20話 Afterimage
眠れない。胸にあるのは、期待なのか不安なのか。
「ちょっとは、眠ったら?」
毛布にくるまった結梨が、声をかけてくる。背を向けたままでも、優しさは感じられた。
「眠れない。もし、何かあったら……なんて思うと」
「反省しなよ。結局、最後に迷惑かけるんだから」
おっさんがいれば、多分叱り飛ばしてくれたのに。
「寝なさい。見張りはウチがする」
その強い語気に、少し驚いた。
「寝てよ。嫌ならこれで、強制的にでも寝かせるから」
ついこないだまで、決して見せなかった悲壮感。右手にスタンガンを握った彼女は、暗闇の中、泣いているようにも見えた。
「分かったよ……ごめん」
謝りっぱなしだが、仕方ない。それだけの事をしている自覚はある。
――自覚があるから、赦されるわけではない。
それは、何にだって言えることだ。
「もういいよ。謝らないで」
強く、彼女は言った。
「気持ちは分かる。ウチだって、見捨てたい訳じゃない」
そう、彼女は優しい。
「でも、優先順位をつけないと、もうやってられない……やってられないの」
それは、生きるために。他人の死を見過ごすことを許さなければ、生きられない明日がある。
「分かってる」
「分かってないよ。涼君は」
そう言い切った彼女は、きっと泣いている。
「涼君は、違う」
その言葉は、強く深く、心に楔を打ち込んだ。
「そんなこと……」
言いかけた途端、――がたん、と音が立つ。一瞬交わした視線を確かめ合ったあと、立ち上がる。
「……ここにいてくれ」
「……分かった」
一語で分担を決め、レンチを握って歩く。
「涼君……」
「何?」
「……気をつけて」
殺して、とは言えなかったんだろう。頷き、闇に目を凝らす。
隣の教室に佇むのは、間違いなく昼間に見た、妹に瓜二つの少女。
闇夜の月明かりにシルエットを浮かび上がらせたその少女は、頭を抱えたまま、ゆっくりと歩き出した。
「……桜か?」
放った言葉に、びくりと体を止めた。
「誰……ですか?」
「いや、妹なんだ」
困惑する少女は、間違いなく発症はしていない。
「あまりに、似ていたから。昼間に、倒れている時見つけたんだが……」
桜でないことに、若干の焦りを覚えながら事情を説明する。大丈夫、感染者でないことが分かっただけで、十分だ。
「えっと……ここは?」
「小学校だと思うけど、この辺の人じゃないのか?」
困惑しきったその表情からは、深夜の暗さと見知らぬ他人に対する、警戒心しか読み取れない。
「えっと……私は、なんでここに?」
「いや、俺たちが来た時にはここで倒れてた。それ以上のことは知らないけど……」
微妙に焦点の合ってない瞳、不可解な言動。
――まさか。
「思い出せない、とか?」
「……はい」
記憶喪失、か。
「名前とかは?」
「な、まえ……」
自分の名前さえ、分からないのか。
逆に言えば、この娘が桜の可能性もある……のか?
「まぁ、いいよ。今日は寝よう。落ち着けば、思い出すかもしれないし」
「すみません。まだ頭が、ぼーっとして……」
その割に、会話はできるし言葉もマトモだ。
「あっちの部屋に連れがいるから」
「もういるよ」
いつの間にか、教室の入り口まで結梨が来ていた。
「話し声がしたから、来てみた。大丈夫だったみたいだね」
那槻を背負った彼女は、ゆっくりと記憶喪失の娘に近づく。
「よろしく。ウチは結梨」
「結梨……さん。初めまして」
「この子、那槻。今は寝てるけど」
さばさばとした態度で、お互いの紹介を済ます結梨。
「……名前、思い出せないの?」
「はい……頭、重くて」
そう告げる少女は、嘘を言っているようには見えない。
「寝床、案内してあげてくれるか?」
「……涼君も寝るんだよ」
釘を刺されて、その強い目線に唾を飲む。
「まぁ、ほっとしたかな」
その顔が、にやっと笑い、緊張の糸が切れる。
「話は朝にしよう。とりあえず、寝るか」
「おっけー。大丈夫、毛布の余分あるから」
まだ状況を理解していないらしい記憶喪失の娘は、おずおずと微笑み、後ろをついて来た。
その姿には、どうしても妹の影がちらついた。




