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4【決裂】

 月曜日、祐一郎は何気なく学校内で汐里を捜した。

 昼食を一緒に食べようと思ったのだ。こんなに積極的になれるのも土曜日の事があったからだ。

 昨日の日曜日は一緒に街へ買い物に出かけた。

 汐里はメールの事など忘れたように、明るい笑顔を見せていた。

 しかし今日、彼女の姿は見当たらなかった。汐里と同じ一組の女子を呼び止めると

「柊木さんは?」

「ああ、そう言えば彼女今日来てないかな。あたしも今気付いたけど」

 その娘は素っ気無くそう言って廊下を歩いていった。

 放課後図書室に行ってみるが、やっぱり彼女はいない。

 初めて見る女子生徒が不機嫌そうな顔で、受け付けカウンターに踏ん反り返って携帯をいじっていた。三年生のようだ。

 仕方なく祐一郎が借りていた本を返すと、向こうも仕方なさそうに処理をこなすだけだったので、彼は早々に図書室を出た。

 校門を出た祐一郎は自分の家には向わずに、汐里の家に直接向った。

 住所は知っていたが、彼女の家を訪れるのは初めてだった。

 祐一郎の住んでいる住宅街へ入る通りを曲がらずに真っ直ぐ、駅前の踏切を越えて国道を横切ると再び住宅街がある。

 その辺り一帯は、祐一郎の住む住宅街よりもだいぶ古くからあるようで、時折ねずみ色にくすんだ瓦屋根の古い平屋が姿を見せたり、小さな寂れた建物が立ち並ぶ市営住宅のようなものも見えた。

 それから少し歩いた場所に彼女の家は在った。

 オレンジ色の屋根に少しくすみはあるがオフホワイトの外壁。庭はブロック塀で囲われ、ごくありふれた二階建ての一軒家だった。

 門柱には柊木の表札が掲げられて、インターホンは見当たらなかった。門扉を抜けて玄関まで行きチャイムを押すが、誰も出てくる様子が無い。

 庭先を覗いてみると、リビングらしき部屋のカーテンは閉められていた。二階の部屋を見上げても、何処もカーテンが閉まっている。

「何処かへ出かけたのかなぁ。何も言ってなかったけど」

 その時、二階東側の部屋のカーテンが微かに揺らいだような気がした。

 祐一郎は再び玄関のチャイムを押してみた。

 少しすると、内側からガチャガチャと鍵を開ける音がしてドアがゆっくりと細く開いた。

「祐一郎くん?」

「ああ、俺だよ。どうしたの? 具合でも悪いの?」

 細く開いたドアから覗く汐里の顔色は暗くてよく見えなかったが、何だかよそよそしい彼女の仕草に彼は思わずそう言った。

「一人?」

 汐里は細い隙間から祐一郎の後方を覗った。

 この時外から差し込む光で彼女の顔がはっきりと見えたが、真っ白と言うよりも何処か青ざめていた。

「あ、ああ。そうだけど」

 そこでようやく彼女の全貌が覗えるほどにドアが開いた。

「どうしたの?」

 汐里は酷く脅えている様子にも見えたが、体調が悪い風でもあった。

「大丈夫?」

 さっきから何度と無く質問する祐一郎だったが、汐里はそれに答える様子がない。

「何かあったの?」

「入って」

 汐里に促されて祐一郎が玄関に入ると、彼女は外を見渡して素早くドアを閉め、再び鍵を掛けた。しかも、チェーンロックまで嵌めている。

 祐一郎はその仕草を見て、何だか解らない不安が込み上げた。

「何があったんだい?」

 汐里の行動がなんだか異常に見えて、祐一郎は訊かずにはいられなかった。

「彼女達が来るのよ」

「彼女達?」

「和実と智子よ」

「えっ?」

「昨日の夜メールが来たの。シカトしたって許さないって。謝罪の返信もよこさないで知らん顔してる卑怯者だって……二人共異常に怒ってた」

 汐里の身体が小さく震えていた。

「今からそっちへ行って、直接話しをつけてやるって。あんたの態度次第でどうなっても知らないって……あたし怖くて」

「二人共ここへ来るって?」

 汐里が頷いた。

 祐一郎は、彼女の肩を抱き寄せて

「大丈夫だよ。そんな事でわざわざ北海道や名古屋から来ないだろう。ただの脅しだよ」

 祐一郎は彼女を促してとりあえず玄関を上がると、階段を上って汐里の部屋へ入った。

 女性の部屋に入るのは初めてだった。

 何だか花のような、穂のかに甘い香りがした。

 ベッドには山吹色のカバーが掛けてあった。二人はそこへ腰掛けて、汐里の小さな肩を、彼は優しくさすった。

「大丈夫、彼女達は来ないよ」

 それでも汐里の震えは止まらなかった。

「祐一郎くん、もっと強く抱いて。抱きしめて。あたしを守って」

「大丈夫だ。大丈夫だよ。もし彼女達が来たら俺が守るよ」

 祐一郎は強く彼女を抱きしめて唇を塞いだ。

 心なしか、彼女の体の震えは収まっていった。それでも汐里は祐一郎にしがみ付いていた。

 彼にはどうして彼女がこんなに脅えるのか解らなかったが、次第にそんな事はどうでもいいような気持ちになっていた。

 あまりも間近で香る汐里の身体から発する清楚な女性の匂い……それが祐一郎の思考をただの男へと変化させていったのだ。

 両腕を祐一郎の身体に強く絡ませた汐里のTシャツに、彼はそっと手を忍ばせた。

 彼女もそれを拒みはしなかった。

 彼と身体を交える事で、祐一郎の体温を直に感じることで、汐里は自分を支配する不安と恐怖から逃れようとしたのかもしれない。





 窓の外は西日が空を紅く染め上げて、部屋の中はほの暗かった。

 携帯電話の着信音が鳴り響いて、数秒でそれは消えた。

 祐一郎は自分のではないと直ぐに認識する程度だったが、汐里はベッドから飛び起きて身体を震わせた。

「彼女達だわ」

「彼女達? て、メル友の?」

「今朝から携帯にもメールの着信がくるの」

「前はパソコンだけだったの?」

「ええ、あたし携帯のメルアド教えてないのに……」

 汐里は掛布のタオルケットを引き寄せて身体を包むようにして震えた。

 祐一郎は彼女の机の上にある携帯電話を手にとって

「見てもいい?」

 汐里は無言で頷いたので、祐一郎は彼女の白い携帯電話を開いた。

『裏切り者////裏切り者////裏切り者////裏切り者////裏切り者////裏切り者////裏切り者……』どれだけ画面スクロールを繰り返しても、ページ一面に果てしないほどその文字は綴られていた。





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