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第二話

「沙彩ちゃん、最近楽しそうだね」

「えっ?」


 放課後、いつの間にか私の席の周りに、数名のクラスメイト達が集まってきていた。私はぼんやりと見上げていた『灰色』の空から目を離し、彼女達の方を振り返った。彼女達の瞳はやけに嬉しそうで、私はいやーな予感がした。


「なーんか、さっきからずっとニヤニヤしてるし」

「いつも以上にぼーっとしちゃってさ」

「どうしたの? 何かいいことあった?」

「いっいや別に……!」


 心臓が早鐘を打ち出して、私は慌てて目を逸らした。多分彼女達は何か勘違いをしている。思わず机を蹴っ飛ばして逃げ出してしまいたい衝動に駆られたが、あいにく彼女達はそれを見透かしたかのように、ぐるりと私の周りを取り囲んでいた。彼女達のニヤニヤ笑いが増していった。


「そうだ。今度一緒に、服とか買いに行かない? めっちゃオシャレなやつ」

「ふ、服……!」


 多分彼女達は、何か大いなる勘違いをしている。私は口ごもった。


 私には『色』が見えない。だからオシャレとか言われても、今まではあまり興味が持てなかった。服にしろバッグにしろ、どれもモノクロだし、何となく味気なく見えてしまうのだ。


 だけど……。


 急に『彼』から自分がどう見られているかが気になり始めてしまって、私は心臓をぎゅっと掴まれたかのような気分になった。


「来週オープンの新店があるらしいんだけど、沙彩ちゃんどうする?」

「……!」


 クラスメイトの一人が、私に尋ねた。いつもは話しかけてこないくせに、彼女達はこういうことにだけは何故か敏感だった。やがて追い詰められた私は気がつくと、緊張気味の面持ちでゆっくりと首を縦に振っていたのだった。


□□□


「ねえ、『空』は本当は何色なの?」

「空は……君にはどう見えてるの?」

「私は……灰色かな」

「そう……」


 あれから私は毎日のように公園に通っては、しつこく彼を質問攻めにした。


 彼に出会ってから、私の世界は変わった。

 単純に、知らない色を知るのが楽しかった。

 

 「ポストは、赤色だよ」

 

 いつからか、私達は公園を出て街を歩き回るようになった。クラスメイトの女の子達に見繕ってもらったちょっと大きめのリボンが頭の上で揺れる度、本当は似合ってないんじゃないかと気がかりですごく心臓に悪かった。


 道端に置かれた四角い郵便ポストに近づくと、彼は自分の着ている服を指差して笑いながら色を教えてくれた。なるほど、『赤』とは、こんな色だったのか。私は何度もポストと彼の服の色を交互に見ながら、その色を目に焼き付けようとした。


 不思議なことに、彼の身に着けている服や持ち物だけが、私に『色』というものを見せてくれた。道行く他の人々や、ゴチャゴチャした街並みは相変わらず白黒のままなのに、彼だけが、色鮮やかに輝いて見えた。今まであれだけ嫌だった白黒の世界が、彼と出会ってから、嘘のように気にならなくなった。


「ねえ、名前は?」

「内緒」

「?」


 放課後になるといつも公園のベンチに座っている、多分知らない学校の同い年くらいの男の子。それ以外のことを、彼はあまり話してくれなかった。私もあまり踏み込んで彼に嫌われたりするのは怖かったので、それ以上は深く聞かなかった。それは彼も同じで、私が何故こうも色を尋ねるのかきっと疑問に思っているだろうが、それをあえて聞いてきたりはしなかった。


 そう、それだけだった。


 クラスメイトの女子達が大いなる勘違いをして騒いでいるような、恋愛がどうとかは正直私には分からなかった。ただ、彼がいなくなったら、私の世界はまた白と黒に逆戻りだ。何となくそれは嫌だった。もっと彼と一緒に、この世界のたくさんの『色』を知りたかった。


 そう、だから私が急に服に興味を持ったのも、オシャレに気を使い出したのも、別にただ色が見たいだけだし、彼に嫌われたくないってだけで……あれ……?


「どうかした?」

「! ……いっいや何でも……!!」


 急に彼が立ち止まって私の顔を覗き込んだので、私は思わず目を逸らした。教えてもらった『赤』が、商店街のガラスに映る私の頬を染め上げた。私にはそれが見えなくて良かったと、初めて白黒の世界に感謝した。そんな姿を自分で見てしまったら、きっと死にたくなるに違いない。


 草原の緑、掃除中のおばさんの髪の紫、蒲公英の黄色、蜜柑のオレンジ……自分の着ている服や、持っている本を指差しながら、彼は一つ一つ丁寧に私に色を説明してくれた。

 私が驚いて目を丸くするたび、彼は嬉しそうに微笑んだ。教えてもらった色で、私の世界は想像の中でどんどん鮮やかに輝いていった。


「沙彩ちゃんは、空みたいだね」

「?」


 時々彼は、私のことをそう表現した。街中をぐるっと周り終わると、私達はいつも最後は公園の真っ白なベンチへと戻った。私は彼の横に腰掛けて空を見上げた。真っ白で、いい天気だ。


 空が本当は一体何色で、何処らへんが私みたいなのか、その全てが灰色に映る私の目には分からなかった。彼の目に映る自分は、何色なんだろう? ここ最近はずっとそれが一番知りたくて、一番知りたくなかった。私にはそれが見えなくて良かったと、初めて白黒の自分に感謝した。

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