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主人

 しん、と世界から音が消えた。

耳が遠くなったらしい。

ぼんやりしていてよくわからなかったが、何やら変なことを言われた気がする。

頭の中でもう一度リフレインする。

——私のご主人様になってください...ください...ください.......。

一拍遅れて、理解した。

ふぅ・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

って、はぁっ!?


「ごご、ご主人様!?」


「はい! ぜひ、私のご主人様にっ」


「いや、いやいやいや」


「お願いします! 何でもします!」


 ぺこぺこと何度も頭を下げてくる。

頭をあげる度にアリスの髪がべちぃ!っと俺の頬に当たって痛い。


「お、落ち着けって」


「なってくれますか!?」


「いや、おかしいだろ!」


「どうしてですかっ」


「だって、アリスは奴隷が嫌でモジャ髭から逃げ出したんだろ? なのに、何でまた自分から奴隷になろうとしてるんだよ」


「それは・・・」


 アリスは口を噤んだ。

唇をきゅっと結んで俯き、ドレスの裾を握りしめた。


「わ、私は」


 まるで叱られた子犬のように、下をみながら話しだす。


「私は帰る場所がどこにもありません・・・。あの人から逃げ出したのは、扱いが酷くてどうしても耐えられなくなったからです」


 自分を抱きしめるようにして、白い腕にできた痣をさする。


「でも、私は子供だから一人じゃ生きていけません。お金もないし、家もない。だから、誰かに助けてもらわないとダメなんです」


「けど、俺だってあいつと同じことするかもしれないだろ?」


「そうかもですけど・・・。でも、オーツキさんのことは信じられる気がするんです」


「会ったばっかの他人だぞ」


「オーツキさんだって、そんな私のこと助けてくれました」


「俺はっ・・・」


「同じですよ」


 微笑んで、そして目を閉じる。


「それにオーツキさんだったら、あの人にされて嫌だったことも、耐えられると思うから」


 ぎゅっと腕を握りしめて、アリスは力強く顔をあげた。

決意を秘めた空色の瞳が俺をみた。


「オーツキさん、あなたに私の全てをあげます。だから、代わりに私を助けてください!」


 そう言って、勢いよく頭をさげた。

俺は——。


「断る」


「な、なんでですか!?」


「なんかイヤだから」


「そんな理由でっ!?」


 個人的に不快に感じる。

確かにそれもあるが、他の理由もある。

利害関係が一方通行で一致しないのだ。

アリスは俺に経済力を求めているようだが、何を隠そう俺は無一文だ。

粘られるのも面倒なので、ここははっきり真実を言って、そして嫌われてしまおう。

そうすれば、俺に拘ることもなくなるだろう。


「実は俺さ、異世界からきたんだ」


「.......はい?」


 言ってやった。堂々と言ってやった。

ほっほ、目が点になっておられる。

俺は構わずぺらぺらと話しはじめた。


「前の世界で事故に遭ってさ、目が覚めたらここだったってわけ。俺の世界には魔法なんてミラクルな物もなかったし、奴隷も...まぁ俺の国にはいなかった」


アリスは石のように固まったままだ。

いいぞいいぞ、と思いながら続ける。


「要するにさ、俺の奴隷になったところでいいことが一つもないんだよね。生活どころか、ここがどこなのかさえ知らないんだから。金もないし、家だってないよ」


 アリスは何と言っていいか分からないように、視線をうろうろさせて押し黙っている。

頭のおかしい男と思っているに違いない。

俺は満足気に頷いた。

こいつは役に立たないと理解してくれれば、俺に拘ることもないだろう。


「あのっ、えっと......」


 遠慮がちにアリスが口を開いた。

そして、俺の予想に反したことを言った。


「何か証拠はありますか?」


「え?」


「証拠です。異世界からきた証拠。オーツキさん、私に付き纏われるのがイヤで、嘘ついてるのかもしれないです」


 嘘は言っていないのだが「嫌われたい」と言うこちらの狙いを的確に把握していた。

意外に賢い。

次の手を考えていなかった俺は、慌てて何かないかとポケットの中を弄った。

指にスマホが当たる感触がした。

これだ、と頭で電球がピコンと弾けスマホを取り出す。


「ほ、ほら、これはスマートフォンだっ!どうだ、この世界にはないだろ?」


 水戸黄門の紋章の如く、スマホをアリスに突きつける。

そもそもスマホがこの世界にあるのかないのか、それも知らないのだが。

「科学の世界では魔法がなく、魔法の世界では科学がない」と相場は決まっているのだ。

......多分。


「な、なんですかこれは......!?」


 アリスは驚きで目を丸くし、スマホに見入っていた。

よし!と心の中でガッツポーズを作る。

ぶっちゃけあったらどうしようと内心ヒヤヒヤしていたとは言えない。

調子にのった俺は、得意気に解説をはじめた。


「これは”科学”によって作られた文明の利器スマートフォンだ。なんとこれ一台で家計の管理、手帳、目覚ましとありとあらゆることが可能だ。どうだ凄いだろ?」


 自分で作った訳でもないのに威張ってみる。

アリスは恐る恐るといった感じに腕を伸ばし、ゆっくりと手に取った。

あらゆる角度から眺めはじめる。


「こんなの、見たことありません.....手触りも。科学なんて、おとぎ話だと思ってました」


 唖然とした様子で呟いている。

やはりドラ○もん知識は正しかったらしい。

俺は安堵の息をついた。


「ど、どうだ。これで分かっただろ? 俺が異世界からきたって。つまりだ、俺と一緒にいても——」


「異世界からきたなんて凄いです! 感激ですっ!」


 握手してください!と言い出しそうなアリスの感嘆の叫びが俺の言葉を遮った。

乙女のようにスマホを胸に抱き、瞳の中に星を輝かせ、鼻息荒く俺を見つめている。

あららぁ........。

何だか予想と違うなあ!


「いや、あれ? そうじゃくってさ。俺といても何も得しないよって、ね?」


「得だとか損だとか、こんな時にそんなつまんないこと言ってどうするんですか! 異世界ですよ、大発見ですよ!」


「そこじゃねぇっ、今注目して欲しいのはそこじゃねぇ!」


「いやぁー実は私、最初からオーツキさんのことは”むむむ、タダものじゃないぞっ”って思ってましたぁ!」


「嘘つけッ」


「涎の垂らし方がなんか大物っぽかったです!」


「忘れてたのに思い出させるなよ!」


  てかなんだよ大物っぽい涎の垂らし方って。

何か色々面倒くさいことになっている。

昔から知ってたぜ自慢を始めているアリスの話を打ち切り、俺は言った。


「アリス聞けよ。俺は一緒にいても役に立たないってば」


 真面目なテンションに、ふっと静かになるアリス。


「・・・オーツキさんが異世界からきたばかりで、お金がないのはわかりました」


 そっと目を閉じる。


「それでも一緒にいてください」


 意味が分からない。


「何でだよ? どうしてそこまで俺なんかに拘るんだよ?」


「・・・・・・・・・オーツキさんが悪いんです」


「へ?」


「・・・い、一度餌をあげたら、最後まで面倒みなきゃダメなんですよっ!」


 わかるようなわからないような理屈だ。

んー、どうしようかな。

アリスといても俺は役に立てない。

でもそれを知った上で、アリスは俺といたいと思ってくれているようだ。

俺も正直、知らない世界に一人でいるのは不安だ。

それなら・・・・・・よし、決めた。


「俺達の関係は対等だ。それなら、一緒にいてもいい。奴隷と主人の関係なんて息がつまる」


 アリスの目が丸く見開かれた。

数秒固まり、これまで作っていた防波堤が崩れたように顔をくしゃりと歪ませて俯く。

小さな唇から、ポツリ、ポツリと雨粒のような嗚咽が零れた。

やがて顔をあげて、アリスは泣きながら笑った。


「なんだか、久しぶりに人の優しさに触れました」


 赤い靴に、空色の海から流れた透明な雫が落ちた。

その時の彼女の笑顔は、まるで一枚の写真のように綺麗だったと思う。




〜死闘の奴隷物語は、ここから始まる〜

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