6.チカンはイカン!!
久しぶりに書きましたね。
プシューー、という音を立てながら電車のドアが開くと、それに合わせて多少クセの強いアナウンスが車内に流れる。
その音に紛れるように入ってくる群衆、電車通勤と思われるサラリーマン、電車通学であろう高校生が押し寄せ、きほどまで空いていた電車内は一瞬にして満員と化す。
だがその人の波に流され、肩と肩がぶつかり、成瀬の視界を補助する役目を受け持っている眼鏡が衝撃でズレ落ち、目の前が一気に不安定な光景に早変わり。成瀬と同じく、席に座っていた彼女たちも視界を遮られ、数秒間の間、依頼者である奥田の姿を視から外した。
……一瞬の油断。
依頼者兼囮約の奥田さんを見逃し、成瀬と帝王学部の女子たちは急ぎ周囲を見渡す。
だが奥田さんの姿は群衆に隠れ、座っている状態では絶対にわからない。唯一立っていた成瀬も人の群れに巻き込まれ、確認も儘ならない状態だ。
『おい!なんかすげぇ混んできたけど、奥田さんはどうなってんだ!?』
「すまない、見失った」
「アカネぇ、メンボクナイヨ~………」
チッ、という舌打ちがイヤホンの奥から聞こえた気がする。
部長はしばらく黙り、考えるように間を置く。
そして決断したのか、少し怒ったような口調で次の命令を下す。
『成瀬、奥田を探せ!一番近くにいたお前が見つけろ!』
「……はぁ!?」
何故僕なのか、成瀬はそう言いそうになったが、イヤホンの奥であまり冷静ではない様子の部長の声にビビり、あと一歩の勇気を踏み出せずに成瀬はなげやり気味に人の群れに飛び込んだ。
「ーーーーーッッ!」
成瀬は大柄ではないが小柄でもない。
肉付きは平均高校生並にあるし、それよかお腹は少々メタボ気味だ。身長はやや小さめだが。
つまり何を言いたいのかと言うと、成瀬の体は至って普通だ。
この隙のな無い人混みに華麗に入り込む柔軟性や身軽さも、人を押し退け強引に入り込むパワーも、人に断りを入れて退いてもらうコミュ力も大胆さも、今の成瀬にはない。
成瀬は飛び込もうとはしたものの、どう入り込もうか全く考えていなかった。いや、考える時間がない。
進む足を止め、群衆を前にその場で立ち尽くす成瀬を遠くの席から見つけた3年生のピクシー。
その放心状態とも言える成瀬の後ろ姿からは、強い不安が感じられた。
ピクシーは部長の茜に急ぎ連絡を取る。
「アカネ?なんかナルセがとってもヘンだよ?あのヒトゴミに入るのカナー?と思ったけど、ハイリそうでハイらないし、ずっと立ったままぶつぶつヒトリゴトイッテるよ?」
「はぁ!?なにやってんだあのアホちび助………!」
「アカネのほうがチャッチイよ?」
「うるせぇ!あたしはこれからぐんぐん伸びんだよ!」
関係のない話をしている間にも、成瀬の心は蝕まれていく。
早く実行し、依頼者である奥田を見つけ出さないと、あとで彼女たちにどんな罵声を浴びせられるか、だがこの人混みに入るなど絶対に無理だ。女子高生もいるというのに。
両方からの圧力、小心者の成瀬に耐えられる筈もなく、成瀬は膝を折りそのまま踞ってしまう。
自分が何故こんなことをしなければならないのか、そもそも果たす義理もない。
成瀬はそのまま自分の世界に入ってしまい現実逃避をーーーーー、
『ーーーーなるせぇぇぇえッッ!!』
「っあひゃぁい!!」
「「!!!!」」
耳に仕込んでおいたマイクから部長の声が飛び出てくる。
その大きく、相手のことなど考えていないであろう常識はずれの声量が鼓膜をもろに直撃。
鼓膜を突き破り、そのまま隣の耳にまで到達しそうなほどに、彼女の声は大きく、よく響き渡る声だった。
成瀬は耳を押さえながら、目を大きく見開き、大量の汗を流す。
不意を突かれ、心臓の音が急激に跳ね上がる。
その結果、目が泳ぎ、成瀬の顔色は真っ白になっていく。
成瀬の悲鳴によって周囲の視線は一気に絡め取られ、成瀬に集中する。
「……え、あー……」
言葉を詰まらせ、成瀬はこの場を切り抜けるための打開策を考えるために、頭の回転を急速に早める。
そしてこの刹那の間で試行錯誤した選択肢、成瀬は勇気を振り絞って言葉を放つ。
「あ、いや、えっと………通らせてもらってもいいでしょうか?」
「え、あ……はい。どうぞ……」
道を開けてくれたのは、明らかに成瀬に対して不信感バリバリ抱いている他校の女子高生。顔が引きつり、気持ちの悪いものを見るかのような視線が向けられ、成瀬は心底不快な気持ちに陥った。
ーーーーーーーーーー女子との距離が近すぎる。
成瀬の生存本能、危機感、危険信号が鳴り止まないほどの天敵。
本来ならばじんましんや鳥肌ものだが、成瀬は極力意識を朧気にしながら、軽く会釈をしてそのまま進む。
その女子高生に続くようにして、揃いも揃って成瀬が通る道をわざわざ空けてくれる。
みんな、成瀬が恐ろしいのか、関わりたくないのか、やけに親切だ。成瀬は人混みを潜り抜け、依頼人の奥田の捜索を続行する。
『成瀬!!返事くらいしろ!!』
「仕方ないでしょ!こっちにだって都合ってもんがあるんですよ!というか、いちいちそんな馬鹿でかい声で呼ばないでください!」
『うるせぇ!!オメェの都合なんて知ったこっちゃぇんだよ!!』
"理不尽を具現化したような人だな!?"成瀬はそう思いながら奥歯をぐっと噛み締める。
おそらく前に進んでいるとき誰かに部長の声が聴こえていたことは確実だろう。成瀬も小声で喋っているからといって、これほど人の密度が高いと、無闇やたらと部活動の内容を聞かれるわけにもいかない。近くで痴漢の犯人に聞こえでもしたら作戦が台無しで部長にどれほど罵られるか身の毛もよだつ。
『奥田さんから連絡があった。今、近くにチカン野郎が居るらしい』
「……え!?」
『声も震えてっし、けっこう焦ってる感じだったなー。あまりゆっくりしてらんねー……』
ーーーーー痴漢がもう既に接触している?
ーーーーー痴漢が近くにいる状態で連絡を入れられるなんて随分余裕があるんだな。
ーーーーーいや、部長の話ではあまり余裕ではないのか。
ーーーーー何回も被害にあったから慣れている?
ーーーーーいや、そもそも痴漢というのは慣れるものなのか?
ーーーーーいや。
ーーーーーそんなことより。
ーーーーーどこにいるんだ!?
ーーーーー奥田さん。
「………本当にどこに……あ!!」
ーーーーーー視界に捉えた。
車内の端、窓際に見覚えのあるおさげ、成瀬と同じ高校の制服、震えながら立っている少女。
震えながら、男の傍に立っているようにも見えた。
事情を知らないものなら素通りしてしまうほどに、男の姿勢は自然で、容姿や服装も好印象が持てるものだった。
ーーーーー本当にこの人が痴漢なのか?
ーーーーーよくみたら美形だぞ?
ーーーーー痴漢する理由が見当たらない。
ーーーーー奥田さんの勘違いか?
『ーーーーー成瀬!!!』
「わっ!?」
「!?」
再びイヤホンの奥から聞こえてきた怒鳴り声に驚き、反射的に筋肉が跳ね上がった。
そして体勢を崩し、躓いた成瀬は奥田の後ろにいた男の背中に勢いよく頭突きをしてしまった。
男は後ろを振り返り、顔を上げた成瀬は顔を見合せる形になると申し訳なさそうに謝罪する。
「……ぁ、え……いゃ…その……すいません」
「……………。」
男は無言のまま成瀬を見つめ、成瀬も恐怖と緊張が頂点に達してしまい一度逃げ出そうかと思った。自分がここまでする義理はない。自分から申し出ておいて、あまりに虫の良い話なのだが今後会うこともない彼女たちに蔑まれても学校生活に支障がでるとは思えない。
ーーーーーーだったら、もういいじゃないか。
ーーーーーー十分に頑張った、はずだ。
ーーーーーーぁ。
ーーーーーーすぐ傍で身を小さくし、恐怖に肩を震わせる奥田の後ろ姿。
それを見た成瀬の胸は強く締め付けられた。
成瀬は反射的に顔を附せ、頭のなかが罪悪感でいっぱいになる感覚に蝕まれた。自分は悪くない、と言い聞かせ続けるが、成瀬は涙目になるほど、追い込まれていた。
『ーーーーーー成瀬』
先ほどのうるさい声量とはかけ離れた落ち着きのある上級生の声音。
その声は放心気味の成瀬にとって救いの声であり、成瀬はその声にすがった。
ーーーーー何か助かる方法は、誰でもいい、冷静な判断を下してくれ。
成瀬は無言で命令を求めた。
『お前、女が嫌いなんだろ?』
「!?」
『そいつは結構だ、人間誰しも苦手なものはるし、怖がるのも私は別にいいと思うぞ』
ーーーーーーーーー何が言いたい。
『でもな、一人の女が怯えてるときに…………近くで何もしねぇ男ほどカッコ悪いもんはねぇぞ』
「ーーーーー。」
『女が嫌いでもいい。好きにならなくたっていい。…………でも女が、友達が、隣で泣いていたら、涙ぐらい拭ってやれよ』
ーーーーーー何を知った風な口を。
ーーーーーー僕が今まで『女』という生き物にどれだけ苦しまされたか、何も、知らないくせに。
『女とか、男とかで考えすぎだ!女だから助けないとか、それは本当に、お前が後悔しない正しい選択なのか!?』
ーーーーーーうるさい。
ーーーーーーうるさい。
ーーーーーーうるさい。
ーーーーーーうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
ーーーーーーちくしょう。
成瀬は唇を強く噛んだ。
血が滲み、微弱な痛みと血の味が乱れた成瀬の心を正常に戻していく。
「ーーーーーーー。」
誰も、好き好んでこんなに歪んだわけじゃない。
嫌いとか、もはやそういう感情ではない。
怖いんだ。存在そのものが。
見ただけで、中学の頃を思い出してしまう。
女が近くに居るだけで、嘔吐してしまいそうになる。
中学の3年間を、悪夢でいっぱいにされ、貴重な青春は理不尽に踏み躙られた。
だったら、どうすればよかった?
恨まずに、怨まずに、ウラまずにいられるか?
この溢れる憎悪はどこに向ければよかった?
すると、窓際からその憎き女の声が聞こえてきた。
「…………助けて、成瀬くん!」
奥田が泣きそうな声で、顔で、振り向いた。
その顔は見覚えがあった。
頼れる人間がいない、ただ藁にもすがる思いで近くのものを掴む、弱者の表情だ。
そんな顔を、鏡の前でしたことがあった。
……………あぁ、そうか。
彼女も自分と一緒なんだ。
頼れる人間も、大事な居場所も、決断する勇気も、何もかも欠落している。
ただ、怖いんだ。
怖くて、どうしようもなくて、ただ目の前のものが恐ろしい。
恐怖に、溺れているんだ。
「…………チッ」
男は予想外だったのか、奥田が声を出した途端に舌打ちをしてバツが悪そうにその場を離れようとする。
だが成瀬は離れていく男の袖を掴み、声を張った。
「ーーーーー逃がしませんよ」
「………ぁ?」
成瀬は眼鏡を取り、目をカッと見開きながら男を睨み付けた。
精一杯の威嚇、脅し、ハッタリ、今自分が出きる限りの防衛処置を成瀬は行った。これで臆してくれなければ、成瀬も不本意ながら暴力を応じるしかない。
「…………人を怖がらせないでください」
成瀬は男の袖を強く握るとそのまま身体を引き寄せ、強い言葉を言い放つ。
「………『怖さ』は、人間がもつ感情で一番苦しくて辛いものなんですよ。相手のことを何も知らないから怖いんだ!知ろうとしても、理解ができないから怖いんだよ!怖さは人を強くする!でも…………強くなれない人間もいるんだよ!!」
周囲は次第にざわつき始める。
突如窓際で始まった過剰な口論に乗客は不安を抱く。
だが今の成瀬は周りの目など気にしていられるほど、冷静ではない。
「お前みたいな奴のせいで!奥田さんは怖かったんだぞ!?わかってんのか!?くだらないことしてんなよ!」
「そこまでだ」
「!?」
すぐ傍から、部長の声が聞こえてきた。
一瞬イヤホンから聞こえたと思ったが、そうではなかった。
実際には隣、部長だけではなくムーコを除いた帝王学部のメンバー全員が勢揃いで並んでいた。
「はぁ~~…………遅いよ茜。この子けっこう怖いじゃないか。君からは内気な性格って聞いてたんだけど?」
「そ……そのはずなんだけど……成瀬、お前ってもしかして、キレたら周りが見えないタイプ?」
「…………へ!?」
「いや~~、私を助けようとしてくれた成瀬くん、ちょっとかっこよかったです♪」
ーーーーーー理解が追い付かない!
何故、奥田さんに痴漢をしていた犯人が部長と親しげに、それも友人のように接しているんだと、成瀬は沈黙したまま困惑した。
それに、さきほどまで怯えて泣きそうになっていた奥田さんも、けろっとしながら明るい笑顔を飾っている。
「ほら、茜。成瀬くんに説明してあげなよ。彼、今凄い顔してるよ?」
「ったく、しゃーねーなぁ……」
部長は頭をわしゃわしゃと掻きながら、片方の手で指を鳴らす。
パチン、という綺麗な音が響くとそれが合図だったのか、隣に立っていた綺麗な黒髪の女性……黒薙先輩が鞄から巻物を取り出し、縦に広げた。
「1年3組成瀬堅太郎。貴殿の他人を思いやる心、勇気を讃え、ここに。我らの《帝王学部》に所属することを許可する」
「…………いや、ちょっとまだ何を言ってるのかわかんないです」
「つまり、今までのは全部試験で、お前はそれに合格したってこと!」
「………………はぁッッ!?」
「奥田さん、あとついでにこの男も…………つーか、女だけど、二人とも演劇部で、今回の試験を手伝ってもらったんだぞ」
「そういうこと………男っぽいけどこれでもか弱い女の子だよ?早く袖を放してほしいなぁ………伸びちゃうから」
「…………は、ぃ、女ぁ!?」
成瀬は目の前に立つ人物、自分が袖を掴んでいる痴漢の犯人が実は演劇部で、それも女だと知った途端、鳥肌が立った。
咄嗟に手を放すとそのまま後ろに倒れ混み、顔色を悪くしながら荒くなった息を整える。
「…………うー、なんかそこまで拒絶されると傷つくなぁ。話には聞いてたけど、これは相当だねぇ……」
「私も、成瀬くんがあのまま逃げちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしましたよ~♪」
成瀬はまとまらない思考を一旦整理し、今の状況を再確認する。
「………えーっと、一度話を整理しましょう。痴漢の依頼は僕を入部させるか判断させる試験で、依頼しに来た奥田さんも痴漢の犯人も実は演劇部で、今回の試験に協力していた………ってことですよね?」
「そうだ、うちの《帝王学部》は学園内で起こるトラブル解決や、人の欠点を克服させる部活だ。並大抵の根性持ってねーとつとまんねぇよ。まぁ、うちに入部したいって奴は毎年いるが、全員途中で逃げたして不合格になるがな」
「なんか騙されたみたいで納得がいきませんね……」
「ちなみにこの窓際付近に居る乗客たちは全員、うちの高校の演劇部だぞ」
「え!?」
後ろを振り返ると、軽く会釈をする乗客の姿があった。
スーツを着た男性、私服を来た女性も、よく見たら顔が非常に若い。近くで見ると違和感があるが、あのドタバタとした状況なら誰も気にしないだろう。
「………はぁ、なんですかもう………僕、人生で一番頑張ったのに……」
「まぁまぁ、これで成瀬くんもあの有名な《帝王学部》に入れるんですよ?やったじゃないですかぁ!」
緊張が解け、全身の空気が抜けるように成瀬は肩を落とした。
その肩に手を置き、試験合格を祝ってくれる奥田の表情はとても明るい。
依頼のときに来たあの"奥田"とはまるで別人だが、この試験のためにああいう内気なキャラを演じていたのだろう。なかなかのプロ根性だと、逆に関心したくなるが、もう疲れすぎて立てそうにない。
ーーーーーーーというか、僕の《帝王学部》入りは確定なのだろうか。
「おいおい、なに全部終わった~みたいな顔してんだ?あと一つ、お前には決めて貰わなきゃいけねぇことがある!」
「……はい?」
「お前は条件をクリアした、資格を得た、あとはお前の"意思"を聞くだけだ」
部長は成瀬のもとまで歩み寄り、座る成瀬の胸ぐらを掴み、自分の顔の近くまで引き寄せた。
鼻と鼻がくっつきそうな至近距離、息と息がかかり合い、目と目が合う。
成瀬の心拍数は上がり、背筋を走る不快感が全身の自由を奪う。
拒絶反応を見せる成瀬を前にしても、部長は止めることなく話を続ける。
「成瀬堅太郎……《帝王学部》に入るか?」
「!?」
部員全員と演劇部は驚いたように目を丸くする。
その言葉に驚いたのは成瀬だけではない、予定とは違う部長の言動に部員騒然。
「さっきも言ったように《帝王学部》は人ために動く部活動だ」
重くのしかかるような空気、肺が焦げてしまいそうなほどの緊張が、成瀬の心音を更に跳ね上げた。
言葉を失い、詰まる息を吐き出すように成瀬は声を漏らした。
そして成瀬の滴る汗が床に溢れると、部長は真剣な目で声を張る。
「お前が嫌いな女子とも接しなきゃなんねぇときもある………自分が後悔しない選択を選べ」
「ーーーーーーーー。」
ーーーーーーー僕は女子が嫌いだ。
部長ともこうして近い距離を保ってはいるが、気を緩めれば今にも吐きそうだ。
ほのかに赤毛から香るシャンプーの香りがとてつもなく不快だ。
目を合わせるだけで、嫌な記憶が泡のようにふつふつと沸いてくる。
「ーーーーーーーーーーー。」
でも、自分が女子のことを怖いように、男子のことを恐れている女子もいる。
目に見える女子が、全て悪魔のように映っていた。
理解出来ない、気持ちの悪い怪物かと思っていた。
「ーーーーーーーーーーーーーー。」
だから、みんな救ってあげたい。
これ以上、自分のように"歪んだ世界"を見てほしくない。
自分のように、人生を台無しにしてほしくない。
「ーーーーーーーーーーーー決めました。僕は………」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ーーーーってな話があってなぁ!」
「ほうほう、それでそれで!?」
「おう、お前んとこの新作、期待してっぞ」
部長は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた後、目の前に座っている少女から茶封筒を受け取る。
その封筒の中身を確認すると不気味な笑みを浮かべて薄ら笑う。
その様子に若干引きぎみの部員一同。
「部長~、今の人なんなんすか?なんか最近ちょくちょく部室に来るっすよね?」
被り物を被った少女、ムーコは長い袖を振り回しながら、周りの皆が気になっていたことを代わりに聞く。
「恐らく漫研部の部長さんだろう。前々から《帝王学》部のことを取材させてくれって申請が煩くてね。この子が取材されたいとか言うから、一人だけでやらせてみたんだけど…………」
小柄な少女が部室から出ていくと、遠くのソファーに深く座っている成瀬は、今まで溜まっていた不満を吐き出すようにため息を漏らした。それが感に触ったのか、部長は成瀬を睨み付け、それを合図に二人の喧嘩は始まる。
「ーーーーで、部長に任せたばっかりにあんなデタラメ。ですか?」
「デタラメとはなんだ!!ちゃんと本当の部分もあっただろ!?」
「どこからですか?というか出会いからして嘘じゃないですか!!何が階段から落ちたですか!僕はそんな間抜けじゃないです!!実際の出会いは、もっとかなり最悪の出会いでしたよね!?」
「あれ~~そうだっけ?」
白々し過ぎるとぼけ顔もここまで来たら殺意が湧きそうだ。
成瀬は顔を真っ赤にしながらぷるぷる震え、今にも噴火しそうな勢いを我慢する。
「仕方ねぇだろ!漫研から取材が来たんだぞ!?私たちがモデルになるかもだぞ!?でもインパクトのある話なんてない……だったら作るまでだろ!!!」
「僕を巻き込むなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
成瀬が不満に思っていた原因はーーーーーーーーーさきほどの入部試験の話は完全な嘘だからである。
勝手にあれほど壮絶な話に改変されては、文句の一つや2つ、言いたくなる。
慌てて成瀬を宥めようと、ピクシーとムーコが成瀬の肩に触れーーーーー、
「んぎゃーーーーーーーー!!!」
「ほーーーら!!そこは本当だろ!?女性恐怖症は嘘じゃねぇだろぉ!!」
成瀬は奇声を上げると、激しい動きで床に転がり回る。
そして、勢いよく立ち上がるとそのまま走り出し、扉の方に向かって突進する。
すると、ガチャリという音と共にドアノブが回り、そのまま後ろに引かれる。
扉が開くと、そこには美しい女性教師、白鳥先生が立っていた。
成瀬は白鳥先生の豊満な胸に顔を埋め、再び奇声を上げる。
「あらあらあら、どうしたのかしら成瀬くん♪」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
最終的に成瀬は泡を吹き、そのまま床に倒れた。
「………コイツの女性恐怖症、私の作り話よりひでーな」
僕の名前は成瀬堅太郎。
女性恐怖症の身にして、女性だらけの変な部活《帝王学部》の部員だ。
僕の日々は苦労が絶えない。
この物語は………そうだな。
僕の、成瀬堅太郎の苦労の日々を描いたくだらない学園物語だ。
今までのは全て部長の作り話、というわけではないです。
成瀬の心情とか、成瀬に妹がいるとか、お風呂のときの話した女子とか、そういうところは本当です。
嘘は入部試験なんてなかったことと、出会い方ですね。
ちなみに帝王学部はこんなシリアスはしないです。今後はほのぼのです。