ロキと召喚獣②
「そうじゃないぴょん!」
「さっきからその『ぴょん』ってなんだよ。ぴょんぴょん兎の子ってか。うざいわ」
勉強を放棄したロキ。今更うさぎの語尾に触れるのはどうかと思う。
こうなった経緯ーーリキが自席でうさぎに勉強を教えてもらっているとロキが何をしているのかと聞いてきたので勉強をしていると答えた。するとまた、なんで勉強なんてしてんだよと言われたのでテストが近いみたいだからと答えた。彼はぽかんと顔をして、マジか……の一言。そういえばそうだったと気づいた彼は俺も一緒に教えろと上から目線での頼みをうさぎにしたのだ。
「もう怒ったぴょん」
うさぎは怒りやすい性格だと知っている。勉強を教えてあげているというのに嫌味なんて言われたら誰もが嫌な気分になるだろう。
「待って、うさぴょん」
うさぎ一匹に対して二人の生徒。どうやったら満遍なく勉強を教えてもらえるか。考えた結果、リキはロキの隣に移動した。そのためロキの態度もうさぎの表情も傍でよく観察できる。怒りに任せて手を出してしまいそうな勢いだ。
口喧嘩だけでとどめておきたいと思っていたが願い叶わず。ぴょんっとうさぎは跳ね、くるっと体を空中で捻り、回し蹴りをロキの頬へくらわせた。意外と衝撃が強いようだ。
「いってーな……」
「ごめん。うちのうさぴょんが」
「しつけなってねぇぞ」
まるで何かの動物の飼い主と、近所の住民との会話である。うさぎは召喚獣である。
「リキは悪くないぴょん」
ーー『リキでいいよ』
〝ご主人様〟なんて聞きなれなかったリキはうさぎにそう言った。
「元々お前が悪いんだろうが! ……つか、勉強教えてもらうのにこんな体力使わなきゃいけないのかよ」
戦闘能力もだが頭脳も大事。その現実にロキは疲れているようだ。うさぎとの会話の疲れが大きいようだが。
「私が教えてあげられたらよかったんだけどね」
「ここに来たばかりのやつが何言ってる。自分のことだけで精一杯だろ」
「そうだね。でも少しずつだけど慣れてきたよ」
最初はただ驚くことしかできなかったけど、今日まで流されてきたようなものだけど、ーーそれでも頑張っている。
自分にはない素直さに見つめてしまう。そんなロキにうさぎは、いつまで変な目で見ているんだぴょん、と嫌味に一言。別に変な目で見てねえだろと否定すると、ご主人様は私のものだぴょん、と。気持ちわりぃ、溺愛かよと立て続けに言うと、悪いぴょん? 溺愛の何が悪いぴょんと冷めた口調で開き直ってしまい。勉強どころではない。
「つか、ただのうさぎ召喚獣如きに知識があるなんてな」
うさぎ召喚獣とはなんだぴょんと今までされなかった呼び方に引っ掛かるうさぎを見てロキは思う。ーーこれで少しおとなしかったら。勉強もはかどるし、苛つくこともないし良い事尽くめ。
「私も最初びっくりした。うさぴょんやるね」
「うさぴょん、って。ちゃんとした名前とか付けねーの?」
真面目な顔をして続ける。
「例えば……うさ太郎とか?」
それこそちゃんとしていないような気がするが。確かにちゃんとした名前を付けようとしていなかった。うさぎが語尾にぴょんを使うから〝うさぴょん〟。深く考えてみれば適当すぎる。
「ぴょん吉とかどーよ?」
ぴょん太郎とか、とロキの名前候補が続いたがーー。結局リキの考えた〝ラピ〟と名付けることにした。
二週間なんてものはあっという間で。テストはやってきた。
ロキの頭脳評価はB。テスト点数は53点。50以上がBなのでぎりぎりである。
「俺もやればできるじゃん」
自分で自分を褒め称える横で、自分を誇っている者が一匹。
「私のおかげぴょん」
「恩着せがましい」
「にゃんだとっ!」
「猫かよ。お前はうさぎだろ。あ、猫をかぶったうさぎか? にしても可愛くねえよな」
「可愛くなくて悪かったぴょん」
「え。ラピは可愛いよ」
「ご主人様……」
動物は人が心から言っている言葉なのかがわかる。だがラピはうさぎである前に召喚獣である。召喚獣である前にうさぎではない。
「リキがいれば他はどうでもいいぴょん」
「それはだめだよ」
もっと視野を広くしないと、と言われているうさぎを見て世話ないなと思うロキ。
「お前は評価何だった」
「……A」
ぎこちなく言う。自分でもこんな高評価が貰えると思っていなかった。
「なっ、なんで。85以上取ったのかよ?」
「うん。ちょうど85」
証拠のテスト用紙を見せると唖然とする。
「は、おま、なんで?」
「……さあ?」
同じようなトーンで首を傾げる。
「もしかしてそいつを使ってずるでもしたか」
「ご主人様はそんなことしないぴょん」
容疑をかけられたうさぎは、たまにリキのことを名前で呼ぶのを忘れてしまう。
「ラピはテストの妨害となるからって、テスト時はサラビエル先生に連れて行かれた」
「……あの女の人苦手ぴょん」
ああそうだったなとロキは思い出す。うさぎはテスト時、サラビエル先生に連行されたのだ。
ーーじゃあ。
「お前実は頭良いのか?」
「ラピの教え方がうまくて、スイスイっと頭に入っていった、っていうのかな」
真っ白なノートに重要な全てが書き込まれた感じである。
「……だったら俺にも勉強教えてくれよ」
うさぎに教えられるよりも嫌味を言われることなく、嫌な気分にならずに勉強がはかどっただろう。
「教えられるほど頭良くないよ」
「良いだろ。85。俺よりプラス32」
「あまり変わりないとーー」
あるだろ視線が痛い。
「頭脳Bなんだよね。私と一つしか変わらない、よね?」
精一杯の返しである。納得のいかない目をされているのがわかって居心地が悪い。
「まあ戦闘評価では勝ったけどな」
戦闘評価は前に試験をやって決められたもの。リキは力C協力性C。相手のうち一人はロキだった。だから評価は聞かれていたのか。
何なの? と聞くと不服そうな顔をしたまま。
「ーーAB」
「凄いね」
高評価である。つい思ったことがそのまま口に出た。
「凄くねーよ。Sにはほど遠い」
「でも力はあとワンランク上がればSでしょ?」
「だけどそのワンランク上げるには頭脳評価のように〝間〟が大きい」
頭脳評価ではテストの点数85以上がA。Sは95から。
確かに間が大きい。上にいけばいくほどワンランク上げるのが難しくなる。
「あの子、最近あの赤髪くんと仲良くしてるね」
ライハルトの見つめる先はーーリキと、わざわざ後ろを向いて話をしているロキ。
「ああ、なんか一緒に勉強する仲になったんだって。もしかして気になる?」
「気になるっていうか、よくあんな恐そうなヤンキーのようなモンキーのような人と仲良くなれるなーっと思って」
隣で満点のテスト用紙を見ながら間違いを直しているフウコ。
「嫌味ね。モンキーっていうより虎みたいでしょ」
テスト用紙に書かれた名前は〝ライハルト〟。
「いつも威嚇してるような雰囲気はそうだね。実は意外と中身は猫とか?」
「ありえそう」
「っていうか、なんで動物に例えてるの?」
「あんたから先に始めたんでしょうが」
摩訶不思議そうな顔をするライハルトが、悪気があって言っているわけではないとわかってしまうからたちが悪い。