表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/40

6話 cocoon

「俺に、感染者の人を見せてください」

 困った顔をする警官。でも仕方ない。必要なんだから。

「状況を知りたい。俺は生き残りたいんです」

「君の気持ちは分かる。だが彼もまだ、人なんだ」

「まだ、です」

 感染した奴の都合なんか知ったことじゃない。俺は、あの子を連れて生き残らないといけない。そのためには、感染について少しでも情報がいるんだ。

「君がここに残っているのは、そのためか?」

「それだけではありません。単に1番安全そうだから、というのもあります」

「中に感染者がいてもか」

「だから知りたいんです。どの程度の脅威なのかを」

 始まりから5日、簡易的な避難所になっている市役所に残る人も、かなり減った。

 警官を含む一部の人たちは、それぞれ動いているが……その他の大半は比喩的な意味の生ける屍だ。

 那槻(あの子)だって例外じゃない。

「俺は、あの子の両親を探さないといけない。だからいつかはここを出て、単独で動く必要があるんです」

 日に日にあの子の目から、光が失われていくような気がして、たまらなく怖い。

「君の言うことも分かるし、協力したいとも思う。だが、相手のことも考えないと」

 何度だって言われてきたさ。他人のことも考えろと。

「僕にとっては所詮、他人です。それが生きていようと、死んでいようと」

「君……!」

 警官が声を荒らげるが、退くわけにはいかない。俺には必要なことだ。俺とあの子、そしてあの子を探す兄貴たちには。

「強情な子ね」

 警官の後ろから挟まれた声は、軽くあしらわれたような不快感を与えてくれた。

「人の死を達観してるつもりかもしれないけど、言ってることはただのワガママな子供。あんまりヒーローを気取らない方がいいわ」

 若い女。人を子供と思い、小馬鹿にする態度は好きになれなさそうだった。

「英雄は気取っていないつもりですが」

「へぇ。それなら子供らしく、大人の言うことを聞きなさい」

「聞くに値する人の言葉なら、喜んで聞きますが」

 挑発されてると分かっていても、乗ってしまうのが悲しい。

「2人ともやめたまえ。言い争いをしても何も解決しない」

 ……諦めるしかないか。

「いいわ、見せてあげる」

「あなた……!」

「医療班の責任者、やらせてもらってるから」

 この人、医療班だったのか。

「いいんですか」

「望みを叶えてあげるの。それなりの態度をすることね」

 1時間後に来なさい、そう言って彼女は去っていった。




「何を見ても、他の人に言わないこと。それから目を背けないこと」

「分かってます」

「他の班員には快く思わない人もいる。それも承知しておいて」

「分かりました」

 別にここの人にどう思われようと構わない。集められる情報を集めたら去る場所だ。

「この避難所で、発症した感染者は6人。母数が不確定だから、確率はなんとも言えない」

「噛まれるとか、接触がない人も発症したとか」

 発症のメカニズムが知りたい。

「……そう。初期の症状は、主に高熱。問題はその後」

「人をやめると?」

 眉をしかめられた。表現が気に入らないのか。

「最初は皮膚の硬化。繭のように、身体が外側から固まり、覆われていくの」

 ……繭。新たな形態に進化する、とでも?

「理由は分からない。でもそれが全身を覆ってしまった人が、すでに2人」

「もし、本当に繭だとすれば……」

「中から、出てくるってことでしょうね」

 死ぬと言うよりも、変わるってことか。

「あなた、普通の子じゃないね。どこか、欠落しているみたい」

「……そうですか?」

「落ち着きすぎている。10代の少年ではないわ」

 確かに、普通の人間ではなくなってしまっているかもしれない。

「このカーテンの先。その様子だと大丈夫だと思うけど、落ち着いておいて」

「分かっています」

 一拍の後、カーテンを開くと、そこにはかつて人だった物が横たえられていた。

「これが、全身を覆われたってことか……」

 汚らしい茶色の薄い膜に、全身が包まれているようだった。確かに繭という表現はしっくりくる。吐き気がするほどに。

「この後どうなるかはまだ……でも、ここに置いておくのは危険ね」

 おそらく、この繭が破れた時、中からアレが出てくるのだろう。想像しただけで、十二分におぞましい。

 ――こんな落ち着いた感想で、いいのか?

 一瞬の自問は彼女の言葉にかき消された。

「私が分かることはこのくらい。精々生き残りなさい」

「ありがとうございました」

 淡々した返事に、彼女の表情が不快に染まる。

「……あなた、本当に子供?」

「そのつもりです」

 もしかしたら、どこか大切な部分を落としてきてしまったかもしれない。

「人とは思えないわ」

 傷つくな。

「どこか、欠落しているんじゃないの?」

 欠落している、か。そうだとしたら。

「俺も、アレと変わらないのかもしれない」









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ