16話 father
「缶詰ばっかり、飽きそう……」
「仕方ないだろ。腐るよりマシだ」
親子ゲンカが、平和に思える今。人気のないショッピングモールは、重い空気を漂わせている。
「……食べたいものとか、ある?」
「……特にないです」
缶詰の種類で口論になる親子と対照的に、俺と那槻はちまちまと物をリュックに押し込む。
「荷物、重くない?」
「このぐらいなら、大丈夫です」
荷物持ちをさせるつもりは無かったけど、本人が言い出したことなので止めにくい。この子もこの子なりに、助けてくれる。
責任は重いけど、今の俺にはそれが必要だ。
「おっさん、食料品はこれくらいでOKです」
「あー……ちょっと待ってくれ。このアホ娘が聞き分けがなくてな」
「お父さんが同じのばっかり取るからじゃん。好き嫌いが激しいんだから」
どうでもいいけど、早く終わらせてくれ。
「できるだけ急いで下さい。あんまり長居したくない」
「おう……すまんな」
ようやく現状を思い出したかのような表情に、思わずため息が漏れた。
「涼君からも言ってやってよ。栄養バランス考えないとダメだって」
「……三大栄養素は?」
「……なにそれ?」
たっぷり3秒、目をぱちくりさせて彼女は答えた。栄養バランスが聞いて呆れる。
「家庭科でやらなかった?」
「知らなーい。家庭科とか、おばさんのキンキン声しか覚えてないや」
そのキンキン声で必死に知識を説いていたはずなんだが。
「ウチ、料理はそれなりにできるつもりなんだけど……」
「……涼、こいつの料理は食わない方がいいぞ」
結梨の気を引いている間に、おっさんはしっかりと自分好みの食料を集めたらしい。
「昔の話じゃん!失礼なんだから」
どちらにしても、この先料理の腕を振るう機会があるとは思えないけど。
「……行きましょうか」
「そうだな」
「ちょっと。無視しないでよ」
那槻の手を引いて歩き出すと、絡むように追いかけてくる結梨。娘を黙らせようとするおっさん。
何故か、とても居心地がいい。
「結局、一体も出会わなかったな」
「運が良かった……んですかね」
感染者が何を思い、どんな行動をするのか。今の俺たちには分からない。
「生存者に会えるんじゃないかっていう期待はあったがな」
あの黒く淀んだ空気は、極度の緊張がもたらした感覚だったんだろうか。
「……生存者どころか、感染者にも会わない。何か嫌な予感がします」
――誰かが、狙ってやっているとしたら?
そんな意味のない想像も、したくなるくらいには信じられなかった。
「確かに、ゾンビ物は大体、大元の原因は人間だからな」
結局、人が1番恐ろしい。よくあるパターンだ。
「今の俺たちじゃあ、分からんさ。これが罠だったとして、退く場所はどこにもないんだ」
後ろを歩く、2人の少女。
「お前じゃないが、進むしかないのさ。目的があるだけマシってもんだ」
彼女たちは、何を思っているのか。
戻れない過去、平穏な日常。昔、一度はずり落ちた世界に戻れたと思ったのに。
「……気になるか?」
「俺が最後尾をいった方が、安全かと」
「そりゃそうかもな。だが、俺はお前と話したい」
娘を危険に晒してでも、俺と話す真意は何だ。
「お前は核爆弾みたいなもんだ。頼りになるが、下手をすれば俺の日常が狂っちまう」
すでに狂った日常で、その言葉は馬鹿げて聞こえた。
「ああ、狂ってる。狂ってるとも。いいじゃないか。ずーっと自然に流れていくなんて、面白くない」
言動が支離滅裂だ。
「俺は、お前のことが分からない。普通のガキかと思っていたら、あんな冷たい眼をするんだ。理解の範疇を超えてるんだよ」
俺が、分からない――?
「でもお前ぐらいしか、頼れる奴も、いないからな」
呼吸が荒い。目に見えて、彼に異変が起こっている。
「なぁ涼。頼まれてくれるか」
「……何を」
――あいつを。
そう言い終わる前に、彼の身体は乾いたアスファルトに崩れ落ちた。
無機質な音が、静寂の中、やけに響いて聞こえた。




