瞳孔
それからの俺はいつもと変わらない退屈な日々を……送れそうになかった。
四六時中、女の視界が入ってくるんだ。そりゃ、日常に支障が生じないわけがない。
鏡越しだが女の裸を仕事中に見てしまったら、もう仕事どころじゃないだろ? ていうか、こいつは何て時間にシャワーを浴びてやがんだ。仕事してないのか?
身が入らない仕事をしつつ。俺は彼女の生活を少しずつ知っていった。
まず、平日休日問わず朝起きるのが昼過ぎ。こりゃもう駄目人間のレッテルを貼られてもしょうがない。
それで、起きてすぐこいつはシャワーを浴びている。だから、仕事に支障が出るつってんの。まぁ、誘導棒を振るだけのしがない警備員だからそこまで困ることもないが。
どうやったら、そんな生活を続けられるのかと疑問に思っていたが遂にこの日、俺は知ることになる。
彼女の携帯電話が振動し、メールが届いたことを知らせた。液晶にはメールの文面が映しだされている。
『ゆうりちゃん体調は大丈夫? 確か大学の近くのマンションだよね? 今度お見舞い行くからね』
なんだこいつ心配してもらってるじゃないか。恐らく相手は大学の友人……となると大学生だったのか。それにしても仮病じゃないのか? 毎日テレビを見てパソコンをして本を読むだけの日々だったぞ。
彼女はメールの返信を打ち始める。
『大丈夫心配しないで、もう少しで良くなるから』
嘘も甚だしい。嫌なことがあって、大学に行きたくないだけなんだろ? ゆうりちゃん?
送信し終えると彼女は少し前に入れたコーヒーをぐいっと飲み干した。すると、外に出るのか彼女は着替え始める。引きこもりをしてたんじゃ生きていけないからな。
彼女は机の引き出しから通帳とカードを取り出した。銀行に行く気だ。ん? 待てよ。これは……。
彼女はアパートを飛び出し銀行に向かう。俺がおかしくなってから初めての外出だ。
あたりを見回している彼女の視覚情報が、俺に動けと言ってるようだった。
だって、すぐ目の前にあるのはそう遠くない近所の大学。ていうか、俺の出身大学だ。
ってことはだ。どこの銀行か分かればこっちのもんだ。暗証番号を控えて、カードのしまう場所も記憶しておけば……。
こんな生活をしてるんだから、さぞかし親は金持ちなんだろうな。