39話 sister
「遅かったね、お兄ちゃん……」
中学校の校門で、妹は待っていた。
「……お待たせ。ごめん」
長く待たせたね。2年。やっと、迎えに来れた。
「お兄ちゃんに言いたいこと、一杯あるの。でも、まずは……ごめんなさい」
率直謝る妹。
「この感染症、私が元凶なんだ」
薄々、そんな気はしていたのに。それでも、言葉になったそれは思った以上に大きかった。
「こんなに広がるなんて、思ってなかった。こんなことになるなんて、思ってなかったの」
うつむき、絞り出すように言葉を選ぶ桜。その姿は、とても日本を崩壊させた悪魔には見えない。
「お兄ちゃんが、隣にいて欲しかった……それだけ、それだけだったのに……」
今の俺には、崩れた膝を支えることができなかった。
「分かってる。謝って、言い訳して、赦されることじゃないことぐらい、私にだって分かる」
悲痛な声と、アスファルトに零れ落ちた涙が、桜の本心をありありと物語ってくれる。結局、俺たちの問題だったということか。最初から最後まで。
「だから、お兄ちゃん……」
次の言葉は、聞かなくたって分かる。
「私を、殺して」
でも、聞きたくなかった。
ポケットから、ゆっくりと引き抜く。懐かしく、禍々しい重みが手のひらに馴染む。人を撃つのは、何度目なんだろう。
――分かってる。俺にできるのはこれだけ。
才を与えられ、それに適した心まで持ち合わせた。天性のバケモノ。こうなることまで見越して、俺は生まれてきたんだろうか。
そうだとしたら、俺は骨の髄まで神を恨む。
「俺だって、バケモノだ」
閉ざされたはずの口は、まだ生きていた。いや、死んでいたとしても、伝えなければいけないことがある。
「俺も、この世界にいちゃいけない」
目の前の、妹と同じように。
「おにい……ちゃん……」
涙に濡れた顔が、上がる。
「立って」
壊れかけの人形のように、立ち上がる桜。大丈夫、もう俺は、罪に問われる存在ですらない。だから、俺が殺る。
もう人を、悲しませるわけにはいかないから。
「お兄ちゃんを、ずっとみてたの……たくさんの目で。ずっと、ずーっと……」
感染者の目は、桜の目。ただ、俺を探していただけなんだね。ごめん、ずっと迎えに来なくて。
「ごめん……」
手のひらの重みが、いつもより遥かに大きい。やっとの事で持ち上げた右手は、細かく震えている。怯えている。恐怖を感じない、人じゃないはずの自分が。
「……お待たせ」
引き金を引くのは、一瞬だった。
赤い鮮血が、血を分けた肉親の血が、地面と自分を美しく染める。いつもの高揚も、満足もない。ただ、執拗なほどに悲しい。
――お兄ちゃん!
呼びかけられる声は、幻聴。ずっと昔の、俺たちがまだ清らかでいられたころの、妹の声。
崩れ落ちた体を、反射的に受け止めていた。人を支えられる存在じゃない自分、それでも、この瞬間の衝動には逆らえない。せめて今だけ、人でいられたなら。
「あり……が、とう……」
か細く、囁くような声は、壊れかけの肉体さえも揺らす。この小さな身体、例え悪魔と呼ばれようとも、こいつは、俺の妹だ。
「……大丈夫」
片方だけ裁かれるなんて、理不尽じゃないか。
――罪を持った肉体なら、ここにもある。
冷たくなった体を、汚れた左手で支えあげる。すぐに、追いつく。今度は、そんなに待たせたりしない。
「都合いいだろ、ちょうど後、一発あるんだ……」
今度の引き金は、これまでのいつよりも軽い。
――お人形遊び、楽しかったよ。桜。




