24話 Awakening
寒い。
永峰さんが一向に加わり、数日が経過。最初は険悪だった結梨とも、ある程度の関係を築いてくれているあたり、腐っても大人ということだろうか。
それよりも、問題はこの寒さだ。
「まだ、止まないね……雨」
今日の朝から降り始めた、冬の雨。所詮雨と思っていたが、これが恐ろしい。体温低下に伴う風邪、単なる体力低下でさえ、感染症が猛威を振るう今ではとてつもなく危険だ。
この感染症が、本人の抵抗力に関係するのかどうかは分からないが。
「寒いからな……暖房器具でもあればいいけど」
入った民家を漁る永峰氏。盗人猛々しいなんて言いたくもなるが、やってきたことは自分たちも同じだ。
「毛布や布団はあるから。少しでも暖まるといい。石油ストーブが準備されていればいいんだが……」
確かに、石油ストーブならば電気が切れた今でも十分使える。問題は、シーズンオフの家庭が多いであろうことだ。
「発案はありがたいんですが、気をつけてください。家の中と言っても可能性はあります」
「大丈夫さ。奴ら動こうとしないじゃないか」
念のため釘を刺しておいたが、動かない感染者に油断しきっている。殺意を感じないという点ではラッキーだが、どこか不穏な空気を感じるのも確かだ。
「そう思いますけど、念のため。死んだ後だと遅いんで」
「そう軽々しく、死ぬなんて言うんじゃない……」
軽口の皮肉にやけに鋭く食いついてきて、少し怯む。そんなに死ぬのが嫌なら、用心してほしい。いくら死にたくなくても人は死ぬし、殺せるんだから。
――殺せる?
自分の言葉に嫌悪感を抑え切れず、無理やり思考をカットした。考えすぎるのは、ロクなことにならない。
分かっているのに。
「……すみませんでした」
微かに込み上がる乱暴な衝動を抑えて、無表情に応じる。できれば謝罪の顔でもしたかったが、そこまで器用でもなかった。
「分かってくれればいいんだ」
うっとうしい。
――でもお前、こいつ殺せるじゃん?
頭の中で、何かがそう囁いた。
唐突な吐き気と、なぜか既視感のある激しい頭痛が全身を襲う。
――いい雨だよな。分かるか?
目の奥で反響する声は、本当に自分のものか?
――あの日も、綺麗な水たまりができたじゃないか。
お前は、誰だ。
心配そうに近づいてきた那槻に、手を振ってなんともないと伝える。なんともないことなんてないのに。
――嘘つき。
嘘つき、だと?
――お前は嘘ばっかりだ。本音を出せよ。
ダメだ。落ち着け。自分を見失ってはいけない。これはただの、発作的な何かだ。今、たまたま蘇っているだけだ。
「どうした? 大丈夫か?」
永峰さんが近づいてくる。寄らないでくれ。俺は危ない。
「……!……」
もう何を言ってるかもよく分からないが、いいから離れてくれ。必死に声を出そうとするのに、喉の奥が枯れ果てたように声は出ない。
――来ないで!
叫ぶ女の子。恐怖に染まった顔は覆い隠され、その足元には紅い水たまりができた。
誰だ? 自問の答えは出ない。遠い記憶に、意識が飛ぶ。違う、遠くなんかない。それはいつだってここにあった。
――思い出したか?
耳鳴りはまだ問いかける。黙れ。黙ってくれ。
ガラスの割れる音がして、体に雨が当たる。これは現実? それすら分からない。
「……!」
遠くで声が聞こえる。誰の声だ?
無数のトゲが体に刺さるような痛み。それが唯一の現実味を持っている。この際、痛みでも吐き気でも、もっと酷い感覚でもなんだっていい。
「俺は、いきてるんだ……」
呟いたはずの声は、なぜか響かない。代わりに頭痛と耳鳴りは、一層激しくなる。
もしかすると、俺も……時間が来たのだろうか。これから俺は、あの姿になるのか。
それもいい。過去も人も罪も、みんな忘れてやり直せるなら。もう疲れたんだ。いいじゃないか。
――笑っていたって、いいじゃないか。
どうせ人間なんて、もう誰もいないんだ。
まるで他人から見ているように、自分の表情がありありと分かる。そういえばあの時もこんな感覚があったんだっけ。
――いいね。最高だ。
しかも今度は、誰にだって止められやしない。俺がバケモノなら、みんなバケモノだ。
鼓動の高鳴りがいつになく気持ちいい。忘れた――いや、忘れようとしていた――快感が全身を満たす。
「行こうか……!」
呼び止める声が聞こえたような気もしたけど、多分大したことじゃない。
まぁ、その内遊びに行けばいいさ。
獣のように吠える声が、あたりに響いた。




