希薄系男子
第1章、ボーイミーツガールな妖怪奇譚の始まり始まり…
ほんの少し先で痛叫が響く。そんな中で私は、暗いところを揺蕩っていた。
「………」
薄れて暗闇に落ちそうだった意識を浮上させる。
少しだけ意識が飛んでいたようだ。吹き飛ばされて地面に寝転んでいる私の視界には、満面の星空が広がっていた。
出血し過ぎた。極度の貧血で思考が回らない。
(これは、運命。そういうことにしておこう)
運命。本来は嫌いな言葉だ。
”そういう星の元生まれた”と、それで全てを片付ける事ができてしまうから。
でも少なくとも、あの日、あの瞬間──あの出会いだけは”運命”と認めよう。それだけは他の誰であっても否定させない。
ぼやけた視界の端で、夜の校舎が眩く輝くスパークによって紅1色に染まった。
「さっさと……沈めよっッ!!」
「グ、があアァァッッ!!!」
ビビットカラーの閃光と共に、怒声とともに劈く悲鳴が聞こえる。
…でも、あと一押しが足らなそうだと、何となく思った。
──つまり正真正銘、ここが正念場。
”ここでやらなきゃどうする”、と自分を鼓舞する。
微かに感じる炎の温もりが、冷え切ってしまった体に染みて、僅かに動くための力を与えてくれた。
霞んだ視界の端に映る、感覚の乏しくなった手を握っては開くを繰り返す。どうやらまだ、辛うじて動くらしい。
(…お膳立ては十分。死んでたまるか。まだ動く、動いてみせる)
地に伏せていた体に無理やり力を込め、上半身だけを起こす。下半身は…最早感覚がない。
『これ以上は動くな』と体が激しい痛みとして警鐘を鳴らす。
どうやら私の身体は相当ガタが来ているらしい。そんなピンチに、自然と口角がつり上がっていく。
「…上等ッ!」
激痛を無視して全身全霊……魂をかけた最後の一投…ッ!
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──キーンコーンカーンコーン
…授業の終わりを告げるチャイムによって、浅田真の意識が浮上した。
(なんか…変な夢を見てたような気がする)
教師が去った後の教室は、ガラリと雰囲気を変えて喧騒に包まれている。しかし一向に真は体を起こそうとはしなかった。初夏特有のジメジメした天気でなく、ちょうどいい感じの気温と湿度。一度は起きたはずの体は再び睡眠へと揺蕩う。
が、しかし。寝るわけにはいかないと真の理性がまったをかけていた。
「ぁ〜〜……ねむ」
「おうおう…真クン?随分と眠そうじゃないか」
「のわっ?!」
真が大きく欠伸をしていると、真後ろからガッと体をホールドされて思わず声が漏れる。ホールドをかました、真より頭ひとつ巨体な男子生徒──弦屋 源二の口調には、僅かながらに怒気が混ざっているようだ。
「見つけたぞ、真ォ……オマエ、俺に謝るべき事があるんじゃないか?」
「…何のことカナ?」
少々上擦った声でごまかす真。しかし苛立ちも有頂天といったところか、源二は真の頭をワッシャワッシャと擦り倒した。
しかし、”見つけた”とはおかしな話である。何せ真は一歩たりとも動いていないのだから。
「お前え!さっきの授業で早弁しやがったな!?しかも結構匂いのするおかずを食いやがって、俺が犯人だって疑われたじゃねえか!!」
「やめ、やめろお前!?髪型が崩れるだろ!?」
想像よりも強く髪をぐしゃぐしゃとされた真は若干慌てながら源二に静止を呼びかけるが、全く効果はない…どころかその言葉に苛立ったのか、さらにパワーを上げて擦り倒す。
「な〜に問題ねえ…今日も今日とて、お前の体質は絶好調だからな、お前の髪型が多少エキセントリックだったとしても誰も気に出来ねえよ!」
「ひでえなおい!?」
真の体質。それは尋常ではない程に影が薄いということ。
ただ影が薄いと侮るなかれ。彼の人生において『影が薄いエピソード』は枚挙に遑がない。
ある女子生徒の談では、夕方に帰宅しようと思ったら急に後ろに気配が現れ、恐る恐る振り向くと『薄っすらとした影のような男子生徒』が立っておりびっくり仰天。
逃げるように教室を飛び出した際に運悪くこけて捻挫してしまったという話がある。
”薄っすら”とした”影のような”。
幽霊にしか使わないような形容詞を多用した表現だが、その幽霊と見間違えられた”男子生徒”こそまさしく真である。ただ単に帰り仕度をしていた真である。
本人曰く、なんなら定期的に自動ドアが反応しないらしい。科学技術の結晶が個人の体質に敗北した瞬間を何度も味わってきたらしいが、その勝利は本人の望むものではない。
「とはいえ、まあスリリングではあった。楽しかったよ」
「あはは…こいつ。さては、反省の”は”の字もねえな?」
『厳しいと評判の教師の授業中に昼食を食べるのはなかなかスリルを味わえる』と考えて実行する辺り、少なくともこの件に関して一番可哀想なのは源二だろう。
教師もその美味しそうな匂いに気づきこそすれ、誰が早弁をしているか皆目見当もつかないため、とりあえず早弁をしそうな生徒を片っ端から注意するしかなかった。
そして、慣れた動きで拘束から”するり”と抜けた真は、まるで何も無かったかの様に席から立ち上がり源二へと話しかけた。
「昼休みも後20分くらいはあるし、いい天気だし中庭行かね?」
「個人的には早弁の真犯人として疑われた俺に対する謝罪をだな……はあ、もういいや。
中庭か、別にいいけどさ」
「大変申し訳ありません以後気をつけまーす。じゃあ中庭にレッツゴー」
「謝罪する気がない謝罪をどうも、いつか絶対痛い目に合わせてやっからな」
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中庭に移動するとそこは吹き抜けとなっており、四方の校舎から一本ずつ道が伸びており、道が交差する中央には桜の古木は堂々と佇んでいた。
桜と、その周りの花壇を眺められるように木製の椅子が設置されており、眺めも日当たりも抜群の良スポットである…が、四方を囲む壁には凄まじい違和感があった。
各壁で見た目も材質も全く異なっているのだ。これには明確な理由がある。
「さっすが江戸時代から続く学校なだけあるな…まあ変に改築を繰り返したせいで、コンクリの校舎と木造校舎がパッチワークみたいになってるけど」
いつ見てもなかなかに趣深い風景だと真は感心する。
何となくこの無秩序さに真は好ましさを抱いていることもあり、中にはは彼的なベストスポットだった。
「でもなあ木造…旧校舎の部分がな。バスケ部の部室が旧校舎に近いけど、今はまだ日が長いからいいけど冬場とか近づきたくねえよ」
とはいえ、源二的にはそうでもないらしい。
その体格を生かして一年でありながら将来有望とされているバスケ部部員としてはいささか情けないが、それも仕方ないだろう。
木造校舎の部分は生徒間では『旧校舎』と呼ばれている。
そう呼ばれることだけはあり、旧校舎は夕方を過ぎると、その古めかしい雰囲気と相まってやたら不気味であり、ナニカが出るという噂が絶えない。
真が女子生徒に怖がられた背景も、割とそれに由来するだろう。とばっちりだと定期的に嘆いている。
「でもお前、”幽霊こわ〜い”っていってる女子がいたらかっこつけて助けに行くタチだろ?」
「当たり前だろ。何のためにバスケ部に入ってると思ってんだよ」
「いやそこは”バスケするため”であってくれよ」
弦屋源二。
顔もそこそこで高身長、バスケ部期待の新人だというのに、性格のせいでモテない。所謂残念系男子であった。
そんな二人が仲良く喧嘩していると、予鈴が学校中に鳴り響き、周りにポツポツといた生徒たちも急ぎ気味に校舎へと戻っていく。漫才のような見せかけの喧嘩をやめると、二人もそそくさと教室へと戻る支度をし始めた。
「…さて、と。そろそろ教室戻るか」
「了解。あ〜、授業怠いなあ…次は現文か」
2人は一年生であり教室は一階。
それ故に急ぐ必要はないため、次の授業への呪詛を呟きながらゆっくりと教室へと戻る。
「あ、そうだ。今日はバスケ部休みなんだよな。どうせなら一緒に帰ろうぜ」
「了解。さっきの謝罪ってことでコンビニでアイスでも食べようぜ」
「お、やりい!じゃ、またな!」
放課後の予定をささっと立てつつ2人は解散し、それぞれの机へ戻る。が、次の教科は現代文。それほど授業に真面目でない人間にとっては、まるで魔法の詠唱みたいなものだろう。
「……サボるか」
教科書を机から取り出す真だが、すぐさま腕を枕にして惰眠を貪る準備をする。窓際かつ最後尾の席、加えて程よい日光の陽気に当てられ、真の意識は順々と揺蕩位始めていた。
飯を食べたあとは胃に血が行くので眠くなる。つまりこれは生理現象であり避けられない宿命なのだ…と理論武装しうたた寝に勤しむ。
もっとも、真は早弁をしたので先ほどは何も食べてない訳だが。
(どうせ居眠りしてもバレないし。ま、いいや)
そんな事をふわふわと考えながらも、意識はだんだん遠のいてゆき___________
______キーンコーンカーンコーン
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──微睡みから覚めると、そこは沈黙が支配する茜色の教室だった。
”景色を言葉に落とし込むとそんな感じだろう”と真は心の端でそう考える。普段であればそんな痛々しい詩のような事を考える男ではないが、今日ばかりは仕方がない。
どうにも盛大に寝過ごしたらしい。教室はかなり暗がりになりつつあった。この感じだと、太陽は随分と水平線に近づいている様だ。
「あンの野郎…俺のことを忘れやがったな?…いや、見失ったって可能性のほうが高いか」
どうやら源二は自分を見失ったらしいと、真はとりあえずそういうことにした。友人からも見つけてもらえないという事実に心を抉られつつ、痛々しい現実逃避を終える。
「いや〜、ショック…マジか〜…って、んん…?」
眠気もだんだん抜けてきた真は、とある違和感に気がついた。
それは”音”である。
最も何かうるさい音がするのではない、その逆、全くもって何の音もしないのだ。
壁掛け時計に目をこらせば、時計の針は午後18時50分を指している。
この時間であれば、運動部が片付けを始めている時間だろう。ただ、少なくともここまで静かに片付けを行うというのも違和感がある。
耳を凝らせ度聞こえるのは田舎特有の鳥と虫の大合唱。しかし、都心からそこそこ遠い田舎町とはいえ、ここまで閑静だった覚えは真にはない。
「いや、待てよ?
源二のやつは部活が休みって言ってたし…もしかして部活動がなのか?」
真は生憎部活動には所属してないので部活動の休みの日程などには疎い。なんとなく、今日がたまたま休みだろうと考え自分を納得させた。
若干ふてくされながらも、机の中の教科書やらを適当に鞄に放り込みながら、やはり少し聞き耳を立ててみる。
──その最中、校内は一切の無音。
「…いや、やっぱり変だろ」
部活動が休みというだけではぬぐいきれない違和感。いくら田舎の山中にある学校とはいえ、この時間帯であれば教師は仕事で残っている筈である。
近年『教職はブラックだ』と騒がれているだけあり、教師という職業は残業が長いともっぱら噂。
しかし、それにしては学校全体があまりにも静かすぎる。それは、この学校には誰もいないのではないかと錯覚してしまう程だった。
(…なんか気味悪い、さっさと帰るか)
──誰もいないであろう、薄暗くなった古めかしい学校。普段とは全く異なる様相を見せる校舎は、小さな違和感を恐怖心に変えるなど造作もなかった。
誰もいないと思うと、真の中に孤独感と共に小さな恐怖心が顔を見せた。
荷物を手早くまとめて教室を後にする。
ドアを閉めようと振り返って見えた外の風景は、山に差しかかる夕日がその顔を大地に引っ込めようとしていた。
一見日本の原風景とも思えるような美しい景色に、ふとどうしてだか、真はとてつもない焦燥感と《《疎外感》》のようなものを覚える。
「…もうすぐ夜か」
──ねえ、知ってる?うちの学校の七不思議の1つ。
──1階奥の男子トイレ、赤紙青紙の話。
夜が迫ってきている事実に再び怖くなったからだろうか。
いつだったか女子生徒が愉しそうに語っていた七不思議の話、それがふと真の頭を過ぎった。
謎の疎外感と違和感から来る恐怖がこみ上げて気味が悪くなり、背筋にぶるりと寒気が走る。
「…トイレ行きてえな」
寒気がしたからか、それとも単純に寝過ぎていたからか。
膀胱に感じる圧迫感に気付いた真は、足早に近場のトイレへと足を進める。
一年生の教室の一番近くのトイレは、旧校舎地帯にあるものの比較的最近改装されたばかり。
そのため扉はボロボロだが、一歩踏み入れると中はキレイという頭がバグるような見た目になっていた。
「扉こそボロっちい木製なのに、開けた先は綺麗なトイレ…いつ見ても違和感半端ねえわ」
せっかく改装したてとて、山側かつこんな時間ということもあり中は真っ暗。手探りで電気をつけると、そこそこ新しい小便器と横並びの個室扉がはっきりと見えた。
夏のジメッとした湿気と相反して、トイレの中にはひんやりとした空気が漂っている。
(……あれ、個室が全部閉まってる…?)
このトイレがちょっと苦手だったので、真はなんとなく覚えていた。
ここのトイレは内側から鍵をかけない限り、扉は開きっぱなしになる構造だったはず。
つまり、個室がすべて閉まっている状況は非常に珍しいのだ。不意に感じる違和感に身震いしながらも、気づかない振りをして真は中へ一歩踏み込んだ。
”さっさと用を済ませて帰るか”と内心少し焦りながら一歩、また一歩とトイレへ踏み込んだ。
それはまさに、虫の知らせというやつだったのだろう。何か嫌な予感が頭をよぎった、その次の瞬間───
『━━━赤い紙と青い紙、どちらがいい?』
非常に不気味で、それでいて腹の底へと響くような声色。
老人のような掠れ声が、電気をつけてもなお薄暗い、男子トイレに重く響き渡った。
ブックマーク登録、いいね、評価の方をしていただけると大変励みになります。
よろしくお願い致します。
ちなみにですが、恋愛要素は当分出てきません。
具体的には60話以降から恋愛描写が始まります、つまり、恋愛が見たければそこまで読み進めるんだなあ!!




