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美しく彩られた王宮の廊下にそいつはいた。
赤と黒を半々で染めたお面にだぼだぼした高級な貴族服で着飾った男。 気味が悪いの一言に尽きる。その男は綺麗に磨かれた壺で自分の服装を確かめ、今にもお踊りそうな足の軽さで歩いていた。
しばらくすると兵士が二人で番をしている扉を見つけた。 たぶん、あれが目的の場所だろうとあたりをつけた男はさらにステップを踏みながら移動する。
この日は王子の12歳の誕生日であり、室内はパーティーの最中であろう。
近年、王国は隣接している帝国との戦争をしており、疲弊している王国は王子の誕生日を王に縁のあるものだけで執り行われることにした。一般人はともかくほとんどの貴族も出席は出来ないようになっていた。
帝国の刺客であるこの男はごつごつとした鎧に身を包む兵士が護っている扉の前までやってきた。
「お、おまえは何者だ! 怪しい、この上なく怪しいぞ」
「おれ? おれはただの道化師で見た目にかなり自信のあるナイスガイのロエだぉ~」
兵士は当然のように出席者を把握している。 もちろん、出席者は全員名の高き超上流貴族である。 その中にロエ何て者も居なかったし、そもそもこんなあからさまに怪しいやつを通すなどもっての他である。
「おまえの名は出席者に無い。ここより立ち去らねば実力行使で......おい、他の見張りの兵士はお前を止めなかったのか?」
「え? 寝てるよ♪ 起きないよ♪ 天に遠足行ったよぉ」
「真面目に答えろ。 二度はないぞ」
「だぁかぁらぁぁ、ぶっころでここまで来たの~」
「き、貴様ぁぁぁ! 我ら王国兵士を愚弄するか!」
兵士は腰の剣を引き抜き男の首を断ち斬ろうと刃を走らす。
その剣速はまさに音速。
普通の人間ならば斬られたと認識する前に絶命するであろう。
「じゃぁぁぁぁぁぁぁまん~、国王さんに用があるんからど~いて」
しかし、その剣は目標物に到達する前に地面に落ちた。
宙に浮く七つのナイフが突如兵士の前に現れその体を貫く。
爆発するように兵士の体は散らばり、その赤い血が辺りに広がる。
さらに少し離れたところからも赤い川が流れてきた。 もう一人の兵士は声あげることなく、死んでいた。
廊下をペチャペチャと歩きながらロエは兵士に一瞥もせずにその大きい扉を開け放つ。
一瞬にして静まる大広間。
人の呼吸音すら聞こえる気がする圧倒的静寂。 そして、すべての人が自分に視線を送っていると体で感じれるほどの圧倒的なまでの注目。
その静寂を切り裂いたいたのは豪華な衣装を着た三十代の男であった。
「だれだ? この重大な日に無礼を働く輩は」
その男は重い声で質問する。 しかし、ロエは臆すことなく回りだす。
「はぁじめ、まして。 おれはロエ~、道化師にてございます」
回転の終了と同時に右手を左肩に当て深々と一礼する。 この王国での貴族流の一礼である。
そんな突然の乱入者に一同困惑の表情を隠しきれない。 もし、この時にしっかりと状況を理解できる冷静性さを保っている者が居たならばなぜこの得体のしれない者がここにこうして居る意味に気が付いただろう。 しかし、この場の者は突然なことに思考を停止していた。
「して、なにようだ?」
「簡単なことでございます。 帝国との戦争を終戦させる確実な策がありますので王子の誕生日プレゼントにとやってまいりました次第でございます」
ロエの言葉にあるものは笑い。あるものは怒り。あるものは呆れていた。 一部の者ではこれは王が呼んだ道化ではないかと話している者もいる。 しかし、豪華な身なりの者の多いこの場で一際豪華な服装の男おそらく王であろう男だけは仮面ごしにあるロエの目を黙ってみた。
「話せ道化よ。 長きに渡り繰り返した戦争の溝は深いぞ」
言い終わったその瞬間、王の首に赤い筋が走る。
「ふふふひひひぃ。 ......失礼しました」
宙に浮く血塗られた七つのナイフ。 その全てが縦横無尽に飛び回る。 次の瞬間、王子の誕生日を祝うその場は血の海になった。
「簡単だって言ったでしょ。 敵国の頭を砕けばいい」
ロエの声を拾うものは居ない。ただ、聞く赤く染まった部屋に道化師一人がただ狂い笑っているだけだった。
赤い海となったその場に生存者から連絡を受けた中隊が到着したのは数時間後である。 王宮は警備にあたっていた兵士300名とパーティー参加者20名の内で生き残りは2名であった。
生き残ったのは王宮の倉庫警備にあたっていた若い王宮守護兵士の2人だった。
異変に気が付き向かった時にはすでに犯人の姿は無く、無数の骸だけだ。
その5日後、1つの国が滅びた。
その国の名前はアルニア王国。
この大陸に覇を唱える帝国に対抗する数少ない国家であった。 しかし、頭の失ったアルニア王国は5日間のむなしい抵抗をしながらも隣接している帝国西部都市トーガンの部隊により瞬く間に占領された。