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アリス・リデル

 目が覚めたら天使がいた。

俺の頭を膝の上にのせて、柔らかい手で頭を撫でている。

寝ぼけ眼で、優しく微笑んで頭を撫でる天使をみつめた。

風に揺られてふわりと浮き上がる、黄金色の繊細な髪。

雨空をも晴れに変えてしまうような、透き通った空色の瞳。

絹のようにきめ細く、ピンクを帯びた白い頬。

木の下にいるようで、頭上で葉が擦れる音がした。

木漏れ日が頬に当たって暖かい。

目を閉じると、瞼の裏を赤く照した。

鳥が祝福するように綺麗な声で唄っている。

嗚呼、天国にきたんだ。

そう思った。


「お、おはようございます」


 天使が喋った。

やけにおどおどした天使だ。

緊張した面立ちで声がつっかえている。

さっきまでの天使っぷりはどこへやら。

黙っていれば神秘的なのに、と少し残念に思った。


「.........俺は死んだのか? ここは天国か?」


「て、天国? いえ、違います。ここは帝国アレーティアの商業街、ゾイロスの外れにある森の中です」


 なんだそりゃ?

まだ寝ぼけてるのかと思い、ぼんやりした意識を再び眠気に委ねようと目を閉じた。

そして自分にも笑う。なんだ天国って。

なんでそんなこと思ったんだ。

........なんで?

直後、急浮上する記憶。

目の前に迫る、真っ赤な車。


「うわ!」


「あたっ!?」


 跳ね起きたら、車ではなくおでこが目の前にありガンッと衝突した。

うぅっと天使が額を抑えてうずくまっている。

いや、よくみたら天使ではなかった。

背中に翼が生えていたり、頭上に光輪があることもない。

人間だった。当たり前だけど。

しかもまだ幼く、せいぜい14歳の少女と言ったところだろう。


「大丈夫か?」


「は、はいっ。大丈夫です」


 おでこを赤くして涙目で言われても説得力がない。

少女は裾がそれぞれ、手首足首まである丈の長い白いワンピースを着て、赤い靴を履いている。

襟のついた服で、ピンとたって首元が隠れていた。

少女は礼儀正しく正坐する感じで座っている。

この光景を傍から見たら、二人でピクニックしてるように見えるかもしれない。

とりあえず、俺は少女と向き合うように座った。


「えっと、キミはだれ?」


「私はアリスです! アリス・リデルっていいます」


 ぺこりと可愛らしく頭を下げた。

俺も自己紹介を返す。


「俺は大槻だ。大槻真二」


「オーツキ?」


 不思議そうに首を傾げる。

何か疑問に思っているようだが、こっちも聞きたいことは山程ある。

そう、何よりも一番気になるのは....。


「アリスは何で俺のことを膝枕してたんだ?」


 あれ、言ってみると凄く恥ずかしい。

っていうかアホっぽい台詞だった。

何のプレイだこれは。

アリスも顔を赤くしている。


「そ、それはっ.......つい.....」


「つい?」


「寝顔が可愛かったので」


 えへへっと言った感じに頭を掻く。

それだけで見知らぬ人に膝枕をするのも中々の度胸だと思う。

ちょっと変わった子なのかもしれない。

それに、自慢じゃないが「寝顔が可愛い」などと言われたのは人生初めての経験だ。

俺は照れ隠しもかねて頬をかきながら、顔をそむけて辺りを見渡した。


「ここは何所なんだ?」


「先程言ったとおり、ゾイロスの外れにある森の中です」


「どこだそれ?」


「へ?」


「だからさ、ゾイロスってどこ?」


 どうしたのだろう。

アリスの目が点になっている。


「あの、ゾイロスを知らないんですか? アレーティアで最も有名な街なんですけど」


「そのアレーティアってとこも知らないな」


「アレーティアも!?」


「あぁ、聞いたこともない。有名なのか?」


 小さな唇をパクパクさせている。

金魚みたいでちょっと面白い。


「あの.....オーツキさんはどこか外国の方ですか? 見慣れない格好ですし、名前も聞いたことない響きです」


「俺は日本出身なんだけど」


「ニホン.......? どこですかそれ.....?」


 今度は俺の目が点になった。

いや、アリスや周りの景色をみればここが日本ではないことは何となく分かっていた。

だから”日本出身”とわざわざ言ったのだ。

それに、ここが他所の国であれば日本を知らない人だって当然いるだろう。

しかしである。

アリスは日本語を喋っている。

だから俺は、留学やら何やらした経験があって話せるんだろうなぁと勝手に思い込んでいた。

だって日本語を話せるのなら、日本を知らない筈がないのだから。


「知らない訳ないだろ。現にアリスも日本語を話してるじゃないか?」


「えぇ!?  私、そんな言葉話してません。私もオーツキさんだって、話してるのはアレーティアの母国語、アリスティア語じゃないですかっ」


 困惑気味に俺をみる。

話がかみ合っていない。

俺もアリスもお互いに別の言葉を話し、同じ言葉と認識しているようだ。

脳がひっかかる感じがする。

なんだこれ、こんなことってあるのか?

俺はアリスからもっと話を聞くことにした。

疑問を一つずつ潰していく。


「アリスが見つけた時、俺はどんな状態だった?」


「気持ち良さそうに、涎を垂らして眠ってました」


 これは恥ずかしい。

ていうかよく涎垂らしてた奴を膝枕しようなんて思ったな。

何となく口の端を拭った。


「周りには誰かいなかったか?」


「いえ、誰もいませんでしたけど.....。あの、オーツキさん。さっきからオーツキさんは何を聞こうとしているんですか?」


「.....実はな。どうやって自分がここまで来たのか、そもそも何でここにいるのかさっぱり分からないんだ」


「え! もしかして頭をやられたんでしょうか!?」


「失礼な言い方だなぁオイ!」


「す、すみませんっ。ですが、魔術師にやられたならそう言うこともあるかと思って」


「はぁ? 魔術師?」


 俺はまじまじとアリスをみた。

アリスの見た目はメルヘンだ。まるでおとぎ話の主人公のように。

おとぎ話のような少女は、頭もメルヘンなんだろうか。


「オーツキさん.........まさか、魔術師も知らないっていうんですか?」


 アリスはいよいよおかしなモノをみる目で俺をみた。

まるでこっちの方が常識外れだと言わんばかりに。

俺は笑って顔の前で手をふった。


「はっはっは、冗談はやめろよ。魔法なんてものある訳ないだろ」


「しっかりしてください! 正気に戻ってくださいオーツキさんっ!」


 突然、アリスは俺の両肩を掴みガクガクと揺らした。


「ややややや、やめろって」


「っは! すいません、でも.....。あっ、そうだ。叩けば直るかも!」


 テレビじゃないんだから。

えいっと本当にチョップしようとするアリスの手首を捕まえる。

うわぁ腕細いなこいつ。


「俺は正気だって。おかしいのはアリスの方だろ」


「そんなことないですっ! 魔法の存在は常識です!」


「じゃあ、アリスは魔法使えんの?」


「うっ.....」


 言葉に詰まるアリス。

俺は大人げなくもニヤリとした。


「ほらほら、 魔法はあるんだろ? やってみせてくれよ魔法少女アリスちゅわ〜ん。みてたいなぁーボク」


 ニヤニヤしながら言葉を詰める。

アリスは悔しそうに上目遣いで睨み、唇を噛んだ。


「ま、魔法は誰でも使える訳じゃないんですっ。それくらい常識ですよ、常識!」


 じょーしき!じょーしき!と俺を指差してデモ隊のように繰り返す。

はいはいと軽く受け流しながら、ふと疑問が頭を過った。


「そう言えば、アリスはどうしてこんな森に一人でいたんだ?」


 周りをみれば一見するとピクニックに最適な丘だが、辺り一面が深い森で覆われている。

女の子が一人でウロチョロするような場所じゃない。


「それは・・・」


 アリスの顔に影がさして、言葉を詰まらせた。

何か深い事情がありそうだな。

聞いてもいいのか分からないため、俺は次の言葉を待った。

少し間を置くと、アリスは決心したように表情を固めた。

そして声を出そうとした——その時。


 森から怒声が響いた。


「い、今のは!?」


驚いて起き上がり、声がした方をみる。

そこには——。

ギョロリとした漆黒の瞳に、全身を覆う緑色の鱗。

どっしりと太い足に、短い手。

勾玉のような爪を持ち、太陽の光を反射して深く煌めいているその姿は。


「きょ、恐竜!?」


 バカな、と思考が現実を否定する。

テレビのドッキリか? 作り物か?

キョロキョロ辺りを見回しても、カメラマンは見当たらない。

 

 恐竜が動きだした。

その背中には、一人の毛深い男が乗って手綱を握っている。

モジャモジャの髭と髪を蓄え、ボロボロのローブを羽織っているホームレスのような風体の男だった。

恐竜はドシドシと草を踏みつけて丘をのぼり、目の前で止まった。

蛇のような細い鼻から吐かれる荒い熱を伴った息が、否が応でも生きていることを伝える。


 ここに来て、電撃が走るように唐突に俺は理解した。

死んだ筈なのに生きている俺。

知らない国に、知らない言葉。

噛み合ない会話。

そして絶滅した筈の生き物。

ここは——まさか。


「い、異世界・・・?」


 男が口を開いた。


「くっく、やっと見つけたぜぇ」


 視線の先には、顔を青くして立ち竦んだアリスがいた。


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