【貧民街】高所恐怖症【向かってみた】
とにかく今は余裕をぶっこいてる場合じゃない。
「エニル、できるだけ人目につかない道を教えてくれ」
「え、どうして?」
「なんででもだ!」
俺の目から真剣さを感じ取ってくれたのか(むしろそうであってくれ)、エニルは素直に頷いて、
「こっちだよ、ついてきて」
と、細い路地の方へ駆け出した。
「レルさん、どうしたんです?」
ワンピースの裾をつまみ上品に走りながら、フィアが俺に訊く。
「犯罪者扱いされちまってんだ。いつ敵の追っ手が来てもおかしくない」
「追っ手って、エニルちゃんが言ってた侯爵令嬢って方のことですか?」
「そうだ。もう一つ付け加えるなら、俺の左手に呪いをかけたのも多分そいつだ」
「なるほど。どうりで、です」
「どうりで、何だ?」
「レルさんの体に呪いのようなものが纏わりついているです。さては、その伯爵令嬢とやらとひと悶着起こしましたですね?」
フィアが眉根を寄せる。
あれ、もしかして怒ってる?
「ごめんフィア、言ってなかったな。実はそうなんだ」
「私はレルさんが私の知らないところで傷ついたりすると、悲しいのです。私のそばにいてさえくれれば、どんな怪我でもすぐに治して差し上げられるのですが」
「分かった。俺はいつでもフィアのそばにいるよ。約束する」
俺が言うと、フィアは顔を輝かせた。
「絶対ですよ!」
「ああ。……っと、この辺でいいか。エニル、ストップだ」
「もういいの?」
振り返りながら、エニルが足を止める。
エニルはひったくりをやってただけあってかなりの俊足だ。コーナーで差をつけられないかひやひやした。
あたりは俺の注文通り人目につかない路地裏。
ここなら、【桁を操るスキル《インフレーター》】を使っても大丈夫だろう。
「エニル、お前の家の方角を教えてくれ」
「え? あっちだよ」
東の方を指さすエニル。
なるほど。了解。
「じゃあ二人とも、ちょっと俺に掴まっててくれよ」
フィアが俺の左手に、エニルが俺の右手に掴まる。
「ねえレユ、あたし、空飛ぶの怖いんだけど」
「奴らに捕まったらもっと怖い目に合うかもしれないだろ! 行くぞ!」
「ひゃうっ!?」
俺は上空までの距離を縮め、空に舞い上がった。
街全体が見下ろせる位置だ。
「どの辺りだ、エニル?」
「あ、あああの辺!」
エニルが言ったのは、廃材で建てたような小屋が立ち並ぶエリアだった。
さっそくそこまでの距離を縮め、そして人目につかないところを選んで着地する。
俺は、俺の体にしがみついているエニルの両脇を抱え、地面に下ろした。
「お前、高いところ苦手なのか?」
「あたし、高所恐怖症なんだよ」
意外な事実がまた一つ、明るみに出てしまった。
おそらくもう二度と思い出すこともないだろう事実が……。




