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短編・歴史もの

元皇太子妃より、かの男爵令嬢へ

作者: 悠井すみれ

 あなたに会うのはとても久しぶりね。十年以上になるのではないかしら。

 と言ってもあなたには分からないかもしれないけれど。本当のところ、会ったと思っているのは私だけ、物陰からあなたのことをのぞき見たというだけですものね。あなたと――夫が、一緒にいるところを。


 私、夫を少し慌てさせてやろうと思っていたの。十以上も歳の離れた女の子に入れあげてるって聞いたから――みんなが教えてくれたのよ、私は嫌われていたから。私が傷つくところが見たかったのね――、私が突然姿を見せたらどうなるかしらって思ったの。

 殿下、こんなところでお会いするなんて奇遇ですね、そちらのお嬢さんはどなたなの、って。

 でも、できなかったわ。あなたがとても可愛かったから。それは、夫の愛人にはもっと綺麗な女も洗練された女もいたけれど。あなたは若くて、生き生きとしていて。とても、輝いていた。


 比べて私はどうだったかしら。

 夫よりは幾つか歳下ではあったけど、それだけよ。夫と結婚できたのは、歳の近い王女が私くらいだったからというだけ。求婚するために私の国を訪れた時でさえ、夫はお気に入りの女優を連れていたくらいだもの。お義母様たちが私について何て言っていたか、あなたも聞いたことがあるんじゃないかしら。「正視に耐えない」ですって! それは、この世のものとは思えないほどお美しいと言われたあの方には及ぶべくもないけれど。


 とにかく、私は誰にも望まれていない妻だった。

 夫は愛人を切らせることはなかったし、お義母様は王宮中を巻き込んで私を虐めた。あの方も同じ苦しみを味わわれたそうだけど、立場が変われば変わってしまうものなのね。

 お義父様は……多分、私がお嫌いではなかったと思うけれど、それでも帝国の統治で手一杯だった。何よりお義母様をとても愛していらっしゃる方でもあるし。私の味方はいなかった。


 でも私、耐えられると思っていたの。夫も義母も、あなたのことも。


 夫婦なんてそんなものだと思っていたから。父と母も不仲だったし。父も娘の私たちを愛してはいなかった。植民地のことしか考えていなかった父に比べれば、政治的には何もしなかった分夫はまだマシでさえあったかも。

 形だけ整っていれば良いと思っていたの。我慢していたのは祖国でも同じことだったし。待ち続けて、帝位が夫のものになりさえすれば、私はこの大帝国の皇后になるのだと。

 あの扱いの代償に、皇后の座が相応しいものかは分からなかったけど。でも、もう少し人目を気にしなくても済むようになるかと思っていたわ。お義母様を見ていてね、どうしてあんなに気ままに振る舞えるのかしら、って不思議だったの。とても美しい方だからかもしれないけれど、もしかしたら皇后という並ぶもののない地位だからかもしれない、とも思ったのよ。

 私はお義母様とは全然違う種類の女だけど。保守的で、つまらなくて。だから夫に愛されないと言われていたのも知っているけど。でも、さすがに皇后になったら、もう少し――何ていうか、もっと堂々と振る舞えるのではないかと思っていたの。


 そう、私は諦めていたのかもしれない。夫が今誰と付き合っているのか、人伝てに知る生活に。

 新聞記者や市民たちの方が私よりも夫に詳しかったのではないかしら。劇場のバレリーナや悪名高い娼婦たち。夫の相手は幾らでもいたわ。お行儀の良くない遊び相手も、皇太子に相応しくない考え方のお友達も。私にはどうしても馴染めなかったけれど。……きっと、あんな人たちと付き合うのは止めて、なんて言ったのも良くなかったのでしょうね。


 あなたは沢山の中のひとつに過ぎなかったの。夫の愛人の中のたったひとり。一番新しくて一番若いというだけ。私が結婚を人生を諦めていた理由の中でも一番ささいなもののひとつ。

 あなたは私にないものを沢山持っていたけれど、私だってあなたにないものを沢山もっていたはずだった。神に誓った妻の座とか、王家の血筋とか、娘とか。ええ、私と夫の間にはとうとう娘しか授からなかった。でも大切な、愛しい娘よ。たとえお義母様と同じ名前を付けられても、自分の手で育てることができなくてもね。娘がいるからこそ、私の結婚は全くの無駄ではなかったかもしれない。

 あなたのことを聞いて、確かに愉快ではなかったわ。でも、そんな気持ちはあの頃の私が毎日のように味わっていたもの。あなたは私にとっては特別な存在ではなかったの、本当に。




 だから夫があなたを殺して自らも頭をピストルで撃って死んだと聞いて、私はとても驚いたわ。




 夫の死は――それだけなら、そうだったのね、って思えたかも。あの人にとって、この世界はあまりにも思い通りにならないことばかりだったでしょうから。

 でも相手があなただったのが信じられないと思ったのよ。だってあなたは夫の一番新しい愛人ではあったけど、一番のお気に入りではなかったから。


 あなたが答えてくれないのが残念で仕方ないわ。

 あの事件が起きた時、あなたは夫と知り合ってほんの数ヵ月のはずだったでしょう。どうして一緒に死んであげようだなんて思ったの? 夫は市民には人気があったそうね。若い女の子たちがこぞって憧れるほど。でも、憧れていたからって、皇太子だからって、殺されてあげるなんてことができるのかしら。

 それほどに夫を愛してしまったというの? 悲劇の物語のように、ひと目で命を懸けても良いと思えるほどの恋に落ちるなんてことがあるのかしら。


 私はそんな恋をしたことがない。だからあるのかないのか、はっきり言うことはできない。もしかしたらあるのかもしれない。けれどそれでもおかしいと思うのよ。


 どう考えても、あなたは夫のことを何も知らないのですもの。私だってそうだったでしょう、とでも言われるかしら。でも、愛されていなくても、気が合わなくても、考え方が違っても、私は夫の妻だったもの。あなたが知らないことだって知っています。




 例えば、夫の他の愛人のことをあなたはどれだけ知っていたのかしら。あなただけではないとは分かっていたでしょう。でも、あなたと過ごした最後の夜の前日に、夫がお気に入りの娼婦のところにいたことは? あなたの死に顔は微笑んでいたそうね。娼婦を抱いたばかりだと知っていたら、穏やかな気持ちで身を任せることができたのかしら?

 夫は最初はあの娼婦と死ぬつもりだったそうよ。でもあの女は冗談だと思って取り合わなかったのですって。それどころかあの女は警察に通報して私やお義父様の心労を増やしてくれた。ねえ、娼婦の代役に過ぎないと知っていてあなたは弾丸を受け入れたのかしら。それとも夫はあなたに最後の愛を誓ったの? だから全て許して受け入れる気になれたのかしら。


 他には、夫のお父様、皇帝陛下とのことよ。

 夫とお義父様は考え方も信じる道も違っていて、それは激しく対立していたの。私には夫の理想は突飛すぎたから、お義父様の肩を持ってしまうけれど。それに、夫のやり方も好きではなかった。匿名で皇帝陛下を批判する新聞や論文を出していたの。お父上と正面から向き合うのではなくて、実の息子に裏切られるご心痛は想像もしないで、持ち上げてくれるお友達と盛り上がっているのが楽しかったのではないかしら。

 いいえ、こんなことを思うのはやっぱり夫を愛していないからかしら。もしかしたら夫の考えの方が正しいのかもしれない。夫が言っていたように、いつか帝国も皇室もなくなって、新しい秩序の下に新しい時代が訪れるのかもしれない。でも、それはまた別の話。


 ――それで、あなたは夫の理想をどれだけ理解してあげたのかしら。


 あなたの出自のことは沢山聞かされたわ。成り上がりの男爵家で、お母様は良縁を得るために必死だったそうね。夫にも強引なやり方で近づこうとして、最初は皇帝陛下の不興を買いさえしたのだと。あなたのおじ様たちも、競馬を生業にする方々で――その辺りは、夫やお義母様はお気に召したかもしれないけれど。乗馬が好きな方たちだから。

 とにかく、そんなお家には似つかわしくなく、あなたは勉強家だったのかしら。夫のために、あるいは祖国のために外交政策を考えたりしたのかしら。それで夫の理解者になってあげた? 私が理解しようともしなかった新しい世界とやらを、夫と一緒に思い描いたのかしら。


 いいえ、それはなかったと思う。


 あなたの遺書の中身も人伝てに聞いたの。ご家族や友人に宛てたものを。そこには夫の理想を語る言葉なんてひと言もなかった。お父上にさえ理解されなかった、拒絶された怨みや憤りも、何ひとつ。ただ、愛する人と結ばれるという夢に満ちた言葉だけしか残されていなかった。




 それを聞いて、私は一層訳が分からなくなったわ。


 あなたが愛したという人は、妻も子もいる人だったのよ? この帝国の後継者、皇太子である方だったのよ? 地上で結ばれないことはさすがに分かっていたようだけど、天上ならばその夢が叶うとでも思っていたの?

 夫はあなたと同じお墓に入りたいと遺言していたわ。あなたも同じ気持ちだったのでしょうね。二人の間で楽しそうに幸せそうに語り合って決めたことだったのでしょうね。

 でも、どうしてそんなことが実際に書き残せたか分からない。皇太子が自殺、それも愛人と一緒に、なんて……叶うはずがないじゃない。許されるはずのないことよ。

 夫の死を取り繕うためにどれだけのことをしなければならなかったことか。残された私たちのことは欠片も考えてはくれなかったのかしら。


 夫の死がどんな風に伝えられるか、あなたはどこまで想像していたのかしら。堅苦しい皇室の決まりや目障りな妃――私に阻まれて結ばれなかった悲劇の恋人たちとでも言ってもらえると思っていたのかしら。惜しまれて哀れまれるとでも。確かに噂好きの下々はそのように語ることもあるようね。

 でも、家族――そう、愛がなくても義務だけで結ばれた冷たい間柄でも、私たちは確かに家族だった――にとっては。あなたはただの邪魔者、無礼者。私たちに理不尽な屈辱と悲しみを与えて苦しめただけの存在なのよ。




 あなたが夫と死んだ後のことを話しましょうか。


 夫の狩猟の館であなたたちの遺体が見つかった後、報せは列車を使って王宮まで届けられたわ。使者を買って出た夫のお友だちは、駅長に口走ってしまったそうよ。皇太子殿下が亡くなられた、と。それを聞いた駅長は真っ先に株主の銀行に注進した。そこから顧客の要人、各国の首脳へと夫の死は広がっていった。私たち家族よりも先に、ヨーロッパ中にこの醜聞が知られていたのよ!

 王宮に着いてからもまだ紆余曲折があったわ。皇帝陛下に後継者の死を伝えかねた侍従たちは、まずお義母様に――皇后陛下に頼ったわ。そして次に呼ばれたのが夫の妹の大公女様。お義母様のお気に入りのあの方よ。私を嫌いなところまでお義母様にそっくりな方。

 肉親の方々が十分に悲しんで、慰めあった後でやっと呼ばれたのがこの私よ。あの方々にとって、私はあくまでも家族ではなかったのね。落ち着いてから初めて思い出す程度の存在だったの。


 両陛下の前に呼ばれたのも、悲しみを分かち合うためではなかったわ。お二人とも私を責めたの。妻なのに、夫を他の女と死なせるなんて恥ずかしくないのかと。いったい何をしていたのかと。私、泣きながら笑いそうになってしまったわ。

 確かに私は良い妻ではなかった。夫とは徹底的に考え方が合わなかったし、私を苦しめてばかりいるあの人を憎んだ時さえあったかもしれない。

 ――これも多分あなたは知らなかったでしょうね。私は娘しか産めなかった。そして例え夫が生きていたとしても、決してこの先男の子を授かる望みはなくなっていたの。夫と娼婦の汚らわしい関係のせいで!

 話が少し逸れたかしら。とにかく、私が言いたいのは、私はそこまで耐えたということ。耐え続けて、夫と夫婦であろうとしたということ。裏切り続けたのは夫の方よ。なのに、後に残されたというだけで責められたのは私だったの。


 でも、お義父様もお義母様もご自身の罪から目を背けていただけよ。


 お義母様は夫に何もしなかった。ご自身の手で育てることもしないで気ままな旅ばかり。娘の養育権を奪われた私とは違うのに。その気になれば夫に寄り添うこともできたはずなのに。あの方が夫に与えたのは自由とかいう突飛な思想と死と狂気に惹かれる血筋だけだった。


 そしてお義父様。あの方の罪はより重いわ。夫が女や革命ごっこに逃げるようになったのは、あの方が夫に何もさせなかったから。夫とお義父様と、どちらがより正しい考え方なのか、どちらが帝国をより良い方向へ導いたのか。これも私には分からない。

 でも、皇帝陛下に意見を却下される度に夫の魂が削られていったのは私にだって分かったわ。私に癒すことはできなかったけれど。でも、お義父様に相談したこともあるのよ。夫は病気だって、療養が必要だって。いらない心配だと耳を貸してはくださらなかったけれど。


 夫の死はあの方たちのせいでもあるのに。妻の責任? それを言うならば、夫の方こそ夫たる責任を投げ出したのでしょうに。夫が生きている間、私のためにそれを憂いてくれる人はいなかったのに。




 それに比べればあなたのことが羨ましいわ。あなたのお母様はあなたのために尽力されたそうだもの。神に背いて自らの命を断ち、帝国から後継者を奪ったあなたであっても、粗末な棺で眠るのは忍びないと、密かにこの場所へ移してあげたそうじゃない。

 あなたが夫と眠りたいと願ったこの場所へ。礼拝堂も見てきたわ。お母様はステンドグラスの天使にあなたの顔を描かせた。あなたのことが天使に見える方もいるのね。


 同じ親でも、私の父はやっぱり私を哀れんでくれなかった。夫の両親と同じ、恥さらしだと私を詰った。祖国にも帰れず、この国でも居場所を失って、私は旅に出るしかなかった。

 いつかは皇后になれると思っていたのになれなくて、異国の風景で心を慰めるしかなかった。王宮にいなければ好奇の目から逃れることもできたしね。皇后(カイザリン)ではなくて旅する女(ライゼリン)。まるでお義母様のようで皮肉にも思ったものよ。でも、あの方とは違って、私には帰りを待ってくれる人はいなかったし、皇后の地位もなかったけれど。


 この十年、私はずっと一人ぼっちだった。何もかもを奪われていた。




 夫とあなたはここまで想像して召されたのかしら。

 夫の遺書をあなたは知っていて? 一応私にも書いていてくれたの。今まですまなかった、自分なりの幸福を探してくれ、と。おかしな話でしょう、私から幸福というものを全て奪ったあの人が、まるで私の将来を案じるかのようなことを書いていたの!

 でも、それも見せかけに過ぎないと分かっているわ。本当に私の幸せを願っていてくれたなら、夫を他の女に奪われた妻、他の女と死なれた妻の立場を考えてくれたはずだもの。それに、あの人、お気に入りの娼婦にも遺書を残していたのよ。財産を残すって。私への謝罪など形ばかりだったという何よりの証拠よ。それに、娘の後見人として皇帝陛下を指名していた。私から娘を奪ったのよ。娘は私より夫とお義母様に似ていたものね、私では親は務まらないとでも思ったのでしょう。




 この十年間、ずっと分からないと思っていたわ。どうして夫は死を選んだのか。何を考えていたのか。どうしてあなたと死んだのか。

 考えるのも辛いことだったけど、考えずにはいられなかった。


 夫の理想のせいかしら。国を憂えながら、何もできなかったことへの絶望? 何もさせてくれなかった皇帝陛下への抗議、あるいは復讐? あなたは夫に付き合ってくれたの?

 それとも義母から夫に受け継がれた狂気に捕らわれる忌まわしい血のせい? それならあなたは巻き込まれただけだったのかしら?

 そうでなければ本当に愛が理由だなんてこともあるかしら? あなたは夫と愛し合っていて、せめて天上で結ばれようとでも思ったのかしら。お墓でさえ一緒にされることはあり得なかったけれど……それもどうでも良いと思えるくらい、魂の深いところで結ばれていたとでもいうのかしら。残される私の悲しみなんて想像もしないで。それとも、想像した上でどうでも良いと思ったのかしら。




 答えは、結局出なかったわ。だから私、もう夫のことを考えるのを止めようと思うの。あなたに会いに来たのも、恨み言を聞かせるためではないわ。そう聞こえたら悪かったけれど。でも、本当なの。私の気持ちなんて誰にも、娘にさえ伝えることはできないから、ちょっと吐き出したかっただけ。


 ここに来たのは、大事な報告のためなの。夫のお墓にももう伝えたけれど、あなたにも言った方が良いのではないかと思って。


 私、再婚するの。相手は貴族とはいえ低い身分の出身で、父も皇帝陛下も、娘でさえも反対したけれど。でも認めてもらったわ。

 夫とあなたのような激しい恋ではないけれど、でも、初めて心から愛した人、残りの人生を共に歩むことのできる人よ。

 だから――恨むなんてとんでもない――私は今では夫にもあなたにも感謝しているの。あなたは夫と一緒に眠ることができなかったけど、私だって夫と一緒のお墓は嫌だったもの。こんな祖国から遠く離れた地で、傍らにはあのお義母様もいるのですもの。

 夫は私を幸せにしてくれなかったし、あなたは私から全てを奪っていった。でも、残ったものがあるのに気がついたのよ。


 それは、自由。煩わしい義務からも堅苦しい皇室からも解き放たれた人生。


 夫が言い残してくれた通りだったわ。私は私なりの幸せを掴むことができるようになったの。気付くまでに十年も掛かってしまったけれど。この愛を貫くために、実家からも嫁ぎ先の皇室からも離れることになってしまうけれど。

 でも、私はあなたたちから学んだの。自分の意志で自分の行く末を決めることができるということを。


 愛のためか、思い通りにならなかった世界への復讐のためか。理由までは分からないし、もう知りたいとは思わないけれど。あなたたちは決められた道筋を辿るだけが人生ではないのだと教えてくれた。だから、私も勇気を出してみることにしたの。義務も権利も捨てて愛する人と歩む道を選ぶのよ。

 自ら頭を撃ち抜いたあなたたちほどの勇気ではないけれど、華やかな恋に彩られたものでも、歴史に残る悲劇という訳でもないけれど、これこそが私の――私だけの人生よ。あなたたちの死が私をこれまでの不幸から解放してくれた。愛する人と出会えたのも、あなたたちが亡くなった後さまよっていたお陰。ここまでしてもらったのですもの、後は、自分の足で踏み出さなくてはね。


 私自身の将来と幸せについては、全力でこの手で掴み取るのよ。




 ああ、そろそろ行かなくては。私、結婚したら愛する人の領地で暮らすの。だからもうここに来ることはないでしょう。

 ごきげんよう、私に自由の意味を教えてくれたあなた。私を解き放ってくれたあなた。

 天上では夫と結ばれることを、この地上から祈っているわ。

 1889年1月、オーストリア帝国皇太子ルドルフは愛人の男爵令嬢マリー・ヴェッツェラと心中しました。

 大帝国の後継者、それも妻子あるカトリック教徒の自殺は内密かつ性急に処理され事件は多くの謎を残します。その物語は映画「うたかたの恋」などで悲恋として愛される他、暗殺説も含めた多くの研究がなされています。

 ルドルフ妃のシュテファニーはベルギー王家の出身で、本作に描いたように夫との不仲や嫁ぎ先との確執に悩んだ末、マイヤーリンク事件後には「夫に他の女と死なれた妻」として実家からも冷遇されますが、事件から約10年後の1899年、ハンガリーの下級貴族と貴賤結婚をすることを決意、翌1900年に結婚式を挙げました。

 ルドルフから感染させられた性病により子供には恵まれなかったものの、その後1945年に亡くなるまで夫妻は共に過ごしたということです。

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[一言]  さすがはVeilchen先生!  マイヤーリンク事件を題材にした映画、演劇、ミュージカルは数多くあれど、どれもこれもステファニーをつまらない嫉妬深い女としか描かれていなくて物足りなく思って…
[良い点] 加藤知子先生の「天上の愛 地上の恋」を読んでハプスブルク家に興味を持ち、エリザベート関連の書籍を高校時代に読みあさった時期がありましたが、彼女の嫁であり、ルドルフ皇太子の妻であるシュティフ…
[良い点] こういった独白の形のお話は好きです。 塚本哲也の『エリザベート ハクスブルグ最後の皇女』で、シュテファニーの再婚は知っていましたが、ルドルフを亡くした時の状況は想像してみていませんでし…
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