18話 Destination
静岡県、浜名湖――。
ウナギの養殖で名の知れた湖は、穏やかな水面を光に晒している。
「ついた、のか……」
薄い感慨を一息に吐き出し、ゆっくりとした時間に体を馴染ませる。
「ここから、どうするの?」
「近場の避難所を探してみる。相手が何者かを確かめたい」
「……ワリとムチャ言ってるよ?」
「分かってるよ」
手がかりは、プリントされたメモ一枚。
――浜名湖で、待ってる。
この一文が、文面そのままの意味だとして、どこで誰を探せばいいのか。
「人を探さないと。できるなら、仲間が要る」
「まぁ、女の子だけじゃ不安だよねー。分かるよー」
「……別に信頼してない訳じゃないから」
分かってる分かってる、と軽く頷く彼女。父親が消えた時の狼狽ぶりが嘘のように、落ち着いた言動をしてくれている。
「感謝、してるよ」
それでも、その瞳には、前になかった影がある。
「分かってる。ウチだって、涼君に感謝してるから」
だからね、と彼女は続けた。
「この子のおんぶ、代わってもらってもいいかな?」
「……すみませんでした」
足手まとい、そう言われてもおかしくない眠り姫。
それでも、今の俺には必要なんだ。
「避難所になりそうな所ねぇ……どうだろ」
小さな体を俺に任せ、地図を広げる結梨。
父親の背負っていた荷物の大半を、1人で引き受けた。
彼のスタンガンや、好きだった缶詰。自分の私物を減らしてでも、それらを持っていくことを選んだ。
彼女にとって、それが良いことなのかは分からない。
でも、止める言葉は見つからなかった。
「分からないことだらけ、だな」
「……いきなり、どうしたの」
「思ったままの言葉だよ」
結梨のことも、那槻のことも。自分や、世界のことも。今の俺は、何も知らないんじゃないかって思ってしまう。
「変なの……近くだと、ここの小学校かな。行ってみる?」
「ああ。行きますか」
彼女が母親になんと伝えたのかすら、俺は知らない。
「ここか……」
「ゴメン、思ったよりちっちゃかったね……」
辿り着いた小学校は、確かに小さい学校だった。少なくとも、避難所になっているような気配はしない。
「ハズレかなぁ……」
「仕方ないって。中を一通り見てみよう。何かあるかもしれない」
もしかしたら、身を隠している人がいるかも知れない。
「……おっけ。いこっか」
職員玄関にまわると、鍵は開いていた。表彰状やトロフィーの飾られた廊下を歩くと、すぐに職員室が見えた。
息を殺し、扉を開け放つ。中は空っぽで、肩の力が抜けた。
「いいよ、入ってきて」
結局、那槻の世話は彼女任せだが、仕方ない。流石に先頭でレンチを振り回させる訳にはいかない。
「ふぅ……なんか、全然知らない学校でも懐かしいかも」
「小学校なんて、もうほとんど覚えてないな」
教師陣の私物も一部残っている。すぐに逃げ出したのか、感染して、発症して外に出たのか。
「がっ……こう」
目を覚ました眠り姫が、学校に反応する。そういえば、この子は小学生だったのか。
「他の部屋も回ってみる。そんなに広くないから、何とかなるだろ」
安全そうなら、寝場所にできる。
「はいなー。なーちゃん、いくよー」
アダ名に反応しない寝起きの那槻の手を引っ張り、人気のない廊下を歩く。
普段なら子供が走り、教師が声を張る、そんな日常が過ごされていたんだろうか。窓の外からの景色は何も変わらなくても、この小学校は確かに変わっている。
「変な気分だね……誰もいない校舎って。不気味だけど、なんかロマン感じるかも」
「その様子だと、小学校の頃から変わってなさそうだけど」
「失礼な」
頰を膨らます様子は、正に小学生のようだ。
「なーちゃんは、学校好き?」
「……ふつう」
多分、あんまり好きじゃないんだろうな。
「外でとか、遊ぶの?」
「ううん、本……読んでる」
「……へぇ」
多分、この2人は根本的に違う。
そんなくだらない会話をしながら、ある教室のドアを開けた瞬間、俺は見た。
1人倒れるその姿は、東京にいるはずの妹に瓜二つで。
「桜……!?」
その瞳は、開け放たれて虚空を覗いていた。




