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第四話 髭もじゃホームステイ

「…………」


 ポリポリ


「…………」


 ポリポリポリ


 髭モジャが居心地の悪そうな顔をして椅子に座っているのは慣れない木製の椅子のせいではなく、婆ちゃんが朝ご飯のタクアンをポリポリ食べながら興味津々(きょうみしんしん)な顔をして髭モジャの顔を真正面から見詰めているせいだろう。


「もしかしてお口に合わんかね?」


 なかなか手をつけない朝ご飯に婆ちゃんが心配そうに髭モジャに声をかけた。まあ確かに見掛けが金髪だからな、食パンとハムエッグのほうがまだ良かったかもしれない。だがそこがマイペースな婆ちゃん。いつもの通りに糠漬けと白米、そして野菜たっぷりの味噌汁を出してきた。まったくもってブレていない、すごいぞ婆ちゃん。


「最近の外人さんは味噌ソープとか言って喜んで食べるらしいんだがねえ」

「婆ちゃん、それを言うなら味噌スープだよ。味噌の石鹸はさすがに日本にもないと思う」

「ああ、スープか。味噌スープな、野菜もうちの畑でとれたものばかりで美味いよ、食べてみなさい」


 優し気に言っているはずなのになぜか逆らうことを許さない口調に聞こえるのはどうしてなんだろう。


「モジャさんにはおはしよりもスプーンとフォークのほうが良いと思うよ、婆ちゃん。さすがに初っ端からはしは難しいと思う」


 そう言って食器棚からスプーンとフォークを出して髭モジャの前に置いた。そして婆ちゃんに聞こえないように声を落として髭モジャにささやく。


「大人しく食え。婆ちゃんに逆らうと生きてトイレの国に帰れないと思ったほうが良いぞ」

「私の国はトイレではないというのに。しかしそんなに恐ろしい未亡人なのか。領民はさぞかし苦労をしているだろうな」


 領民とかいつの時代の話だよ。日本でそんな言葉が使われていたのは江戸時代とかそんな時代だぞ?


「婆ちゃんは行儀の悪いヤツが大嫌いなんだよ。それ以外はいたって普通だ、と思う」

「……私の方が偉いはずなのに」

「王様だかなんだか知らないけど昨日の晩、外に放り出されて警察を呼ばれなかっただけでもありがたく思え。うちの婆ちゃんは若い頃に近所で偉そうにしていた軍人さんを二人ばかし田んぼに投げ入れたらしいぞ?」


 その言葉にギョッとした髭モジャはおずおずとスプーンを手にした。そして味噌汁のわんを手に取ると恐る恐るといった感じで一匙ひとさじ、ナスとカボチャをすくい上げて口に入れた。そしてすぐに目を見張る。


美味うまい」

「そりゃそうさ。朝一に畑からもいできた野菜だからねえ。それに味噌はお隣さんの手作りだ。漬物(つけもの)も美味いから試してごらん」


 髭モジャは言われるがまま漬物も口にした。婆ちゃんを怒らせるなとは言ったがそんなに素直に食うのも問題なんじゃないかと思う。王様というなら毒見役どくみやくとかいたりするんじゃないのか? まあそんなの近くにいないから呼んでこいと言われても困るんだけどさ。


「変わった味のピクルスだな。だが酸味が強くないので食べやすい」

「そうかそうか。モジャさんは浅漬けのほうがお好みか。ならここにいる間は浅漬けを出すことにしよう」

長期滞在ちょうきたいざい前提ぜんていとか」


 そういうわけで髭モジャはとりあえず無事に婆ちゃんから客人として扱われることになった。


 しかし白飯はなんともしようがないらしく、そのあたりは妥協案として髭モジャの主食は米でなくパンにすることになった。おかずが和食でその横にパンというのもどうなんだろうと思ったが髭モジャにとっては些細ささいなことらしい。自分のことを王様だと言い張るぐらいだからもっと食に対して口煩くちうるさいのかと思っていたのだが意外だった。


 そして朝ご飯を食べ終わった後はトイレの前でなんとか金ぴか宮殿につながらないものかとあれこれと試行錯誤(しこうさくご)してみることになった。


「どんな格好だったかな、こんな感じか?」

「……」


 私が髭モジャがしていたポーズを思い出しながらやってみる。


「おい、私じゃなくてあんたがしなきゃ意味がないじゃないか、ほら、やってみろよ」

「……いや、見られているとな」


 そう言いながら私の後ろに視線を向けている。振り返れば婆ちゃんが不思議そうな顔をしてこちらをながめていた。


「二人してなにをやってるんだね」

「ああ、婆ちゃん。モジャさんちの国では朝と晩にトイレの前で神様にささげる踊りを奉納ほうのうするのが習慣らしいんだ。珍しいだろ?」


 我ながら苦しい言いわけだ。


「ほお。トイレに神様がいるというのは日本だけではなかったのか。もじゃさんは信心深いお方なんだねえ」

「で、人に見られるのはあまり好まないらしい」

「そうかそうか。じゃあ見ないでおくとしよう。亜子もこっちに来ていたほうが良いんじゃないのかい?」

「あー……私はモジャさんちの古いしきたりを今年の夏の自由研究にさせてもらおうかなと思って。な、モジャさん!!」


 そう言いながら返事をためらう髭モジャの足を踏みつけた。


「!! あ、ああ、そうだな、なにごとも探求心は大切だ」

「そういうわけでこれから奉納する踊りのかたちを学ぶんだ」

「そうかそうか。モジャさんのおつとめを邪魔しない程度に頑張りなさい。婆ちゃんは田んぼに行ってるから」

「あとで手伝いに行くよ。モジャさんも日本の水田すいでんに興味があるらしいから」

「ゆっくりおいで」


 そう言って婆ちゃんは出掛ける準備をして玄関を出ていった。


「さあ、これで心置きなく変なかっこうができるだろ、ガンバレ!!」

「私がするのか?」

「当然だ。あんたがあのポーズをとるとつながるらしいからな。だがこっち側でそれをしても効力があるかが問題だ。もしかしたら違うポーズでないと駄目かもしれないし」


 それから三十分ぐらいはあれこれと試してはドアを開けてみた。だがあいかわらず我が家のトイレはトイレのままだった。あまり開閉をしまくるとドアの蝶番(ちょうつがい)が壊れるかもしれない。その時は髭モジャに修理代を請求しなければ。


「やはりあっち側で変なポーズをしなきゃ駄目なのか」

「だから変なポーズとか言うな」

「どう考えても変なポーズだろ、こんなの」


 そう言って最初に見た時のポーズをまねてみる。とたんに髭モジャはイヤそうな顔をした。


「その格好をするのはやめろ」

「なんだよ、自分でも恥ずかしいのか。だったらなんでこんなポーズとったんだよ。まったく大人っていうのはよくわからない生き物だな」


 とにかく、こっちで髭モジャがこのポーズをしても駄目なことは分かった。


「こうなるとあっちにいる誰かがドアを開ける方法を見つけてくれるのを待つしかないよな。あの目つきの悪いお兄さんがなんとかしてくれれば良いんだが」


 髭モジャがその場に崩れ落ちて両手を床を叩いた。まったく。言うこともやることもいちいち大袈裟(おおげさ)なんだよな、こいつ……。


「忘れていた、絶対にしかられる。半日はあいつの嫌味を聞かされ続けることになる……」

「あー……そんな感じだよなあ、あの顔。てか気がつくかな、あんたがいなくなったこと」


 たしかにバッサリとは言わずにチクチクと言いそうな顔はしていた。


「朝になって私の姿が見えないと分かった時点で大騒ぎだろうな。帰りたくなくなってきた……」

「いやさっさと帰れって」

「ヤツの嫌味を聞かされる身にもなってみろ」

「あんたが大人しくしてないからだろ。鏡の前であのポーズをしなければこんなことにならなかったじゃないか。好奇心は身を滅ぼすってことわざを知らないのか?」

「……」


 どうやら図星だったらしい。


「ところでさ、なし崩しにモジャさんって呼び名になってるけどそれで良かったのかな? ちゃんとした名前で呼んだほうが良くないか?」

「いや、もういまさらだ。今のままでかまわん」

「そっか。だったらここにいる間のあんたの名前はモジャさんな」


 もしかしたらモジャとさして変わらない名前なんだろうか?

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