、不自然に陥没してる」
それを証明するために証拠とは、地面にある4つの縦長のU字型の凹み。
クラウチングスタートする時にできるような、進行方向に向かい前方に対して斜めに面がある窪みは、深い所では3センチ以上は陥没しているだろうか。
(俺が外で鎌鼬と迂闊にも遭遇した後、あいつは校舎に向かって超スピードで消えた。その時にとんでもない強風に煽られたけど…問題はそこじゃない、この地面がえぐれた場所に鎌鼬が立っていたはずだ)
つまり、『それだけの速度で移動するならば、かなり踏ん張る必要があるんないんじゃないか』と真は推測している。
だとすれば、真としても2足歩行からわざわざ4足歩行になる理由にも納得がいく。
地面との面積が広い方が当然踏ん張りは効く。攻撃の際も常に2足歩行であった鎌鼬がわざわざ移動する際に4足歩行へ移行したのは、合理的理由があるとしか真は考えられなかった。
(…よし、人影…いや獣影か?…は、見えないっと)
窓枠に隠れながら顔を上半分だけ突き出し、教室の中に鎌鼬がいないかを慎重に確認した真は、先ほどと同様に窓枠に足をかけて急いで中に飛び込む。
着地の勢いも膝をバネにし、なるべく殺して上履きもさっきと同じように教室の端の見えにくいところに隠した。
(だけど…最大の長所に大きな欠陥あり。あくまで予想の域を出ないけど、ある程度は賭けに出ないと妖怪を出し抜くなんてできない)
『あれだけ深い窪みができる以上、想像よりも移動の際に鎌鼬は踏ん張っている』。その仮説に基づいて真が考えた作戦はシンプルだった。
“だったら、絶対に踏ん張れなくしてやればいい”という発想である。
(床中に油をブチ撒いて絶対に踏ん張れなくしてやろうと思ったけど、床用ワックスでも問題ないはずだ)
だからこその”掃除用のワックス”だった。これを床にばら撒くことで、上手い具合に鎌鼬は踏ん張りが効かなくなる。
蛇足だが、油よりもワックスの方が後始末が少ないことも考えればこちらの方がマシだろう。掃除する人のことを考えられて偉い!
(問題は…学校中の廊下にワックスをばらまくのは無理って点か。どうにかして鎌鼬をうまいこと誘い出す必要が出てきた)
真はそろそろ手慣れたクリアリングをしつつ、教室から出て一番近場の階段を1段飛ばしで駆け上がる。
素足のため足音は最小限だが、転ければ異音が出ること間違いなし。最低限の注意を払いながらも急ぐ。
急いで向かう先は2階南校舎奥、放送室。
(最小限のリスクで立ち回れ流のはここまでだ。こっから先は嫌でもリスクを負わないといけない)
確実に鎌鼬を誘き寄せるのにはどうすればいいだろうか。これも非常に単純な発想である。
そんなのどこかに呼び出せばいいのだ。態々姿を晒す必要はない。
しかし放送が流れた瞬間、“校舎に浅田真が残っている”という事実を鎌鼬は知る。そして全力を以って殺しに来るだろう。
だからこそ、放送をした瞬間から真はリスクなしで立ち回れない。これは真がこの計画を立てたときから覚悟を決めていたことでもあった。
(鎌鼬は、アイツは俺がどこかに潜んでいることをわかってるんだろう。だからこそ、未だに電波女を人質として生かしている。俺という獲物を釣り上げる生き餌として利用している———だったら、こっちも下衆になってやろう)
腹の中で、真は静かに怒りを燃やす。
自分が立たされているこの状況は圧倒的に理不尽である。唐突に命を狙われたのも、見ず知らずの女を人質にされ命を張らされているのも、全てが彼にとっての理不尽でしかない。
しかし、だとしても。
自分のせいで誰かが傷つくのは、なんとなく嫌なのだ。
単に女に優しいというエゴとフェミニズムでもなく、行き過ぎた正義感というわけでもなく、ただ単に自分のせいで誰かが泣きを見るのが真は許せない。
(あっちが最初に不意打ちやら人質やら使ってきたんだ。もう卑怯もへったくれもあったもんじゃない)
人を殺す怪物に、どうして自分が慈悲をかけてやる必要があるのだろうか?
(挑発してやろう。奴らが持ち合わせている“兄弟愛”だろうと存分に利用して、移動するルートをこっちで操作してやる)
真が想い起すのは教室での鎌鼬の会話。鎌鼬はしきりに封印された兄弟を心配するそぶりを見せ、そしてその愛は電波女への殺意をも上回っている。
電波女を殺していなかったのはその証拠である。皮肉なことに、そして真にとっては幸運にも怪物の殺意と愛では愛が優ったのだ。
脳がかつてないほどに活性化している。自分自身を追い詰めた難敵を苦しめることだけを考え、それは次第により明確な計画となって頭の中で組み上がっていく。
「————態々兄弟愛を口にしたお前が悪い。恨むならその愛情を恨めよ、化け物」
深く皺の寄った眉と、それとは正反対につり上がった口角。
カチリ、と。真の中で組み立てられていた計画の、最後のピースが嵌る音がした。
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如何に鎌鼬をこちらの想定するルートへ誘き出すのか。それに対する解答はすでに真の中にあった。
(わざわざ1階から3階の図画工作室に人質を移動しているってことは、鎌鼬は学校内部を把握している。だとすれば、俺が尻尾を出した瞬間に、その場所へと最短ルートで移動してくるはず)
これも所詮は仮説である。
しかし、一般人である真が容易に人間を殺戮できる怪物を出し抜くためには、推測に推測を重ねでもしないと屁理屈にもならない。
薄氷の上を進むかのように慎重に、しかし大胆に。弱者に求められるものは大きいと真は心の内で毒を吐いた。
(放送室に関しては…頑張るしかない。規定の時間にチャイムが鳴らす機能はあるだろうから、時間を設定して放送を流すくらいどうにかなるだろ、というかなってくれ、頼むから)
正直真は神にもすがりたい気分であった。それでも妖怪がいるなら神もいるのかな、と何と無く真は考えている辺り、根本的には能天気なのかもしれない。
もちろん放送室で待っててやる義理はないため、放送室に誘き寄せている間に電波女を救出つもりであった。
そこからは完全なるアドリブ。とはいえ、とっととトンズラするか、もしくは電波女が鎌鼬を封印するかの2択となるのは明らかだろう。
(鎌鼬の図画工作室から放送室までの移動時間と、そこからの低速移動にかかる時間が、そっくりそのまま俺たちが逃げる時間になる)
ただでさえワックスまみれになってる状況で狭い校内を高速移動はしないだろう、と真は脳内で計画を補足した。
具体的にどこへワックスを仕掛けるかを目論みながらも、真は北側校舎2階へ軽いクリアリングの後足を踏み入れ、右回りで放送室へ向かった。
ドーナツ状である校舎を態々右回りに移動するのは、別に赤い目の一族の方が提唱している理論を真が信奉しているというわけではなく、2階の東側に保健室があるからである。
時間がないとはいえ、真は元々一応保健室に寄っていくつもりだった。
いくら暴力的で顔面モザイクな鬼巫女であっても、電波女は一応女子(推定)であり、現状真を守ってくれる盾でもある。
貴重な戦力が怪我で動けないというのは、真としても避けたいことだった。
(ん〜、俺ってばやっさしい)
真はポケットに常備しているヘアピンを2本を取り出し、両手で1本ずつ古びた木製のドアの鍵穴へと挿入する。
鍵の構造自体がかなり古いものでありピッキングは割と簡単である…とはいえ、一般人がピッキングの方法など知っている筈もない。
ではなぜ知っているのか、それは単純にこの男の中学二年生の苦い思い出のおかげである。
(ちなみにヘアピンは前髪が邪魔になった時用に持ち歩いているのであって決して、決っっっしていつでも鍵開けできるように持ち歩いてるからとかではないからな?)
誰に言い訳しているのだろうか、と真は馬鹿らしくなりながらも10秒せずに鍵が開く。実際犯罪行為でしかないが、人命救助のための致し方ない行為なのでコラテラルダメージらしい。
夜の保健室は流石に不気味ではあるが、内装については綺麗にリフォームされているためか、旧校舎に比べれば随分マシであった。
流石に薬品名までは存じ上げない真は、教室に入った時にしれっと回収していたスマホのライトを付け薬棚を漁る。
(えっと、傷薬と…包帯、最悪のための添え木…そんなもん必要か?別に骨折してそうな感じはなかったから添え木はいいか)
兎に角目についた痛み止めから包帯、絆創膏をリュックに片っ端から放り込み、3分とかけずに真は急ぎ足で部屋を後にした。素晴らしい盗人テクニックである。
(鍵は…時間ないし閉めなくていっか。さて、と。後は上手いこと教室から鎌鼬を誘き寄せる準備だな)
実際問題、真としてはこの状況はかなり急ぐ必要があると判断していた。
その理由は、最もリスキーなのは真がまだ学校に残っていることを鎌鼬が認識していなかった場合である。
(鎌鼬がキューブを探さないはずがない。おそらく電波女が持ってないのはとっくにバレてるけど…万一俺が逃げたと勘違いされたら、間違いなく電波女は殺される)
真が推測するに、教室の電気を点けた意味としては恐らく鎌鼬が未だに学校に残っているであろう真を誘い出すためであると考えているが、それは希望的解釈に過ぎない。
“電波女の死亡“という最も最悪の状況を作らないためにも、真は急ぎ足で放送室へ再度向かう。
その時教室ごとの入り口上部に取り付けられているプレート、教室の名が真の目に止まった。
【『演劇部』】
(…演劇部の部室か、血糊とか使えば色々偽装できるかもしれないな)
なんとなしに真がドアを横に引くと、やけに軽い感触が真の手に伝わった。少なくとも鍵がかかっているとは思えない感覚に真は首をひねった。
(え、扉が開いてる…?)
この想定外の事態に、真の思考は一旦停止した。
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