15話 family
「涼、すぐに寝るか?」
見張りの交代の時、おっさんが声をかけてきた。
「……何かあるんですか?」
娘の結梨といいこのおっさんといい、今日は不安なのだろうか。仕方ないとも思う。命の危機を感じたのは初めてかもしれないのだから。
「さっきは、助かった」
「間に合って良かったです」
まだ死んでもらっては困る。
「スタンガン、効かなかったんですか?」
「咄嗟にな、人に見えちまったんだ」
人だろうとバケモノだろうと、危害を加えて来るなら同じだと思うが。
「人に当てれないんじゃ、持ってる意味ないじゃないですか」
「まぁ……その通りなんだけど、よ」
――俺が、異常なのだろうか。バケモノと割り切って、無造作に殺せる俺が。
「正直に言おう。あの瞬間、俺はバケモノよりお前がおそろしかった」
……俺が、恐ろしい?
「俺が、どちらかと言えば人間嫌いの俺でさえ、スタンガンを当てるのに躊躇した。なのに、お前は……」
「……生きるためです」
「それは分かってるさ。だが……」
あんたが臆病なだけなんじゃないか、と言いたくなるのを必死に抑える。
「死ななかったことを、喜んで下さい」
息を飲む音が聞こえた。表情を見る気になれず、冷たい大地に目を落とす。
「……ただもんじゃねぇな」
それでも俺は、人間だ。普通じゃなくたって、人間だ。
「俺の妹の話、してもいいか?」
「突然、なんなんですか」
「結梨から聞いたか?」
「亡くなったってことは……」
昔のことだって言っていたが。
「もう20年近く前だな」
夜空を見上げて、おっさんは言った。感傷に浸るには、少し雲の多い夜空だが。
「ある日いきなり、いなくなった。失踪したとか、そういう意味じゃなくて、あっさり消えちまった」
きっと、かわいがっていたんだろう。
「俺は、あいつの為に生きていたって言っても過言じゃない。できるだけのことをしてやりたかった」
このおっさんの、生きる意味だった妹。
「だけどな、いなくなってからは、自分は何をしてやれたんだろうって、思うんだ。全然何もしてやれなかった。そんな気がしてくるんだ」
その妹の為に、できたこと。
「……お前には、失う前に気づいて欲しい」
――那槻のこと、だろうか。俺の姪っ子。今の俺の、生きる意味。
「お前ができることをすべてしろ。それがきっと、お前自身も救ってくれる」
救われる。俺が。
「……努力します」
「それでいいさ。すまんな、眠いだろうに」
「……おやすみなさい」
目を閉じると、色々な思考や記憶が頭の中を駆け巡ったが、肉体の疲労はそれを溶かすように眠りへと誘ってくれた。
物資補給のため、大型ショッピングモールに寄ることになった。本来なら、朝から夜まで多くの客で賑わうであろう場所も、今では暗い。
「ゾンビにショッピングモールだ。思い出すもんがあるな」
おっさんは1人ご機嫌だが、できるだけ用は早く済ませたい。
「手分けしますか?」
「焦るな。4人で動いた方が安全だろう」
このおっさんくらい、アレを恐れている方が正しいのか。
「……分かりました」
「涼君はさ、何か急ぐことなの?」
結梨に問われると、すぐには返せなかった。
「そうじゃないなら、落ち着いた方がいーよ。焦ってもいいことないって」
俺は一体、何に焦っているのだろう。この事態が始まって以来、ずっと、招待の掴めない焦りに突き動かされている。
「ごめん」
「謝ることじゃないって。ウチらはウチらで、緊張感に欠けてたし」
昨日のことか。
「偉そうなコト言ってるけど、ウチもお父さんも、涼君に助けられてるから」
「そこは、お互い様だから」
まーね、と爽やかに笑う結梨は、眩しい。
「那槻ちゃんはさ、何か欲しいものとか、ないの?」
結梨に聞かれた那槻は、ふるふると首を振る。人見知りが激しい子だから、仕方ない。
「ウチ……嫌われてる?」
「まだ緊張してるだけだって」
会話がなかった初めのころが、少しだけ懐かしい。あのころに比べれば、俺もこの子も、ゆとりを持ててる。
「那槻、何か欲しかったら言っていいから」
「……大丈夫です」
昨日は結梨に預けっぱなしだった反動か、やけに足にまとわりついてくる。知らない人に馴染むのは、心底苦手なんだと実感した。
――そんな子が、俺のせいで、この世界で1人になったら。
きっと俺は、俺を許さない。




