2.目が覚めたら……
らんらんらん~
広々とした部室。普通の部室の平均面積に比べると少々大きめで、家具も豊富かと
思いきや、バランスゲーム、最新機種のゲーム機、積み木、大きな本棚、しかも奥
にはお風呂まである。この部室には多種多様で高校離れしたアイテムが置かれている。
この部屋を使うことのできる部員は、羨ましがられることは想像出来る。だがそんな
部員にも、困ったことが起きた。
「なぁ、どうするよ、コイツ」
少女の何気ない一声が議論の幕開けとなった。部室の窓側に置かれているソファに
横たわる少年。彼は先ほど2度目の気絶により、再び彼女たちによってソファに
運ばれたのだ。そんな情けない少年を横目に、少女たちは議論を続ける。
「とりあえず、目が覚めるマデ寝かせとこうヨ!」
「再び目覚めても……先ほどの彼の様子では、また気を失うのが目に見えている。
なにか対策を練るべきだと思うのだけど…」
「1年4組。9番。成瀬。堅太郎。ふむふむ。なるほどなるほど」
被り物の少女は男物のカバンを漁り、少年の生徒手帳と思わしきものを確認する。
だがそれだけの情報では満足出来ず、カバンを持ち上げ、逆さまにして中身を
テーブルの上にぶちまける。テーブルの上に広げられた少年の所有物はさまざまだった。
教科書。筆箱。財布。本。本。本。本。本本本本本本本本ーーーーーーーーーーー、
「ーーーー怖ッッッッわ!なにアイツ!なんで本こんなに持ち歩いてんの⁉」
「あらあらまあまあ、読書家なのね」
「いや、この量は明らかにおかしいっス……」
出てきた本を全て並べてみると、合計15冊が入っていた。異常な本の量に
常識離れした少女たちですら、額に汗を浮かべた。
「文学書。児童書。哲学書。ミステリー小説。童話。……あ、恋愛小説ッス。
可愛いッス。男の子が恋愛小説読むのってなんか可愛くないっスか?」
「わたしにフルなよ」
隣の小柄な少女に話題を振ったのだが彼女はそういう話しはよくわからないため
少々冷たい反応をしてしまう。望む回答が返ってこなかった被り物の少女はどこか
寂しそうだ。
「一貫性がないな。乱読というやつだね。」
隣で『他人の所有物を勝手に触れるのは抵抗があるな』と、ぼやいていた黒髪の
少女も、今では気にせず少年のカバンに入っていた書物のページをめくっている。
「この子、女性恐怖症だと言ってタヨ」
「女性恐怖症なんて本当ッスかね?」
「まー、アニメや漫画でしか見たことないから現実みがないよな」
「彼の過剰反応、特徴からは女性恐怖症の症状と一致する」
それぞれ全くの別の反応を見せる少女たちだが、まずは彼の話しを聞かずして
話しは進まない。みんなは困ったような顔をすると赤髪の少女が立ちあがり
早い足どりで横たわる少年の前まで足を運ぶ。そしてその程好い肉付きの脚を
上げ、そのまま少年の腹に勢いよく降り下ろす。
「起きろアホ」
「ぐぴゃ」
赤髪の少女の容赦ない踵落としに絶句する部員。
だが、少女は然も当然と言った風な顔で、少年をそのまま脚で器用に
ソファから引き摺り下ろす。
「げほっげほっ…………へ?」
意識が戻った少年だが今だ状況が理解出来ず、目の前で
仁王立ちをしている人物を『女』だと認識することがやっとだ。
「じょ……女子!?」
「気絶すんなッッ!!」
少女の怒鳴りに近い声に当てられ、腰を抜かす少年と呆れた顔で
ため息をつく部員たち。
「なあ、お前……私らの部活のことくらい知ってるよな?」
「…………え、なにが…です…か?」
朦朧とする意識の中で、彼女の言う『帝王学部』という単語を記憶の中から
必死に導き出す。………たしか隣の席のじょ……女子たちが話していた気もする。
「我らは東雲学園部活厚生プロジェクト……通称『帝王学部』だ!」
「…………へ?」
威圧的な彼女の態度に圧倒され、少年は後ろに仰け反る。
先ほどから大きな声で怒鳴られている少年に同情しながら、黒髪の女も語り始めた。
「人には、少なからず『嫌い』なものがあるよね」
「は……はい」
「数学が苦手、辛いものが食べられない、オバケが恐い………そう
『弱点』というものは必ず存在する。きみの女性恐怖症のようにね」
「!!」
「その誰しもが持っている『弱点』を、克服……つまり『厚生』させること
こそがわたしたちの部活動ッス」
「まぁ、大抵は暇なときのほうが多いけどネ。」
言葉の嵐が過ぎ去っていくなか、少年は唖然と口を開けたまま言葉を発しない。
無理もない。彼は今置かれている状況についてまったく理解が追いついていない。
放課後の教室で一人寂しく日誌を書き、ようやく帰宅出来ると思えばまさかの階段
からの転倒。そして彼女たちに拾われ、部室にて介抱。しかも皆はそれなりに
可愛らしく、美少女と言っても過言ではない。だが女性恐怖症の少年には恐怖を
掻き立てる最悪のスパイスに過ぎなかった。結局、ショックのあまりそのまま気絶
してしまうのだが、直ぐに少女の強烈な踵落としによって強制的に現実へ引き戻される。
再び目が覚めると、少女の姿が。またも気絶しそうになるが、少女に突然怒鳴られ
全身が硬直する。ーーーーーーーーーーーーー衝撃の連続。
「お前……その『病気』どうするつもりだよ」
「どうする…もり…って…あなたに……関係……」
少年は震える声を絞り出すように発する。
彼の震える肩は何とも頼りなく、情けない印象だ。
「そこで相談なんだけど……実は私たちの部……男子が一人も居なくてね。
女子だけだと、男子生徒の《相談者》が来にくいらしく……えーと…つまり…… 」
「きみ……『帝王学部』に入らない?」
「……へ?」
「いや、つまりぃ……ワタシたちの部に入って、一緒にその『病気』を治して
その代わり、ワタシたちの貢献活動を手伝って欲しい……ってわけっスよ」
青春の歯車はーーーーーーーーー成瀬堅太郎の物語はまだ回り始めたばかりだ。