4.なに言っているんだこの人は
「……………」
目の前に設置された扉を眺める少年の背中はなんとも弱々しく、小さく丸まっていた。
重いため息を吐きながら、その小さな手で扉を叩くと、部室の奥から返事が返ってくる。
成瀬は覚悟を決めて扉を開けると深々と頭を下げる。
「し……失礼します」
「お、来たか一年坊主!」
一歩踏み込むと、そこはまるで別次元、別世界だった。
微かに漂う女子の香りが鼻の鼻孔をくすぐり、腹の底が熱く煮えたぎる。
足を広げ寛ぐ無防備な少女達の姿が目に飛び込み、成瀬は嫌悪感を静かに噛み殺す。
辺り一面女子。本当に嫌だ。鳥肌が立つ。
「あの、先輩。今日は折り入ってお話が………」
「依頼まで時間あるから、適当にくつろいどけ」
「………わかりました。」
大事な話を持ち掛けようとした成瀬の言葉を遮り、赤い髪の少女は命令口調で言い放つ。言われるがまま、成瀬は腰を下ろせる場所を探すため、部室内を見渡す。広く色々な物が置かれているなか、成瀬が座れる場所(女子から出来るだけ離れている)は限られている。1つ目はソファー。2つ目はちゃぶ台。3つ目はベッド。
成瀬は1つ目のソファーに座ることにした。
「よっこいしょ……」
高そうな生地のソファーに腰を掛けると、その弾力と肌触りに成瀬は驚く。部室に置くには些か高価過ぎる仕様。昨日から薄々勘づいてはいたが、この《帝王学部》は謎が多すぎる。
壁際に置かれている棚に視線を寄せると、明らかに豪華過ぎる彩飾が施されている食器の数々。そして本棚には見せびらかすように並べられた背表紙。学生が読むには少々レベルが高い。かと思いきや、隣の本棚には漫画本がぎっしりと収納されている。それに巨大なクッション、ソファー、大型テレビ、最新式パソコン、ゲーム機、数えればきりがないほどだ。
学校側から与えられたスペースにしてはやや広すぎる空間。成瀬は僅かにこの部活への不信感を膨らませていた。
「お菓子食べるー?」
「………………え!?あ、いえ………」
突如姿を現した少女。快活そうな笑顔からは、敵意など無さそうに見えるが、成瀬の恐怖心を増幅させる材料には十分だった。
断ろうとしたが僕の意見など聞かず、口の中に無理やりポッキーを詰め込まれた。金髪の少女は満足気に立ち去るが、それとは対照的に成瀬の表情はやや苦笑いだ。
「……………」
ーーーーーーーーー昨日、委員長から聞いたこの部の情報を分かりやすくまとめる。
成瀬はカバンに手を入れ、愛用の分厚い本を取りだす。
顔を隠すように開き、目立たないように部室内の女子たちをじっくり観察していく。
部長の紅葉茜、学業の方はあまり良くないらしく、度々教師に呼び出しを食らってい
るらしい。だが体育の成績は良く、中学の頃は空手部に所属していたという
話を教師たちがしていたらしい。大会では好成績を残し、実力も全国クラス
だとか……パワフルで豪快、行動力のある彼女の人柄からか、教師たちからの
評判も悪くはない。なぜ彼女が『帝王学部』に入部したのかは不明。
ウェネリア・バレンタイン、ロシア人の母を持つハーフ。通称ピクシー。
海外留学生で、日本語はまだカタコトではあるが今猛勉強中。
身体能力はこの部、いや学校内でも一番。噂ではアスリート選手にスカウト
されているとかされていないとか。食欲旺盛で無限の胃袋を持つ。
6人の妹を持つ大家族らしく、今はロシアで仲良く暮らしているらしい。
頼れるお姉さん、雨宮黒薙。
いつも分厚い本を持ち歩き、学年トップの学力を誇る優等生。
一時期は生徒会長に推薦され、周りからの期待も厚かった。だが会長就任
間近のところ、急遽辞退。その謎の伝説を残し《帝王学部》に入ったらしい。
お眠り部員、園原アリス。
部室ではいつも寝ている変な女の子。授業中は目を開けたまま寝ているらしく
教師たちはちゃんと授業を受けていると認識していて、その事実にまだ気づいていない。
動物と甘いもの、ぬいぐるみが好きで、もし彼女を起こしたいならそれを献上すれば楽勝らしい。
本名不明の被り物部員、ムーコ。
学年は彼女いわく一年生らしく、クラスと出席番号は不明。
部活以外ではクマの被り物を外しているのか、彼女の素性を知る者はいない。
軽い態度と言動が特徴的で、面白いものが大好き。
帝王学部の顧問、白鳥先生。
天使のような微笑みで、不良たちを血祭りに上げて更正させたという伝説を残した
ことから、不良たちの間では『純白の死神』なんて呼ばれているらしい。
だが一般の生徒には評判が良く、その天然で優しい人柄から『聖母』とも呼ばれる
その豊満な胸に見惚れる者も多く、本人いわく、まだ成長しているらしい。
「なー、腹へったぞ。なんかくれ。甘いやつ。しょっぱいのでもいいぞ。」
「……そう言われてもな。生憎、食べ物は所持していない。食べ物ならウェネリアが持っているんじゃないか?」
「ゴメンネー。お菓子は全部食べちゃったンダ。………あ、茎ワカメ残ってた。」
「なんでもいーからー、くーわーせーろー!」
「…………」
少し華やかさが足りない気もするが、これはこれで女子高生らしくて妙にリアルだ。
ウェネリアという女性から貰った茎ワカメを貪る部長を横目に見ながら、成瀬は
ゆっくりと本の文面に視線を戻す。これ以上関わったらろくなことにはならない。
というか、こんなに女子たちに囲まれているのに、今の落ち着き様はなんだ?
まだ緊張が解けたわけではないが、テンパることなく思考が続けられる。
心では彼女たちのような変人と関わるなんて御免だが、彼女たちと一緒にいれば
本当にこの女性恐怖症も改善されるかも知れない。
「失礼します。」
その声と共に開かれた扉。部屋の中に踏み出された足を見た瞬間、来訪者が
女性だということがわかった。
成瀬は背筋に昇る悪寒を感じとり、少し身震いさせる。
顔の筋肉が硬直し、表情が引きつるも、なんとか気絶を避けることが出来た成瀬は何故か
達成感に浸っていた。
「おーきたきた、みんな集合ー。」
「依頼した奥山明子さん…ですね?」
「はい。」
暗い印象の女子生徒。丁寧に編まれた黒髪がチャームポイントとも言えるだろう。
だがそんな薄い特徴も、成瀬にとっては嫌悪感の対象にでしかならない。
白鳥先生は入室してきた女子生徒兼依頼人に名前の確認をする。
依頼に書かれていた名前と一致していることを確認すると、先生は持っていた資料を
一枚めくり、彼女の依頼内容を確認する。
「えっと……依頼……ってなんの……ことですか?」
「我が部は基本、依頼制なんだよ。」
「大がかりな、計画が必要な依頼は3日前に依頼書を提出。簡単な依頼なら
直ぐに取り掛かるッス。まぁ、簡単な依頼っつーと相談とかっスかね?」
そういうことじゃないんだよなぁ。昨日も急に依頼とか言われたけど、まだこの部のこと
よくわからないし、入るなんて一言も言ってない。だが女子が苦手な成瀬は本音を言えない。
「あなたの依頼は……『電車通学中に癡漢に遭っている。助けてください。』で合ってますね?」
「………はい」
「ッッ!!」
ーーーーーーーーー癡漢。
そのやたら重い内容に成瀬は絶句する。
柏木から聞いていた話しでは、『帝王学部』の依頼というのは主に更正がメインらしい。
だが、癡漢という犯罪行為にまで関わろうとするこの部の神経が信じられなかった。
「今回のはまた難易度高いッスねー。」
「これほどの依頼は『帝王学部』の"ヤバいランキング"でもTOP10に入るね。」
「つーか、癡漢って都市伝説じゃなかったんだな。」
何を言っているんだこの人たちは。特に部長さん。
「私、電車で学校まで通ってるんですけど……1週間くらい前から……お尻を触ってくる
人が……いるんです。朝はいつも混んでるし、お尻に手が当たってもしょうがない……
って思ってたんですけど。それが毎日続いて………」
「毎日……というと、同一犯の可能性が高いね。しかもいつもとなると、犯人は
彼女の電車に乗る時間を把握して、狙っているということになる。普通は一回
してしまうと、もうそれっきりなのだけれど……その犯人はなかなか大胆だね。」
雨宮が冷静に分析するなか、成瀬は勇気を振り絞り、やっとの思いで声を出す。
それに驚いたように見てくる女子の視線が妙に痛い。
「あの…この部って…生徒の更正が目的……ですよね?その……癡漢とか……
それって…警察とかに任せたほうが……いいんじゃないですか?」
「アホ抜かせ。この世に癡漢なんて何人いると思ってるんだ?警察が全部対処仕切れるわけ
ねーだろ。うちの生徒に手を出した癡漢野郎は成敗するし、それにーーーーーーー、」
「更正することと、人を助けることは別の問題だろ。」
「……ッッ!」
ーーーーーーーだったら、癡漢に逢ってる生徒は全員助けるつもりですか?
世の中に癡漢が腐るほどいるだろう。でもその分、被害に逢ってる女子も腐るほどいる。
それを全部救うなんて自惚れもいいとこ。できるわけがない。
その本音を強く噛み殺し、成瀬は苦しそうに顔を俯ける。
「デ、決行は明日ダヨネ?作戦はどうなってるのカナ?」
「朝、彼女の電車通学は私たちも同行する。女子の我々も囮になって癡漢者を
誘き寄せる……という手もあるが、その場合違う癡漢も集まる可能性がある。」
「だーかーらー、今回はコイツを使う。」
「え?」
部長の怪しげな視線は何故かわからないが成瀬に向けられていた。
成瀬自身も状況が理解出来ず、おどおどと慌てるが、気づくと皆の視線は
成瀬に集中していた。
「女子は座席で待機、成瀬は奥山から1メートル離れたところから様子を伺え。
なにもなければ作戦は中断。癡漢野郎が奥山に接近したらーーーーーーお前が取り押さえろ。」
Twitterで帝王学部のイラスト書きました。是非見てください。
『神崎緋色』で検索してください。感想待ってます。