7【同一人物】
彼が見ていたのは、各メールの差出アドレスだった。
奇妙な事にそれが和実も智子も、そしてマリも同じなのだ。
三人は同一人物……?
確かに、電子メールの場合は郵便の手紙と違って消印が無い為、所在地を偽ってもまったく確かめる術がないのだ。
大手プロバイダのアドレスなどは、地域区分を使っている場合もあるが、彼女たちのアドレスは何処でも発行しているフリーアドレスだった。
三人とも文体は若干違っているが、フォントの大きさが滅茶苦茶な所や色フォントを使っている点は同じだった。
フォルダを開けて三人の今までのメールを見る。
春からの膨大な量のメールがそこにはあった。
それでもこちらは整った普通のフォントを使い、フレンドリーな文面だ。所々に各人の方言や独特の語尾が入っているが、そのぐらいの小細工は成りすましならやるだろう。
何よりもメールアドレスが同じと言う事は、同じ人物である可能性が非常に大きい。もともと見ず知らずの三人が、わざわざ複数で同じアドレスを共有するとも思えない。
これなら、この三人がお互いに話を聞いたと言って共感しあうのも頷ける。
相手は元々一人なのだから、和実も智子もマリも同じ感情で汐里を攻め立てるのは当たり前の事だ。
着信メールを次々に開いて観覧していた祐一郎は、一番初めに着信したメールを見て再び疑問が沸き起こった。
『メールしませんか』タイトルはそう書かれていた。
そして自己PRが綴られ、最後に『よかったらお返事待ってます』と書いてある。いかにも好感の持てる文体だった。
汐里は何かの雑誌を見てメル友の応募を見つけたと言っていたが、どう考えてもこれがメールを始めるきっかけになった文面だ。
彼女はいきなり送りつけてきた相手とメールを始めたのだろうか? それとも、メル友募集をしたのは、本当は汐里の方なのか? それに対して送ってきたメールとも考えられる。
それならこの最初の文面も頷けるが……いや、違う。もしそうならこのメールに雑誌で見た事が綴られていてもいいはずなのに、それらしき文面は無い。
やはりこのメールはいきなり届いたものか? それに汐里は返信したのか?
いろいろな思考を巡らす祐一郎は、再三画面に向って目を凝らした。
「そんな、バカな……」
今度は思わず声に出た。
振り返って汐里がまだ来ない事を確認すると、次々にメールを開く。何かの間違い、パソコンの表示エラーかとも思えたからだ。
これだけのメールを見ていて全く気付かなかった。それは、あまりに確認するに値しない部分だったから、視界に入り込んでも意識的に見ようとはしなかったのだろう。
今見ているのは着信先、つまり汐里のメールアドレスだった。
普通なら確認する必要なんて無い。このパソコンに着信したメールなのだから、その着信アドレスが汐里のアドレスで当然だ。
しかし、確認せずには要られなかった。
汐里のメールアドレスが、他の三人のものと同じだったからだ。
祐一郎は汐里がダメだと言っていた送信フォルダも開いてみた。こちらも三人それぞれに返信フォルダが分かれていた。
そして、やはり全てのメールアドレスは同じものだった。
和実、智子、マリ、そして汐里が同じアドレス。つまり、それらのメールの差出と宛先は全て同じアドレスだ。
それが何を意味しているのか、祐一郎は考えるのが怖かった。
静まり返った彼女の部屋に、祐一郎は背筋を伝う悪寒のようなものを感じた。
この嫌がらせメールを出したのは、汐里本人……いや今までのメール全てがそうだ。
つまり、彼女は自分宛に自分でメールを書き、それらをメル友と呼んでいるという事になる。
それなら、教えていない携帯電話のメルアドを知っていても不思議ではない……自分自身でメールを打っているのだから。
祐一郎の額には、冷たい汗が浮き出ていた。もちろんそれは初夏の陽気のせいなどではない。
ここで、彼女がこのフォントの大きさの違う異常な文面をタイピングしているのかと思うと、思わず鳥肌が立った。
突然部屋のドアが開いて、彼は心臓が縮む思いで振り返る。
汐里の姿を見て、無言で息をついた。
「何かわかった?」
小さなお盆にサイダーの入ったグラスを二つ乗せた汐里が、ゆっくりと部屋へ入って来た。
「いや……まだ何ともいえないな」
祐一郎は流れる汗を気取られないように、静かに笑ってみせた。そして、急いでメールソフトを閉じてパソコンの電源を落とす。
「そうかぁ……」
白い首をうなだれて、汐里が残念そうに呟いた。
「気味悪いメールだったでしょ」
「あ、ああ……酷いもんだね」
汐里の言葉に、祐一郎はさり気ない素振りで返した。
……彼女は自分で気付いていないのか? 自分のしている事が判らないのだろうか。それとも俺をからかって密かに楽しんでいるのか? 祐一郎には何もかも解らなかった。
「なあ汐里。メル友を見つけた雑誌って、まだ在るかい?」
テーブルにグラスを置く彼女の手が止まった。
「雑誌?」
「メールの相手は、雑誌で見つけたんだろ」
「それが……」
汐里は言いよどんだ。
「無ければいいんだ。別に」
祐一郎は、彼女の困惑した表情が何となく気の毒になってそう言い返した。
「実は、彼女たちは雑誌で見つけたわけじゃないの」
「じゃあ、どうやって?」
「ある日、いきなりメールが来たの。メールしませんか? って」
「ある日いきなり?」
「そんなのに返事を返したなんて言ったら、何て言われるか判んないし……だから、雑誌で見つけたって嘘を言ったの」
「そ、そうか」
……ある日自分宛にメールを出した。と言う事だろうか。さっき見た通りなら、そう言う事になるのだろう。
彼女はある日突然他人に成りすまして、自分にメッセージを宛てたのだ。しかも、自分で知らぬまに?
祐一郎は憂いな彼女の顔を見つめて、サイダーの入ったグラスを手にした。
さっき喉が渇いたと言ったのは嘘だったが、今はカラカラに渇いていた。