表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

メタモルフォーシス

作者: alittletamago

メタモルフォーシス 


「あかりちゃん、あかりちゃん…!!」

 自分が嫌いで、生きるのが辛くて。

「どうして、どうして、こんなこと…!!」

 本当に、一体どうしちゃったんでしょうね。

「何もかもが嫌になった。」

「え?え?なんで…。どうして…。」

 握った包丁からそろり、と赤い血が垂れる。

 血は、思った以上に鮮やかで。

 へえ、と思った。

 自分の体が、まだ、生存、状態にあるのだということに、感心した。

 分からないよ、私にだって。

 世界はずっと同じに回っているのに、私の世界だけ突然時間が止まってしまった。音がなくなってしまった。色がなくなってしまった。匂いも、明るいも暗いもない。ここには私一人。ーーいいえ、ずっと私は一人だった。もう、ずっと古代から、ずっと。

「ねえ、一体どうしちゃったって言うの…。」

「ママ、」

 みんな嫌い。ママも、パパも、お兄ちゃんも、友達も、学校も、過去も、未来も、今も、何もかも。みんなみんな、消えてなくなればいい。死んでしまえ。

「休もうかな、仕事。」

 中学生になれば、高校生になれば、大学生になれば、何かが変わるかもしれない。就職すれば、或いは…??

「休む。」

「あ、あ、うん、そうだね、そうしな。うん、休んだほうがいい、疲れてるんだよ。」

 包丁を流しに置く。

「明日届けだしてくる。」

「うん、うん。」

 ママが泣く。

 鏡に自分の顔が映る。首に赤い筋。

「あはは。ハハハハハッ!!アハハハハハ!」

 ママが泣いている。



 家を出て、古い空き家に住んだ。

 叔父さんのつてで、田舎に空いている家に、ただで住まわせてもらえることになった。

心の療養にはちょうどいいって、ママが心配そうな顔で送り出してくれた。

 


 一日、一日。

 耐える。

 やり過ごす。

 とりあえず、今日は、生き残ろう、って。

 だけどそんなの、生きてるとは…、言えるの?

 え?どうなのかな?生きてるって、思う?これも?

 生きてるって、なに?


 世界は、灰色。 



 もうすぐ一年が過ぎる。

 また春が来る。

 私は今も、動けないでいる。

 ずっと同じ場所に、じっと、固まったまま。

 もうすでに一年卒業が遅れて、でもだからって学校に戻って、普通に卒業して、普通に就職とか、無理。多分。

 死にたい。

 そんなことなら、死んだほうがマシ。多分。


 うそ。

 本当は生きてたい。

 生き返りたい。私は。

 変容して、綺麗になって、堂々と、人々の前を歩き、喋り、大いに笑い、怒り、泣き、友情など、育んで…、みたいのですが。

 「ああ。」

 縁側に寝転んで太陽に手をかざす。

 光が差さない時間を過ごしてきた。

 毎日、毎日、寝たり寝なかったり、起きたり起きなかったり、食べたり食べなかったり、排泄したりしなかったり、しながら、ただ、時間が経つのをぼんやりと眺めている。

 時間が経つのが怖い、そう思っていたのも、もう、もっと前の話。

 今はただ、ただ、そこに、在る、だけ。

 

 考えてみれば、わたしはいつからこうだったんだろう?

 小学生?幼稚園?それより、もっと前?

 わたしはいつから、生きていなかった?

 多分、結構長い間。

 いつから、何も見えなくなっていたのだろう。


 最近、世界は明るい、ということに気づいた。

 太陽が出ていれば、世界は明るいのだ。

 青い葉が光を通して、さらさらと風に揺れている。

 静か。

 一人。

 この一年、自分がどれほど、他者を恐怖してるかを知った。

 他者と交流するたび、静電気のように、ピリッと痛みが走って、涙を浮かべて、ああ、もう嫌、って、自分の巣に飛び戻る。布団に潜ってぶるぶる。もうやめよう、やめにしよう!こんなことは…!!

 くそ、くそ、くそ…!!

 医者はダメだった。カウンセラーはダメだった。神父はダメだった。

 誰も、助けてくれないんだ。

 誰も、あたしを助けられないんだ。


 だって、私に、助かる気がないからなんだ、それは。


 暖かい風が吹く。

 ごろん、と寝返りを打つ。

 こんなふうに生きながらえていて、一体何の意味があるのだろう、とか、

 今こうやって頑張っていればいつか楽しい時がくるのか、とか、

 やっぱり私はこのまま死んでいくのがらしいんじゃないか、とか、

 ばからしいことを、ぐるぐるぐるぐる、同じことばかり、考えている。答えはどうも、出ないらしい、のですが。


「あかりなら大丈夫だよ。」

「あかりは強いね。」

「あかりはいつも笑ってるね。」

「先生たちは信じてるよ。」

「あかりは一人でも大丈夫だね。」


 大丈夫じゃないよ。

 あかりは、そんなに強くないよ。

 あかりだって泣くよ。

 あかりだって傷つくよ。

 あかりだって、ひとりぼっちは、寂しんだよ。


「あ。」

 蝶のサナギだ、あれ、きっと。

 木の葉の裏に、緑の物体がぶら下がっている。

 小学校の頃クラスで観察した。

 完全変態、だったかな。


 完全変態:metamorphosis

 Metamorphosis: a complete change of form, structure, or substance, as transformation by magic or witchcraft.

 魔法、または超自然力により、

 一部の神経、呼吸器以外はドロドロに溶解する。

 少しの振動などの刺激でも容易に死亡する。

 小さな部屋のようなものを作って、外敵から身を守る。繭をはったり、地中に潜ったりする。

 この劇的な変容のメカニズムは未だ解明されていない。

 幼虫の体は養分を得るためだけの単純な構造だが、成虫には飛翔能力を含めた高い運動能力が備わり、異性にアピールするため美しくなる。


 人間に、変態はあるか。


 そのとき、私は確信したのだ。


 青天の霹靂のように、ばりりと、私の脳天を突き刺したのだ…!!


 ああ、あるとも!

 そう、われわれは、飛翔能力を含めた高い運動能力を得、高く、美しく、舞い上がるのだ!


 私は蛹だ!

 完全変態だ!


 一部の神経、呼吸器以外はドロドロに融解し、

 小さな刺激からも身を守るため、外界とは隔絶された小さな部屋に住み、

 飛翔を夢見て、一人静かに眠っている。


 それが、わたし…!!


 ああ、太陽よ!

 風よ!木々よ!虫たちよ!

 共に歌おう。

 我が大いなる飛翔を願って、共に歌いたまえ! 

 世界は明るい!


 私は蛹!

 人々に忌み嫌われ、蔑まれてきた幼虫よ、おさらば!

 私は完全変態を遂げ、成虫となり、飛翔能力を含む高い運動能力を得、そして高く舞い上がる!

 あの、青く遥かな、

 空へ…!!



 「ふう。」

 ごろりと寝返りを打つ。

 「なんて、ね。」





 

お風呂で塩素水に浸かっていてふと思いつきました。

明るく楽しく生きていきたいですねえ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ