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38話 the day

 人通りのない、商店街。誰も通らない、長い横断歩道。

 ここは確かにあの場所だ。血の跡ももう、残ってはいないけど。

 2年前の夏、俺が目醒めた場所。一種、原点と呼べるのかもしれない。




 あの日、俺は桜の通う中学に向かっていた。

 入学して半年、厳しい校風や授業にも慣れてきて、初めて外出許可をもらったあいつを、迎えにいった。最初は当然母親が行くだろうと思っていたので驚かされたが、内心、嫌ではなかった。

 いつも身近にいた妹が、いつの間にか手の届かない場所で生きている。それが、少しだけ寂しかった俺は、揚々として都会の街を歩いた。

 夏の真っ盛り。都会の街は、焼けるようなアスファルトと人々の熱気で満ち満ちていた。

 ――まともにアイスも食えないだろうし、少し奢ってやるか。

 暑い日差しの中、そんな他愛もないことを考えながら、この横断歩道に差し掛かった。

 あたりの空気が、一瞬のうちに変わったことを覚えている。漂う鉄臭さと、足を止める人、腰を抜かして倒れこむ人。一瞬の静寂が、俺を現実に帰した。

 横断歩道の真ん中あたり、2人の人間がそこにいて、白く塗られたアスファルトに赤い斑点が生まれる。状況を理解するのに、さほど時間はいらなかった。

 静寂は、すぐに喧騒に変わった。人々は走り、死の影から逃げ惑った。恐怖に支配される人々の中、返り血に染まった(殺人者)は動く。

 足を動かせないまま、目が合っていた。正に、常軌を逸した目。その目線は圧倒的なまでに強く、確固たる意志のもとに人を殺す彼を象徴しているようだった。

 彼は動く。その顔は確かに喜びに満ち溢れ、成し遂げた後の達成感さえ感じられた。自分が何をしたかを分かっている。その上で彼は、笑っている。

 彼の目は、俺のすぐ右にいた、1人の女の子へと焦点を合わせられる。引き伸ばされた時間の中、頭だけが次に何が起こるかを理解していた。恐怖に顔を歪め、声も出せなかったその少女は無惨に、ただ無惨に屍と化した。

 赤く染まった顔が振り向いた先は自分。恐れ、逃げなければならないのに、なぜか落ち着いていた。今からここで死ぬ。その事実を、あっさりと認めていた。

 割って入った警察官が、手にした拳銃を構える。しかし彼は、結局最期まで善良な人でしかなかった。一瞬爪を下げた怪物を、撃つことはできなかった。

 そして彼もまた、ただの肉塊へと姿を変える。その時落ちた銃、それは、俺を満たすのに十分だった。

 乾いた銃声。硝煙と、あたりに蔓延した血の匂い。4人の人の命が消えたその場所で、俺は目醒めた。

 あの時、俺は笑っていた。狂気にあふれた爽やかな笑みで、人の死を見送った。十分すぎる舞台で、怪物は産声をあげた。




 そして今、俺はここにいる。もう、戻ってこないと思っていたこの場所に。もう俺は、1人しかいない。全てを包括して、個人としての俺しかもういない。

 そして、それもじきに無くなる。行かなければ、『約束の場所』に。妹との約束を、果たすために。もう俺は、帰れない。

 あの日渡れなかった横断歩道。ここで倒れた、名前も知らない人々。今も頭に残る、少女の恐怖。その全てが、過去になる。やっと。

 長かった。長すぎた。見つけた自分を受け入れられず、隠して、隠して、隠し続けた。あれは嘘だと。自分ではないと主張し続けた。なのに、逃れられなかった。

 当たり前だ。自分は、自分以外の何物にもなれない。

 もう、考えることもしなくていいはずなのに、頭の中はぐるぐると回り続けた。

 行くべき場所は、もう見えている。

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