7.好きなタイプはなんですかぁ?
いつもの部室。
普段は各々が自由に好きなことをして時間を潰すのが部活動。
依頼が来ることなんて滅多にないので、成瀬を含めた部員たちは放課後を満喫している。
だがたまに、部長が変なことを言って嵐を巻き起こすことがある。
たとえば、今日のように。
「成瀬の好きな女のタイプってなんだ?」
「…………は?」
ふと、部長が興味津々な顔を向けながらそんなことを聞いてきた。
椅子に腰を下ろし、成瀬の座る方向に身体を向けて紅茶を飲みながら興味深そうな顔をしている。ちゃぶ台に肘を置き、本を読む手を止めることのない成瀬は意味のわからないといった顔で答える。
「………すいません、なに言ってるのかわかんないですね」
「いや、だから~~、成瀬って好きな女のタイプとかちゃんとあんのかなーって思ってな」
「………あるわけないでしょ」
ーーーーー本当に何言ってんだこの人。
ーーーーー僕が女子をどれだけ嫌悪しているのかわかってるのか?
女子に対する女子への異常なまでの嫌悪感はここにいる部員の誰もが理解している。部長も例外ではない。どちらかといえば、部長の方がよっぽど理解があると言える。そのはずの彼女が、今こうして成瀬に女性のタイプを聞いてくるのは、虫嫌いの人に″どの昆虫が好き?″と聞くぐらい露骨な嫌がらせに近い。
それを、わかっていて聞いてるのだとしたら、相当な"嫌な奴"だと成瀬は思った。
「女子を好きになること自体、理解できませんよ。あんな勝手で我儘で、狡猾で、意地汚い生き物のどこが……!!」
成瀬は段々抑えていた怒りが込み上げてきて、頭に血が上った。
うっすらと血管が浮き出ると、成瀬は読んでいた本のブックカバーをくしゃりと汗の湿った手で潰した。
そして成瀬はハッと我に返ると、自分が何を言っていたのか頭で整理し、″やってしまった″と後悔と罪悪感で顔色を青く染め上げた。明らかに言い過ぎた。世界中の女性がそんなではないことはわかっていたはずなのに、それを理解したうえで、あんな失礼なことを言ってしまった。
「…………すいません……言い過ぎました」
「んーにゃ、気にしてねーよ!」
「今さらって感じッスね」
「まぁ、自分でそれを反省できるのだから、成瀬くんは良い子だよ」
成瀬は驚いたように顔を上げる。
部長はカップに入った紅茶をがぶ飲みすると、空になったカップを勢いよくテーブルの上に置いた。そして、成勢に向かって笑いかけたのである。
ムーコもクマの被り物で素顔は見えないが、笑っていることはわかる。いつものヘラヘラとした態度にはいつも救われる。
黒先輩も成瀬と同じく本を読んでいたが、一端読む手を止めて、本を膝の上に置いた。遠くでソファに腰かける様は優雅で、上品だ。他の女子とは明らかに違う、品性を感じる。
今までこのような発言をしたとき、周囲からは軽蔑の目を向けられてきたが、こんなにも温かで優しげな目を向けられたのは初めてだ。…………本当に、彼女たちは自分が今までに出会ってきた女子とは違うのだなと、成瀬は少し照れ臭そうに、嬉しそうに笑った。
「…………え、じゃあもしかしてお前って男が好きなの?」
「「「!!?」」」
全員がその場に立ちあがり、成瀬の方を見た。昼寝をしているアリス以外は。
だがその発想はおかしい。そしてその反応もおかしい。
女が嫌いなら男をって……そんなのありえんでしょ!!
「ーーーーいやいや、極端過ぎますよ部長!!僕は女の人が嫌いなんであって、別に消去法で男を選ぶとか…………絶対にないです!!」
この誤解は非常に不味い。普通の男子のこういうやり取りは笑い話で済むし、誰も本気にはしないだろうが、成瀬のこととなると妙な信憑性が湧く。女性恐怖症の男が同性を好きになる、というのはあり得ない話ではない。女性との恋を諦めて男に走る人だっているだろう。だから、この誤解をうやむやにしたら成瀬への印象が最悪の方向に大きく変化してしまう。
「ほんと男は好きじゃないですから!!僕はたしかに女性が嫌いですけど……いつか理想の女性とお付き合いしてみせます!!」
「じゃあ、ちょっくら試しにこの中から選べ」
「………は!?」
この中の、その言葉を聞いて何もわからないほど、成瀬も鈍感ではない。
この中のとは、この部室に居る《帝王学部》の女子たちのことだろう。
その中から何故選ばなければいけないのかわからないが、部長の言う通り選ばなければまた面倒なことになりそうだ。成瀬は少し気まずそうに全員の顔を横目に見るが、全員が全員、気まずそうな顔をしている。
正直そんな顔はしないでほしい。
こっちだって恥ずかしいんだ。
「……おほん、おほんおほん…………あー、まぁ、求められるなら別に私も吝かではないが………」
「成瀬はダレがスキなのかな~~?」
「いやぁ、好きって話じゃないっスよ!好きなタイプっス!そこ重要っス!」
「あらあらあら、なんだか照れちゃうわね~~♪」
全員様々な反応を見せる。
黒薙先輩は落ち着いてる風を装っているが、成瀬をチラチラと見ながらわざとらしく咳払いをする。
ピクシーもどこかそわそわと落ち着きがなく、いつもより頬が紅いようにも感じる。
その隣でいつもよりハイテンションなムーコだが、被り物越しでもわかる焦りっぷりが丸わかりだ。いつもより袖を大振りに振り回し、ぴょんぴょんと跳び跳ねている。
先生に至っては、普通に歳上の女性として照れている。
みんな、男子との交流が乏しいとか初々しい反応がなんとも可愛らしい。照れているときだけは、心からそう思える。
だが、それとこれとは別だ。
「いや、別に言いませんよ?そんなこと言っても気まずくなるだけですし…………」
「え~~?言っちまえよ~~!お前ってうちらには多少心は開いてるだろ?」
「……えぇ、まぁ、多少は……ですけど」
「だったら答えろや!これ部長命令な!断ったら即死刑な!」
どこの独裁者ですか。
成瀬は溜め息をつくと、考えるような姿勢を取る。
こうなった部長はたぶんしつこい。
だったら、適当な人を指名してこの場を乗りきろう。
だが成瀬はひとつ重要なことに気づく。
それは、部員たちの目が獲物を狩る獣の如く獰猛なことに。
何故かわからないが、これは彼女たちにとって勝負事に近いのだろうか。女子としてのプライド、女子として魅力ある者が選ばれる、そう考えているに違いない。負けずぎらいな帝王学部なら納得だが、正直巻き込まないでほしい。
「…………ぅ」
「はよ選べよ」
成瀬は考えてはいるのだが、せっかちな部長は成瀬を問答無用で威圧してくる。
だがこの中で誰かを選んだとしても、今後の部活動で選ばれなかった彼女たちからどんな冷たい目を向けられるか……考えただけでゾッとする。だが選ばないとなるとそれはそれで部長が怖い。
なので成瀬は覚悟を決めて、彼女に声をかけた。
「ーーーーーーあぁ……黒薙先輩は………まぁ、綺麗ですし、理知的で………頼りになりますし、この部ではお姉さん的な存在……なので、けっこう好きですよ!」
「え、あ……ありがとう」
「「「!!!」」」
成瀬に声をかけられた黒薙先輩は照るれように分厚い本で自分の顔を隠し、その様子が女性恐怖症の成瀬の視点から見ても愛らしい。周りの女子たちはガクッと肩を落とし、落ち込んでいる様子だが両者とも勘違いも甚だしい。
成瀬は次にピクシー先輩に声をかけた。
「ピクシー先輩は少し不思議な雰囲気の女性ですが、英語の発音がとても上手なので、とても勉強になります。あと、スキンシップが多すぎますが………それは先輩なりの優しさだと解釈しています」
「お………オーウ?」
「ムーコは………まぁ、同学年なのでこのメンバーでは一番接しやすいですね。少しうるさいですが、それも彼女の長所としましょう。あと、袖を放り回すのやめてください、それか切れ」
「……え……えぇぇえ!?」
「先生は………とても優しいですよね。美味しいお菓子も持ってきてくれますし、歴史の授業もとてもわかりやすいです」
「あらぁ嬉しいわぁ♪」
「部長は…………まぁ、その暴れん坊な性格を直したら、少しはましになるんじゃないですか?」
「んぁぁ!?」
成瀬は全員にそう言うと、一旦女子たちから距離を置き、下手な愛想笑いを浮かべながら深々と頭を下げた。
「これで……許してもらえないでしょうか」
「……………」
部員たちは成瀬にため息を吐くが、やれやれといった風に椅子に腰を下ろした。
そして各々の部活動を再開し、またいつものまったりとした時間が過ぎた。
成瀬はあれで許して貰えるとは思っていなかったので少し驚いていたのだが、部員たちは褒められたのが嬉しかったのか、あまり口出しすることはなかった。
「………ん?なんか私だけ褒められてなくねーか?」