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意識と無意識の境界線(短編)

意識と無意識の境界線 〜 timas kaj fantomojn

私は誰と一緒にいるのだろう。

知っている人だけれど、顔が分からない。

女性と言う事だけは分かる。




記憶にあるのは、誰かと一緒にどこか水の沢山あるところへ出かけたこと。

全体が墨色一色に見えるが薄くぼんやりと各々が光を放っているように自己主張して自分が何であるのか現しているようだ。


水であれば墨で描かれた水の、空は薄明かり夜明けまであと2〜3時間くらいのような薄墨色の、水のほとりに茂っている植物達はそれぞれの色や形を墨色で表現している。


連れの女性と一緒に降り立った場所はフェリーのような大型の船が接岸している構造物、デッキである。船着き場とあって隣接する大型施設にはテナントとして幾つかのお店が入っているようだ。極薄い墨色の光が漏れている。


私達はその建物には寄らず、確か、私の家にいくことになったはずだ。地面は濡れているが、雨は降ってはいない、だが今にも降りそうなどんよりとした闇夜で、道の途中の街頭もどことなく元気なさそうに道を照らしている。

その中を広い片側一車線に隣接する歩道を歩いている。今は夜だという意識があり、往来に人っ子一人いないのも納得している。連れの女性と喋りながら寂しい夜道を歩いていた。


前方から人が歩いて来た。

大人の若い女性だということが直ぐに分かった。と、同時に小学校の恩師赤星先生と言う事も認識した。私と同じ年くらいにしか見えないその人は、覚えているお顔とは全く異なる容姿ではあるが何故か赤星先生だと思った。優しそうな中にも凛と芯のある微笑みを浮かべて、懐かしそうに挨拶をして下さった。


こちらも懐かしさで心がいっぱいになり、また、あの頃尊敬していたままの先生で私は胸がいっぱいになった。


「先生、どちらへいらっしゃるのですか?」


「これから出勤なのよ」


先生は歩いて学校へ行っているのだろうか? 先生の家から学校まではかなりの距離がある。だが、先生の様子を伺っていると、それが普通だとでも言わんばかりのご様子で、毎日午前4時頃に起きて歩いて通っていらっしゃるのだとも感じる。


「先生、雨が。水かさが増しているそうですよ」


「そうなの、いつも通っている道が冠水しているそうで、少し回り道をしようと思っているのよ」



突然、先生が近所の人と挨拶をしているのが聞こえて驚いて振り向いた。道に面したお宅の庭にふくよかな女性が、「大変なんですね。雨」と話しているのが聞こえ、先生が「そうなんですよね」とちょっと困った顔をしてはいるが笑みは崩さずに会釈をしている。


ほんの一瞬、その挨拶をする為に足を止めただけで、私達は再び歩き出した。





私達は先生と一緒に歩いている。

歩きながら話しているが、不思議と会話の内容が聞き取れない。でも先生と連れの女性の表情や雰囲気からは楽しそうな会話だろうということだけが分かる。


先生の表情から、穏やかな微笑みと、そこに秘められている凛とした強さ、己を貫く強さを感じる。

この先生は私の尊敬する先生だと、改めて感じる。

素敵な人だと思う。

会話の内容は分からないが、とても好印象だ。私も、こんな人になれたらーーーー。


先生がこちらを心配されているのが感じられる。


場面が変わり、私達は私の見慣れた場所、懐かしい場所を歩いている。

恐らく実家の周辺だろう。


先へ行けばお宮さんがあるはずだ。

だが、懐かしい場所ではあるが立ち並ぶ建物の印象が随分と違う。


先生を左側に私が右に並び、先生を下から見上げながら話をしつつ歩いている。

大分、身長差があるように感じる。


下から先生の顔をみていたら、先生が少しだけ顔を強ばらせたのに気付いた。滅多に見ないその表情がとても印象的だと思った。

先生は優しく私の肩を抱いてある建物から離すように反対方向へと押しやる。そして、先生は一人で黒い口を開けている扉の中をそっと覗き込むと、その顔は更に硬い表情となった。


「先生、どうかしたの?」


「ううん、何でも無いのよ。さ、行きましょう」


先生はこの中にあるもの、いる者を知っていると思った。

そしてソレがとても怖いものであると言う事も。

その事を一言も言わずに、私達に不安を抱かせないように、余計な事を言わないように、優しい笑みを浮かべながら私を背後に庇うようにして遠ざけようとしてくれる。


(何て強い人なんだろう、自分だったら、きっとこうはできない)


私だったらきっとその場で、いらぬ悲鳴を上げたり、顔に恐怖の表情を出しているはずだ。

改めて先生の思いやりの深さ、冷静な対応に感じ入る。


(本当にお手本にしたい方だわ)


少し緊張の見える横顔を見ながら改めて女性として、一人の人間としての先生に尊敬を覚える。



だが、そこで私の連れ立った人がその中を覗き込み「幽霊がいる」と言う。

そしてどうやら取り憑かれたらしい。

だが私は面白いと思った。不謹慎だが。

連れの女性は見た目は変わらず、いや、少し笑い方が歪だという位は見て取れたが、なぜかその彼女と一緒に歩いている。ーーー怖いとは思わなかった。


そして突然現れた一団がとすれ違おうとした。

この一団もなぜか知っている。

その内の一人の女性と私は挨拶をして、「この人が取り憑かれたようなの」と言えば、その一団の女性は顔色を悪くして説明を求めて来た。


そして私の連れを私と先生から引き離し、直ぐさま除霊をしようと試みている。



私はそれすら興味津々だった。


「この本体はどこにいる?」との問いかけに「この家にいる。私の家」とピッと親指を立てて指し示せば、その女の人は増々顔を強ばらせ、開いている扉から建物の中の様子を覗いている。


私も一緒に覗いているのか、倉庫の中は何かの作業をしている途中であろうと推測でき、作業している人達の表情が脳裏に映し出される。そして、その作業している人々はお昼休憩に行っているんだと思う。

なぜそう思うかは分からない。

日頃、使われているからこそ、この中はとても清潔に保たれ、直ぐにでも作業する人々が戻って来るだろうとも感じている。


赤星先生と女性が中に入り、指差す方向を見ればそこにはその怖いものがいたようだ。

直ぐに外に出なさいという短い指示があり、私達はその言葉に従い建物から離れ、道へと退避した。


どうやら女性がその強力な霊の除霊を試みようとしているようだ。

最後に見た光景は、ヒラヒラと濃い桃色の何かが空中に浮いているが見えた。


女性と霊が対立しているようで、緊張が伝わって来る。

流石に怖いと思い、皆と体を寄せ合い様子を見守る。私の両側に女性が一人ずつ皆で腕を組んで互いの体温がしっかりと伝わって来て一人じゃない事に安心を覚える。


長い触手のようなものが時々飛んでいるのが見える。衣の一部のようにも思える。

大丈夫かしらと、心配するが中の様子を見に行く事はできない。ただただ友人達と身を寄せ合いおびえるだけだ。



突然、目の前に厚紙の切れ端の様な、短冊のようなものがヒラヒラと落ちて来た。

それには何やら文言が書かれている。

封印?

長い文字の中にその文字を見た。


(もしやあの霊を封印していたの? この建物に?)


(その封印が解かれた事を意味しているのだろうか?)


(一体どうなるんだろう?)


(中にいる女性はどうなった?)


足下に落ちて来た短冊におののき、怖くてその短冊を手に取れないでいると、横から赤星先生が拾い上げ「これは何でも無いのよ」とおっしゃる。


中にいる女性の事を聞こうとすれば、緊張を張り付かせた顔を建物の方へ向け「まだ中で頑張っている」とおっしゃった。


怖くて怖くて、恐ろしくて恐ろしくて、一人になるのが怖いと思う。



でも、私は一人じゃなかった。誰かが寄り添ってくれていた。ずっとずっと。最初からずっと。

その数は一人だったり2〜3人だったり、だと思うが本当に心強く感じた。私はこんなにもみんなに守られているのか、と。


一体あれは、あの女性は誰だったのだろう。

顔が思い出せない。

思い出そうとすれば、ぼんやりと映像が歪むように見える。

代わりの先生の優しげな笑顔が目に浮かんだ。




様々な種類の恐怖にそこで目が覚めた。

部屋の中は薄暗い。心臓がおかしな動きをしているようだ。嫌な感じの目覚めに、激しく動揺している。


目は覚めているのに、怖いという思いだけで押し潰されそうだった。

近くに誰もいない、その恐怖が重く伸し掛かる。


そういえばと寝る前に一緒に寝ていたにゃんこがいたと思い、自分以外の温もりを感じたいと思い、手を伸ばすが既に起きたのかいなかった。


隣を見れば夫が寝ている。


書斎で電話会議をして徹夜になるかと思っていたのに、寝る時間は取れたのだろう。だが、心配だ。

連日連夜、かなり無理をしていると感じている。


どうか、この人を守って下さい。


私を一人にしないで下さい。

この人がいなくなるのが怖い。


もっとこの人と話がしたいーーーー。




  *




幽霊に対して不安を感じている女性は、見ていて心が折れそうになっているよう。

旦那様のハードなお仕事に体を心配することもさることながら、ブランク後に久々に始めた仕事で散々叱られていて食事が喉を通らない状態のようだ。


夢を見ているときの彼女の心を感じると、彼女自身への不甲斐なさもないまぜになりぐちゃぐちゃな風景が広がっていた。


(このままでは彼女の心は壊れてしまうわ)


そう思い、一人水辺に佇む彼女に寄り添う事にした。

元々人が苦手なようだが、相手への思いやりに溢れている。彼女自らが率先して話すことはほとんどないが、こちらから会話をふれば楽しげに乗って来てくれる。言葉の選択も綺麗なものばかりだ。


(感情的に疲れているようね。強い口調で話す人は苦手のようだし)


気を遣ってか彼女は心地よい言葉を紡いでくれるが、それは返して、彼女自身へ欲しい言葉のように感じた。


“わたし”はただ側にいて話をするだけーーー。


そう決めている。できれば自分で一歩を踏み出す勇気を持って欲しいから。会話がそのとっかかりになればいい、位にしか考えていない。



そこに突然、彼女の恩師が現れた。

本来ならば彼女の母親くらいの年齢のはずなのに随分と若い。


(そうか、この人はもう・・・)


教え子の苦しみを感じ、心配で現れてくれたのだろう。彼女も今まで見せなかった感情を浮かべている。それはとても生き生きとしていて好印象をもてた。


思った通り先生は彼女に寄り添い、大人としての立ち居振る舞いを伝えようとしているようだ。

彼女のエゴの部分を取り去るにはどうすればいいのか、自分をかわいそうだと思わないようにするにはどうすればいいのかーーー。


いつの間にか小学生に戻っている彼女は、素直に先生の話に耳を傾けている。その当時もそうだったのだろう。かわいらしい女の子が一生懸命に先生の言葉に頷いている。とても微笑ましい。


成長するにつれ、いつの間にかその時の気持ちを忘れ、現実の生活で一杯いっぱいになり周囲を見渡せなくなっているのは誰しもだ。どこかで、その事に気付いてくれたなら、違う視点から見られるようになるはず。彼女は今、それに気付こうとしている。


(素敵な先生ね、本当に)


そんな二人を後ろを歩いてついて来ながら微笑ましく眺めていた。



(何か、いる)


わたしが気付くのと先生が気付くのはほぼ同時だった。

正体は彼女の中に巣食うものーーー恐怖だ。それはどうやら幽霊となって具現化してしまっているよう。当の本人はその存在すら気付いていないようだ。


先生が安全な場所へと彼女を押しやり自ら中の様子を伺う。表情の強ばり具合でも、どうやら、かなり酷い状態のものがあるようだ。あれに彼女を飲み込ませてはいけない。


先生とわたしの思いは一致していた。


だが、ふと、わたしはその幽霊と対峙してみたいと思った。彼女はどういった反応を示すのだろうか。だから敢えてわたしは中に行き霊へ心を開いた。


ーーー劣等感、怨み、苦しみ、悲しみ、切なさ、怒り、諦念(ていねん)、絶望・・・


ほんの少しだけその霊を手に取り自らの体内へと入れてみた。


どこかで誰かが心配そうな声を出しているが、これなら大丈夫だと笑ってやる。


見事に負の感情で凝り固まっていが、根底はとても柔らかい。この人は優しい、だがその優しさは時に自らも滅ぼす事がある。いま、彼女はまさにそうなろうとしている。


(ほら勇気を出して、向かい合ってみて)


そういう意味で私はその一部を体内に取り込んだまま、彼女のもとへと戻った。


(やっぱりね)


彼女は最初は不安そうだったが、わたしの歪な表情にも嫌な顔一つみせずにさっきまでと同様に一緒にいて話し笑ってくれる。わたしの中にある負の感情は彼女のもの。彼女はそれを怖いとは思っていない。


(これなら、大丈夫かもしれない)


ぴったりのタイミングで、佐用(さよ)サン達がやってきた。わたしから霊を抜き出し霊を鎮めようとしている。負の感情を包んでいた紗の布を取り去ると、突然むき出しになった感情に彼女は凍り付いたようだ。


自分の負の感情と真正面から向き合う。

これらの存在を認めなければならない。


『怖い、一人になるのは怖い』


そんな感情が流れて来た。

彼女は拠り所が欲しいのだ。安心できる場所が。


家では旦那様が絶賛大忙し中で、毎日一瞬だけ顔を合わせるだけ、会社では連日のミスとプレッシャーで皆から白い目で見られ、身の置き所が無くなっていると感じている。


そうではない、そうではないんだよと、わたし達は伝えようとおびえる彼女の腕を組み一緒にいる。


(大丈夫だから、落ち着いて、失敗してもいいの、挽回するチャンスはいくらでもあるんだから、ね。怖がっていても構わない。あなたは人一倍の恐がり屋さんだもの。恥ずかしい事じゃないわ)



旦那様に素直に怖いと言えばいい。

きっと受けて止めてくれるはず。旦那様はあなたの事が心配でたまらないのを見せていないだけなんだから。



少しだけルールを破り、教えてあげる。



恐怖で目が覚めたようだ。だが、きっと、素直に旦那様に伝えられると思う。




  *




「瑠璃」


少し新しい事をして疲れていたところへ、連絡を受けたのか青蓮がお説教モードな様子だ。


「青蓮、ただいま」


「瑠璃、無茶をするならその力を封印し閉じ込める」


ほら、やっぱりだわ。


「駄目。これは我が家の伝統なのですから」


「そうかもしれぬが異物を体内に入れるなど許せぬ。ーーー私だけで良いのだ」


最後は何やら小声になり聞き取れなかった。


「無茶はしていないわ。大丈夫だと思ったの。だってあの幽霊の根っこが見えていたんだもの。ねぇ青蓮も、祈って。彼女が一歩を踏み出せるように」


そう言って青蓮に口づければ、そのまま主導権を握られてしまった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] しっかりとした文体ですね。綺麗です。
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