6話 cocoon
「俺に、感染者の人を見せてください」
困った顔をする警官。でも仕方ない。必要なんだから。
「状況を知りたい。俺は生き残りたいんです」
「君の気持ちは分かる。だが彼もまだ、人なんだ」
「まだ、です」
感染した奴の都合なんか知ったことじゃない。俺は、あの子を連れて生き残らないといけない。そのためには、感染について少しでも情報がいるんだ。
「君がここに残っているのは、そのためか?」
「それだけではありません。単に1番安全そうだから、というのもあります」
「中に感染者がいてもか」
「だから知りたいんです。どの程度の脅威なのかを」
始まりから5日、簡易的な避難所になっている市役所に残る人も、かなり減った。
警官を含む一部の人たちは、それぞれ動いているが……その他の大半は比喩的な意味の生ける屍だ。
那槻だって例外じゃない。
「俺は、あの子の両親を探さないといけない。だからいつかはここを出て、単独で動く必要があるんです」
日に日にあの子の目から、光が失われていくような気がして、たまらなく怖い。
「君の言うことも分かるし、協力したいとも思う。だが、相手のことも考えないと」
何度だって言われてきたさ。他人のことも考えろと。
「僕にとっては所詮、他人です。それが生きていようと、死んでいようと」
「君……!」
警官が声を荒らげるが、退くわけにはいかない。俺には必要なことだ。俺とあの子、そしてあの子を探す兄貴たちには。
「強情な子ね」
警官の後ろから挟まれた声は、軽くあしらわれたような不快感を与えてくれた。
「人の死を達観してるつもりかもしれないけど、言ってることはただのワガママな子供。あんまりヒーローを気取らない方がいいわ」
若い女。人を子供と思い、小馬鹿にする態度は好きになれなさそうだった。
「英雄は気取っていないつもりですが」
「へぇ。それなら子供らしく、大人の言うことを聞きなさい」
「聞くに値する人の言葉なら、喜んで聞きますが」
挑発されてると分かっていても、乗ってしまうのが悲しい。
「2人ともやめたまえ。言い争いをしても何も解決しない」
……諦めるしかないか。
「いいわ、見せてあげる」
「あなた……!」
「医療班の責任者、やらせてもらってるから」
この人、医療班だったのか。
「いいんですか」
「望みを叶えてあげるの。それなりの態度をすることね」
1時間後に来なさい、そう言って彼女は去っていった。
「何を見ても、他の人に言わないこと。それから目を背けないこと」
「分かってます」
「他の班員には快く思わない人もいる。それも承知しておいて」
「分かりました」
別にここの人にどう思われようと構わない。集められる情報を集めたら去る場所だ。
「この避難所で、発症した感染者は6人。母数が不確定だから、確率はなんとも言えない」
「噛まれるとか、接触がない人も発症したとか」
発症のメカニズムが知りたい。
「……そう。初期の症状は、主に高熱。問題はその後」
「人をやめると?」
眉をしかめられた。表現が気に入らないのか。
「最初は皮膚の硬化。繭のように、身体が外側から固まり、覆われていくの」
……繭。新たな形態に進化する、とでも?
「理由は分からない。でもそれが全身を覆ってしまった人が、すでに2人」
「もし、本当に繭だとすれば……」
「中から、出てくるってことでしょうね」
死ぬと言うよりも、変わるってことか。
「あなた、普通の子じゃないね。どこか、欠落しているみたい」
「……そうですか?」
「落ち着きすぎている。10代の少年ではないわ」
確かに、普通の人間ではなくなってしまっているかもしれない。
「このカーテンの先。その様子だと大丈夫だと思うけど、落ち着いておいて」
「分かっています」
一拍の後、カーテンを開くと、そこにはかつて人だった物が横たえられていた。
「これが、全身を覆われたってことか……」
汚らしい茶色の薄い膜に、全身が包まれているようだった。確かに繭という表現はしっくりくる。吐き気がするほどに。
「この後どうなるかはまだ……でも、ここに置いておくのは危険ね」
おそらく、この繭が破れた時、中からアレが出てくるのだろう。想像しただけで、十二分におぞましい。
――こんな落ち着いた感想で、いいのか?
一瞬の自問は彼女の言葉にかき消された。
「私が分かることはこのくらい。精々生き残りなさい」
「ありがとうございました」
淡々した返事に、彼女の表情が不快に染まる。
「……あなた、本当に子供?」
「そのつもりです」
もしかしたら、どこか大切な部分を落としてきてしまったかもしれない。
「人とは思えないわ」
傷つくな。
「どこか、欠落しているんじゃないの?」
欠落している、か。そうだとしたら。
「俺も、アレと変わらないのかもしれない」