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決意

「ど、どうして・・・」


「くっく、バカが。追跡魔法があるんだ。逃げ切れる訳ねぇだろ?」


 『追跡魔法』。

アリスも魔法がどうたら言っていたが、どうやら頭がお花畑という訳ではなかったらしい。

この異世界には本当に『魔法』なんてものが存在するようだ。

モジャ髭男はドシン、と音をたてて恐竜の背中から降りると愛竜の尻を叩いた。

訓練されているのか、恐竜はそれを合図に離れた場所へ移動し、一定距離を保って留まった。

それを見届けて、モジャ髭がアリスに向き直る。


「さぁて、何か言い訳はあるかぁ?」


 アリスはびくりと肩を振るわせ、怯えたように俺の後ろにくるりと隠れた。

そして、どんっと俺の背中を突き出すと言った。


「わ、私に手をだすとこの人が許しませんよっ!」


 押された俺はトンと一歩前にでて、自然と対峙する形になった。

モジャ髭の目がギロリと睨む。


「あぁ? なんだぁ、てめぇは?」


「・・・・え、えぇっ!?」


 生け贄じゃねぇか!

アリスの奴、人を盾にしやがってッ・・・後で覚えてろよ。


「・・・お、俺はオーツキだっ。あんたは?」


「オレはこいつの主人だ」


「・・・主人?」


「つまりこいつは、オレの奴隷だ。逃げ出しやがったんで遠路遥々捕まえに追ってきたって訳よぉ」


「ど、奴隷だって?」


 現代では聞き慣れない単語に、後ろで小さくなっているアリスを顔だけで振り返る。

アリスの服には襟がついており、首元がやや隠されていた。

今の密着した位置からは、その襟と首の隙間がみえた。


そこには確かに華奢な首には不釣り合いな、奴隷の如き無骨な首輪が嵌め込まれていた。

蛇の形をしていて、尻尾を噛むようにぐるりと首回りを一周している。

しかし、噛んでいるのば尻尾ではなく、ビー玉サイズの灰色の玉だった。

口を大きく開き、鋭い牙で獲物を食べるように丸ごと玉を含んでいる。

何となく嫌悪感を感じさせる、グロテスクで禍々しいデザインだった。

まるで、蛇が魂そのものを加え込んでいるような——。


 くっくっく!と狂気的な笑いが走る。

モジャ髭の目がアリスを捕らえて危険な興奮に瞬いていた。

怒りと楽しさを同時に含んだような、嗜虐的な高揚に口元を歪めている。


「主人に歯向かった罰だ。たっぷりお仕置きしてやらねぇとなぁ?」


 アリスの体が小刻みに震え、顔は青く染まった。


「や、やめてっ・・・」


「今更遅せぇんだよ!」


 バッと粗野な腕をアリスに向けた。

俺を挟んで離れているので、その腕がアリスに届くことはない。

何してるんだコイツ・・・?

そう訝しがってみていると——。


「イヤぁああああああああああああああ!」


 アリスの悲鳴が、空を貫いた。


「な、なんだっ!?」


 太陽が雲で隠れたように周囲の明るさが一段階暗くなった。

アリスの首輪についてる玉から、灰色の濁った輝きが水のように溢れ出す。

流動的な光は胸辺りを覆って、身体に纏わり付いていた。

アリスは苦痛に顔を歪めて、裂けるような悲鳴をあげ続けた。

金髪を振り乱して恥も外聞もなく地面を転げ回っている。

いったい何が起きてるんだ??

はっとしてモジャ髭を見る。

鼻息荒く伸ばされた腕は、まるで念じるかのようにアリスに向けられている。

まさか、これが魔法か!?

俺は慌てて、目の前に伸ばされた腕をパシィッ!と弾いた。

直後、灰色の輝きが引いていき明るさを取り戻していく周囲。

同時にアリスも大人しくなり、そのまま地面にぐったりと倒れたまま動かなくなった。


「アリス!」


 駆け寄ると、意識があるのかはわからないが胸は浅く上下していた。

とりあえず、大丈夫そうだな。


「ん?」


 ふと、細い腕が目に入った。

アリスの服は、袖が手首まで伸びているワンピースだ。

その袖が地面を転がった拍子に肘の部分まで捲り上がり、白い肌が露出している。


「こ、これは・・・」


 そこには、暴力によるものと思われる無数の痣があった。


更に肩まで袖をあげると、点々と付け根まで続いている。

捲れたスカートから覗くすらりと伸びた足にも、同じく痣が出来ている。

紫色の花が咲き乱れ、アリスの全身を呪いのように蝕んでいた。

怒りで頭が赤く染まる。

・・・・・・あいつが、やったのか。


「人様の手を叩いた上に、なんだぁその目は?」


「お前、何様のつもりだ」


「はっ。ご主人様だ」


「ふざけんな! 心は痛まないのかって聞いてんだよっ・・・!」

 

 吐き気がする。

俺の人生は喜びや幸せと縁がなかったが、同じくらい悲劇とも不幸とも縁がなかった。

『少女を殴る男』など、テレビ画面の向こう側の出来事だったのだ。

熱くなる俺と対照的に、モジャ髭は馬鹿らしそうに白んで言葉を返す。

 

「オレの奴隷にオレが何しようがオレの勝手だろう。それに、これでもオレは優しいほうだぜぇ?」


「優しい? どこが?」


 アリスを顎でしゃくる。


「顔は綺麗だろぉ? 不細工な女だとヤル時に興奮しないからなぁ」


 プツンと、頭の中で何かが切れた音がした。


「殺す」


「くっく、言っておくが人の奴隷を盗ることは犯罪だぜぇ? つまりオレから奴隷を取り上げたらお前は牢獄逝きよぉ。赤の他人のために人生捨てる気かぁ?」


「・・・・・」


 逮捕。

現実的な言葉に怒りの熱が尻込みする。

夢から覚めるようにアドレナリンが引いていく。

 

 そうだよ。俺いったい、何やってんだ?

らしくなさ過ぎる。

これまでずっと、危ない道は避けてきただろ。

人との関わりあいから・・・逃げてきただろ。

何をこんなに熱くなってるんだ。

ましてやロクに知りもしない通りすがりみたいな他人のために。

異世界なんて訳の分からない場所に放り込まれて、他人なんか助けてる場合じゃない。

——見てみぬフリが、正解なんじゃないか?

 

「オーツキ、さん・・・?」


 アリスが薄らと目を開けた。

弱々しい声で俺を呼ぶ。


「アリス・・・」


 ——その瞬間、走馬灯のように前の人生が頭を流れ出す。

誰にも笑われず、誰にも指をさされない平穏な日々。

恥の少ない生涯だった。

でもその代わりに、何もない生涯だった。

捲っても捲っても、空白のページが続く毎日。

・・・もう、あんな虚しい日々は嫌なんだ。

今ここで逃げ出したら、俺はまたあの日々を繰り返してしまう。

そんな気がするんだ。

 

 手をぎゅっと握る。暖かい。

二度目の命は、この小さな体温を守るために使いたいと思った。


「俺に任せて、今は寝てろ」


 アリスの髪をそっと撫でて、ゆっくりと立ち上がる。

どうせ一度捨てようとした瑣末な命だ。

保身なんて、今更だよなあ!


「逮捕上等、嘲笑上等っ!」

 

 知り合って五分の女の子のために人生捨てたバカがいたと笑ってくれ。

賢く器用不器用に生きるのはもう飽きたぜ。

モジャ髭は中々に大柄で、腰にはナイフ。

対する俺は小柄で素手。

喧嘩経験ゼロ。人を殴ったことすら一度もない。

勝算なんてありゃしない。

だけど一度死んで、俺の中で何かが吹っ切れたらしい。


「悪くないな」


 こんな状況なのに笑えた。

自分で決めるのって、こんなに気持ちがいいのか。


「くっく、奴隷一匹のために人生捨てますってか? バカな野郎ぉだ」


「確かにな。でも例え馬鹿でも、お前みたいな畜生よりマシだ」


「畜生とは言ってくれるなぁ。 今『悪』なのはオレじゃなくて、人の奴隷を盗もうとしてるお前なんだよこの犯罪者がぁ!」


 モジャ髭は懐から警棒のような黒い棒を取り出した。


「人様の奴隷を奪おうってんだ。自分が奴隷にされても、文句は言えないよなぁ?」


 ぶくぶくと発煙筒のように、黒い煙が棒の先端から溢れ出した。

普通の煙と違い、それは空中で四散することなく男の周りに留まっている。

そして徐々に煙が集まり収束していき、段々と細く紐のようになり、やがてついには物体となった。

完成したのが、一本の黒い鞭だった。

モジャ髭の意志を反映するようにウネウネと気味悪く唸っている。

地面に垂れることなく重力を無視して宙に浮かび、まるで竜のようにモジャ髭の周りに漂った。

これが・・・魔法・・・!!


 ピシィッっと地面に叩き付けられ、甲高いゴングが響いた。


「お前も奴隷にしてやるよ、さぁ遊ぼうぜぇ!」


 黒い蛇が放たれた。

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