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ホラー小説シリーズ

人生でたった一回幽霊を見た男の話。

         そうですね、私は一度だけ幽霊を見たことがあります。


うん?以外ですか。

そうですね、私は普段合理主義で通っていますから。

目に見えないものは存在しない、そう思っていました。


25歳のあの冬まではー。


当時、私には婚約者がいたのです。

随分、結婚を考える年には早いんじゃないかって?

いいえ、彼女とは高校時代からの付き合いだったので寧ろやっと結婚か、と感じました。


高校時代は私がサッカー部のレギュラーをやっていて、

彼女がマネージャーでした。


私は真面目、と言っては聞こえがいいですが、不器用な男ですし、

彼女は少し地味な所があったけど、芯が強い一途な女性でした。


告白したのは私の方で、休日にデートをしながら少しづつ距離を縮めていったのです。二人とも内気のだったせいもあって、親しくなるには時間が掛りました。


そうして春先のある日、彼女にプロポーズをしました。

幸いなことに受け入れられ、両親への挨拶は何時にするか、なんて話合いました。

私は浮かれていて彼女も嬉しそうで、不思議とマリッジブルーとは無縁でしたね。


彼女が事故であっけなく、天国へ行ってしまったのはそんな時の話でした。

不運なことに私は出張先で、その事実を知りました。

お葬式で、この度はご愁傷さまでしたと言う自分が絵空事のように思えました。

彼女の両親は、私たちが恋人同士だったことを知っていました。

自分の方が辛い立場であるはずなのに、あの子の分まで幸せに、と言って慰めてくれました。


優しい人達で彼らが義理の親になるかも知れなかったのにと、ぼうっと考えていました。


当時、彼女とマンションの一室で同棲していたので、一人で暮らすには部屋は広すぎました。何よりもあちこちに温かい思い出が溢れていて堪らなかったのです。

私は引っ越しを決意しました。


引っ越し先は会社に程近いボロアパートでした。

正直なところ、寝る所さえあるなら、どこでも良かったのです。

それに私の心理状況と、そのみすぼらしい様子がぴったり合っていたのです。


それから、私はがむしゃらに仕事に取り組みました。

却って上司の評価は上がった程でしたが、どうでもいいような気がしました。

以前は時々行くことにしていた飲みの誘いも断るようになり、同僚には愛想が悪くなったと文句を言われましたね。


それから私は、趣味のスポーツも止め、職場へ行く以外は部屋に籠りがちになりました。まともな食事を取っていなかったので体重は随分落ちたと思います。

人相が暗くなって、職場の対人関係も悪くなりました。


そんなある日のことです。

アパートの住民たちに奇妙な噂が出るようになりました。

深夜になると、毎晩見知らぬ若い女性と廊下ですれ違うと言うのです。


あのアパートは正直なところ、生活音がとても響きます。

友人を部屋に入れると、話し声で苦情が出るぐらい酷い住宅環境だったのです。


まして、セキュリティがザルなせいもあって、入居者が独身男性しかいない場所で、恋人を連れ込む人は殆どいませんでした。


私は不思議に思ったものの、日々の忙しさにまぎれ、流してしまいました。


しかし、段々噂が具体的になっていったのです。

実際に彼女を見たという男性によると、誰かの客人かと思ったそうです。

ただ、真冬には珍しいぐらいの薄着で、服の色もまるで春物のように明るくそれで目に留ったと言っていました。


その目撃情報はやがて、多くなっていきました。

けれども、彼女の知り合いだと名乗り出るものは誰もいませんでした。


ある好奇心旺盛な男が、噂の女性を一目見ようと深夜に階段を見張っていたそうです。しかし、残念ながら彼女の姿は見られなかった、そうと言いました。


しかし、肝心な話はそこからでした。

その物好きな人物の道連れになり、一緒に見張ってた友人が、

確かに誰かを探すような女の姿を見たと言ったのです。


狭いアパートなので、季節外れの怪談かと、ちょっとした騒ぎになりました。

私も不気味だと思いましたが、何かの勘違いではないかと思ったのです。


その日は奇妙に寝苦しく、中々寝付けませんでした。

仕方がないので会社から直帰する毎日の中、暇つぶしに覚えたネットゲームを始めました。当時、私は職場では話しかけられる事すら稀になっていました。


そうしてどれぐらい時間がたったでしょう、ふと気が付くと夜もずいぶん更けていました。そんな時、外からコツコツと音がしたのです。


多分若い女性の足音でしょう。

私はアパートの噂の事、

更に隣室の男がそれらしき人物を見たと言っていたことを思い出しました。

ただの偶然だろうと頭を振っている間にも、足音はだんだん近くなってきます。


コツコツコツコツコツコツコツコツコツ。

ピタリと私の部屋の前で足音が止まりました。


無性に喉が渇き、水でも飲もうかと振り向いたときに女がいたのです。

婚約者の佳代子でした。

彼女は無性に心配そうな顔をして、そこに立っていました。

佳代子が私に害をなすことはあり得ません。

私が恐る恐る、触れるぐらい近寄ったところで、彼女はふと消えてしました。


翌日から、見知らぬ女が出るという噂はパタリと止みました。

私は、そのボロアパートからすぐに引っ越しました。


やがて、職場も変え、今では生活は順調に行っています。

それでも中々、結婚を考えるような気持ちにはなれないのが本音です。

しかし、これでは佳代子がまた心配で会いに来てしまう、と考える余裕は出てきたようです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 彼女の幽霊が少しずつ近づいてくるところは、 良い感じにホラーで、でも最後に怖くなり過ぎなくて、 私にはちょうど良かったです^^ 私は怖いの苦手なので。(すみません、それでも読みます) 最後…
[一言] おぉ、しっかりとしたホラーだ! 正直、オチも含め展開自体は読めてしまいましたが、最後の締め方がポジティブで好印象~♪ 楽しませて頂きました。ありがとうございました!
[一言] 奥さんの方が先に死んだら、残された旦那は早死するって言われるのを思わず思い出してしまうような物語でした。 死んでしまってからもずっと、相手を心配しているなんて。 お互いが、本当に好きだったん…
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