表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/40

8話 Die

「荷物、大丈夫?」

 目が虚ろだ。頷く気力もないのか、現実が見えなくなったのか。

「……行こう」

 子供の世話をするには、俺はまだ若すぎる。こんな状況なら尚更のことだ。仕方ないじゃないか。

「東に……静岡に向かおうと思う」

 例のメモ。兄貴からとは思えない。文書作成ソフトを使って、その上プリントする余裕があるはずがない。

 ――じゃあ、誰だ?

 さっきから何度も繰り返した思考。わざわざ、プリントした文書で俺に連絡を取る必要がある人間がいるのか。

 そして場所が浜名湖だ。ここからは、全国的に見れば比較的近いかもしれないが、子供を連れて歩いていくと考えれば相当な距離。

 正直、思惑が見えない。

 考えながら歩く間も、周囲の警戒を緩めることはできない。なんとも疲れる道中だ。

 泊まる場所も、考えなくてはいけない。一旦市役所に宿をとるべきかもしれない。

「もう、わけわかんねぇな」

 嘆息がわりに、そんな言葉が口をついて出た。




「おお、君か。早かったな」

「出戻り決め込んだみたいで、気が引けますが……」

「気にすんな。1人2人増えたところで状況は変わらんよ」

 結局、この警官のところに戻ってきてしまった。

「あの医療班の女性、まだいますか?」

「ああ、南野さん」

 そんな名前だったのか。

「まだここで活動してくれているよ。……犠牲者は、何人か出てしまったけどな」

 ここでも、か。あの時見た人も、もういないんだろう。

「後で顔を出すといい」

「喜ぶとは思えないんですが」

「生きていてくれるだけで、救われることもある」

 そんなもんだろうか。

「君は、どこか行くあては決まったのか?」

「一応は……」

 そこに何があるのか、見当もつかないけど。

「そうか。良かった」

 無謀なことだってことくらい、分かっている。

「ところで、俺と一緒にいたあいつ、あの後見ていませんか。連絡が取れなくて」

 圭のことが分かるとすれば、この人くらいしかいない。

「ああ。そのことで……」

「なにか?」

 嫌な予感がした。

「南野さんのところ、一緒に行こうか」

「……はい」

 こういう時の予感ってのは、大体当たるもんなんだ。




「ああ、生きてたの」

 喜ばれてるような気はしないな。

「この子を届けるまでは、死ねませんから」

「心がけは認めるよ」

 そいつはどうも。

「南野さん……彼のことを……」

 彼?俺か?

「ああ、教えておくの」

「何か、俺にあるんですか?」

 ふん、と値踏みするような目で見られる。あまり気持ちのいいものじゃない。

「君の友人かな。藤堂 圭。彼の話だよ」

「圭が、何か……」

「亡くなった」

 ――死んだ、か。

「相変わらず鉄面皮なのね」

「……予想はしてました」

 予想はしていた。していたはず。

「……彼が亡くなった時のこと、聞かなくていいの?」

「有益な、情報があれば……」

 背後で警官が、息を飲む音がした。

 友人が死んでも、悼むより先に何かを得ようとする人間。それは、最早人間だろうか。あの日あの時から、俺はずっと、こんなことを考えている気がする。

「前例と比較しても、別に変わらない」

「……どうも」

 警官の手が、肩に置かれる。すまない、とでも言うかのように。

「話は、それだけですか」

「君にはね。私は、そっちの女の子と話したいの」

 那槻ちゃんと?

「これは多分、君のためにもなることだから」

 席を外せ、と目が語っている。

「……分かりました。外で待ちます」

「それでいいわ」

 侮られている。動揺しているのが悟られているからか。

「君も、まだ人間よ。安心なさい」

 バカにされている、ささくれ立った神経は、そんな風にしか物事を捉えられなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ