13話 gate of the hell
「同行する。決めた」
ほらね、と結梨がそっと耳打ちしてきた。どっちが親なのか分からなくなってくる。そっと笑いを堪えるのに苦労した。
「ありがとうございます」
「ほれ、お前の荷物だ」
一応、荒らされた形跡はなさそうだ。
「あとは……これだ」
汚れた拳銃。あの時、俺は――。いや、今は考えるべきじゃない。
「俺が持っていて、いいんですか」
「俺はこんなもん持ちたくねぇから」
仏頂面で言ったおっさんに、強引に手の中に押し込まれた。
「お父さん、ヘタレだもんね」
「……ほっとけ」
握る刹那不安が走ったが、特に激しい発作にはならない。やはりあの時は、疲労がモノを言ったのだろう。
「それじゃ改めて……よろしく頼む」
「……よろしくお願いします」
「よろしくねー」
なぜ結梨は、こんなにあっさりと気を許しているのか。父娘とは言っても、違うものだ。
「出発前に、話しておきたいことがある」
「……どうぞ」
「現在地は、ここ」
ご丁寧に、紙の地図を持っているのには驚いた。
「お前の目的地まで、直線で50〜60ってとこだ」
フルマラソンプラスαってところか。
「徒歩だと、何日くらいですか?」
「あくまで直線距離だからな。しかも、俺たちは子供づれだ」
正確に言えば、あんた以外全員子供だ。下手すると、あんたも子供だ。
「夜中の見張りは、俺とお前がメインだって考えると、体力的にも1日の移動距離は長くない」
一回倒れた自分には、耳が痛い話だ。
「途中でアレと会う可能性も考えないといけない。楽な旅じゃない」
楽じゃないことくらいは、分かっていたつもりだったが。
「まぁそんな暗い顔しないでさ。なんとかなるよー」
心底、能天気な人だ。父親の表情が不安で染まっているにも関わらず、あっけらかんとしている。
「……見ての通り、娘はアホだ。」
「……はぁ」
「だから、正直……お前が頼みだ」
すがるような目の父親を後ろに、初冬の青空を眺める、彼女がいた。
4人での行動は、思った以上に気が楽だ。
周囲には、人の姿はもちろん、感染者の姿すらほとんど見当たらない。この辺りにいるはずの人間は、一体どうなっているんだろうか。
「……ひとつ聞きたいんだが」
「なんですか?」
「お前の背中のは、リュックじゃなくて、あの娘だよな」
本日もよく眠っていらっしゃいます、眠り姫。
「まぁ、疲れたみたいですね」
俺が倒れて以来、まだ話せていない。
「疲れているのはわかるが、せめて自分の足で歩けないのか……」
「その内起きます。大丈夫です、背負わせたりしませんから」
きっと、怖くて、泣いて、心配してくれたんだろう。そう思うと、背負うくらいのことはしてあげたくなった。
「えー、ウチもおんぶしたいー」
「お前はちょっと黙ってろ。結梨」
「まぁ機会があれば……よろしく」
おっさんと俺、2人に否定された少女は、ぷーっと頬を膨らませた。本当に感情表現が豊かで羨ましい。半分は皮肉だが。
「お前、倒れるんじゃねえぞ」
「大丈夫です」
ある程度、心休まる時間さえあれば。
「涼君はさ、高校生だよね」
「ああ、はい」
「すごいねぇー。ウチ高校行けなくってさー」
家庭の事情だろうか。
「笑ってくれや。全部落ちやがったんだ」
そっちか。
「まぁ、そういう時もあるかと」
「だよねー!大丈夫大丈夫ー」
楽観的すぎるのも問題だな。
「なんでこんな子供に育ってしまったんだろうな……」
「お父さんもお母さんも、それなりに頭いいんだけどねー。ウチだけ全然でさ」
どの辺の劣性遺伝なんだろう。
「お母さん……てのは」
「ああ、東京にいるの。それに会いに行くんだ」
「なるほどね……」
目的は、母親との再会か。この様子だと、連絡も取れているんだろうか。
「おい涼、双眼鏡貸してくれるか」
「あ、どうぞ」
おっさんはどうやら、遠景が気になるらしい。
「ねぇ、スポーツとかやってたの?」
娘はどうやら、俺の私生活が気になるらしい。
「こっちに来る前は野球やってた。東京にいた頃にね」
「東京にいたんだ!うらやましいなぁ……」
そんなに良いところでもなかったと思うけど、やはり地方の人からすると憧れなんだろうか。
「こっちに来たのは、家の事情とか?」
「まぁ、そんなもん」
あんまり深入りされたくないので、適当に答えてしまった。
「おい涼。ちょっとこっちに来てくれ」
「何かありました?」
「見てみろ、あれが何かわかるか」
そう言われて双眼鏡を覗くと、その先には人の死体らしきものが転がっていた。
「やられたのか……?」
「分からんが、死んだらアレになるんじゃないのか」
「いえ、アレになるのは、繭の状態を経過してからです」
「繭……だと?」
できる限りの情報は、共有しておいた方がいいだろう。
「前にいた避難所でみました。人が外側から硬化していって、最後にそれを破ってバケモノが出てくる」
「気色悪い……!」
心底忌々しそうに、おっさんが呟く。
「あれが繭なのか、ただの死体なのかは……どちらにしろ、近づかない方がいいと思います」
「くそったれ。死体はひとつだけじゃねぇ。家の中にいる可能性もある。どこを通っても安全じゃねぇ」
確かに、少し動かせばまた別の死体を見つけられる。出来れば見つけたいものではないが。
「回り道しますか?」
「焦る旅路じゃないが、もし時間をかけてだ。お前が言うように……羽化したらどうする」
数が増える前に、突破する気か。
「危険ですよ」
「分かってるさ」
そっちがその気なら、やるしかない。目線で応じると、おっさんも頷いた。
「結梨、ピクニック気分もここまでだ。くぐり抜けるぞ」
「うん……分かった」
おっさんの言葉に神妙な面持ちに変わった少女は、それでもなお、余裕を見せていた。
「涼、お前が1番後ろだ。俺が先に行く。あとその娘を起こせ」
「……分かりました」
顔を軽く叩くと、意外とあっさり目を覚ました。
「この人と行動するんだ。いい?」
こくん、と頷いた那槻を、結梨に預ける。
「……お願いします」
「任しといて」
空になった右手に、レンチを握る。
「……準備OK」
無謀かもしれない、無茶かもしれない。それでも、前に進むしかない。




