26話 game
「いいよ……もっとこい。退屈させるな」
後ろには肉塊、前にも肉塊。
「理由なんか聞かないさ。今の俺には現実だけで十分だ」
酔っている。最高に気持ちがいい。肩から下が動かない左手すら、気にならない。
数匹のバケモノでも、今までとは違う。
その動きには、かつての殺意が戻って来た。
「こういうの、待ってたんだ……」
誰にだって止められない。いいさ、どうせ堕ちた身だ。やるならとことんやらせてもらう。
正面から襲いかかってくる一体に、バットのグリップを突き立てる。倒れかかる体に、握り締めた右手を叩きつけた。
――笑っている。
自覚はある。楽しんでいる。許されなかったことでも、今ならできる。
続く二体目をいなして、地面に転がるバットを掴む。拾い上げた勢いのまま振り下ろせば、その腐った頭を壊すくらいは造作もない。
「死ねよ。綺麗に叫んで、死んでってくれ」
こいつらは、まともな声も出せない。壊れた人間。言い換えれば、出来のいいお人形ってところか。
「いいね……そうやって殺されるくらいしか、お前らはもう出来ないだろ?」
残るは一体。お楽しみの時間が終わると思うと、少し寂しかった。脆いそれは、あっけなく力を失う。
早く、あいつらに会いたい。楽しみで仕方ない。自分の体が保つ間に、追いつかないと。
「とゆーわけで、邪魔するんじゃないよ」
地面に倒れ伏した肉塊を、バットの先端で弄ぶ。あれからずっと、出てくるバケモノはきっちりと俺を襲ってくる。素晴らしいことだ。
「片手無しで4人殺らないといけないんだ。いいスリルが期待できるな」
昔の俺なら、こんなことはできなかった。生の感情より優先するものが、山ほどあった。
――そう、俺はずっとこれを望んでいた。
今なら、俺が人を殺したとして、それは仕方ないことだ。俺は感染して、発症して、名実ともに立派なバケモノだ。だから俺が殺して、殺されるのは自然なんだ。
良い悲劇じゃないか、かつて一緒に旅した仲間を殺して、殺されるなんて。想像するだけで身が震える。
笑おうとしたけど、顔の筋肉はうまく動かない。思ったよりも急いだ方がいいかもしれない。
「寝れないなら、それでもいいさ」
俺は確かに、希望を持っている。
夜道を歩くのは、最高の気分だった。
いくら歩いても、疲労はほとんど感じない。そこら中の草でできた切り傷も、引っ掻かれた傷も、痛みを与えるには小さすぎる。
途中薬局から包帯を拝借。左手を骨折している風に固定する。だらりと垂らしておくのも気に入らない。
もはや人間じゃない自分が、どんどん好きになる。疲れないし、痛くもない。罪悪感を感じる必要もない。周りには玩具がたくさんだ。
「あれかな……」
微かにする人の気配。視界はまだ、多分人間の時と変わっていない。視界よりも、感覚で人のいる場所がつかめる。
――近い。だけど、少ない?
いいさ、練習で少人数を殺っておくのもいい。何にしろ、目標があるってのは良いことだ。
「そこにいるの?」
久しぶりに、声を張る。
2人ぶんの恐怖と驚きが伝わってきて、自然と口角が上がった。こういうのを待ってたんだ。
「そこにいるんだね。分かるよ!」
ポケットにいれた鋼鉄の牙を確かめ、拾った鉄パイプを握りしめる。人が動く気配を感じ、自然と足が走り出していた。
「いいよ、いいよ……もっと逃げて。それでなくちゃ意味がない」
気がかりなのは、やけにスピードが遅い。ケガでもしてるのか。練習にはちょうどいいか。
細い路地に入り込むのを追いかけ、わざと足音を高くする。不安に駆られる様子がありありと伝わってきて、何とも言えない喜びがこみ上げる。
「もっと速く逃げないと!」
足元の石を蹴り上げ、路地の出口を牽制する。相手の足が止まった。つまらない、もう少し粘ればいいのに。
「あれ……もう、終わり?」
そこにいたのは、まさかの『本命』だった。




